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古典現代語訳・風葉1

2020年6月12日 (金)

風葉和歌集「相住み苦しき」メモ

 『相住み苦しき』は、散逸物語です。
 『風葉和歌集』の巻六冬の三八一番歌、巻七釈教の五一六・五一七番歌、巻十四恋四の一〇〇三・一〇〇四番歌、巻十六雑一の一二二一・一二二二・一二二三番歌の八首に、物語の痕跡があります。
 まずは、『相住み苦しき』で判明していることについて、『風葉和歌集』の配置通りに説明していきます。

 

 

○巻六冬・三八一番歌「慰めにながむる月もかき曇りいとど時雨に濡るる袖哉」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 小木喬氏は、
「『風葉和歌集』の詠み人で動詞の連体形を冠される人物は物語の主人公であり、その動作の主体であることから、この物語の主人公は源大納言の三の君」
 と指摘しています。(※『散逸物語の研究 平安・鎌倉時代編』笠間書院より)
 よって、復元小説でも三の君を主人公として設定しました。
 詞書によると、三の君は物思いに耽っていた頃、月が急に雲って、時雨が降るのを見て三八一番歌を詠んでいます。
 次に、詠んだ時期の推定をしたところ、『風葉和歌集』巻六冬は、神無月の時雨を詠んだ三六四番歌から始まり、三八一番歌の三の君の歌も、時雨と涙が詠みこまれています。
 よって、この三八一番歌は神無月に詠んだと判断しました。

 

 

 

○第七釈教・五一六番歌「いつかまた蓮の上に逢ひも見ん露の宿りに心まどはで」

 

 詠み人は「相住み苦しきの内大臣」。
 詞書で「住みわたりける女かくれて後」と記されているように、長年同居していた妻がいたが死別、暁の念仏の回向(へこう)に、「住みわたりける女」の母に文を送った際の歌が五一六番歌です。
 詠んだ時期は、「蓮の上」とあることから、夏と推定しました。

 

 

 

○巻七釈教・五一七番歌「今はとて蓮の上を思ふにも露けきは猶此の世なりけり」

 

 詠み人は「式部経の宮の北の方」。
 物語名は記されておらず、前の歌の「返し」も記されていませんが、五一六と五一七番歌は共に「蓮の上」「露」を詠んでおり、五一六番歌の返歌としてみなされています。
 よって、内大臣の妻の母は、「式部卿の宮の北の方」であると推察されます。
 この歌の後に配置された五一八番歌は、「さま変へて後詠みける」と詞書にあり、出家後に詠まれた歌です。
 なので、内大臣と式部卿の宮の北の方は、妻、娘の死を嘆き悲しむあまり、出家するかもしれないと予想されます。
 一応、復元小説では「内大臣の妻は式部卿の宮の姫君である」とみなし、「宮の姫君」と設定しましたが、神野藤昭夫氏は、「住みわたりける女」が三の君である可能性を指摘しています。(※「散逸物語辞典―鎌倉時代物語編―」『体系物語文学史』第五巻所収 有精堂より)
 となると、式部卿の宮の北の方は、源大納言と死別、もしくは離婚後に式部卿の宮と再婚したことになります。
 宮崎裕子氏は、三の君と式部卿の宮の姫君が、義理の姉妹もしくは異父姉妹、姉妹ほど近くなくても、親戚関係にあったという可能性も上げています。(※「散逸物語『相住み苦しき』復元考」『文獻探求』48号 文獻探求の会より)
 『相住み苦しき』を復元するにあたり、「相住み」を「苦しく」思う三の君が、内大臣と関係を持って、誰かと同居しているがために悩んでいるとを考えますと、『夜の寝覚』のように、同居する姉妹の夫と関係を持ったために、主人公が悩むという設定が自然かと思いました。
 さらに、物語の題名となっている「相住み」を強調させるために、三の君は内大臣とも同居して悩みを深めたと推定しました。
 しかし、式部卿の宮の北の方と三の君が母子、三の君と宮の姫君が姉妹だという明確な証拠はありません。
 また、三の君の二人の姉が同腹か異腹か不明です。
 そこで、復元小説では『住吉物語』などのように、
「源大納言には北の方が二人いて、最初の北の方には大君と中の君、後の北の方には三の君が生まれた」
 と設定した上で、源大納言と式部卿の宮の北の方は兄妹とし、『狭衣物語』で堀川の上が姪の源氏の宮を引き取って育てた設定を借りて、
「両親を亡くした三の君が継母に引き取られて肩身の狭い思いをしないように、式部卿の宮の北の方に引き取られ、宮の姫君と姉妹同然に育った」
 という設定にしました。
 源大納言と兄弟なのは、式部卿の宮の北の方ではなく、式部卿の宮かもしれませんが、今回の復元では採りませんでした。

 

 

 

○第十四恋四・一〇〇三番歌「思ひ出づやあるかなきかに見し夢はいかならん世に語り合はせむ」

 

 詠み人は「相住み苦しきの内大臣」。
 詞書に「いと忍びて逢ひ侍りける女」とあり、関係を公にはできない女がいることがわかります。
 一〇〇三番歌の返歌である一〇〇四番歌の詠み人は「源大納言の三の君」であるから、内大臣と三の君が公にはできない秘密の関係を持っていたことがわかります。

 

 

 

○第十四恋四・一〇〇四番歌「ほのめきし暁方に違へてし夢よかけても語らざらなむ」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 一〇〇三番歌の内大臣は、「この世で会うことができないのなら、せめて来世を頼みとしたい」と詠んでいますが、一〇〇四番歌の三の君は、本心はともかく、逢瀬を拒否する返歌を詠んでいます。
 米田明美氏は、「恋三部の巻末は、男の心変わりなど様々な理由から決意し家を出る女の姿を描き、巻を閉じている。恋四部の巻頭はそれを受けて、何らかの理由で引き裂かれた相手を慕い、悔やむ歌が置かれていると思われる」(※『「風葉和歌集」の構造に関する研究』第八章恋部の構造 第四節恋四部 笠間書院より)と指摘しています。
 そこから推察すると、巻十四恋四が、相手を思って苦悩を詠んだ歌、二人の仲が引き裂かれて再会を願う歌、夢などが配置されている、さらに、一〇〇四番歌の後の一〇〇五番歌は、現世では絶えてしまった夢のように儚い二人の仲を示し、一〇〇六番歌は、二人の仲はただの夢でしかなかったと、仲が途絶えてしまったことを確認する歌であることから、『相住み苦しき』の内大臣と三の君は、破局したと設定しました。
 一〇〇三・一〇〇四番歌の二首が詠まれた季節は、前後の歌が詠まれた季節から、冬と推定しました。

 

 

 

○巻十六雑一・一二二一番歌「見るままに西にかたぶく月影を憂き身の果てと思はましかば」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 詞書に「暁近くなるまで月を見明かして」とあり、同じ巻十六雑一に収録されている一二一六番歌から秋の月が詠まれており、一二一七番歌の詞書で「八月十五夜」に詠まれていること、一二一八番歌が「秋の夜の月」と詠んでいることから、詠んだのは秋の十五夜と推定しました。

 

 

 

○巻十六雑一・一二二二番歌「かけとめてあるべくもなき世の中にのどかに澄める夜半の月かな」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 詞書によると、前の一二二一番歌と同じ夜に詠まれ、「女友達」と語らい、詠んだ歌です。

 

 

 

○巻十六雑一・一二二三番歌「澄み昇る月の影だになかりせば憂き世をいかで我過ごさまし」

 

 詠み人は「左大弁女」。
 一二二二番歌の返歌で、三の君の「女友達」が、左大弁女であることがわかります。
 三の君が悩みを打ち明けられるほど信頼している「女友達」ですが、どのように知り合い、親しくなったのかわからないです。
 『しのびね』『苔の衣』『兵部卿物語』などでは、男と別れた後に女主人公が親類を頼る設定があるので、左大弁女は、三の君が内大臣の家から出る時頼った親類の娘と設定しました。
 この一二二一から一二二三番歌の三首は、「月」と「憂き身」「憂き世」が詠みこまれており、三首とも無常観が漂う歌です。
 また、この三首の前後は、出家や隠遁にまつわる歌が配置されているので、復元では三の君は出家願望があると推定しました。

 

 

 

 まとめますと、歌の配置や詞書、内容からわかっていることは、以下のようになります。
○ 主人公は、「源大納言の三の君」である。
○ 三の君は誰かと「相住み」していて、そのことが「苦しき」と思っている。
○ 内大臣と三の君は、「いと忍びて」逢っていて、公にはできない恋の関係である。
○ 内大臣には、妻の「住み渡りける女」がいる。
○ 「住み渡りける女」は、死去した。
○ 「式部卿の宮の北の方」は、「住み渡りける女」の母。
○ 「左大弁女」は三の君の女友達である。
○ 三の君、内大臣、式部卿の宮の北の方は出家願望がある。

 

 推定の設定は、以下のようになります。
○ 源大納言には北の方が二人いた。
○ 源大納言の最初の北の方には大君と中の君、後の北の方には三の君がいる。
○ 源大納言と後の北の方は、三の君が幼い頃に死去。
○ 源大納言と式部卿の宮の北の方は兄妹。
○ 従姉妹同士の三の君と式部卿の宮の姫君は、式部卿の宮邸で「相住み」し、姉妹同然に育つ。
○ 内大臣との関係が露見し、三の君は式部卿の宮邸を出て、隠れ家で内大臣と「相住み」する。
○ 三の君は隠れ家を出て、内大臣と別れる。
○ 左大弁は三の君の親戚。

 

 判明している設定と推察した設定を合わせて考えた上で、先行論文と他の物語を参考にして復元した歌の配置は、次のようになります。
① 『風葉和歌集』に収録されている『相住み苦しき』の歌は、神無月の夜、内大臣との関係に悩む三の君の三八一番歌が最初に詠まれた。
② 次に二人の関係が発覚して非難され、隠れて同居したが破局した冬の頃に一〇〇三番歌と一〇〇四番歌が詠まれた。
③ 「澄み渡りける女」が死去して、夏の蓮の頃に五一六番歌と五一七番歌が詠まれた。
④ 秋の十五夜に一二二一番歌、一二二二番歌、一二二三番歌が詠まれた。

 

 

 『風葉和歌集』収録歌を基に、散逸物語『相住み苦しき』を復元してみましたが、八首の歌だけでは、やはり想像に頼る点が多いです。
 三の君は、誰と「相住み」して「苦しき」と思ったのか。
 人間関係は、どうであったのか。
 物語は、どのような結末であったのか。
 『兵部卿物語』のように、内大臣と別れた後、三の君は出家したかもしれないし、『苔の衣』のように、三の君は内大臣との子を生んだ後出家し、死去したかもしれない。
 あるいは、『しのびね』のように、内大臣と別れた後、三の君は帝に見初められて入内、皇子を生んで立后、国母になったという展開も考えられます。
 考えれば考える程、失われた物語の内容はわからなくなります。
 今回の復元は、可能性のひとつとしてお読みください。

 

 

 

 

風葉和歌集1 相住み苦しき

 これは、今は失われた物語である。
 風の言の葉の本に、辛うじて断片が残っているだけである。


 同じ家で共に暮らすことは、親子兄弟、あるいは親しい誰かとなら、嬉しいことではあるが、たとえ恋しく愛しい人でも、共に暮らすことを苦しいと思う時がある。
 男と女の仲は、思い通りにならないのが世の常ではあるが、どうしてこうまで苦しいと思うことになったのか。


 その頃、源大納言という人がいて、妻は二人いた。
 誰よりも先に夫婦の契りを結んでいた最初の北の方には、姫君が二人、後の北の方にも可愛らしい姫君が生まれた。
 大君も中の君も三の君も、美しく可愛らしいので、源大納言はどちらの北の方も見捨てることができないと考え、姫君たちを大切に育てていた。
 しかし、三の君が三歳の年、父の源大納言も母の北の方も相次いで亡くなってしまった。
 継母に育てられるのは心配だからと、源大納言の妹で、式部卿の宮の北の方になっている人が、三の君を可哀想にと思って引き取り、我が子の姫君と同様に可愛がって育てた。
 宮の姫君と三の君は、幼い頃より同じ屋敷で露ほどの隔てもなく育ったので、とても仲良しだった。
 これが男と女であったら、一緒に育つのは厄介なことになっていたであろうが、女同士だから、何も心配はない――筈であった。


 姫君たちが美しく成長したので、まず我が娘の身の振り方をどのように決めようかと、式部卿の宮が心を砕くこと限りない。
 帝、春宮に差し上げようかとも考えたが、式部卿の宮が気になるのは、時の内大臣である。
 内大臣は、光り輝くような容姿はもちろん、人柄も良く、学問や歌、音楽の才能も優れていて、何もかも申し分ない。
 家柄も立派で、将来頼もしいので、
「これほどの人を婿にしないのは、残念に思う。帝の母や后にならないのであれば、この内大臣の妻になるのが姫の幸せになるだろう」
 と式部卿の宮は考え、縁談を申し込んだところ、内大臣の父は、快く了承した。


 内大臣は「なんとかして思い通りの人を妻にしたい」と思っていたから、親の決めた結婚など、厄介なものだと面白くないが、両親も相手側も、世の評判になるほど盛大に結婚の支度をしたので、婚礼の夜、しぶしぶ式部卿の宮の屋敷を訪れた。
 気乗りのしない結婚ではあったが、父母に限りなく大切に育てられただけに、宮の姫君に至らぬ点はなく、内大臣は噂通りの美しい容姿を見て、不満はない。
 共に語らい、共に暮らしていくうちに、内大臣と宮の姫君との夫婦仲も深くなっていった。


 ある日のこと、式部卿の宮の屋敷を訪れた内大臣は、妻の部屋に遊びに来ていた三の君の姿を偶然垣間見た。
 宮の姫君と語らう三の君が微笑んだ顔が、何とも言いようがないほど美しいので、内大臣は心奪われてしまった。
「式部卿の宮の北の方が世話しているという人は、噂には聞いていたが、これほどとは思わなかった。本当に美しい人だ」
 三の君を好ましく思い、恋しさが募るあまり、内大臣は三の君の女房に手引きを請い、人が少ない晩に、とうとう三の君の部屋に忍び込んでしまった。
 あまりのことに声を上げることもできない三の君に、内大臣はとても優しく、熱心に語りかけ、言葉の限りを尽くして愛を語る。
「あなたを見かけてから、思いが募るのを止められず、我慢できずにこのようなことをしてしまった。どうか私のことを哀れと思うのなら、せめてそう言って」
 三の君は、内大臣のひどく強引で、あさましい振る舞いに、恐ろしい夢でも見ているような心地がして、命も絶えそうに泣きじゃくる。
 内大臣は三の君がいじらしく、可憐なので、とても一度限りの逢瀬で終わってしまえそうにないと思いつめた。
 しみじみと三の君を見つめるにつけても、この世の者とも思えぬ美しさなので、
「同じ家で、こんなに素晴らしい人を知らずにいたなんて、残念でならない。同じ事なら、この人と結婚したかった」
 と思うのも、浅くはない愛情からなのだろうが、二人の行末はどうなることか。


 その後、内大臣は式部卿の宮の屋敷に通い、宮の姫君と会う一方で、そう気軽に会えないけれども、どうしても恋しさに耐えかねる時々は、夢のように儚く三の君と契りを交わした。
 三の君は、最初は仕方なく会っていたが、内大臣が美しく、立派で、心を込めて語りかけてくれるから、逢瀬を重ねるにつれて、内大臣に心を寄せるようになった。
 しかし、宮の姫君に気が咎めること限りない。
「姫君と同じ家に住みながら、あの方とお会いするのは、大変心苦しいわ」
 それに、もしも内大臣との関係が表沙汰になったら、誰からも非難を受けるだろうから、三の君は恐ろしく、恥ずかしい思いがして、心乱れて嘆くのも、もっともである。


 神無月の夜のことだった。
 今宵、内大臣は宮の姫君の部屋を訪れているから、三の君は部屋で独り、人知れず悩む。
 眠れぬ三の君は、空にかかる月を眺めて心を慰めようとしても、思うことが様々ある。
 三の君が物思いに耽っていた頃、月が急に雲に隠れて、時雨が降るのを見て、

  慰めにながむる月もかき曇りいとど時雨に濡るる袖哉(かな)(*1)
(心の慰めに眺めていた月も曇り、激しく振る時雨に、ますます濡れる私の袖だわ)

 と詠んだ。
 途絶えることなく激しく降る時雨と共に、三の君の嘆きの涙は止まることを知らない。


 内大臣も、窮屈な身分と立場であるから、三の君との仲を公にしても世の評判は悪いだろうし、かといって、大勢いる女房、召人として扱うのは、本意ではないから、三の君との関係を隠しておくつもりだった。
 しかし、三の君を深く思うゆえであろうか、言葉や態度から三の君への思いが漏れて、内大臣の恋心は宮の姫君に知られてしまった。
 三の君が思い悩んでいる様子を見ても、二人の関係は明らかで、宮の姫君は涙に暮れる。
 内大臣は、妻の心情を思うと気の毒に思われるので、宮の姫君を正妻として重んじてはいるものの、心からの愛情はどの程度であったか。
 だから、他の人もあれこれ噂し、
「他所の女ならともかく、妻の姉妹同然の女と親しくなるのは、ずいぶん外聞が悪いことだ」
 そう非難し、騒ぐ人もいるので、内大臣の父母も、宮の姫君の父母も、困ったことになったと機嫌が悪くなる。
 三の君の継母は、継子の三の君が世の噂になって、人聞きが悪いと思っている。
 三の君の姉たちも、自分まで人並みではないように言われて、恥ずかしく情けなく思う。
 そういう様子を見聞きし、伝え聞いたものだから、三の君がいたたまれない心地になるのも、無理のないことである。


 内大臣は、このまま宮の姫君と同じ家で三の君と逢瀬を重ねるのは大変だから、どこかに三の君を連れ出して、隠してしまおうかと思い、準備する。
「こちらの家では、落ち着かないだろう。もう少し気楽な家を用意するから、待っていて。もうしばらく辛抱しておくれ」
たまの逢瀬で内大臣は心を込めてそう言うが、三の君はほろほろと涙を零して泣く。
 どんなに三の君が苦しみ、悩んでいるかと内大臣は心苦しくて、ますます固く約束する。
 ある日のこと、内大臣は明け方の暗いうちに三の君を迎えに来た。
 急なことなので、驚き、呆然としたままの三の君を、内大臣は軽やかに抱き上げた。
 三の君の女房たちは、驚くこと限りなく、どうしたものかと悩むが、止める術もないので、おろおろしている。
 そうして内大臣は、三の君を式部卿の宮の屋敷から連れ出してしまった。
 明るくなって、三の君がいなくなったと式部卿の宮の屋敷の者たちは騒ぐ。
 三の君の女房たちに問いただすが、内大臣に固く口止めされているので、答えられない。
 女房たちが言わなくても、内大臣が三の君を隠してしまったのだろうと、式部卿の宮夫婦は思い、宮の姫君の女房たちも、そう言う。
 宮の姫君も、夫がそれほど三の君を思っているのだと思うと、やりきれない。


 内大臣が三の君の為に用意した家は、寝殿の様子も、部屋の様子なども、改めて言うまでもなくすばらしく、庭の木々や、池なども、絵に描いたように風情がある。
 内大臣は隠れ家でくつろいで過ごし、心を込めて三の君に行く末を誓う。
 しかし、三の君は、内大臣の用意した家に移って暮らし始めたはいいが、式部卿の宮の屋敷にいた時よりも、悩みは深くなる。
 時折、内大臣が訪れ、あっという間の逢瀬を過ごし、帰った後、つくづく思うのは、
「なんと辛く、情けない身の上かしら。父にも母にも幼い頃に死に別れ、大層辛く悲しい身でありながら、叔母上さまがあれこれ心をかけてくださったおかげで生きていけると思っていたのに、思いもかけずあの方と縁を結んで、どなたにも申し訳が立たない有様になってしまった。こうやって隠れて暮らし、親に認められた人並みの結婚さえできずに生きているのは、なんと辛く、悲しく、恥ずかしいわ」
 世の人は皆、男の言いなりになった女だと悪く言い、物笑いの種になっていると思うので、本当に辛くてたまらない。
 三の君は、昼も夜も悩まない日はない。
 悩んだ末、とうとう三の君は、内大臣の訪れがない日に、家を出て行ってしまった。


 三の君がいなくなったと知って、内大臣の方はとても口惜しく、嘆くこと限りない。
「式部卿の宮が、私の心変わりを知って、あの人をどこかに隠してしまったのか。それとも父上があの人に何か言って、追い出したのか。どちらにしても、私が油断していたせいで、あの人の行方を失ってしまった」
 内大臣は人に命じて、三の君の行方をあちこち探させた。
 神仏にも、
「どうかあの人の居所を教えてください」
 と祈った。
 冬になって、三の君は親戚の左大弁の家に身を寄せていることがわかった。
 内大臣は、さっそく文を送り、三の君に会いたい、もう一度会って語り合いたいと切に願い、この世で会うことができないのなら、せめて来世を頼みとしたいと書き綴った。
 内大臣が三の君に贈った歌は、

  思ひ出づやあるかなきかに見し夢はいかならん世に語り合はせむ(*2)
(あなたは思い出していますか。お会いしたのかどうか定かではない夢のような逢瀬について、いつかせめて来世で語り合いたいと思うのです)

 三の君は内大臣からの文を読むにつけても、ますます涙が零れるが、この世では絶えてしまった夢のように儚い二人の仲だと、書いて送った。

 三の君からの返歌は、

  ほのめきし暁方に違へてし夢よかけても語らざらなむ(*3)
(ほのかに見た夢については、明け方に夢違えしました。そんな夢は決して人には語らないでください)

 ただでさえ冬の寒さは我慢できない心地がするのに、このような返事が来て、内大臣は胸の詰まる思いがして、哀しく思う。
 この世に生きているのも辛くて、出家してしまおうかと思うが、これ程心乱れていては、修行もままならないだろうから、さらに思い悩み、心乱れること限りない。
 兎にも角にも、二人の仲はただの夢でしかなかったと、途絶えてしまったようである。


 三の君が身を引いても、一度隔たれた夫婦仲が、元通りになるわけではない。
 内大臣は、三の君の面影が忘れられず、恋しい思いが一層募るので、宮の姫君への訪れが途絶えがちになる。
 式部卿の宮の屋敷の者は、
「いなくなった後も、人の心を悩ませ、安心させてくれない人だ」
 と三の君を憎んでいる。
 宮の姫君はやりきれなく、いつも気分が優れぬことが続き、床に臥せることも多くなった。
 父母が思い嘆くこと限りない。
 加持祈祷など、色々手を尽くしたが、甲斐もなく、ついに宮の姫君は、儚く息絶えてしまった。
 式部卿の宮は、呆然と涙を流し、夢でも見ているような心地がする。
 母の北の方は、悲しみのあまり倒れてしまい、そのまま起き上がることができず、命さえ危うく見えるので、屋敷中の皆が騒ぐ。
 内大臣は、三の君との別れという辛さに加え、宮の姫君の死という悲しみに、ますます憂鬱になる。
「長い間、妻のどこに不足があると思っていたのだろう。愛おしさではあの人には劣るが、もっと大切にすればよかった。私も死にたい」
名残惜しく、ひどく悲しくて、内大臣は悔やむこと限りない。


 月日は儚く過ぎて、夏、池の蓮の花の盛りの頃になった。
 暁の念仏の回向(へこう)をしても、今さらながら涙が零れそうになるので、内大臣は妻の母に歌を贈った。

  いつかまた蓮の上に逢ひも見ん露の宿りに心まどはで(*4)
(いつかまた蓮の台の上で妻と会いたいです。露のような儚いこの世に留まって、心惑わさずに)

 式部卿の宮の北の方の返歌は、

  今はとて蓮の上を思ふにも露けきは猶この世なりけり(*5)
(今はもう、娘が蓮の台の上に生まれ変わっていることを願うにつけても、露が蓮を濡らすように、涙で袖を濡らしてしまうのは、まだこの世に留まる者の習いなのでしょう)

 来世で妻と再会したいと思う夫も哀れであるが、娘の極楽往生を願いつつ、現世で涙に暮れる母の心が痛ましい。
 その後、嘆きのあまり式部卿の宮の北の方は出家したとか、いや、出家したのは内大臣か。
 誰が出家したのか、しないのかわからないが、死別の悲しみは、並みのものではないということである。


 内大臣と別れた三の君は、左大弁の家で寂しく物思いに耽る日々を過ごしていたが、宮の姫君が亡くなったと聞いて、驚き悲しむこと限りない。
「私のせいで、宮の姫君も亡くなられてしまった。この悲しさは、どうしようもないわ」
 実の姉たちよりも姉妹同然の仲であったから、共に過ごしたあの日、あの時のことなどが、つい先程のことのように思い出しては、涙が零れる。
 内大臣からは、今も文が届くが、よりを戻すことは、式部卿の宮夫婦も面白くないだろうし、世の人からも非難されるだろう、継母や姉たちに対しても、三の君はとてもきまり悪い。
「心弱くこの世に留まっていても、また辛く悲しい目に会うかもしれないわ。私も死んでしまいたい。死ねないのなら、せめて深い山に隠れて、来世を祈りたい」
 三の君はひたすら死を思い、髪を下ろしたいと願うこと限りない。


 八月十五夜の月が、いつもより輝いていて空にかかる夜、三の君は仲良くなっていた左大弁の娘と月を眺めた。
 思い悩んでいた三の君は、暁近くなるまで月を見明かして、

  見るままに西にかたぶく月影を憂き身の果てと思はましかば(*6)
(見るにつれて西に傾く月の光を、辛い我が身がついには西方浄土へ行く暗示だと思えたら良いのに)

 そう口にした。
 共に月を眺めていた女友達である左大弁の娘と語らい、

  かけとめてあるべくもなき世の中にのどかに澄める夜半の月かな(*7)
(わざわざ留まっている必要もないこの世の中に、のどかに澄んだ光を放つ夜半の月だわ。私はこの世から消えてしまいたいの)

 と詠んだ。
 左大弁の娘の返歌は、

  澄み昇る月の影だになかりせば憂き世をいかで我過ごさまし(*8)
(もし澄み切って昇る月の光がなかったら、私は辛いこの世を一体どのように過ごしたらいいのでしょうか。あなたがいなくなったら、私はどんなに淋しく辛いことか)

 三の君の思いを察して、左大弁の娘は堪え切れずに涙を浮かべる。
 この世の儚さを思うにつけても、心は乱れるばかりである。


 その後、三の君がどうなったか、誰も知らない。
 望み通り、髪を下ろしたのか。
 内大臣と再び会ったのか。
 それとも、他の男と結婚したのか。
 様々な噂がある。
 帝の后になった、皇子を産んで母后になったと言う人もいるが、定かではない。
 元の本には、何と書いてあったのか。


*1風葉和歌集巻六冬・三八一番歌。

*2風葉和歌集第十四恋四・一〇〇三歌。

*3風葉和歌集第十四恋四・一〇〇四番歌。

*4風葉和歌集巻七釈教・五一六番歌。

*5風葉和歌集巻七釈教・五一七番歌。

*6風葉和歌集巻十六雑一・一二二一番歌。

*7風葉和歌集巻十六雑一・一二二二番歌。

*8風葉和歌集巻十六雑一・一二二三番歌。


*主要参考文献・論文
『「風葉和歌集」の構造に関する研究』米田明美 笠間書院

「散逸物語『相住み苦しき』復原孝」宮崎裕子 『文獻探求』48 文獻探求の会

「『風葉和歌集』における人物呼称」宮崎裕子 『語文研究』113 九州大学国語国文学会

「散逸した〈しのびね型〉物語:『風葉和歌集』所収散逸物語における〈しのびね型〉物語の可能性」宮崎裕子 『語文研究』110 九州大学国語国文学会

『中世王朝物語・御伽草子事典』神田龍身・西沢正史編 勉誠出版
※散逸物語辞典「あひずみくるしき」の稿参照


*復元の参考にした物語
『和泉式部日記 現代語訳付き』近藤みゆき訳注 角川ソフィア文庫

『源氏物語』全八巻 石田穣二・清水好子校注 新潮日本古典集成 新潮社
※若紫・葵・若菜下・柏木・鈴虫・夕霧・御法・幻・紅梅・宿木・東屋・浮舟巻を参照

『狭衣物語』上 鈴木一雄校注 新潮日本古典集成 新潮社

『夜の寝覚』鈴木一雄校注・訳者 日本古典文学全集 小学館

『中世王朝物語全集7 苔の衣』今井源衛校訂・訳注 笠間書院

『中世王朝物語全集10 しのびね しら露』大槻修 田淵福子 片岡利博校訂・訳注 笠間書院

『中世王朝物語全集11 雫ににごる 住吉物語』室城秀之 桑原博史校訂・訳注 笠間書院

『住吉物語 とりかへばや物語』三角洋一・石井敬子校注・訳 新編日本古典文学全集 小学館

『兵部卿物語全釈』秋本吉徳・藤井由紀子編著 武蔵野書院


2020年6月11日 (木)

風葉和歌集 序

 倭歌(やまとうた)である和歌は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が詠んだ、

  八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を

 の歌に始まり、楢(なら)の葉と同じ名を持つ奈良の都の平城帝の宮に歌が集められて『万葉集』が編纂されて以来、和歌は信太(しのだ)の森の千の枝よりも多く、勅撰和歌集などに選ばれることも浦の浜木綿(はまゆう)のように度重なった。
 だが、作り物語の歌というものは、嘘を言うことに慣れた人の言い出したことばかりなので、真面目な所では表立って出すべきではない。
 なので、和歌の浦の磯に掻き捨てられた藻屑のように、書き捨てられた物語歌は、虚しく積り、安積山(あさかやま)の谷陰に永遠に人に知られずにいる埋れ木の如く、朽ち果ててしまいそうになってしまった。


 物語の歌の心を思えば、このままで良いはずが無い。

 この世の中に生きる人は、物語を作ることは多い。
 だから、見る人にも飽きられず、聞くことも多いことを、はっきりと誰とは言わないけれど、後の世に言い伝えて、善い物語を慕い、悪い物語を戒める手掛かりになりそうなことばかり記し残しておけば、一途に物語は嘘ばかり書いてあると断言するのも、事実に合わないのではないか。


 中でも、物語の歌の風情を思うに、
 花の色に隔つる露を恨み、(注1)
 同じ御垣に鳥の音を待ち、(注2)
 菖蒲草を引いて辛さに泣き声を上げ、(注3)
 撫子を見て露のように涙を添え、(注4)
 古里の萩の葉を思って夕風に乱れた心を言づけ、(注5)
 雲居を渡る雁に友を慕い、(注6)
 露枯れゆく草の原に問うべき人の行方を失い、(注7)
 小塩山の雪に残る古き足跡を訪ね、(注8)
 峰の朝日のような千年の栄光を約束し、(注9)
 中身が空っぽのうつせ貝のように、虚しい亡骸を嘆く心言葉(注10)――
 このように、多くの物語の歌は、ある物に事寄せて詠んだそへ歌に倣って、歌の親たる難波津の歌(注11)の流れに通じているから、外には浅い言葉を表現して、花の色も鳥の音も捨てず、内には深き心を込めて、男女の恋も恨みも知らせようと詠んでいる。

 夏衣がただ単衣(ひとえ)であるように、ただひとつの事柄を詠む和歌よりも、泡沫(うたかた)のようでも多くの意味を込めた物語の歌の方が、しみじみとした趣は添えられているのではないだろうか。


 このような次第であったところ、我が君大宮院(注12)が、二人の皇子が次々と帝位に即かれて天下の国母と仰がれてから二十五年(注13)になり、後深草帝、亀山帝の居られる内裏の春の花が、枝々に咲き続ける色を楽しまれ、後嵯峨院の仙洞御所の秋の月が、夜な夜な射し添う光を愛でられる暇に、諸々のことをお見捨てにはならない。
 ということで、新旧の物語の中より掻き集められた歌を、人知れず深い山に隠れ住む私(注14)のもとへ、秋風が吹く頃に大宮院から届けられたので驚いたところ、
「この物語の歌を基にして、さらに優れた歌を選んで追加し、部立て、巻を分け、歌に詞書を整えて奉るように」
 との仰せがあった。

 荒小田(あらおだ)の波のように、片糸を縒るように、かえすがえすも、思いもよらぬ仰せであったが、最上川(もがみがわ)上れば下る稲舟の否というように、お断りするのは恐れ多いことだから、雁の列のように物語の歌を書き連ねることになった。


 部立は、
 春の「鶯の初音を聞く」の歌(注15)より始めて、
 夏の「神山の葵をかざし」の歌(注16)、
 秋の「鹿の音に深きあはれを知り」の歌(注17)、
 冬の「夜半の時雨を思ひやる」の歌(注18)に至るまで春夏秋冬の部を並べ、
 神仏の誓いを述べた神祗、釈教の部、
 別れ、旅の心を詠んだ離別の部、羈旅(きりょ)の部、
 朝の露(注19)、夕べの雲(注20)に世を悲しむ哀傷の部を、
 千年の寿命を持つ鶴(注21)や、双葉の松に君を祝う(注22)賀の部を、
 涙の色を袖に隠し(注23)、辛さを添えて憂いを嘆く恋の部を、
 糸竹の声(注24)――琵琶や琴、筝の琴などの音に思いを述べ、
 親子の道に心惑わし(注25)、
 あるいは、雑の部として、長歌、物名(注26)、折句(注27)、連歌などのように様々な歌まで、全部で千歌余りを集めて二十巻とした。

 あの『古今和歌集』の仮名序に倣って、歌の六種(むくさ)の風、そへ歌の流れを汲む物語歌集ということで、風の言の葉の和歌集――『風葉和歌集』と名づけた。


 さても、『うつほ物語』の「なすこそ神」という歌(注28)は、『拾遺和歌集』(注29)に入り、『住吉物語』の「これを入相」という連歌(注30)は、『後拾遺和歌集』雑二に小一条院(注31)の歌として入っている。

 このような例は多いけれど、どれも物語の方が先に歌が作られているから、『風葉和歌集』から漏らすべきではないので、今これらの歌を除くことはしない。


 この物語というものは、長柄(ながら)の橋の如く古い頃から作られ、葦垣のように近い世に作り出された物語も、浜の真砂のように数多くあり、鴫(しぎ)の羽搔きのように書ききれない。
 蓬(よもぎ)が島と言われる蓬莱島(ほうらいとう)ではないけれど、題名だけを聞いて探しても、得ることができない物語も多く、花の園に入りながら手折ることができない梢のように、優れた物語があっても全て歌集に納めることができなかった。
 なので、身の過ちを残し、人の非難を受けることは逃れようもないことはわかっているけれども、こうしてこの度集め選ばれた物語歌が、吉野の滝のように絶えず、瑞垣のように末永く世に伝わり残ったならば――
 物語を作る人は、誰と知られずとも、誰と知られても、この物語歌集が選定された時に物語が見つかったことを喜び、物語を今の世に見ることができ、その名を聞き伝える人も、大宮院が初めて物語歌集を作られたので、和歌の道は栄えていくことを思い……
 大空の月日の影ものどかに巡り、我が国の四方の海の波の音も静かになることを願わずにはいられない。(注32)


 文永(ふみなが)しという意味の文永(ぶんえい)八年、降ったり降らなかったりする神無月の時雨の頃、この『風葉和歌集』を大宮院に奉ったのである。


注1『風葉和歌集』巻一春上・十九番歌。散逸物語「ひいこかしづく」より。花の色と霞を詠んだ歌。
※以下春夏秋冬・賀・恋部の歌の内容を略述し、和歌集の特色を記している。

注2巻一春上・二十四番歌。散逸物語「末葉の露」より。御垣と鳥(鶯)を詠んだ歌。

注3巻三夏・一六三~一六六番歌。「石清水物語」・散佚物語「深山隠れ」「物妬み」「葦の八重噴き」より。全て菖蒲草と嘆きを詠んだ歌。

注4巻三夏・一九六・一九七番歌。「源氏物語」より。撫子と露を詠んだ歌。

注5巻五秋上・二二九番歌。「夜の寝覚」より。古里の萩の葉と風を詠んだ歌。

注6巻五秋下・二八六~二九〇番歌。「風につれなき」「源氏物語」・散逸物語「親子の中」「萩に宿借る」「みづから悔ゆる」「袖濡らす」より。雲居や雁を詠んだ歌。

注7巻六冬・三八五番歌。「狭衣物語」より。霜、草の原、尋ね人を詠んだ歌。

注8巻六冬・四三二番歌。「源氏物語」より。小塩山と雪と古き跡を詠んだ歌。

注9巻十賀・七一五番歌。散逸物語「御垣が原」より。峰の朝日と千代の光を詠んだ歌。

注10巻十四恋四・一〇三八番歌。散逸物語「海人の苅る藻」より。うつせ貝と虚しき殻を詠んだ歌。

注11「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」の歌。古今和歌集仮名序では、そへ歌の例として挙げられる。

注12後嵯峨天皇皇后、西園寺姞子。後深草・亀山天皇の母。

注13後深草天皇即位から風葉和歌集選進の寛元四年から文永八年までを指す。

注14風葉和歌集選者。大宮院の女房たちが集めた歌を藤原為家が撰したとする説が有力。為家は藤原定家の子。『続後撰和歌集』『続古今和歌集』の選者。側室は『十六夜日記』の阿仏尼。孫娘は大宮院女房、大宮院権中納言京極為子。

注15巻一春上の巻頭歌・一番歌。散逸物語「浪の締結ふ」より。立春の鶯の初音を聞く歌。

注16巻三夏・一四八番歌。散逸物語「忍ぶ草」より。葵祭に神山の麓で挿頭を詠んだ歌。

注17巻五秋下・三〇六番歌。「風につれなき」より。鹿の音に秋のあはれを詠んだ歌。

注18巻六冬・三七七番歌。「夜の寝覚」より。夜半の時雨を詠んだ歌。

注19巻九哀傷・六二三番歌。散逸物語「玉藻に遊ぶ」より。露を詠んで死者を悼む歌。

注20巻九哀傷・六六〇番歌。「浜松中納言物語」散佚首巻より。夕べの雲に荼毘に付された死者を悼む歌。

注21巻十賀・七〇三番歌。散逸物語「ひちぬ石間」より。鶴を詠んで五十日の祝いに赤子の千年の長寿を寿ぐ歌。

注22巻十賀・七一六番歌。散逸物語「御垣が原」より。双葉の松を詠んで赤子の千年の長寿を寿ぐ歌。

注23巻十一恋一・七八一番歌。「風につれなき」より。涙で色変わる袖を詠んだ歌。

注24巻十七雑二・一二五三番歌~一二五五番歌。「松浦宮物語」「浜松中納言物語」より。琴、琵琶を弾いた時に詠まれた歌。

注25巻十七雑二・一二八二~一二八四番歌。散逸物語「あたり去らぬ」「浪の標結ふ」「朝倉」より。親が子を思う心の闇を詠んだ歌。

注26物の名を詠みこんだ歌のこと。

注27物の名を各句の頭に詠みこんだ歌。

注28巻十二恋二・八四〇番歌。『うつほ物語』祭の使巻・詠み人源仲頼。

注29『拾遺和歌集』巻五に「題しらず」「詠み人しらず」として収録されている。

注30『住吉物語』で姫君の乳母子の侍従が「暁の鐘の音こそ聞こゆなれ」と言い、姫君に恋する男君の少将が「これを入相と思はましかば」と応じる。『風葉和歌集』現存本にはない歌。欠巻の巻十九・二十に収録されていたか?

注31三条天皇皇子、敦明親王。後一条天皇即位時に皇太子に立てられたが、藤原道長の圧力で辞退した後、准太上天皇として院号を授けられる。

注32『風葉和歌集』撰進された文永八年は、弘長元年に元の使節が国書を持参して日本を訪れて以来、元の襲撃を警戒していた最中であった。それで『風葉和歌集』選者は、序の末尾に国家安寧を願う文が記した。後の文永十一年に元軍が日本を襲来、文永・弘安の役が起こった。


参考文献
『中世王朝物語・御伽草子辞典』「作品解説 風葉和歌集の稿」(神田龍身・西沢正史編 勉誠出版)

『新版古今和歌集 現代語訳付き』「仮名序」(高田祐彦訳注 角川文庫)

『殴り合う貴族たち』「10小一条院敦明親王、受領たちを袋叩きにする」(繁田信一 文春文藝ライブラリー)

『中世王朝物語全集11 雫ににごる 住吉物語』笠間書院

風葉和歌集 はじめに

 この世には、物語の歌は、星の如くあまた詠めり。


 今月から『風葉和歌集』の現代語訳を不定期にですが、連載を開始します。


 『古今和歌集』が撰進されて以来、勅撰和歌集は二十一集、私選集や私家集なども含めると、数多くの和歌集が存在します。
 中でも『風葉和歌集』は、他に類を見ない特異な和歌集です。

 『風葉和歌集』は、鎌倉時代、文永八年(一二七一年)十月に、後嵯峨天皇皇后の大宮院西園寺姞子の下命により総覧された和歌集です。
 全二十巻で、末尾二巻は散佚し、現存するのは十八巻。
 歌集の冒頭に序を供え、春夏秋冬、神祇、釈教、離別、羈旅、哀傷、賀、恋、雑の部立と構成は、勅撰和歌集に準じています。

 『風葉和歌集』の一番の特徴は、他の勅撰和歌集と違い、物語の歌だけを集めた和歌集だということです。
 現実に生きた人間の歌ではなく、虚の世界である物語で詠まれた歌を集めた歌集は、他に例を見ません。
 『千載和歌集』や『続古今和歌集』に、物語の歌を実作者の名で収録された例はありますが、詞書に物語で詠まれたことは記されておらず、「題しらず」とされています。
 物語でその歌が詠まれた事情は説明されないのでは、歌の風情が真に理解されない恐れがあります。
 そこで、物語の歌を勅撰和歌集に選入することは、無理が生じると判断し、大宮院の命で大宮院権中納言こと京極為子を始めとする女房たちが物語の歌を選び、さらに為子の祖父である藤原為家が助言し、物語の歌だけを集めた『風葉和歌集』が撰進されたと推測されます。(※樋口芳麻呂氏「『風葉和歌集』の本性」中世文学40を参照)

 歌の配列は、春夏秋冬の景物の組み合わせ、物語の別を越えて登場人物の立場や歌の心情に従っています。
歌の作者名の表記は、「物語名 登場人物名」の形式をとり、詞書と歌の内容から、散逸物語の復元に貴重な資料となっています。
 ただし、『風葉和歌集』の詞書は、本文から大きく簡略化されており、歌の作者名は、「詠み人しらず」として明確に表記されない場合もあります。

 『源氏物語』のような有名作ならともかく、現代の読者には、一般に知られていない物語、まして散逸物語の歌を個別に詠んでも、物語の内容を把握しきれるか――
 『風葉和歌集』に採録された約二百の物語は、そのほとんどが散佚しています。
 残された資料から推察しても、物語の内容は知らないも同然です。
 今回『風葉和歌集』を現代語訳するにあたって、物語の内容と歌をより理解することを目的に、構成と配列を変えて、物語ごとに訳すことにしました。
 『風葉和歌集』は、散逸物語の復元を目的に選集されたわけではないので、物語別に歌の構成と配列を変えてしまうのは、歌集の意義を無視した行為です。
 ですが、物語の内容を把握した上で『風葉和歌集』を読み直したら、物語歌集という特異な歌集に新しい視点が見えてくるのではないか、さらに、失われた物語を蘇らせたいという欲求は止まることがないので、歌集ではなく物語の抄訳として訳すことにしました。

 現存物語については、『風葉和歌集』の詞書に加筆し、採録歌のみで構成します。
 散佚物語の内容についても、『風葉和歌集』の詞書と歌の内容の他に、先行論文を参考にして復元します。
 物語の数が多いので、題名のあいうえお順に、完成した物語からアップしていきます。


 カテゴリーは、以下のようになります。
古典現代語訳風葉1…序・あ行物語
古典現代語訳風葉2…か行・さ行物語
古典現代語訳風葉3…た行・な行・は行物語
古典現代語訳風葉4…ま行・や行・わ行物語/物語不明作/物語名・詠み人不明作


 今回現代語訳するにあたって、底本にしたのは以下のとおりです。
底本
『和歌文学大系50 物語二百番歌合/風葉和歌集』三角洋一・高木和子著 明治書院

『王朝物語秀歌選』上下 樋口芳麻呂校注 岩波文庫


 『風葉和歌集』に関する主な参考文献は、以下のとおりです。
主要参考文献
『中世王朝物語・御伽草子事典』神田龍身・西沢正史編 勉誠出版

『「風葉和歌集」の構造に関する研究』米田明美著 笠間書院


 物語ごとの参考文献は、そのつど記載していきます。


 まずは『風葉和歌集』の序と散逸物語「相住み苦しき」からお読みください。


2020年6月 8日 (月)

『風葉和歌集』の不定期連載のお知らせ

 『狭衣物語』と『いはでしのぶ』の現代語訳を連載すると予告してから、だいぶ時間がたってしまいました。
 この2作品の現代語訳は、順調に遅れています。
 代わりと言っては何ですが、先に書きあがった『風葉和歌集』の現代語訳、ごく一部ですが、6月11日の午前9時から不定期に連載することにしました。
 物語の歌だけを集めた唯一の歌集として、『風葉和歌集』は勅撰和歌集に準じた部立、構成でまとめられていますが、今回の現代語訳は、物語別に訳すことにしました。
 数が多いので、物語の題名のあいうえお順に、完成した物語からアップしていきます。

 

 カテゴリーは以下のようになります。
古典現代語訳・風葉1…序・あ行物語
古典現代語訳・風葉2…か行・さ行物語
古典現代語訳・風葉3…た行・な行・は行物語
古典現代語訳・風葉4…ま行・や行・わ行物語/物語不明作/物語名・詠み人不明作

 

 構成を変えているので、和歌集ではなく復元小説としてお読みください。

 

 

 

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