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創作二次小説どろろ

2019年9月 7日 (土)

次回予告 万代の巻

 十五夜の月が輝く夜、鈴が鳴る……
 鈴の音に導かれてどろろと百鬼丸が訪れたのは、世にも美しき女人が治める村だった。
 作物が実り、村の特産品も売れて豊かな村は、この世の極楽浄土かまほろばか。
 だが、人に仇なす化け物が、村に暗い影を落としていた。
 どろろと百鬼丸の戦いが、今始まる。

 

 次回『どろろ百鬼繚乱草紙』まれびとの章 万代(ばんだい)の巻

 

  面影は菩薩のごとき万代のそのうつし身は変化のものか

 

「やろうかぁ……やろうかぁ……」

 

 

どろろの巻あとがき

 やっと二人が出会った。
 倒すべき魔物が十二の鬼神に変更になったアニメの方は、とっくに鬼神退治が終わって体を全て取り戻し、主人公二人は新たな旅へと旅立った。
 こちらの創作二次小説は、これからが本番。

 

 どろろの巻は、原作の百鬼丸の巻の主人公たちの出会いをメインにしている。
 いじめられているどろろを百鬼丸が助け、刀を狙ってつきまとうどろろを追い払うために身の上を話すという、出会いの基本は原作と一緒である。
 現在進行形にアレンジしているので、すでに前の巻で書いた百鬼丸の生い立ちやみおとの出会いを改めて百鬼丸が語ると、蛇足になりかねないので、全てどろろに語ることはしなかった。
 どろろがみおたちのことを知るのは、もう少し後になる。

 

 原作からの変更点は、原作のゴミ妖怪を、おたまじゃくしもどきの化け物にしたことである。
 原作通りゴミ妖怪のままでは、原作や虫プロ版アニメの緩やかな動きの中の怖さ、「どろろと百鬼丸伝」の死霊がとりついたゴミのぬるぬる感、カラー版アニメの泥鬼のスピーディな動きを文章で表現するのはできない。
たとえ書けたとしても、先行作品とまるきり同じだと二番煎じになってつまらないので、変更した。
 どろろに襲いかかる草も、草だけでは地味な感じがしたので、イメージとして蘭の花の妖怪に変更した。
 どちらも手塚アニメのメタモルフォーゼを意識したつもりだが、文章で手塚アニメの変身シーンを再現するのは難しい。
 アクションシーンも脳内再生したとおりに書けなかったのは、心残り。
 精進あるのみ。

 

 今回のどろろの巻では、百鬼丸は四十八の魔物の一体であるおたまじゃくしの化け物から舌を取り戻したが、原作や虫プロ版アニメ、リブート版コミックス「どろろと百鬼丸伝」では、ゴミに死霊がとりついただけなので、百鬼丸は何も取り戻せていない。
 辻真先版小説や映画、カラー版アニメ、SFリブートコミックス版の「サーチアンドデストロイ」では、主人公二人が出会った際に、体を取り戻している。
 出会いの際に、百鬼丸が魔物を退治して体を取り戻した場面をどろろが目撃するという設定は、読者・視聴者としても衝撃が強い。
 辻版小説では声、映画では右足、カラー版アニメでは皮膚、「サーチアンドデストロイ」では舌を取り戻している。
 どろろの巻で百鬼丸が取り戻す体の部位は、先行作品と被らないようにしたかったが、次の巻で舌を取り戻した後の百鬼丸を書きたかったので、当初考えていたとおり舌にした。
 「サーチアンドデストロイ」で舌を取り戻すシーンが描かれていたので、正直言って、「テヅコミ」創刊前から創作二次小説を考え、書いているこちらとしては、先を越された感いっぱいである。
 「テヅコミ」買わなきゃよかったとまで思ったが、やっぱり「サーチアンドデストロイ」面白いので、さっさと執筆しなかった自分の遅筆を恨むばかりなり。

 

 この巻で、どろろはどろろと名づけられた。
 どろろが本名だった原作とは違って、この創作二次小説では親からつけてもらった名前は別にあるので、どうやってどろろと呼ばれるようになったかを考えた。
 映画では名無しの盗賊だったどろろは、妖怪小僧の意味であるどろろの名前の響きが気にいって自分の呼び名にした。
 原作者である手塚治虫は、息子か息子の友達が「どろぼうのことを片言でどろろうと言ったのをヒント」に主人公の名前をどろろにした。
 鳥海尽三版小説でも、「どろろうと言った」エピソードを取り入れて、幼い頃に孤児になって親からつけてもらった名前を憶えていなかったから、どろろという名前になったことになっている。
 どろろの名前には泥棒の意味を込めたかったが、「どろろうと言った」からどろろという名前になったという設定をそのまま使わず、二人が出会った場所では、盗人のことをどろろと言い、出会った時、どろろと呼ばれていたからそれが名前だと百鬼丸が勘違いしたという設定にした。
 ちなみにネットで調べた限り、泥棒のことをどろろという所は現実にはないので念のため。
 いずれにせよ、本名であろうとあだ名であろうと、タイトルロールであり、もう一人の主人公で、運命の相手となるのだから、百鬼丸が呼ぶ名前は、どろろでなければならない。

 

 次巻からは原作通りに書くのだが、アニメやリブート作では大いに設定変更されているので、面白くなれば変えてもいいかな、という気になっている。
 これまでさんざんオリジナルキャラと設定入れて書いておいてなんだが。
 とりあえず、原作を尊重するか、自分の創作意欲の赴くままに書くかは、書いてみないとわからない。

 

 

 *参考文献
『宙ノ名前』林完次 光琳社出版

 

『「空のカタチ」の秘密』ビジュアルだいわ文庫 竹田康男 大和書房

 

『新版月と暮らす。月を知り、月のリズムで』藤井旭 誠文堂新光社

 

『幻想世界の住人たちⅣ〈日本編〉』新紀元文庫 多田克己 新紀元社

 

『図説日本未確認生物事典』角川ソフィア文庫 笠間良彦 KADOKAWA

 

 

 

 

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章15

   どろろの巻後編
「ふーっ……」
 百鬼丸の義手を腕に抱いて川原に逃げていたどろろは、おたまじゃくしの化け物が退治されたのを見て、やっと安堵の溜め息をついた。
 危機は去った。
 もう安心だと思った途端、恐怖は消えた。
(すげぇや。あの化け物をあっという間に倒しちまった。あいつ、何者だ?)
 大抵の者なら、両腕に刀を生やした少年に抱くのは、畏怖や奇異だ。しかし、どろろは並の子供ではなかった。怯えた心を抱く代わりに、好奇心がむくむくと湧いた。
 百鬼丸はおたまじゃくしの化け物の息の根を止めると、川から上がり、どろろの方に近づいてきた。
 百鬼丸はどろろの前で立ち止まると、黙って右の刀の切っ先をどろろに向けた。
「ひっ」
 白銀に光る刀の鋭さを間近に見て、どろろは思わず怯んだ。
 斬られるのかと思ったが、百鬼丸は短く告げた。
「俺の腕」
 百鬼丸は義手を返せと言っているのだとわかり、どろろは怖がった自分が恥ずかしく、照れ臭いので、
「なんだよ、それならそうと言えよ。いきなり刀向けることないだろ」
 と、ぶつぶつ言いながらも、刀が収めやすいように、義手の断面を百鬼丸に向けた。
 百鬼丸は左右順に義手の鯉口の部分に刀を差し入れてはめると、何度か手を握っては広げた。
 そうして双剣が鞘である義手に収まると、百鬼丸は両腕に刀を生やした鬼ではなく、人にしか見えない。
 他人の顔の美醜なんかどうでもいいと思っているどろろであったが、こうして近くで百鬼丸の見ると、整った顔立ちに思わず惚れ惚れする。涼しげな切れ長の目と、綺麗に通った鼻筋は、少女のような顔でいて、凛々しさが冴えわたる。
 だけど――十五くらいの年頃にしては、どこか暗い、深淵の闇を感じさせる。
 月も星もない夜の空よりも暗い、漆黒の闇。
 どうしてこんなに暗い、深い闇を纏えるのだろう。そして、闇の中に何が潜んでいるのだろう――普通なら怖気づく百鬼丸の闇に、どろろは興味が湧いた。

 

 わからなかった。
 百鬼丸への興味が、思いが、本当は何と呼ぶのか、この時のどろろには、まだわからなかった。

 

 我知らず、どろろがじっと百鬼丸を見ていたその時、急に百鬼丸は両手で口元を覆って苦しみ出した。
「な……なんだ? どうしたんだ?」
 百鬼丸は整った顔に苦悶の表情を浮かべていた。だが、呻き声も出さずに口元を抑えながら、絶叫するかのように喉をのけぞらせた。
「あああああああぁっ!」
 どろろは凄まじい叫び声を聞いた。耳で聞いたのではない。それでも確かに聞こえた。頭の中に直接響いたのは、百鬼丸の声。
 そして、百鬼丸は両手をついて膝をつき、口から何かを吐き出した。
 川原に吐き出されたのは、薄紅色の塊。
 それは、舌だった。
「わあっ! 舌が、舌が千切れた!」
 百鬼丸がおたまじゃくしの化け物の舌を斬ったから、祟られて舌がとれちまったのかと、どろろは思った。
 驚愕と困惑に立ちすくむどろろをよそに、百鬼丸は大きく息をするように肩を上下していたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
 さっきまで苦痛に悶えていたのに、平然と、何でもない顔をしている。
 いや、百鬼丸の顔には、明るい、喜びの表情が浮かんでいた。
「だ……大丈夫なのかよ? 舌取れちまって、痛くねぇのか?」
 一応命の恩人だから、どろろは百鬼丸を気遣うように声をかけた。だけど、恐る恐るといった感じは隠せない。
 驚くのも無理ないと、百鬼丸はほろ苦く思う。
 それまでの純粋な喜びの笑みは消え、すぐに自虐的な微笑みに変わった。
 舌が取れてしまったせいで、こんな怖い顔して笑うのかとどろろは思い、下を向いて百鬼丸が吐き出した舌を見た。
「えっ?」
 どろろは唖然とした。百鬼丸が吐き出した舌は、薄紅色だったはずなのに、木苺のような透けた鮮やかな赤になっていた。続いて燃える炎のように輝く赤に色が変わる。
 色が変わっただけではない。柔らかな舌は、石のように固くなっていく。
 そして、とうとう舌は真紅の石となった。
 舌の形そのままで石と化したので、人が作った細工物としか思えない。とてもさっきまで生の肉の塊であったとは、誰も信じないだろう。
 思わず手を伸ばして、どろろが石化した舌を拾おうとした時、

 

 ぴきっ――

 

 石化した舌に、一筋のひびが入った。

 

 ぴきぴきぴきっ――

 

 ひびは音を立てながら、蜘蛛の巣が広がるように次々と広がっていく。
 そして、表面から内部までひびが入った舌は、

 

 ぱりん――

 

 一瞬にして砕けて、砂となった。
 その時、風が吹いた。
 真紅の砂は、どこからともなく吹いた風に吹かれて形が崩れた。そして、風に舞い散って、跡形もなくなった。
「なんだ? なんだ? なんだ?」
 どろろは百鬼丸と舌があった地面を交互に見比べた。百鬼丸は変わらず平然としている。
 百鬼丸はどろろを、自分を嘲笑うかのように、べーと舌を出した。
 血色のよい綺麗な舌を見て、どろろは呆気にとられた。
「舌がある……」
「今までの舌は、役目を終えた。だから消えた」
「へ?」
 百鬼丸の説明に、訳がわからないどろろ。
「これが、俺の本来の舌だ。あの化け物は、俺から舌を奪った魔物だ。俺は化け物から俺の体を取り戻した。今までの舌は、役目を終えたから消えたんだ」
 どろろは、目を丸くして百鬼丸の話を聞いている。どこまで理解したのかわからないが、百鬼丸はこれ以上詳しい話をする気はなかった。
 四十八の魔物を倒し、百鬼丸が体を取り戻したところを目撃して、喜んでくれたのは寿海だけだった。後は皆、魔物から助けてもらったことも忘れ、百鬼丸を恐れおののいた。
 どろろだって、化け物に襲われて、怖かったはずだ。たまたま助けただけの子供を、これ以上怖がらせて何になる。
 久しぶりに体の一部を取り戻して気分がいいのに、化け物と罵られて怖がられるのは、不愉快だ。
「化け物は倒したから、もう大丈夫だぞ、どろろ。さあ、どこへでも行っちまいな」
 これっきり、どろろとは会うこともないだろう――百鬼丸はさっさと歩き出した。どこかで濡れた衣と体を乾かさないと思いながら、百鬼丸はもうどろろのことなど頭の隅にもなかった。
 後に残されたどろろは、びしょ濡れのまま、ぽつんと立ち尽くし、百鬼丸の後姿を見送っていた。

 

 

 再び歩き出した百鬼丸。
 その後ろをつけてくるのは、死霊か、妖怪か、魑魅魍魎か。
 だが。
 今は別の者が百鬼丸の後をついて来ていた。
 近すぎず、遠すぎず、距離を取って百鬼丸をつけるのは……
 
「どうしてついて来るんだ?」
 秋の陽は短い。
 今日もまた陽は沈み逝こうとしていた。
 赤い夕日に照らされて、百鬼丸の影が道に伸びている。
 その少し離れた後ろには、百鬼丸のよりは小さな影がついていく。
 影の主は、どろろだった。
 どろろが百鬼丸の後を追いかけていたのだ。
 後をつけているのが妖怪ではなく、どろろだと気づくと、百鬼丸は驚いた。化け物に喰われかけたというのに、腕が外れて刀を生やした鬼を見たというのに、何故どろろはついて来る? 子供の好奇心か?
 昼過ぎから夕方まで歩いているうちに、百鬼丸もどろろも濡れた衣は乾いていたが、そんなに長い時間、なぜついてきたという疑問が百鬼丸の心にいっぱいになる。
 どろろの意図がわからず、百鬼丸はとうとう立ち止まって、どろろに聞いた。
「へへへのへへへのへへへのへ。ちょっくら用があっから、ついて来るんだよ」
 どろろは百鬼丸の前に駆け寄ってくると、にっと笑って、百鬼丸の腕を指さして言った。
「おめえのその腕にくっついている刀よぉ。あの切れ味はよほどの名刀と睨んだが、どうだい?」
 何を言い出すかと思ったら、どろろは百鬼丸の腕に仕込まれた刀のことを口にしたので、百鬼丸は、おまえに関係ないことだと言わんばかりの表情を浮かべる。
 睨みつけられても、どろろに怖気づいた様子はない。
 それどころか、どろろは百鬼丸が仰天するようなことを言ってのけた。
「あの切れ味見たら、痺れたよ。その刀、貰おうと思ってさ」
「何? もらうだと? おまえがこの刀を? 冗談じゃねぇ」
 どろろの台詞は、野盗に襲われようと、死霊妖怪につきまとわれようと、いつも冷静さを失わなかった百鬼丸を唖然とさせるのに充分であった。
 どろろの方は、自信たっぷりに百鬼丸を見上げて言った。
「おいらは天下一の大盗賊だぜ。一旦狙ったものは、雨が降ろうが、槍が降ろうが、盗らなきゃ大盗賊の名が廃るんだい」
 大口もここまで叩けば、怒りを通り越して感心してしまう。百鬼丸はどろろを諦めさせるために、説得を試みた。
「ふざけるな。この刀は俺の腕にくっついているんだぞ。盗ろうったって、盗れやしねぇよ。諦めな」
 しかし、どろろは聞く耳を持たない。
「そうはいかねえ。きっと取ってみせるぜ。おめえが眠っている間とかに、すらっと盗ってみせらぁ」
「どろろ、俺の後ろにくっついていると、ろくなことはないぞ」
「てやんでぇ。そんな脅しに引き下がるおいらじゃねぇやい」
「俺には妖怪がつきまとっているんだぞ。俺に関わったら、命がないぞ。さっき川で見たろう! あんなのが、いつも俺を狙っているんだ!」
 さっきのおたまじゃくしの化け物に襲われた恐怖を思い出したのか、どろろは一瞬びくっと肩を震わせた。
 だけど、すぐに陽気に答える。
「へ、へーん。あんなもん、怖がってたら、仕事ができるかってんだい」
 いくら言ってもどろろは諦める様子はなかった。どろろの図太さに説得する気が失せた百鬼丸は、もうどろろを無視することに決めた。一応、「ついてくるな!」と釘を刺しておいたが、無駄である。ひょこひょこと、どろろはついてくる。
 こちらのほうに来たのは凶だった。
 四十八の魔物に出くわして、舌を取り戻したはいいが、まさか子供の盗人につきまとわれるとは。
 百鬼丸は別の道を行けばよかったと、後悔していた。

 

 妖怪だけでもうんざりしているのに、刀を盗ろうと子供までがつきまとうので、苛立たしい百鬼丸とは反対に、いい獲物が見つかったと、足取り軽く歩くどろろ。
 だが、どろろの足を止めるものがあった。
「ん? 何だ?」
 蓬々(ほうほう)に生えた草の間から、さやさやと密やかな音を立てて蔓が伸び、どろろの足に巻きついた。そして、どろろを地面に引き倒した蔓は、どろろの手に、足に、体に、蛇のように絡みついてくる。
 蔓には拳ほどの大きさの蕾があった。毒々しいまでの赤紫色の蕾は、みるみるうちに大きく膨らんで、赤子の頭ほどの大きさの花を咲かせた。
 広げた蝶の羽のような、四枚の花弁の花だ。肉厚の花弁の中央には、小さな鋭い牙が、びっしりと生えている。開いた花の姿は、まるでどろろを喰おうとするかのよう――いや、喰おうとしている。
 花は大きく花弁を広げ、蔓茎を伸ばしてどろろに迫った。
「わわわわわっ!」
妖怪!
「言わんこっちゃねぇ!」
 百鬼丸が駆けつけ、どろろを捕らえる蔓を、右腕の刀で薙ぎ払った。
 続いて百鬼丸は花を斬り落とした。
「きゃああああああっ!」
 女のような甲高い声で、花は絶叫した。
 地面に落ちた赤紫の花は、みるみるうちに茶色に色が変わり、萎びて枯れ果てた。
「わあーん! わあーあーあーあー」
 妖怪花に襲われて、さすがに怖かったのか、どろろが声を上げて泣き出した。そうやって泣いていると、歳相応の子供らしく思えて、百鬼丸の情け心を動かした。
「泣くな。泣くな……だから言ったんだ」
 しかし、百鬼丸が慰めた途端、どろろは泣きやんで、けろりと笑い出した。
「へへへのへ……」
 百鬼丸は、少しでもどろろに可愛げのあるところがあると思った自分を罵倒した。
(甘かった……!)
 百鬼丸の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろ! おまえにかまっているほど、俺は暇でも物好きでもねぇ!」
 どろろを追い払うため、百鬼丸は決めた。
「いいか、どろろ! これをよく見ろ!」
 百鬼丸は両手で目の辺りを覆い、続いてどろろに掌を差し出して見せた。
 百鬼丸の気迫に、どろろは訳が判らないまま、百鬼丸の掌に目を向けた。
「わーっ! 目、目が……」
 百鬼丸の掌にあったのは、ふたつの目玉。
 百鬼丸の顔を見ると、目玉があった所に虚ろな穴が穿たれている。
「どうだ。驚いたろう、どろろ」
 地面に座り込んだどろろに、百鬼丸が可笑しさをこらえながら言う。
「これで俺が盲目だってことが判っただろう……その目は入れ目だ。ほんの飾りさ。だが、おまえが今何をしているか、ちゃんと判るぜ」
 驚きのあまり、声も出ないどろろに、百鬼丸はさらに追い撃ちをかけるように告げた。
「目だけじゃねぇ……この耳も、舌と同じで、秘術で作られた作りもんさ。ほんとは、おまえの声は聞こえねぇんだけど……おまえが言おうとしていることは、俺の頭に感じるんだ。だから、耳があるのと同じさ」
(……ば、化け物……)
 どろろの心に浮かんだのは、人ではないものに対する言葉。
「化け物か……確かにその通りだな……赤子の時は、人とは言えなかったし……」
 どろろが何も言っていないのに、百鬼丸はどろろの声が聞こえたかのように呟く。百鬼丸の言うとおり、百鬼丸は心を読み取ることができるのだと、どろろは理解した。
 百鬼丸は義眼を眼窩に戻すと、どろろに向かって告げた。
「この手も、足も、目も、耳も、鼻も、全部作り物だ……俺の体は、四十八か所が作り物でできている……」
 すっかり怖気づいたどろろに、百鬼丸は呪われた身の上を語り始めるのだった。

 

 

「俺はな……赤子の時、盥に乗ってどっかから流されてきたんだそうだ……」

 

 その時、どろろの脳裏に色々な草が生えている川辺が浮かんだ。まるで、その場にいて、見えているかのように――
 続いて見えたのは、顔はわからないが、体の大きな男。
 男は何か大事そうに抱えている。

 

「俺を拾ってくれたのは、寿海という医者だった……薬草を摘みにきて、俺を見つけてくれたのさ」

 

 男が腕に抱えているのは、生まれて間もない、だけど瀕死の状態の赤子だ。
 赤子には手も足も無かった。丸い小さな頭には、本来は目や耳や鼻や唇があるべきところに、ぽこりと穴が開いている。
 無残な姿に、とても人の赤子とは思えない。だけど、どろろは赤子だとわかった。赤子以外の何者でもないと。

 

「寿海は、立派な学問と腕を持っていた医者だった。泣くこともできない、体中ないとこだらけの俺に、秘薬で五臓六腑を作って俺の命を救って育ててくれた。そして、俺が三つの年に、俺の目が見えなくても、耳が聞こえなくても、周りのことがわかること、声を使わなくても人の心に語りかけることができることに気づいて、義手や義足、義眼を夜も寝ずに作ってくれた……」

 

 どろろの脳裏に、一人の子供の姿がぼんやりと浮かんだ。
 体中が作り物の、だけど生きようと懸命に立ち、よろよろと歩いている男の子。
 歩くのもやっとの男の子は、やがて元気に走り始めた……

 

「寿海のおかげで、俺は人として生きることができるようになった。あの人は俺の恩人だ。俺はあの人が本当の父のように思えたし、あの人も俺を心から慈しんでくれた。あの人に拾われて、あの人に育てて貰えて俺は幸運だった」
 それまで無表情だった百鬼丸の顔に、懐かしむような、穏やかな柔らかい表情が浮かんだ。それは養父への親愛や敬愛の念からくるものだと、どろろはすぐにわかった。
「拾ってくれたおとっちゃんのこと、本当に大好きだったんだな」
 どろろの言葉に、微笑みを浮かべて百鬼丸は素直に頷いた。旅に出る前までは、一番好きなのは誰かと問われれば、寿海だった。旅に出てからは、寿海と同じくらい、いいや、それ以上に好きな人と出会い、守りたい、幸せにしたいと願い、誓ったが……
 百鬼丸は微笑みを消し、すぐに硬い表情で話を続けた。
「だけど……」

 

 どろろは見えたような気がした。小さな庵の周囲に、何やら得体のしれない物が潜んでいるのを。
 庵の外だけではない、鳥とも獣とも虫ともつかぬ、異形の物が部屋のあちらこちらにいる。

 

「いつしか妖怪が俺につきまとうようになった。俺が他の子供と同じ姿でいるのが気に入らないと、散々嫌がらせをしやがった。そこで護符として、寿海は空から堕ちてきた星の欠片で打った刀を俺にくれた」
「おめえの腕にくっついている刀が、星の欠片で作った刀だな! ただの刀じゃねぇと思っていたが、やっぱりかなりの名刀なんだ! おいら、わかってたぜ」
 百鬼丸の両腕に仕込まれた刀が、空から堕ちてきた星の欠片で打った名刀と知り、神妙な面持ちで百鬼丸の話を聞いていたどろろの表情が、がらりと一変した。
 腰を抜かしていたが、しゃんと立ち上がり、目を煌(きら)星(ぼし)のように輝かせ、刀を盗む気満々の顔で百鬼丸の両腕を凝視する。
 怖がらせるつもりだったのに、かえってどろろの心を煽ってしまったかと、百鬼丸は危ぶみながら話した。
「邪気を払う護身の刀とあらゆる魔を倒す退魔の刀を持ったおかげで、妖怪どもの嫌がらせは収まった。だが……俺は家を出なければならない時が来た」
「なんで?」
「俺が十四の年、雨宿りしたお堂で天の声を聞いた。その声は、俺が生まれる時に、四十八の魔物に呪われて、俺から体の四十八か所を奪っていったと告げた。四十八の魔物を倒すことができれば、奪われた体を取り戻して、俺は人並みの体に戻れるのだと――」
 そこで百鬼丸は話を中断した。体を取り戻せるかもしれない喜びを思い出して、何とも言えない気分になる。
 あの時は、喜びしかなかった。
 だけど、体を取り戻していくたびに、心は暗く、重い気分になっていった……
「そ……それから?」
 どろろに先を促されて、百鬼丸は話を続けた。
「俺は急いで家に帰った。寿海が危ない目にあっていることも知らず、一人前の体になれるかもしれないことに浮かれていた」
「おとっちゃんに、なんかあったのかい?」
 寿海が危険にあったと聞いて、どろろは心配そうに顔を曇らせた。
 百鬼丸は険しい表情で告げた。
「俺が留守の間、患者に化けて、四十八の魔物の一匹がやって来ていたんだ」
「ひえっ!」
「俺が人らしく生きるのは、あいつら魔物にとって、契約違反なんだとよ。俺を生まれたままの姿に戻せと、寿海を脅しに来た」

 

 どろろの脳裏に浮かんだのは、鬼女の豊かな黒髪が蛇のように蠢いて、寿海の首を絞める光景だった。
 鬼女のつり上がった目は獣のように恐ろしく、唇は血のように赤く、白い牙は鋭く尖っている。
 そして、腰の刀を抜いて、鬼女を斬る百鬼丸の姿――

 

「俺は魔物を倒した。その時、俺の髪が戻った。天の声は本当だったと思い知った」
 どろろは百鬼丸の髪をじっと見つめた。黒く艶やかな髪は、まるで慈しむような優しい風に吹かれて、緩やかに靡く。
「俺は天の声のことを寿海に話した。それから寿海は俺に最後の手術をしてくれた。誰にも奪われないように、腕に刀を仕込んでくれた。義足も戦うために必要な細工をしてくれた。そして、俺は四十八の魔物を倒す旅に出たんだ……だから、いつでもどこでも、妖怪どもにつきまとわれているのさ。俺の旅を邪魔するために、な」

 

 

 百鬼丸の話が終わった頃、日は沈み、赤く染まっていた西の空が、濃い藍に変わっていた。夕日の残光が、ほのかに闇に残っている。
 もうすぐ人ならざる者が、妖(あやかし)の類が闇から現れる時であることを、百鬼丸は知っていた。
「あれを見な」
 どろろは百鬼丸が指さしたほうを見ると、いつの間にか一匹の大猿が、道の向こうで座っていて、こちらを窺っていた。
 薄ら笑いを浮かべている大猿は、目が白く濁っていて、生気がない。
「あれは妖怪だ。猿の死骸にとり憑いて、俺を見張っているんだ」
 どろろにはただの猿にしか見えないが、百鬼丸にはそれが四十八の魔物の手先であることは判っていた。
「これで俺の話は終わりだ。おめえには縁のない人間だ。刀は諦めて、行っちまいな。これ以上俺にくっついていると、命の保証はしないぜ」
 そうどろろに言うと、百鬼丸は左腕を掴んで刀を抜いた。薄明りの中で、退魔の刀は刀身を光らせる。
 そして、百鬼丸は悪意の笑いを浮かべている大猿に向かって斬りかかった。
 にたにた笑っていた大猿は、切っ先が迫った瞬間、目をかっと見開き、
「しゃーっ!」
 威嚇する声を上げ、鋭い歯を生やした口を大きく開けながら、百鬼丸に飛びかかった。
 百鬼丸は横に刀を振るい、喰いかからんとする大猿の首を斬り落とした。

 

 ごろり――
 
 糸が切れた人形のように大猿の胴体は倒れ、一刀両断された大猿の首は、道に血をまき散らしながら転がった。
 ごろごろと転がって、大猿の首は止まった。こちらを向いた大猿の顔には、百鬼丸を嘲笑うかのような笑みが浮かんでいた。
「きゃっ、きゃっ、きゃっ、きゃっ」
 そして、けたたましく笑う大猿の首から蒸気が上がる。白い蒸気の中で、大猿の首も、胴体も、毛が抜けて、肉が溶けていく。やがて笑い声も消え、最後に白い骨だけが残った。
 この光景を声もなく、じっと見つめていたどろろだったが、大猿を斬った百鬼丸がどろろの方を振り振り返ると、
「あはははは」
 楽しそうに、高らかに笑った。
 耳が聞こえない百鬼丸は、どろろの笑い声が聞こえない。だけど、笑ったことだけは気配でわかる。
 何故ここで笑う?
 今度こそ、怖がって逃げるだろうと思っていた百鬼丸は、どろろの反応に面食らった。
 どろろは言い放った。
「聞けば聞くほど、面白いや」
(面白い? 俺の話が?)
 百鬼丸が身の上話を話したのは、旅で出会った琵琶法師と、誰よりも優しい、愛しい少女だけだったが、二人ともどろろのように笑い飛ばしはしなかった。真摯に百鬼丸の身の上話を聞いてくれた。
 だから、自分の話のどこが面白いのかと、百鬼丸は真剣に悩んだ。
 悩む百鬼丸に、どろろは何でもないといった風に言う。
「なあ、そんな話でおいらがその刀をあきらめると思うかい? 今の世の中、戦や病で、目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、手足を無くした奴は、いくらでもいらぁ。珍しくとも何ともないや。体を盗った奴が、侍か化け物かの違いなだけだろ? それに、化け物全部退治したら、刀は用無しになるんだから、そん時は、すらっと盗んで見せらぁ。その刀、ますます盗み甲斐が出てきたよ。星の欠片で作った刀なんて名刀、見逃すわけにはいかないさ。大盗賊の面子にかけて、絶対手に入れてやるぜ」
(こいつは……!)
 もはや、百鬼丸は唖然とするしかなかった。この自信は、どこから来るんだ――
 どろろに何を言っても無駄。そのことを悟ると、百鬼丸は一気に疲れた。体から力が抜けそうだ。どろろを説得する気力も無くなった。
 だけど不思議なことに、どろろの口上に、百鬼丸の胸には何か閃くものがあった。
 ないとこだらけの体の百鬼丸を、どろろは憐れむことも、蔑むこともしなかった。百鬼丸を百鬼丸として認め、あるがまま受け入れている――寿海のように、みおのように、無名丸のように、十二人の幼い友たちのように。
 そんな人間には、久しぶりに出会った。
 しかし、相手は刀を狙う盗人。心通わせる相手になりうるはずが無い。
 他人に期待することをとっくに諦めていた百鬼丸は、胸の奥から沸き上がろうとしている思いを押し殺した。
 旅の空の下で出会った行きずりの子供。
 どろろはそれ以上でもそれ以下でもない。
 百鬼丸はそう断じた――そう遠くない日に、自分にとって、どろろが唯一無二の、かけがえのない存在になるとも知らずに。
 刀を盗むと意気込むどろろだが、子供の気まぐれだ、そのうち飽きるだろう、飽きてくれと願いながら百鬼丸は歩き出した。
「おい、待てよー」
 置いて行かれまいと、どろろは慌てて百鬼丸の後を追いかけた。
「ついて来るなっ!」
 隣に並んで歩くどろろを、百鬼丸は疎ましく思って怒るが、
「気にしない、気にしない。へっへ……」
 さんざん怖い目にあったというのに、忠告もされたのに、どろろはどこ吹く風といった様子だ。笑って百鬼丸を見上げる。
「呆れた奴だ!」
 こんな奴は、初めてだ――とんでもない奴につきまとわれてしまったと、百鬼丸は憂鬱になるのであった。
 苦り切った表情の百鬼丸に、不敵な笑みを浮かべるどろろ。
 夕闇の中を、秋の風が吹く。風の中を、何処へともなくどろろと百鬼丸は並んで歩いていった。
 見送るのは、百鬼丸が斬った大猿のしゃれこうべだけ。
 夜空には、十五夜にはまだ早い、半月が銀色に光っていた。満たされぬ心と体を抱えた旅人を乗せる舟のように。
 
 これが、どろろと百鬼丸の出会いと、永遠に続く旅の始まりだった。

 

 

 けたけたけた――

 

 夜も更けて、上弦の半月が雲に隠れて闇が濃くなる。
 星も見えない漆黒の夜空。
 地上は一面の闇。
 それは魑魅魍魎、妖怪変化の蠢く世界だ。
 ふいに、道に残されていた大猿のしゃれこうべが、歯を鳴らし始めた。その音は、まるで楽しそうに笑っているかのようだ。
 歯が鳴るのに合わせて、どこからともなく、囁く声がした。
 それは地の底から、空の果てから、いくつも聞こえてくる。
「出会うたぞ」
「出会うたぞ」
「二人が出会うたぞ」
 囁く声は、様々だ。野太くしわがれた声、張りのある若々しい声、鈴の音を転がすような澄んだ声、艶めいて華やかな声、あどけない声と、老若男女問わない。
 しかし、どの声も禍々しい響きで、嬉しさを隠しきれない子供のようにはしゃいでいる。
 百鬼丸とどろろ。
 四十八の魔物に呪われた子と、空から堕ちた星の欠片で作られし刀を狙う子が出会ったことに、明らかに喜んでいた。
「呪われた誕生、祝福された死」
「黒い太陽、赤い月」
「熱い氷、冷たい炎」
「手に手を取って結ばれたら」
「扉が開くよ」
「ほう、ほーう」
 雲の隙間から覗く微かな月の光に照らされて、木影が地面に映る。しかし、影は得体のしれない何かに見えた。
 頭に角を生やした鼠のような小さな獣かと思えば、背中に翼を広げた蜥蜴だったり、獣の足を生やした鳥のようにも見える。
 いずれにせよ、どれもこれも同じ姿形ではない。
 異形の影が、蠢いた。
 妖怪たちが、夜の闇に紛れて出てきたのであった。
「さあ、始まるぞ」
 妖怪たちは、輪になって大猿のしゃれこうべを囲むと、待ちに待った芝居がいよいよ始まることを、高らかに宣言する。
「皆の衆、しかとじっくりご覧あれ」
「鬼子と龍女が演じるこの芝居、かつてないほど珍しい喜劇である」
「ずいぶん焦らしたな」
「お楽しみはこれからさ」
「素敵!」
「ひゅーひゅー!」
 どっと歓声が上がる。それぞれが、思い思いに飛んだり跳ねたりして、期待と喜びを表す。
「どうなるかの?」
「どうなるかの?」
「あの二人、どうなるかの?」
「殺し合うのかの?」
「睦み合うのかの?」
「なるようになるさ!」
 弾けるような笑い声が闇に響いた。
「あははははは!」
「いひひひひひ!」
「うふふふふふ!」
「えへへへへへ!」
「おほほほほほ!」
 そして、嘲笑に続いて声を揃えて妖怪たちは歌う。

 

  雷が刻んだ契りの証
  四十八の星が流れて堕ちて
  ゆららさらら
  ゆららさららと飛び出せば
  角生ひざらん鬼子
  変成しそこなった龍女
  娑婆に生まれていかがせん
  いかがせん
  始めも果ても限りなきこの世をば
  夢を夢とも知らずして
  この終わりに覚め果てるこそ
  あはれなれ あはれなれ

 

 歌が終わると同時に、夜風が吹いた。
 風に枝が揺れ、葉擦れの音が大きく鳴った。
 途端――それまでにぎやかに歌い、おしゃべりしていた妖怪たちは沈黙した。
 そして、何処へと消えたのか。
 異形の影を映していた木影は、何の変哲もない木の枝や葉の形に戻った。

 

 けたけたけた――
 けたけたけた――
 けたけたけた――

 

 残された大猿のしゃれこうべが歯を鳴らす音だけが、夜の静寂に響いた。
 いつまでも、いつまでも……

 

 

 

 

 

2019年9月 6日 (金)

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章14

   どろろの巻前編
 この出会いが運命だとは、知らなかった。

 

 

 夏の熱が残る暑い秋の昼だった。
 風は渺茫(びょうぼう)たる荒野を激しく吹き抜けていく。
 草を、木の葉を嬲るように嫋々(じょうじょう)と吹く秋風の音は、誰の嘆きの声か。
 乾いた地面の上には、躯が転がっている。
 躯はひとつだけではない。ふたつ、みっつ……正確な数は知れぬが、少なくとも百以上の数の躯が、草葉の陰に散らばっている。
 手足のない躯。
 首がない躯。
 斬り割かれた腹から、五臓六腑をぶちまけている躯。
 すでに骨となった躯。
 矢で射られた、槍で貫かれた、刀で斬られたと、死因は様々だが、戦で死んだのは同じだ。
 敵も味方も関係ない。
 乱世では、天に日輪があるように、地には骸があるのが当然のようだった。
 ここしばらく雨が降らぬせいで乾いた大地は、雨水の代わりとばかりに流れ出た血を吸いこんだ。
 人の血を吸った地面の跡は、黒い染みとなり、すぐに砂埃が覆い隠す。
 その生きとし生ける者のない荒野を、歩く者があった。
 一歩一歩、大地を踏みしめて歩くのは、年の頃は十五歳くらいの少年だった。
 少年は腰に刀を二本差し、着ている衣は黒い絹の小袖だ。二枚の大きな葉の間から茎を伸ばした蓮の蕾が、銀糸であちらこちらに刺繍されている。
 だが、袖や裾、襟元など、所々が擦り切れ、破れていた。よくよく見れば、小袖のところどころに赤茶や、黒い染みがある。
 染みは、元は紅の血であった。
 水で洗っただけでは落ちない、血が染みた衣類を着替えることもせずに、そのまま身に纏っているところをみると、ひとつの所に落ち着くことのない流れ者、旅人のようだ。
 だが、その容貌は、冴えた三日月のように秀麗であった。切れ長の目元、綺麗に通った鼻筋、強い意志をたたえた唇。それでいて、女々しいところは微塵も無く、あまたの戦いを勝ち抜いてきた証のように、厳しい表情を浮かべている。
 だけど、眼窩に広がる地平の彼方を見ているようでいて、少年の眼差しは何故か虚ろだ。
 どこを、何を見ているのか。
 二つの目には生気がなく、まるで陶器のような作り物めいた感じであった。
 荒野を吹く風は、容赦なく少年を嬲る。頭の後ろで結い上げた黒髪が、乱れて蠢く。
 それでも少年は歩みを止めない。
 その時、どこからか、少年の歩みを止める声がした。
「やい、待てっ」
 少年が立ち止まると、草の影から声の主が現れた。左目に刀の鍔で眼帯をした大柄の男だ。
 男は一人だけではなかった。
 少年の回りを八人の男が取り囲んだ。八人とも、胴丸を着け、手には鞘から抜いた刀を持っている。
 その身なりから、逃亡した雑兵か、この辺りを縄張りとする盗賊か。
 戦が終われば骸から刀や鎧、衣や褌まで、金目になりそうな物は全て剥ぎ取り、荒野を通る者は襲って金を奪う。そんなところだ。
 眼帯をした男が首領らしい。少年を威嚇するように言った。
「ここを通ることはならん。この先は我々の棲み処だ」
 首領に追従するように、他の男たちも怒鳴った。
「そうだ。帰れ、帰れ!」
「通りたければ、銭を払え!」
 男たちの恫喝に少年は怯むことなく、ただ無言でいた。
「なんだ、こいつは」
 脅しても、怯えることも歯向かうこともしない。何の反応も見せない少年に、男たちは怒りよりも薄気味悪さを感じた。
 銭も持っていなさそうだし、さっさと殺して身ぐるみ剥いでしまおうかと思った時、首領が少年の腰に差された刀に目を付けた。
 にたりと笑って、首領は言った。
「小僧。その刀、どこで拾った? かなりの業物らしいな。そいつをよこせ! 素直に渡せば、命だけは助けてやる」
 だが、男の言葉に、少年は従う素振りを見せなかった。ただつまらぬ虫けらでも見るような表情で、男たちを眺めている――ようだったが、実際見ているのか、見ていないのか、目の焦点が合っていない。
 その不敵な面構えに、男たちはよけい苛立った。
「若造が偉そうにしやがって」
「思い知らせてやる!」
 男たちの考えが一致した。
「斬れっ!」
 首領の声を合図に、男たちが一斉に少年に襲いかかった。
 身を守るように、少年は両腕を顔の前で交差させた。さすがに怖くなったのかと、男たちは思ったが、違った。
 少年が交差した腕を降りはらった次の瞬間――両腕が、肘から先がすっぽり外れた。
 草むらに転がる二本の腕。
 腕が取れた少年の肘から先は、白銀の刀が生えていた。
 少年の腕に仕込まれた双剣は、空から堕ちてきた星の欠片で打った刀であった。
 右の腕には邪気を払い、病を癒すという護身の刀。
 左の腕には魔を倒す退魔の刀。
 この刀の主こそ、四十八の魔物に奪われた体を取り戻すために旅をする百鬼丸であった。
 刀は鞘ではなく、百鬼丸の腕に仕込まれていたことに、男たちは度肝を抜かれて立ち止まった。唖然と口を開き、惚けた様子で百鬼丸を見つめる。
 男たちが呆然と立ちすくむ中、百鬼丸の両腕に仕込まれた刃が日に煌めき、黄金色の光を放った。
 
 荒野に断末魔の絶叫が響いた。
 静寂が戻ったのも束の間、すぐにぎゃあぎゃあと鴉の鳴き声が、空の彼方から聞こえてきた。
 風が運んだ血の匂いを嗅ぎつけ、死んだばかりの新鮮な肉を喰いに、鴉の群れが空を覆う。
 荒野に転がる八人の躯。
 どの躯も、自分が殺されたことが信じられないという風に目を見開いたままか、化け物でも見たかのように恐れと驚きの表情を顔に貼りつけて事切れている。
 刀に付いた血を拭い、義手を嵌めると、百鬼丸は自分が殺したばかりの躯を振り返りもせずに、再び歩き出した。
 行く手を阻む邪魔者に、興味はない。百鬼丸が会いたいのは、体を奪った四十八の魔物だけだ。
 百鬼丸が立ち去ると、鴉の群れが一斉に空から舞い降りて、躯に群がった。

 

 

 文明九年の十一月、東西両軍が講和し、京都の幕府が正式に終戦を宣言して、十一年にも長きに渡って続いた応仁の乱は、一応終わった。
 だが、ちっともめでたくない。
 一度広がった戦火は、諍いは、簡単には消えはしなかった。
 この加賀の国でも、応仁の乱をきっかけに、守護の座と家督を巡って富樫政親と幸千代の兄弟が争った。
 文明六年に政親が本願寺門徒の協力を得て、幸千代を破ったことで争いは終結したかに思えたが、今度は政親と本願寺門徒との争いが始まった。
 幸千代を倒すために本願寺門徒に協力を求めた際、政親は本願寺を保護すると約束していた。だが、百姓商人から地侍、豪族まで信仰の下に集まり、守護を上回る影響力を持った本願寺を恐れた政親は、掌を返したように本願寺門徒を弾圧した。
 当然、本願寺門徒は抵抗する。一向一揆が各地で起きるようになった。
 本願寺門徒だけではない。
 幸千代派の残党や、富樫家支配に反旗を翻す地侍、朝倉孝景と争って加賀に逃げてきた越前守護代の甲斐敏光とも政親は戦わなければならなかった。
 加賀の国中、あちらこちらで敵だらけ。
 だから、文明十年の八月になっても、戦はまだ終わっていない。

 

 

 死の気配に満ちた荒野を抜けると、そこは小さな村だった。
 今の時期なら田畑には稲や作物が実っているが、あるのは乾いた土だけ。
 どの家も屋根に穴が空いていたり、土壁がひび割れている。
 人の気配はない。
 代わりに白い人の骨が、道のあちこちに転がっている。
 村人は殺されたのか、飢え死にしたのか。
 どんな理由にせよ、この村も死に満ちていた。
 まるで、我こそがこの村の主のような顔で木の枝に止まっている無数の鴉だけが、百鬼丸を迎え入れた。
 一声も鳴かず、鴉どもは凶暴な目付きで百鬼丸を見下ろしている。
 不信な侵入者と見ているのか、新たな餌と見ているのか。
 鴉の視線を気にせず、百鬼丸は風を避けるために適当な家の傍に座った。
 子供の頃から使い慣れた義肢も、時には重たく感じる。特に、刀を仕込んでいる義手は。
 刀がどんなに重たくとも、我慢できる。肌身離さず、誰にも奪われないように、百鬼丸の身を守り、敵を倒すために養父が仕込んでくれたのだから。
 休めばまた歩き出せる。
 そうして座って、しばし身を休めていた。
 風は、相変わらず強く吹く。
 目も見えず、耳も聞こえない百鬼丸には、いつでもどこでも暗闇の中の静寂だが、我が身に吹きつける風が、強いことはわかる。
 だが、強く吹いていた風が、ぴたりとやんだ。

 

 ずるり――

 

 どこからともなく、何か重たい物でも引きずる音がした。
 同時に鴉どもが羽音を立てて飛び立った。きゃあきゃあと、怯えた声で鳴きながら、逃げるように虚空に飛んで遠ざかっていく。

 

 ずるり――
 ずるり――

 

 地を引きずる音は、どこに行くのか。

 

 ずるり――
 ずるり――

 

 それはだんだんと、百鬼丸の方に近づいてくる。
 ――来る。
 そう感じたその瞬間、百鬼丸は左の義手を外して駆け出した。
 刀を振り払い、一刀の下に地を引きずる音の主を斬った。
「ぎゃああああああぁっ!」
「ぎゃああああああぁっ!」
 ふたつの悲鳴が揃って響く。

 

 ごぼり――

 

 絶叫に交じって、切断面から湧水が吹き出すような音がした。吹き出したのは、真っ赤な血。
 己の血に染まりながら悶えるそれは、人ではなかった。
 しかし、獣でもなかった。
 生き物でさえなかった。
 百鬼丸が斬ったのは、稲藁(いなわら)で編んだ草鞋(わらじ)だった。
「ひい、ひい、ひいいいいいっ」
「ひい、ひい、ひいいいいいっ」
 草鞋は哀れな声で叫びながら、左右同じようにのたうち、どこから血を吹き出すのか不思議なくらい大量の血を流す。
 やがて、血が止まると、草鞋は静かになり、動かなくなった。

 

 しゅわしゅわしゅわ……

 

 白い蒸気が草鞋から出てきた。
 蒸気の中で、草鞋は小さく縮んでいき、溶けて無くなった。
 血だまりだけが、地面に残った。
 百鬼丸は懐から手拭いを出すと刀の血を拭った。地に転がっている義手を拾って腕に嵌め、刀は鞘である義手に収まった。
 百鬼丸は人には見えない妖怪どもに向かって言う。
「……いつまでも俺につきまとったって、無駄だぜ。俺は、旅をやめる気はないんだからな。四十八の魔物、全部倒して体を取り戻すまでは……俺は絶対やめないからな!」
 天啓を聞き、四十八の魔物に奪われた体を取り戻すために百鬼丸が旅に出てから、一年がたっていた。
 この一年の間に、百鬼丸は十四の魔物を倒した。そのつど、髪の毛を始め、奪われた体を取り戻していった。
 四十八の魔物を倒して体を取り戻す。
 それだけが、百鬼丸が生きる理由だった。
「さて……いくとするかね」
 今度こそ邪魔者がいなくなった筈である。
 そう思っても、すぐにまた邪魔が入ることは、百鬼丸自身が誰よりも知っていたことだが……

 

 

 ひたひたひた……

 

 後ろから何かがついてくる……
 村を出てすぐに、百鬼丸は旅を邪魔する者の気配に気づいた。
 足取り軽く、一定の距離を取って、それは百鬼丸の歩みに合わせて後をついてくる。

 

 ひたひた……

 

 百鬼丸は足を止めた。

 

 ひた――

 

 追跡者も止まった。
「まだ後をつけて来るのか! いい加減にしろ!」
 百鬼丸が後ろを振り返ると、道の向こうにいたのは、手足の長い、痩せた犬であった。墨染めの喪服よりも、月の無い闇夜よりも黒い毛の犬だった。
 黒犬は金の瞳で百鬼丸を見ると、白い歯を覗かせ、にやっと笑った。そして、百鬼丸に向かって牙を剥き出し、唸り声も漏らさず向かって来た。
 駆け寄る黒犬の顔が、笑い顔から次第に凶暴な顔になってくる。百鬼丸を喰い殺さんとする明確な意志が、ひしひしと表れている。
 百鬼丸に噛みつこうと、黒犬の口が大きく開かれ、赤い口の中の白い牙が覗く。
 百鬼丸は左の義手を外し、牙より冷たく光る白銀の刀を黒犬の口の中に突き刺した。

 

 ぐさっ――

 

 乾いた布に刺したかのような軽い手ごたえが、刀を通じて百鬼丸に伝わる。
 黒犬は声もなく痙攣した。獣ならば、呻くだろう、血を吐くだろう。だが、黒犬は刀で口から喉を貫かれても、一声も漏らさず、一滴の血も流すことはなかった。
 百鬼丸が刀を引くと、黒犬は襤褸布が落ちるように乾いた音を立てて地に倒れた。
 倒れた途端、黒犬の口からは血の代わりに、白い蒸気が出てきた。蒸気は口だけではない、体中から湧いて出てくる。

 

 しゅうしゅうしゅう……

 

 音をたてながら上がる蒸気の中で、黒犬の毛が抜け落ち、皮が爛れるように溶けていく。さらに肉さえも溶けて、白い骨だけになった。
「まったく……どいつもこいつも!」
 旅を邪魔するようにつきまとう妖怪に、百鬼丸は苛立つ。
 子供の頃から妖怪につきまとわれていたから、諦め半分、慣れ半分。だが、会うなら四十八の魔物のどいつかに出会いたい。
 前に魔物を倒して体を取り戻したのは、春の終わり。それから肝心の四十八の魔物を見つけることはできず、今は葉月の七日。もう半年近くも百鬼丸は体を取り戻せていない。
 こんなに長いこと四十八の魔物を見つけることができないと、百鬼丸はただひとつの願いだけで頭の中がいっぱいになる。
 早く――早く会いたい。
 その思いは、まるで恋い焦がれているような情熱を孕んでいた。

 

 

 焦れる百鬼丸を、陰から見ている者たちがいた。
 それは人ではなかった。
 草の陰から、木の陰から、百鬼丸をじっと見つめているのは、異形の者たち。
 虫のような、獣のような、鳥のような妖怪どもが、ぶつぶつ呟いていた。
「こっちだよ」
「こっちだよ」
「そっちじゃないよ」
 妖怪どもの声は、人にはわからない。聞いたとしても、鼠の鳴き声か、鳥の囀りか、虫の声、あるいは風の音と思うであろう。
「こっちにいるよ」
「こっちにいるよ」
「あの子はこっちにいるよ」
 妖怪どもは百鬼丸を誰と会わせたいのか。
 妖怪どもは教えたいように、煽るように、面白がるように呟く。
 それでいて、百鬼丸に悟られないように、妖怪どもは距離を取っている。
 百鬼丸の持つ護身の刀と退魔の刀が怖いから、近寄ってこない。
 だから、百鬼丸は妖怪どもが何を呟いているのか知らない。
 ただ四十八の魔物を求めて歩いていくだけだ。

 

 

 日が南天の空から西にやや傾いた頃、百鬼丸は川の畔に着いた。
 緩やかに流れる川を渡るための橋が架かっていた。こちら側には四十八の魔物はいなかったから、百鬼丸は橋を渡って向こう岸へ行くことにした。
 足の向くまま、気の向くまま、行けるとこならどこでも行く。それで四十八の魔物が見つかるなら、その方角は百鬼丸には吉だ。
 そうして橋を渡り、真ん中まで歩いたところで、川下の方から人がやってくる気配を感じて足を止めた。
 向こう岸の川原の草を踏みながら近づいてくるのは、一人……二人……全部で七人。
 足早に、いや、必死に走っている。
 先頭を走っているのは、子供らしい。歳の頃は十歳くらい。長く伸びた髪を束ねて、紐で頭の上で結わき、前髪は垂らした男の子だ。身に纏う衣は、膝上までの短い小袖で、元の色も何だったのかわからないくらい、黒く汚れている。かなり着古しているのか、袖は肩から破れて無くなっているし、裾もぼろぼろだ。
 その後ろを、着流しの小袖の裾を尻で端折り、体格のいい六人の男たちがついて来る――のではない、追いかけているのだ。
 六人が六人とも怒気を隠さず、獲物を捕らえようとする獣のように、必死に、執念深く子供を追いかけていた。
 先頭の男が、子供に向かって叫んだ。
「待てーっ! どろろーっ!」
 子供の名に、百鬼丸は思わず興味を引かれた。
(どろろ? 変わった名だな)

 

 どろろ。
 百鬼丸は知らなかったが、この辺りでは盗人のことを、どろろという。
 親から貰った名前はちゃんとあった。だけど、盗人に名前なんかないとばかりに、この子供は誰にも――百鬼丸にも――本当の名を名乗らなかった。
 出会った時にどろろと呼ばれていたから、百鬼丸は子供をどろろと呼び、子供も百鬼丸にどろろと呼ばれれば、返事をした。
 だから、百鬼丸はどろろというのが子供の名前だと思っていた。後に子供の本当の名前を知っても、変わらずどろろと呼び続けた。子供もそれが当然とばかりに受け入れた。
 こうして百鬼丸と巡り合ったこの時から、名無しの盗人の子供の名は、どろろとなった。

 

 どろろは、同じ年頃の男の子と比べれば小さいが、鼠か栗鼠のようにすばしっこい。そのまま追ってくる男たちから逃げ切れるかと思ったが、運の悪いことに、濡れた石に足を滑らせて、盛大に転んでしまった。
「うわっ!」
 すばしっこいことには自信のあるどろろは、思わぬ失態に焦った。擦りむいた膝は痛いが、かまっていられぬ。早く逃げなくては――と、起き上がろうとしたが、そこを追いついた先頭の男が、どろろの襟を掴んだ。
「捕まえたぞ! このどろろめ!」
 逞しい腕で、どろろの小さな痩せた体が高く持ち上げられる。
 どろろは逃げようと手足をじたばたさせた。
 しかし、振り回す手や、足掻く足は、男の体に一撃を与えることはない。
「うわっ! 離せよ!」
 どろろは叫んだが、やっと捕まえた盗人を、はいそうですかと離すわけがない。
「誰が離すか! 俺らの上がり、盗りやがって! 今日という今日こそは、勘弁ならねぇ!」
 お仕置きする気満々の男の言葉に、どろろはすかさず反論した。
「へん! 盗られるおめぇらのほうが間抜けなんだよ! 弱い者虐めをする悪党野郎から盗って、何が悪い! おいらは天下一の大盗賊だぞ。貧乏人から盗むような人でなしじゃねぇ!」
 男たちはこの辺りを縄張りにしている、ならず者たちだ。道を往来する村人や商売人に、野盗から守ってやる代わりに金払え、でなきゃ通さないぞ、商売できなくしてやるぞ、と因縁をつけて銭を巻き上げていた。
 どろろが盗んだのは、ならず者たちの銭だった。
 子供が盗める金額は微々たるものだ。しかし、塵も積もればなんとやら。他人から取り上げた銭だというのに、まるで自分が汗水働いて稼いだかのように盗られた銭を惜しむのが人の欲深さというものか。
「屁理屈こねるな、どろろ!」
 男は雑巾を投げ捨てるかのように、思いきりどろろを川原に叩きつけた。小石交じりの地面に倒されて、どろろは全身が痛いが、歯を食いしばって悲鳴を上げなかった。大きな目で、男を睨み上げる。
 それが可愛げがないとばかりに、髪の毛を掴まれて無理やり立たされ、大きな拳で頬を殴られた。
 左頬が痛い。血の味が口の中で滲む。
 容赦のないたった一発の拳で、どろろの体が吹っ飛んだ。
「やっちまえ!」
「俺たちを舐めるとどうなるか、思い知らせてやる!」
 追いついた仲間五人も、どろろに拳を向けた。
 殴られるたびに、右に、左にと、小さな体が揺れる。
 どろろの体が地面に倒れ伏し、蹴られても何の反応も見せなくなると、ようやく男たちは気がすんだのか、
「もう二度と悪さをするなよ! どろろ!」
 と捨て台詞を吐いて背を向けた。
 そこで大人しくしていればいいものを、どろろは立ち上がるのもやっとだというのに、小石を手に取ると、男たちの背中に投げつけた。
 小石は最初にどろろを捕まえた男の背中に当たった。大して痛くもないが、どろろが逆らったことが気に入らず、顔を真っ赤にし、鬼のように怒り狂った。
「またやったな!」
 激怒する男に向かって、どろろは舌をべーと出して笑い、また小石を投げた。
 男の左頬に小石がかすり、赤い血の筋が滲んだ。
「もう勘弁できねぇ!」
男が怒鳴った。
「二度と悪さしねぇように、川に沈めてやる!」
 その提案に、仲間たちが賛同する。
「おう、それがいい!」
「やっちまえ!」
 小石をぶつけられた男は、逃げるどろろを追いかけ、再び捕まえた。そして、ざぶざぶと川に入っていくと、今度は反撃も喚く暇も与えず、両腕に力を込めてどろろの体を川に沈めた。
「うっぷっ!」
 自分を川に沈めようとする男の顔が、悪鬼のようだと思いながら、川に沈められまいと、どろろは必死に顔を水面から上げた。
 でも、体にどんなに力を込めても、男の大きな手からは、逃げ出すことができない。
 男はどろろを嬲るように、川に沈めては引き上げ、また川に沈めた。それを何度か繰り返すうちに、全身ずぶ濡れのどろろの体からは、力が徐々に抜けていく。
(いやだ――おいら、死にたくない――死にたくない――死にたくない!)
 川に沈められたどろろの心の叫びに応えたのは、天の声だったのか。
「待てっ!」

 

 他人に関わるつもりはないので、どろろと男たちの争いを静観していた百鬼丸だったが、大きな体の男たちに殴られるどろろに、亡くした友の姿が重なった。
 侍に虐められ、あげくに殺された十二人の小さな友だち。
 あの友だちと同じようにどろろも殺されると思った途端、百鬼丸はたまらずどろろを川に沈めようとした男たちを制止した。
 男たちは、突然聞こえてきた百鬼丸の声に、どろろを川に沈めることを中断し、きょとんとした。
「え?」
「頭いてぇ」
「どっから聞こえた?」
「誰だ? 誰が喋った?」
「頭の中、きんきんする……」
「声……が、頭の中で響いた?」
 百鬼丸の心の声は、他人には頭の中で直接響く。初めての経験に戸惑いながら、男たちは周囲を見回した。
 百鬼丸は橋の欄干から身を乗り出して、男たちに語りかけた。
「どうしてその子を殺すんだ。そんな小さな子、殺したって、おまえさんらの得になるわけじゃあるまい」
 口を動かしているので、男たちには百鬼丸が喋っているように見える。頭の中に直接声が響いたと気がつかないまま、どろろを川に沈めることを咎めた少年に、余計なことを言うなと怒鳴った。
「おまえの知ったことじゃねぇ。ひっこんでいろ!」
 そして口々に、どろろの悪行の数々を訴えた。
「聞きな、若造。このどろろはな……」
「疫病神よ!」
「こいつは子供なんて可愛気のあるもんじゃねえんだ! 人間の皮ぁ被った鼠よ! 人は騙す、物は盗む、嫌がらせはする。とんでもねぇ奴だ!」
「おまけに、どんなに痛い目にあわせても、けろりとしてまた盗みを働くんだ」
「こんなふてぇやつ、ぶっ殺したほうが、世の中の為さ」
「わかったか!」
 もともと盗みはどこでも誰でも重罪だ。たかが子供とはいえ、どろろの盗みに、男たちはどれだけ腹に据えかねていたのか察することができるほどの怒りようだ。
 しかし、百鬼丸はどろろが殺されるのを放っておけなかった。
 百鬼丸は妥協策を提案した。
「どこか、遠くに捨ててきたらどうだ?」
 しかし、男たちは百鬼丸の提案を即座に却下した。
「捨てるくらいなら、苦労はしねぇや。どこに捨てたって、迷惑するのは同じだ」
「どうしても殺すってのかい? 死んだら、おまえたちを恨むぜ」
 人を殺したら祟られる恐れもあると、百鬼丸は忠告したが、
「かまうもんか!」
「今の世の中はな、簡単に何千何万も人が死ぬんだ。どろろの一人や二人なんかに、いちいちかまっちゃいられねぇよ」
「皆、さっさとこいつを沈めちまおうぜ」
「おう!」
 川原に残っていた者も、ぐったりとなっているどろろを沈めようと、川の中にざぶざぶと入った。
「おっと、待ちな!」
 百鬼丸はこちらに近づく妖気を感じて、男たちに警告した。
「来るぞ……」
 何が来るのかと、男たちは怪訝な顔をする。
「魔物だ……魔物がこちらにやってくる」
「魔物だぁ?」
 百鬼丸の言葉に、男たちは呆れた顔で百鬼丸を見上げる。
「……だんだん近くなってくる」
「ちっ。子供騙しみてぇな脅かしはやめな」
 真面目な顔して何を言っているんだと、男たちは百鬼丸を嘲笑った。
 しかし、急に日が翳ってきた。川を渡る風が、さっきよりも冷たくなり、男たちは身を震わせた。
 秋とはいえ、こんなに寒くなるなんて、おかしい。得体のしれない恐怖に、男たちはどろろを川に沈めることも忘れた。
 その時、川の上流から何かが流れてきた。木の小枝や葉、藁などが絡まって固まった塵のようだ。
 塵は男の一人の近くまで流れてきた。見ると、塵の隙間から白地に赤と金色で染められた花模様の衣が見えた。
「おっ、綺麗な柄だな」
 上等な衣だ、高く売れそうだ――そう思って、衣を獲ろうと手を伸ばした。
「それに触るな!」
 百鬼丸の静止も間に合わなかった。
 その瞬間、塵の下から、衣が生き物のように水面から立ち上がった。
 水しぶきを上げながら現れたのは、白く滑らかな肌の生き物だった。
 でっぷり太った胴体に、大きな頭が乗っている。顔いっぱいに口が大きくて、見た目は水掻きのある手と足が生えた、蛙になる前のおたまじゃくしだ。これが掌で捕まえられる大きさなら、可愛い。しかし、目の前に現れたのは、後ろ足で立つと身の丈三尺はある大きさだ。
 男が衣だと思ったのは、おたまじゃくしの化け物の体の模様だったのだ。花柄の派手な模様では目立つので、塵の下に隠れていたのだ。
 その姿を現したおたまじゃくしの化け物は、でかい図体に似合わず、小さな黒いつぶらな瞳でちらっと川の中で立ちすくむ男たちと、拘束されているどろろを見た。
 にたっ。
 うまそうな餌を見つけた――そんな風に、小さな口が嬉しそうに歪んで、笑ったように見えた。
 おたまじゃくしの化け物と目が合って、呆然と固まっていた男たちは我に返った。
「ぎゃぁーっ!」
「出たーっ!」
「逃げろ!」
「ひいいーっ!」
「邪魔だ、どけっ!」
「お、お助けぇ!」
 男たちは、もうどろろのことなど放り投げて、我先へと岸に上がろうとした。
 だが、おたまじゃくしの化け物は、息を吹き込んだ紙袋のように、どんどん体が大きく膨らんだ。
 おたまじゃくしの化け物は、橋の欄干よりも高く、小山のように大きく膨らむと、大きく口を開けて、撫子色の舌を長く伸ばした。
 しゅるっと伸びた舌は、鞭のようにしなやかに男の体に巻きついた。そして、軽々と男を持ち上げ、口の中に引きずりこんだ。
「わーっ!」
 舌は一本だけではない。二本、三本と口から伸びて、次々と男たちを捕まえては、大きな口の中に、ぽいっ、ぽいっと放り込んだ。
六人全員を口の中に頬張ると、おたまじゃくしの化け物は口を閉じ、

 

 ごっくん――

 

 喉を鳴らして男たちを丸飲みした。
「うわぁーっ!」
「出してくれぇっ!」
「だ、誰か助けてくれっ!」
「おっかぁ!」
「いやだいやだいやだ!」
「死にたくなーい!」
 さっきまで子供相手に威張り散らし、殴っていたが、おたまじゃくしの化け物の腹の底に堕ちた六人の男たちは、声を限りに泣き叫んだ。
 それもすぐに絶叫に変わった。
「ぎゃーっ!」
「あちちちち!」
「熱い! 熱いぃぃっ!」
「溶ける!」
「か、体が……」
「体が……と……と……とけ……」
 おたまじゃくしの化け物の胃袋の壁から、強い酸が染み出してきた。全身に酸を浴びた男たちは、皮膚が焼け爛れ、血が吹き出す。肉が溶け、骨が剥き出しになる。
 絶叫しながら足掻き、のたうつ男たちは、やがて声も出なくなる。胃袋の中で重なりあうように倒れ、動かなくなった。
「けろけろけろ」
 おたまじゃくしの化け物は、大きな長い尾鰭を左右に振りながら鳴いた。男六人を一度に食べて、満足したかに見えたが、まだ足りなさそうに、次の獲物を探して、右に、左にと瞳を蠢かした。
 おたまじゃくしの化け物は、川底に尻もちをついて唖然と口を開けているどろろに狙いをつけた。
 男たちが丸飲みされている間に、ようやく意識がはっきりしてきたどろろは、おたまじゃくしの化け物を見て、心底魂消た。こんな化け物、見たことがない!
 生まれて初めて化け物を見たどろろは、男たちが丸飲みされた様子を目撃して、呆然とするしかなかった。
 おたまじゃくしの化け物は、肉の柔らかそうな子供という、とっておきのご馳走を捕まえるために、三本の舌を同時にどろろに向かって伸ばした。
「うわああぁっ!」
 目の前に迫った舌に、どろろは叫んだ。
 逃げなきゃ自分も喰われる!
 立ち上がるどろろの目の前に、おたまじゃくしの化け物の舌の先端が迫る。
 その時、左の義手を外して橋の上から川に飛び降りた百鬼丸が、退魔の刀で舌を三本同時に斬り落とした。
 百鬼丸が川に着水するのと同時に、斬り落とされた舌は、切断面から血を滲ませながら三本とも川に落ちて沈んだ。
「え……?」
 襲い来る魔の舌から逃れたと安堵する暇もなく、左腕から刀を生やした姿の百鬼丸に、どろろはさらに目を見開いた。
(う、腕に刀が生えてる!)
 腕が刀の少年は、鬼の化身か?
 百鬼丸はあんぐりと大きく口を開けているどろろに、左腕の義手を手渡した。
「ひゃっ!」
 いきなり腕を渡されて、どろろは狼狽えた。しかし、すぐに腕が生身のものではなく、よくできた作り物だと気づいた。
 何かの皮を張って見た目は人の腕と変わりないが、金属の細工物だ。
「こいつは一体……」
「持っていろ」
 百鬼丸は腕を振り、右の義手も外してどろろに渡すと、おたまじゃくしの化け物に向かっていった。
「きゅえぇぇぇっ! きゅえぇぇぇっ! きゅえぇぇぇっ!」
 舌を斬られた痛みにおたまじゃくしの化け物は、奇怪な声で叫びながら、子供のように両手を振り回し、足で地団駄を踏み、尻尾をばたばたと振って悶えた。
おたまじゃくしの化け物の巨体が、尻尾が、橋柱にぶつかる。その衝撃に耐えかねて、丸太の橋柱が傾き、橋が崩れ始めた。
「うわっ、あぶねーっ!」
 どろろは百鬼丸の腕を抱いたまま、川原に逃げ――百鬼丸は、板や木片が雨霰の如く降ってくる中、おたまじゃくしの化け物に向かっていった。
「げこっ! げこっ! げこっ!」
 おたまじゃくしの化け物は、怒りの声を上げながら体をさらに膨らませた。手足は小さいまま、鞠のように真ん丸になると、その巨体からは信じられないほど軽やかに跳ねて、自分の舌を斬り落とした百鬼丸に向かった。
「やぁっ!」
 百鬼丸は跳躍し、おたまじゃくしの化け物に向かって落下するのと同時に、双剣で斬り下げた。
 おたまじゃくしの化け物の腹に、十文字の傷が刻まれた。

 

 ぷしゅーっ――
 
 傷口から空気が抜ける音が勢いよくする。それと同時におたまじゃくしの化け物は、どんどん痩せ細り、おたまじゃくしというよりも、蜥蜴(とかげ)のような姿になる。
「きゅぅうううううっ!」
 苦悶の声を上げながら、おたまじゃくしの化け物は、餅が伸びるように両手を長く伸ばして、百鬼丸を捕らえようとする。百鬼丸は、右へ、左へと飛んで、軽やかにおたまじゃくしの化け物の手を交わしながら、双剣を白い巨体に刀を振るった。
 刀で肌を斬り割かれ、肉を突き刺されるたびに、おたまじゃくしの化け物の巨体は、傷口から溢れるように血が流れた。白い肌も、赤と金の花模様も、血に濡れて元の色と模様がわからなくなる。
 そして、おたまじゃくしの化け物の全身が真っ赤に染まった時、
「やあぁぁぁぁぁっ!」
 思いきり飛びあがって、百鬼丸はおたまじゃくしの化け物の眉間に、退魔の刀を突き刺した。
「きゅうううううぅーっ!」
 おたまじゃくしの化け物は、長く伸ばした手を縮め、天に向かって甲高い声で一声鳴いた。そして、ぐらりと体が横に倒れ始めた。
 百鬼丸は刀を抜いて後ろに下がった。
 おたまじゃくしの化け物が川に倒れ込んだ衝撃で、水飛沫が高く上がる。
 水飛沫を浴びながら、百鬼丸はおたまじゃくしの化け物が、頭からゆっくりと溶けだすのを確認した。
 頭だけでなない。小さな短い手足も、痩せ細った体も、皮膚が溶け、真っ赤な肉を露になりながらどろどろと溶ける。そして、肉が全て溶けた時、音もなく全身の骨が崩れ、ばらばらになって川に落ちた。
 様々な部位の骨が落ちて、水面に大小いくつもの輪ができた。
 それもすぐに川の流れにかき消され、無くなった。

 

 

2019年4月20日 (土)

次回予告 どろろの巻

 死が愛しき人と分かち、心は死んだ。
 奪われた体を取り戻すために、空っぽの心を抱えて百鬼丸は独り憂き世を彷徨う。
 誰も愛さず、誰からも愛されない――はずだった。
 だが、運命の半身との出会いが、本当の旅の始まりだった。
 この出会い、凶か吉か。

 

 次回、『どろろ百鬼繚乱草紙』まれびとの章 どろろの巻

 

  さだめとも知らぬままにてめぐり逢ふどろろとはいかなる契りあるのやら

 

「おいらは天下一の大盗賊だぜ。一旦狙った獲物は、雨が降ろうが、槍が降ろうが、盗らなきゃ大盗賊の名が廃るんだい」

 

 

無残帳の巻あとがき

 もう一人の主人公、生い立ちの巻である。
 1月から始まったアニメは、とっくに主人公二人は出会って、魔物を退治しまくっているのに、この創作二次小説では、まだ出会ってない……

 

 無残帳の巻は、原作でどろろの回想により語られる。
 創作二次小説では現在進行形で進行しているので、話を膨らませるために、オリジナルキャラクター、オリジナルエピソードを挿入した。
 手塚治虫のスターシステムを利用して、創作二次小説に登場するオリジナルキャラクターを演じてもらった。

 

 黒阿修羅の豊作は、前巻のあとがきで紹介済みのヒゲオヤジ。
 恵太はヒゲオヤジの甥役で登場することが多いケン一。

 

 百舌鳥の力蔵は力有武、女房のお駒は『0マン』のリッキーの母、力弥は『0マン』のリッキー。

 

 草薙ぎの竜木は『ブッダ』のタッタ(成人後)、美葛は同じく『ブッダ』のミゲーラ。

 

 くゆりは『火の鳥』太陽篇のおばば。

 

 玉虫は特に手塚キャラの誰とは決めずに書き始めたが、善人ぶって腹黒く欲深いところが『ブラック・ジャック』のBJの父の後妻、蓮花に似ていると思い、蓮花を玉虫役にした。

 

 代官の義弟として登場する東名新兵衛は、『ロック冒険記』などに登場した東南西北(トンナン・シーペイ)を侍らしく命名。

 

 原作で代官の名前は書かれていなかったので、演者のアセチレン・ランプを無理矢理漢字にして「安西蘭風」と命名した。
 鳥海版小説では、森歳貞と命名されていた。

 

 原作でお自夜が殺した侍は無名だが、『バンパイヤ』第二部に登場した檜垣絃斉、九十郎親子の先祖という設定にし、檜垣絃十郎と命名。
 檜垣絃十郎の息子たちが物語にどう関わるかは、読んでからのお楽しみ。

 

 火袋と豊作の会話に出てきた勇魚が何者なのかは、無情岬の巻まで待ってほしい。

 

 原作では、火袋はイタチと手下の全員が火袋を裏切ったが、創作二次小説では、まほろ村の生き残りが野盗になったという設定なので、火袋の考えに賛同している仲間を多くし、斎吾と男たちの一部が、己の欲の為に火袋に反感を抱いた末、裏切ったということにした。

 

 豊作が酒宴で歌っていた歌は、『閑吟集』一九〇番歌「赤きは酒の咎ぞ」の歌をアレンジ。

 

 どろろの名前は、原作もアニメも両親が「どろろ」と呼んでいるので本名であることは判明しているが、子供の名前にしては変わった名前である。
 手塚治虫は単行本サンデーコミックスのコメントで「友達の子がドロボウと言えなくて、ドロロウと言ったのが面白かった」ので、どろろと名づけたとある。
 古代から子供にわざと変な名前をつけて厄除けにする風習はあるが、野盗の両親から生まれたから、泥棒という意味でどろろという名前をつけたのか。
 鳥海尽三版小説では、孤児となって売られた先で、泥棒を「どろろう」と言ったからどろろと名づけられた、親からつけてもらった名は知らないという設定だった。
 実写映画では、どろろは南の国の言葉で化け物小僧という意味だった。
 百鬼丸もそう呼ばれ、名無しの盗人として生きていたどろろが、その響きを気にいってどろろを名乗ることにした。
 一緒に旅をしていく中で、どろろは百鬼丸にとって、特別な名前になったという映画の設定が気に入ったので、創作二次小説では、どろろは本名とはせず、百鬼丸に会うまでは親から名づけられた名で呼ばれていたとした。
 篝火という名前は、火袋の子であること、姉の朧火と蛍火と語感を同じにしたこと、将来人々のリーダーとなる意味を込めて名付けた。
 ガンダムSEEDのカガリと名前が似ているなと思ったが、他にいい名前が思いつかなかったので、篝火に決定。

 

 原作、虫プロ版・カラー版アニメでの無残帳の巻は、どろろの回想、独白という形であったので、展開が早かった。
 私の書く創作二次小説は、現在進行形で執筆しているとはいえ、もっとシンプルな構成にするべきだったかとも思ったが、百鬼丸と出会う前のどろろの生い立ちや、火袋やお自夜、鼬の斎吾の心理などを描きたかったので、予定をはるかに上回るページ数となった。
 伏線を張りまくったが、原作ともアニメとも映画とも違う完結のために、必要だった。

 

 とりあえず、平成が終わる前に無残帳の巻を完成できた。
 令和になったら、主人公二人は出会う。
 そして、物語が始まる。

 

 

*参考文献
手塚治虫文庫全集『バンパイヤ』手塚治虫 講談社

 

手塚治虫文庫全集『火の鳥』手塚治虫 講談社

 

手塚治虫文庫全集『ブッダ』手塚治虫 講談社

 

手塚治虫文庫全集『0マン』手塚治虫 講談社

 

『閑吟集 宗安小歌集』新潮日本古典集成 北川忠彦校注 新潮社
「閑吟集」一九〇番歌「赤きは酒の咎ぞ」の歌

 

『捜神記』東洋文庫 竹田晃 平凡社

 

『イラストでわかる日本の仏さま』中経の文庫 日本の仏研究会 KADOKAWA

 

『闇の日本美術』ちくま新書 山本聡美 筑摩書房

 

『図解戦国武将』 池上良太 新紀元社

 

『応仁の乱』中公新書 呉座勇一 中央公論新社

 

『戦国時代前夜 応仁の乱がすごくよくわかる本』じっぴコンパクト新書 水野大樹 実業之日本社

 

『中世武士選書23巻 朝倉孝景 戦国大名朝倉氏の礎を築いた猛将』 佐藤圭 戎光祥出版株式会社 

 

『富樫物語』 北國出版社

 

どろろ百鬼繚乱草紙 まれびとの章13

   無残帳の巻後編


「お自夜ーっ! お自夜、片づいたぞーっ! お自夜―っ!」
「お自夜さーん! 篝火―っ!」
 風の音に交じって、峠に火袋と竜木の声が響く。代官屋敷での死闘を制し、火袋と竜木が、お自夜と篝火の後を追ってきたのだ。
 部屋で就寝中の代官、安西蘭風を殺し、主を殺されて激怒した役人どもと傷を負いながらも戦った。そして、お自夜と篝火が安全なところまで逃げ延びたと思った頃、火袋と竜木は代官屋敷から脱出した。
 砂が混じる風が強く吹いているせいで、朝になっても視界がきかない中、火袋と竜木は約束した峠でお自夜と篝火の姿をようやく見つけた。
 良かった、無事だったと思う間もなく、二人の置かれている状況に、愕然とした。
地面に座って抱き合うお自夜と篝火は、胴丸を身に着けて武装した男二人に刀を突きつけられていた。その傍には斎吾と玉虫が平然と立っている。
 お自夜と篝火だけではない。美葛やお駒の他、十人の女たちと幼い子供たちも、中央に集められ、男たちに刀を突きつけられて震えて座っている。
 しかも、彼女たちに刃を向けているのは、町に出かけて隠れ里を留守だった仲間たちだ。
「何をしている、斎吾! お自夜と篝火を、どうする気だっ?」
「美葛! なんで、こんな――」
 火袋と竜木は信じられないものを見た衝撃に、絶句した。どうして仲間が女子供たちに刀を向けているのだ?
「刀を捨ててもらおうか、火袋」
 斎吾は勝ち誇った顔で火袋を呼び捨てにした。その瞬間、火袋と竜木は全てを悟った。
「斎吾! 裏切ったのは、てめえか!」
「この裏切り者!」
 隠れ里の場所を代官所に密告したのは、斎吾だったのだ。警備の責任者であった斎吾は、隠れ里に入る道を知り尽くしている。その斎吾が密告したから、道理で代官所の連中が見張りの目をすり抜けて隠れ里を襲撃できたはずだ。
 火袋も竜木も、憤怒の形相で斎吾を、斎吾についた裏切り者たちを睨む。
 しなだれかかる玉虫の腰を抱き寄せ、斎吾は宣言する。
「気の毒だが、おまえさんには頭を下りてもらう。豊作も、力蔵も、俺に逆らう奴は始末した。男で生き残っているのは、俺の子分になった奴らばかりだ。うるさいことをほざくばばぁもぶっ殺した」
「な、なんだと?」
「豊作さんや力蔵さん、おばばさまを殺した?」
 斎吾の言葉を、火袋も竜木も俄かに信じられなかった。
「そ、それじゃあ、大作が見つかったって話は……嘘だったのか?」
 火袋は呆然と呟いた。倅が見つかったと、あんなに喜んでいた豊作だったのに――それは嘘で、しかも、豊作は斎吾に殺された? 力蔵も、くゆりも、他の仲間たちも?
「本当よ。竜木! 火袋さん! こいつら、おばばさまを……力蔵さんを……恵太を! 皆を殺したんだ!」
 美葛が泣きながら斎吾たちの所業を訴えた。
 お駒も力弥も、他の女子供たちも、亭主や父親、兄弟の仇である斎吾を、裏切り者たちを、強い怒りと悲しみと怨みに満ちた目で睨む。
 だが、斎吾と裏切り者たちは、せせら笑うだけだ。
「豊作も力蔵も、俺の仲間になれと言ったところで、あんたと同じ頑固で聞くわけがない。邪魔するに決まっている。だから、まずは豊作を始末するために、大作が見つかったと言っておびき出し、途中で待ち受けて襲ったんだ。その後、代官所に密告して隠れ家を襲撃させた。あんたに味方する奴の数が少なくなったところで、残りは俺らで始末した」
 得意げに話す斎吾に追従するように、裏切り者たちは笑いながら言う。
「女子供は売れるから、生かしておいたよ」
「俺たち皆で楽しんでから、売ってやるさ」
「ばばぁは売れないから、死んでもらった」
 非道な言い草に、火袋も竜木も言葉がない。
「この……この大馬鹿野郎どもめ!」
「仲間を殺したおまえらは、侍よりも悪党だ!」
 心の底から振り絞った言葉も、かつての仲間――裏切り者たちの心には届かない。嘲りの目で、火袋と竜木を眺めるだけだ。
 火袋も竜木も、我慢の限界だ。だけど、下手に手を出して、裏切り者たちが女子供たちに危害を加える恐れがある。歯を食いしばって爆発しそうな怒りを抑える。
「今の世の中、おまえさんのように、融通がきかなくちゃ、食べていけねえんだよ。野盗だって、侍につきゃ、出世できるんだ」
 斎吾は自分こそが正しいと勝者の余裕で語る。火袋には斎吾が堕落したとしか思えない。
「きさま……この外道め!」
「何とでも言いな。刀を捨てなよ。女房と子供が死んでもいいのかよ」
 斎吾が一言命じれば、お自夜と篝火の命は無い。この間まで、火袋に頭を下げていた男たちが、今では斎吾の子分として、刀を突きつけている。
 首に刀を向けられているお自夜と篝火の不安そうな眼が、火袋を見つめる。自分の命より大事な女房と子供――どちらを取るかなんて、火袋はわかっていた。
 火袋の両手から、刀が落ちた。
「お頭!」
 竜木が悲痛な声を上げる。
「おめぇも刀を捨てな、竜木」
 斎吾の宣告に、
「誰が捨てるか!」
 と竜木は叫んだが、
「美葛がどうなってもいいのかい?」
 玉虫が竜木の痛いところを突く。玉虫は斎吾から離れて美葛の傍にしゃがむと、小刀を抜き、美葛の左頬に切っ先を向けた。
「竜木、あたしにかまわないで!」
 美葛はそう言うが、これでは竜木も刀を捨てるしかなかった。
「ちくしょう!」
 二人が丸腰になったところで、子分たちが矢をつがえる。標的は、火袋と竜木。
「さあ、おとなしくあの世へ行ってもらおうか」
 斎吾がにたりと笑う。
 ぎりぎりと、限界まで弓の弦が張られた――その時、
「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
 獣の咆哮のような声が、女子供たちを取り囲んでいる野盗の背後から近づいた。
 全身血まみれで、両手に刀を持って駆けてくるのは、黒夜叉の豊作だった。
「髭のおっちゃん!」
 篝火の歓喜の声が上がる。
 豊作は女子供たちに刀を向けていた権六に双剣を振り下ろした。権六の両腕が、肩から切断された。
「ぎゃあああっ!」
 両肩から血飛沫を吹き出しながら権六は絶叫し、そのまま両眼を見開いたまま倒れ、絶命した。
「豊作?」
「な、なんで生きてるんだよ!」
「不死身か、おっさん!」
 野盗たちは殺したと思っていた豊作が生きて戻ってきたので、狼狽えた。
 豊作は咆えるように叫んだ。
「てめぇらに殺される豊作さまじゃねぇ! 倅を見つけるまで、簡単にくたばってたまるか!」

 

 斎吾たちに襲われ、崖から落ちた豊作は、崖の途中に生えていた木の枝に必死に捕まり、転落を免れた。そして、満身創痍の体で戻れば、代官の襲撃で隠れ里は焼け落ちていて、避難場所と決めていた洞窟に行ってみれば、くゆりの、力蔵の、仲間たちの斬殺された骸が転がっていた。
 累々と転がる骸の中で、生き残っていたのは、恵太だけだった。
「しっかりしろ、恵太! 何があったんだ? 誰がおまえたちをこんな……」
「おじさん……よかった……無事で……」
 恵太の顔は血の気を失い、死相が現れていた。それでも必死に口を開き、豊作に伝えようとした。
「代官が攻めてきて……お自夜おばさんと……篝火がさらわれて……火袋おじさんと竜木さんが……助けに……行ったけど……」
「じゃあ、おまえたちをこんな目に合わせたのは、代官?」
「ちが……鼬が……裏切った……みん……な……鼬に殺された……」
 恵太が今際の際に最期の力を振り絞って話した出来事は、豊作の身を怒りで震わせた。
 そして、恵太が息を引き取ると、仇をとろうと洞窟を出て、斎吾たちの姿を探し歩いていたところ、火袋と竜木を殺そうとしていた現場に出くわしたのであった。

 

「斎吾! 恵太が死ぬ前に教えてくれたよ。おまえらの悪行をな! 絶対に許さねぇ。恵太の、おばばさまの、仲間たちの仇!」
 怒りの形相で咆えて襲いかかる豊作に、野盗たちは怯んだ。
 そこに隙ができた。
「やぁっ!」
 美葛は体当たりして玉虫を突き飛ばした。そのはずみで玉虫の握っていた小刀が、美葛の頬を斬る。それでもかまわず、美葛は玉虫に掴みかかった。
「この女狐!」
 美葛は容赦なく玉虫の両頬を掌で打った。
 火袋と竜木も、捨てた剣を拾い、裏切り者たちに襲いかかった。
「うぉおーっ!」
 火袋はお自夜と篝火に刀を向けていた男二人を斬り捨てた。
「あんた!」
「おとっちゃん!」
 お自夜は篝火を抱いて火袋の傍に駆け寄った。
「皆、逃げろ! 逃げろーっ!」
 火袋の呼びかけに、女子供たちは我に返った。そして、脱兎のごとく走り出した。逃がすまいと女子供たちに刀を向ける輩には、火袋と竜木、そして豊作の刀が容赦なく斬る。
 竜木は枯草を薙ぎ払うように邪魔する輩を斬り払いながら、上に下にとなりながら玉虫と殴り合う美葛の元に駆けつけると、玉虫の襟を掴んで美葛から引き剥がし、地面に放り投げた。
「大丈夫か、美葛!」
「平気!」
 竜木の呼びかけに威勢よく答えると、美葛も玉虫から奪った小刀で、裏切り者たちに斬りかかった。
 混乱の中で、お駒は転がっていた刀を拾い、火袋と斬り合っている斎吾に刃を向けた。
「うちのひとの仇!」
「ええい、邪魔だ!」
 お駒の怨みの一撃は、斎吾には通じなかった。
 斎吾は、お駒の刀を弾き返し、そのまま流れるように刀をお駒の身に喰い込ませる。
 獣の牙のように、白銀の刀がお駒の胸を斬り割いた。
 曼殊沙華の花が、お駒の胸に咲いた――
 篝火の目には、そんな風に見えた。
「おっかちゃーん!」
 泣きながら、力弥は倒れたお駒にすがった。斎吾はその小さな背中にも、容赦なく刀を突き刺した。
「ぐっ……!」
 父と同じく心の臓を一突きにされた力弥は、悲鳴を上げる間もなく、そのままぐったりとなった。
「力弥! おばちゃん!」
 友とその母に、篝火は声を限りに叫んだ。だけど、二人とも動かない。目を見開いたまま、怨みの表情を顔に貼りつけて死んだ。
「斎吾ぉぉっ!」
 女子供を無残に斬り殺した斎吾に、火袋は挑みかかった。かつての弟分は、もういない。今の斎吾は、外道の鬼だ。許すわけにはいかない。
「火袋!」
 斎吾も火袋に襲いかかった。たとえ裏切り者と呼ばれても、己の明日を懸けて動いたのだ。ここで諦めるわけにはいかない。
 互いに譲れない思いが、二人を一歩も引かせなかった。
 火袋と斎吾の刀がぶつかり合い、火花を散らす。
 何度か斬り合って、渾身の力で火袋は斎吾の刀を叩き折った。斎吾の刀が根元から折れる。
 これで終わらせる――火袋は斎吾にとどめを刺そうと、刀を振り上げた。

 

 ひゅん――

 

 風が鳴ったと思った途端、火袋は左足の膝に激痛を感じた。続いて右足の膝も。火袋の攻撃の手が止まる。
「――ううっ」
 傷みに呻き声を洩らしながら、火袋の手から刀が落ちた。がくんと、足が膝から崩れる。
「あんた!」
「おとっちゃん!」
 お自夜と篝火の悲鳴が風を裂く。
 火袋の両足に、それぞれ一本ずつ矢が撃ち込まれていた。強い風が吹く中で、的確に急所に打たれた矢は、火袋の戦闘力を確実に奪った。
 誰が矢を射た?
 火袋は痛みをこらえながら膝に刺さった矢を抜いき、矢が飛んできた方向を見ると、弓矢を構えた玉虫が立っていた。
 芸事に秀でてはいても、とても武芸などできそうにない女と思っていたのに、意外な伏兵に火袋も驚きを隠せない。
「さあ、火袋さん。刀を捨てて。でないと、お自夜さんと篝火が、死ぬことになりますよ」
 玉虫はそう言うと、お自夜と篝火に矢を向けた。お自夜は顔を青ざめながら篝火を抱きしめて玉虫に背を向け、矢から庇おうとする。
「よくやった、玉虫」
 斎吾が褒めると、玉虫は艶然と微笑んだ。
「ひ……ひ、卑怯者め!」
 激痛に耐えながら、火袋は斎吾と玉虫を罵った。
 豊作と竜木、美葛が玉虫を取り押さえようとじりじりと近づいたが、
「あんたらがあたしを殺すのと、あたしが二人を射るのと、どちらが早いと思う? さあ、あんたらも刀を捨てるんだ。早く!」
 玉虫の言葉になす術がない。

 

 

 日が高く上る頃、風が嘘のようにやんだ。
 雲ひとつない空は青く晴れ渡り、明るい秋の日に照らされた峠には、爽やかな秋には似つかわしくない骸がいくつも転がっていた。
 血だまりの中に沈むお駒と力弥、そして五人の子分の骸を一瞥すると、斎吾は火袋たちに目を向けた。
 両足を傷つけられて、豊作に支えてもらって立っているのがやっとの火袋。
 篝火をしっかり抱きしめるお自夜。
 竜木と美葛は固く手を繋いでいる。
 断崖絶壁の崖の縁に立たされた彼らは、処刑の時を待っていた。
 斎吾の子分で、傷だらけになりながらも辛うじて生き残った八人が、かつての首領、かつての仲間に弓矢を向けていた。
「女たちは、皆逃げちまった。大損だ」
 斎吾は悔しそうに言う。お駒と力弥以外の女子供たちは、この混乱で皆逃げることができた。斎吾たちには商品となる女子供が逃げて惜しいが、火袋たちには幸いなことだった。
「そいつはよかった」
 と火袋は満面の笑みを顔に浮かべ、
「何もかもおまえの思い通りにいくか。甘い奴だ」
 豊作は肩をすくめ、
「ざまあみろ」
 竜木は斎吾を嘲笑った。
 お自夜と篝火、美葛は心の底からほっと安堵の表情を浮かべる。
 そんな火袋たちに、斎吾は非情な宣告をした。
「あんたの女房子供に、損を取り戻してほしいところだが、俺もそこまで情け知らずじゃねぇ。親子仲良く、殺してやるよ」
「斎吾……」
 火袋は斎吾を睨みつけ、これが最後の忠告とばかりに訴えた。
「本気で侍と手を組んで、うまくやれると思っているのか? あいつらは、俺たちを虫けらのように思っている。利用するつもりが、利用されるだけだ」
「俺はそんなへまはしねぇ」
 火袋の真摯な言葉も、斎吾には届かなかった。
 他の者たちも、斎吾に言ってやりたいことは山ほどある。だが、言っても無駄だとわかった。だから、もう何も言わなかった。
 今やるべきことは、生き延びるためにどうするかだ。
 逃げる機会をうかがう火袋たちに、斎吾はただ一言、言った。
「あばよ」
 弓の弦が半月のように張られ、
「撃ちなっ」
 玉虫の一声で、八本の矢が射られた。
 火袋と豊作はお自夜と篝火を、竜木は美葛を庇った。
 男たちの体に矢が刺さる。それでも愛する者を守るために、身を盾にした。
 次々と矢が降ってくる中、彼らの足元の土が崩れた。ぐらりと体が傾いて、次々と崖から落ちていく。
「わぁ――っ!」
「きゃぁっ!」
「あーっ!」
「うわーっ!」
「きゃああああぁっ!」
「わあああああぁ――」
 六人の哀れな犠牲者の悲鳴が、その身と共に地上に吸い込まれるように落ちるのと同時に、小さくなり、やがて聞こえなくなった――
「あーはっはははははは」
 玉虫の高らかな笑い声が、峠に響いた。斎吾はかつてあにきと慕っていた火袋が堕ちた崖の下を、じっと見つめる。
 崖の下は、川が流れている。落ちたら河原に叩きつけられて即死か、川で溺れて死ぬ。到底助かることなどできないだろう。
 邪魔者は消えた、これでいいと思うのに、なぜ喜べない?
 むっつりと黙っている斎吾に、玉虫と子分の一人が声をかけた。
「斎吾さん」
「お頭」
 呼ばれて斎吾は気を取り直す。いつまでも済んだことに捕らわれているわけにはいかない。これからどこの領主と手を組むか、見定める必要がある。金ももっと入用になる。死んだ子分の代わりに、人を集めなければ。やることはいっぱいある。忙しくなるのだ。昨日までのことは忘れて、明日のことを考えなければ――
「野郎ども、行くぞ!」
 首領として、鼬の斎吾は命じた。

 

 これ以後、火炎夜叉の火袋の名は加賀から消え、代わりに鼬の斎吾の名が、残忍無慈悲の野盗として広まることになる。

 

 

 どこまでも暗く、深い闇の底に沈んでいた。
 苦しみも悲しみもなく、夢も見ないくらい穏やかな眠りに身も心も浸っていた。
 目覚めたくない。
 このまま眠っていられたら、どんなに楽か。
 だけど、自分を呼ぶ声がする。それは愛しい――
「……ちゃん……おっか……ちゃん……おっかちゃん!」
 篝火の声に、気を失っていたお自夜は意識を取り戻した。
「起きて、おっかちゃん。起きてよぉ」
 泣き出したいのを堪える我が子の声に、お自夜はこじ開けるように瞼を開けた。
 目の前には、大きな黒い目に涙を浮かべている篝火の顔があった。
 篝火は横たわるお自夜の傍にしゃがんで、母を起こそうと名を呼んでいた。お自夜が目を覚ましたので、ほっと安堵の笑みを浮かべる。
「か……が……り……び……」
 お自夜は上半身を起こし、篝火を抱き寄せた。
「大丈夫、篝火? どこも痛くない?」
「おいらは平気だよ。でも、おとっちゃんが……」
 篝火の視線の先には、体中矢を受けて、傷だらけの火袋が倒れていた。
「あんた!」
 お自夜は這って火袋の傍に近寄った。
「あんた、あんた。しっかりして」
 ぺしぺしと掌で頬を叩くと、火袋は軽く呻いて、意識を取り戻した。
「お……お自夜……」
 火袋が息を吹き返したことに、ほっと息を吐くと、お自夜は周囲を見回した。
 今自分たち親子がいるのは、秋草が茂る河原だ。他に人気はない。
「豊作さんは? 竜木と美葛はどこなの?」
 お自夜は豊作たちの姿を求めて、視界の届く限り河原を見たが、一緒に崖から落ちた彼らの姿はどこにもなかった。
 傍を流れる川は、急で流れが速い。まさか、三人は川に落ちてしまったのか?
 三人のことは心配だが、お自夜は不思議に思う。あんな高い崖から落ちたのに、お自夜も篝火も無傷だ。打撲の痕もない。二人を庇って矢を受けた火袋だけが、傷を負っている。
「……どうしてわたしたち、助かったのかしら?」
 疑問を口にすると、篝火が母に答えた。
「鳥だよ。でっかい鳥が、おいらたちをここまで運んだんだ」
「なんですって? 大きな鳥ですって?」
「そうだよ、おっかちゃん。金色に光るでっかい鳥が飛んできて、落ちたおいらたちを背中に乗っけたんだ」

 

 崖から落ちて、意識を失いかけた時、篝火は鳥の羽ばたく音を聞いた。
 その目に映ったのは、金色に光る羽根を持った大きな鳥だった。
 山鳥に似た姿の鳥は、大きな翼を広げて落ちていく篝火を背に乗せた。続いて気を失った火袋とお自夜も背に乗せて、悠々と飛んでこの河原まで舞い降りた。
 そして、三人を下ろすと、鳥は虚空に飛び去っていった……

 

「ああ……!」
 篝火の話で、自分たちを助けた鳥は神仏の化身だと、お自夜は確信した。四年前、篝火を産む時に仏の化身が助けてくれたように、今回も助けてくれたのだと、お自夜は信じた。
「だから、おいらたち助かったんだ。髭のおっちゃんや竜木にいちゃん、美葛ねぇちゃんはどうなったのかわからないけど……おいらたちが助かったんだ、きっと助かってるよ!」
 豊作たちの無事がわからないので、篝火は一瞬顔を曇らせたが、すぐに明るく笑ってお自夜の憂いを晴らそうとする。
「そうね……豊作さんも、竜木も、美葛もきっと無事よ。きっと……御仏のご加護が……」
 お自夜は曇天の空を見上げた。雲の隙間から、柔らかな光が差し込んで、生き延びた親子を祝福するかのように照らした。

 

 

「なぜ助けた?」
「なぜ助けた?」
「なぜ親も助けた?」
 命拾いしたと喜ぶ親子の上空では、風がごうごうと吹いている。
 人には風の音としか聞こえないが、魑魅魍魎、妖怪変化の類が発する怒号が、虚空にいくつも響く。
「助けるなら、あの子供だけでよかったのに」
「子供だけでよかったのに」
「子供だけでよかったのに」
 妖怪どもは、親子を助けた金色に輝く鳥を非難した。
 鳥は光る尾羽を持ち、孔雀に似ていた。だが、並の孔雀よりはるかに大きく、人を背に乗せられるほど巨大な体躯と翼を持っていた。
 仲間に裏切られた哀れな親子を助けたのは、神仏などではなく、金色の孔雀の姿の魔物だったのだ。
「このまま親と一緒にいたら、いつあの小僧に会えるかわからん」
「わからん」
「わからん」
「今からでも行って、親を喰ってしまおう」
「それがいい」
「それがいい」
 意気込んで下界に下りようとする妖怪どもだが、
「まだだ」
 金色の孔雀の魔物は、同類を止めた。
「我が君の命だ。あの子はまだ一人では生きられぬ。あの子が一人でも生きられるようになるまで、親も一緒に助けよと仰せられた。それに、親はあの子を生かすために、我と我が身を犠牲にするであろう。わざわざおまえらが喰らわなくても、いずれ死ぬ――見ておれ。美しい思い出が多ければ多いほど、失った後の悲しみの味は、極上のものとなるであろう。さすれば、我が君はお喜びになる」
 人の不幸は蜜の味。
 金色の孔雀の魔物の言い分に、妖怪どもは納得した。
「それもそうだ」
「それもそうだ」
「それもそうだ」
 そうしてこれから始まる悲劇を、まるで喜劇でも見るように、笑い始めた。
「あっはっは」
「かっかっか」
「はっはっは」
 邪な笑い声は、虚空にいつまでも響いた。

 

 

 雲に覆われた空は、月も星も隠れてしまった。光のない夜の森は、どこまでも暗くて恐ろしい。
 焚き火をして火を絶やさないようにしているが、それでも心細い。
(しっかり、お自夜。火袋と篝火を守れるのは、わたしだけなんだから)
 弱気になる心を叱咤しながら、お自夜は眠る火袋と篝火を見つめる。
 足に傷を負った火袋は、一人では歩けない。そんな火袋を支えながら、お自夜と篝火はなんとか森に入って身を隠した。
 本当は医師に見せたかったが、町は遠いし、たとえ医師の所に運んでも、牢から脱走して代官を殺した重罪人となった火袋を、手当てしてくれるとは思えない。即刻通報されて役人に捕まる。お自夜は森に生えている薬草を摘んで、火袋の傷の手当てをするしかなかった。
 薬草が効いているのか、火袋は傷の手当てをするとすぐに眠りについた。逆に篝火は、夜が更けても眠ろうとしなかった。昨日からろくに食べられなかったし、今夜もお自夜が摘んできたほんの少しの山葡萄の実しか食べてないから、空腹でいつまでもぐずり、お自夜が抱いて子守歌を歌っても、中々寝なかった。
 やっと寝たと思っても、安らかな眠りとはいかないようだ。篝火は時折うなされ、
「……力弥ぁ……恵太にいちゃん……竜木にいちゃん……美葛ねえちゃん……おばば……髭のおっちゃん……」
 殺された友や、大好きだった人たちの名を呼ぶ。
 悪夢は当分続くだろう。お自夜は自らの経験から、篝火が哀れでならなかった。友を、親しい人を失う悲しみを味あわせたくなかったのに。
 お自夜は揺れる炎を見つめながら、これまでのこと、これからのことを考えた。
(斎吾がまさか裏切るなんて……! 裏切ったやつらも、子供の時から知っている。信じていたのに……どうして?)
 お自夜の脳裏に、斎吾に甘える玉虫の姿が浮かんだ。
 人買いから助けた時、ただ一人だけ仲間になると言った女。
 侍が憎いと言った言葉を信じて仲間にしたが、正直言って、玉虫は疫病神だとお自夜は思っていた。男に媚を売り、女とは揉め事ばかり起こした。そうして玉虫は品定めしていたのだ。自分の言いなりになる男を。
 思えば裏切った奴ら全員、玉虫と噂があった男ばかりだ。斎吾とはいつからそうなったのか気がつかなかったが、恐らく最近――きっと火袋と斎吾が言い争ったあの夜の後からだ。
 火袋に意見をしたが、聞き入れられなかった斎吾を、玉虫は甘い言葉で誘惑し、裏切るように唆したのだ。
「あの女……!」
 お自夜は手にしていた小枝をへし折った。ぱきっと乾いた音を立てて小枝が折れる。
(殺してやる……あの女の顔を八つ裂きにして、息の根を止めてやる。あの女だけじゃない、斎吾も、裏切った連中も、殺してやる。きっと皆の仇を……)
 凶暴な獣の心がお自夜の内に沸き上がった。今、お自夜は自分の顔に夜叉の表情が浮かんでいることに気づかない。それほど真っ黒な感情に心が染まったその時、
「お自夜」
 ふいに火袋の声がして、お自夜は物思いから覚めた。
「あ、あんた」
 火袋は横になったまま、顔だけこちらを向いてお自夜を見ている。不思議とその目は穏やかだった。斎吾に裏切られて悔しいとか、傷が痛いとか、そんな感情の揺れは一切なかった。
 そこにあるのは、強い決意の光。ただそれだけ。
「俺は、諦めない」
 火袋は傷の痛みをこらえながら、力強く言った。
「足の傷が治ったら、俺はまた仲間を集めてやり直す。必ず侍どもを追い払って、百姓の国を作る。子供たちが腹いっぱい食えて、安心して暮らせるようになるまで、俺は戦う。こんなことで、諦めやしない。負けてたまるかっ!」
「あんた……!」
 裏切られても、仲間を失っても、傷ついても、立ち上がろうとする火袋に、お自夜はどす黒い感情が洗われる思いがした。
(そうだわ……もっと大事なことがあった……篝火のために……どこかにいるはずの朧火のために……私がやるべきことは……)
 お自夜は火袋の思いに応えるように、火袋の右手を取り、両手で握った。
「豊作さんたちも、探さなくちゃね。きっと、心配しているわ……」
「ああ」
 火袋は守るように、お自夜の手を握り返した。

 

 

 だが、思うようにはいかないのが人生というものだ。
 傷が癒えても、火袋の足は立てなかった。膝は不自然に曲がり、杖無しでは立つことも歩くこともできなかった。これでは侍と戦うなんて無理だ。
 森を出て河原を歩いて豊作と竜木と美葛を探したが、行方は知れなかった。
 彼らが生きているのか、死んでいるのか。
 それでも、悲しみを堪え、新たな仲間を集めようと、前から火袋の考えに賛同し、協力してもらっていた者が住む村を訪ねた。
 だが、戦に巻き込まれて村は全滅していた。人っ子一人いなかった。
 どこの誰との戦いに巻き込まれたのか、火袋たちにはわからない。
 わかっているのは、当てにしていた者が死んでしまったことだ。
 火袋たちは途方に暮れた。
 代官を殺したお尋ね者として加賀の国中手配されている火袋に、協力してくれる者などそうはいないだろうし、生きていることが斎吾に知られたら、身の危険だ。
 まずは、生き延びることが先決だ。戦うのは、それからだ。
 安住の地を求めて親子はさまよった。
 春の麗らかな日も、夏の日差しが暑い日も、秋風が吹く日も、冬の雪降る日も、ただひたすら歩いた。
 生きていくために、お自夜は金持ちの家に押し入って、金や食べ物を奪った。
 でも、すぐにやめてしまった。足の不自由な亭主と、育ち盛りの子供を抱えていては、お自夜一人では、十分な稼ぎにはならなかったし、危険だった。
 そうして一年……二年……時が過ぎていく。
 旅の空の下で、篝火もひとつ、ふたつと歳を重ねた。
 山の中の隠れ里にいたころは知らなかったが、世の中というものは、血の匂いと死の気配に満ちていると、篝火は子供心に思った。
 行く先々の村、どこも戦火に焼かれ、大勢の人が死んでいた。

 

 文明六年、加賀の守護、富樫政親と弟の幸千代が、家督を巡って争っていた。
 その頃、政親は応仁の乱において東軍に与したが、幸千代は、兄が長年の敵赤松政則と同じ軍に身を置いていることに不満を抱き、西軍に身を置いていた。
 幸千代は守護代の額景春(ぬかかげはる)の支援を受け、越前の守護代、甲斐敏光(かいとしみつ)とも組んだ。さらに真宗高田派の門徒まで動員して兵を挙げた。
 政親は加賀を追われたが、そのまま諦めはしなかった。西軍から東軍に寝返ったことで越前の守護の座を手に入れた朝倉孝景に協力を要請し、本願寺の蓮如に、加賀での布教を認める代わりに門徒を加勢させた。
 こうして血で血を洗う激しい戦いが、加賀の全土に広がった。

 

 篝火が七歳の年の夏は、酷暑だった。空からは一滴の雨も降らず、蝉の鳴き声が暑苦しさを煽るようだ。
 ただでさえ戦で畑は荒らされ、作物が採れないのに、あまりの暑さに草も木の葉も枯れ、田んぼの水は干からびて稲は育たない状態だった。
 飢饉で何万、何十万、何百万もの民衆が飢え死にした。
 骨と皮だけになった骸が、あちらこちらに、いくつも転がっていた。
 この光景に、篝火は火袋に聞いた。
「おとっちゃん、地獄って、こんなとこかい?」
 火袋は言った。
「地獄なんて、もっともっとましな所だ!」
 どうして地獄がこの世よりましなのか――それは、この世に鬼が全て這い出てきて、地獄の底は、からっぽだから。

 

 どこに行っても、食べる物は無かった。
「おとっちゃん、おっかちゃん、お腹空いたよう」
 腹が空きすぎて、泣くこともできない篝火は、か細い声で父母に訴えた。
「よしよし、あっちに村がある。何か採ってきてやろうな」
 火袋は篝火を元気づけるように言い、
「瓜でもなっていればいいんだけど」
 お自夜は疲れたように、呟く。
 その村は、他の村と同じく荒れ果てていた。人の気配はなく、ここも戦か飢饉のせいで全滅したかと思ったその時――
 道の向こうのあばら家の前で、腹だけは膨れた痩せ細った男が立っているのが見えた。
 男は手に持っている物を口に持っていき、噛み切った。口をもぐもぐと動かし、何か食べているように見えた。
「おとっちゃん、あの人なんか食べてるよ!」
 篝火は食べ物が見つかったと、嬉しそうに声を上げた。
 火袋は必死に杖を突いて男に近寄った。
「そこの人! 後生だ。この子に食い物を分けておくんなさい。もし……そこの人!」
 懇願する火袋に、男は嫌々と首を振り、持っていた食べ物を大事そうに胸に抱えて、あばら家に入ってしまった。
「ほんのちょっぴりでいいんだ。ただでくれろとは言わねぇ! 薪割でも畑仕事でもやるよ。俺も昔は百姓だったんだ」
 諦めきれず、火袋は男が入ったあばら家に入った。
「うわっ!」
 家の中を一目見た瞬間、火袋は思わず声を上げた。
 なんてことだ、なんてことだ、なんてことだ!
 火袋は男が食べていた物の正体を知って、呆然となった。
 家の中には、女が横たわっていた。血の気のない、青ざめた顔から、女はこと切れているのは明らかだ。男は女の躯の前に座って、小刀で骸の胸の辺りから干からびた死肉を削ぎ切り、そのまま口に運んだ。
 美味そうな表情を浮かべて、男はくちゃくちゃと肉を咀嚼する。
 目の前の光景に、頭の中が真っ白になって、火袋はただ突っ立っているしかできない。
 肉を飲み込むと、男は火袋に向かって叫んだ。
「これはおらのだ! やらんぞ! 喰いたいのなら、外にいくらでも転がっているから、それを喰え」
 吐き気を堪えながら、火袋は黙ってあばら家を出てお自夜と篝火の元に戻った。
「おとっちゃん、食べるものは……?」
 手ぶらで戻ってきた火袋に、篝火は悲しそうな目で見つめる。
「あ……諦めな、篝火……あいつの喰っているもんは……」
 火袋は、叫ぶように言った。
「人だ!」

 

 親子は再び歩き出した。だが、ついには歩く力も無くなって、道に座り込んでしまった。
「おなか減ったよう!」
 篝火はお自夜の膝に縋りついて、空腹を訴えた。だが、火袋もお自夜も、篝火の飢えを満たしてやることはできない。
「……俺の足さえ達者なら……おまえたちをこんな目にあわせはしねぇのに……なさけねぇ……」
 女房子供を喰わせてやれない悔しさに、火袋は自由にならない己の足を怨んだ。足をこんな風にした玉虫を、裏切った斎吾を怨んだ。
 しかし、今は怨み言を言っている場合ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
 今すべきことは、食べ物を手に入れることだ。
 飢えを満たせるのなら、なんだっていい。鳥でも、虫でも、草でも、腹に入るのなら、たとえ人の肉だって……
 極限の飢餓(うえ)は、火袋に尋常ならざる行動を起こさせた。
 火袋は小刀を抜いて、近くに転がっている骸のほうに這っていった。死んだばかりの、まだ新鮮な……
「肉……肉……」
 そう呟く火袋の眼は、血走って焦点が合っていなかった。
 火袋の意図に気づいたお自夜は、火袋の背に縋って引き止めた。篝火も火袋に追い縋る。
「あんた! やめて! それだけはやめて!」
「おとっちゃん! やめろーっ!」
 お自夜と篝火の声に、火袋は正気を取り戻した。そして、自分がしようとしたことに、身を震わせた。お自夜と篝火の静止が無かったら、人肉を喰らっていたかもしれない。
 火袋は、がっくりと大地に手をついて項垂れた。その姿に、野盗の首領として侍を相手に戦っていた義賊の姿は無い。今の火袋は、乱世の波に呑まれ、消されていくその他大勢の一人でしかない。
 あれほど大きく見えていた火袋が、篝火の眼に小さく映った。それが篝火には、とても悲しい。
 結局、食べ物は見つからなかった。
 しかし、もはや人の肉を喰らう勇気は無く、親子は萎れた草を毟って食べ、川の水を飲んで飢えを凌いだ。

 

 火袋が外道に堕ちかけた日から、何日が過ぎたのか、篝火にはわからない。
 河原で休んでいると、牛車が通りかかった。
 牛車には、護衛の侍と牛飼童が大勢付き従っていた。篝火たちとは別世界にいる、身分の高い人が乗っているのだ。おそらくこの辺りの領主の身内だ。
 篝火には、そんなこと知らなかったし、関係なかった。飢えた腹は、肉付きの良い牛を焼いて喰らいたいという欲求を訴えて、ぐうぐう鳴る。
(うまそうな牛だなぁ。喰いたいなぁ)
 篝火が物欲しそうな眼差しで牛を見ていると、牛車の中の者が、牛飼い童に車を止めさせた。牛舎の前簾の隙間からほのかに見えるのは、色鮮やかな絹の衣を着た女。
 女は従者に二、三言づけ、包みを渡した。従者はうやうやしく女主人から渡された物を受け取ると、篝火の前に来て差し出した。
「奥方さまからのお恵みだ。食えっ」
 慇懃な態度で差し出したものは、白い饅頭。
「うわぁ!」
 久しぶりのまともな食べ物に、篝火は歓声を上げて受け取った。饅頭なんて、本当に久しぶりだ。
 だが、
「そんなものを食うのは、よしなっ!」
 火袋がそれを止めた。
 火袋は篝火から饅頭を取り上げると、杖を突いて牛車の女に饅頭を返した。
「どこのどなた様か知らねぇが……せっかくだが、お返ししますぜ。人が飢え死にしている時に、うめぇものを喰っているのは、おまえさんたち侍だけだ。そんなやつから、施しなんか、いらねえ!」
 叫んで火袋は饅頭を牛車の中の女に向かって投げつけた。
 火袋の拒絶に、侍たちは激怒した。
「こ……この無礼者めっ。奥方さまに何をする!」
「切り捨てい!」
 民を自分と同じ人と思っていない侍たちは、問答無用と刀を抜いて火袋に斬りかかった。
「うおおおおっ!」
 火袋は獣のように吠えながら応戦した。歩くことはできなくとも、杖無しでも立ってはいられる。火袋は斬りかかってくる刀を、杖を槍代わりにして払い除けた。
 侍の一人が、頭を割られて頭蓋骨が剥き出しになり、血が噴き出す。
 鳩尾に杖が入ってもんどりのたうつ者、肩を砕かれ刀を落とす者と、一人、また一人と侍が倒されていく。彼らの主人である奥方とお付きの侍女、牛飼童は、とっくに逃げ出した。
 そして、たった一人残った侍が、震えながら火袋に問うた。
「きさま……何者なんだ?」
 たかが百姓とは思えぬ戦いぶりに、怖じ気づいた侍に、火袋は高らかに答えた。
「俺は、火炎夜叉。野盗火袋だ!」
「火袋? 深雪野の代官を殺した野盗かっ!」
 火袋の名を聞いた途端、侍の顔が青ざめた。安西蘭風を殺して以来、姿を消した火袋の名は、三年たった今でも加賀の侍にとって、恐怖と憎悪の対象だったのだ。
 火袋は顔をひきつらせる侍を杖の一撃で叩き殺した。
 久しぶりに見る火袋の荒々しい姿を見て、篝火は胸が熱くなった。昔の火袋と変わりなく、いいや、それ以上の雄々しさに、父への誇らしさが蘇る。
 もはや、侍は全てやっつけた――火袋も篝火も、そう思ったその時、
「あんたーっ。危ないっ!」
 お自夜が気づいて叫んだ時には、遅かった。
 牛車の陰に隠れていた侍が、背後から火袋を槍で一突きした。
「……っ!」
 火袋の腹を貫いて、槍が血塗れの鉾先を現した。
 串刺しになった火袋は、ゆっくりと後ろを振り返り、自分を刺した侍を見た。そして、震える足で侍のほうに近づいていく。
 腹を串刺しにされているのに、萎えた足で近づいてくる火袋を幽鬼でも見るように、侍は凝視する。逃げたいのに、鬼気迫る火袋が怖くて、逃げられない。
「下手糞め! 槍というものは……こう刺すんだ……!」
 火袋は侍と真正面に向き合い、両腕を伸ばした。そのまま肩を掴んで侍を抱き寄せる。
「ぎゃあああぁっ!」
 甲高い断末魔が、侍の喉から漏れた。
 火袋の腹に突き刺さった槍は、火袋だけでなく、投げた相手も貫いた。
 そのまま火袋は、侍の体に覆いかぶさるように倒れた。

 

 火袋の墓の前で、お自夜と篝火は手を合わせた。
 河原に生えている桜の木の根元に穴を掘って、火袋を埋葬した。暑さのために葉が全て枯れて落ちてしまった桜の枝は、骨のように空に広がっている。
 お自夜は声もなく涙を流していた。硬い表情で墓を見つめるお自夜の横顔には、哀しみと決意の色が浮かんでいた。
(あんた……わたし一人でも、きっと篝火を守ってみせるわ……だから、あの世で蛍火と一緒に見守って……)
 篝火は土饅頭のような墓を見ていると、止まったと思っていた涙がまた零れそうになった。
(泣いちゃ駄目だ。これからは、おいらがおっかちゃんを守らなくちゃ――おとっちゃんみたいに)
 泣くまいと自分に言い聞かせる。
(おとっちゃん、おっかちゃんは、おいらがきっと守るよ)
 亡き父に心の中で誓うと、篝火は空を見上げて泣くのを我慢した。美葛も泣きたくなる時はそうしていたと、思い出しながら。
 桜の枝の隙間から見える空は、既に日が沈んで濃い藍色から漆黒の闇が広がっていた。
 その闇に、煌めく星がいくつも瞬いていた。

 

 

 父に先立たれ、母子二人旅となった。
 灼熱地獄の夏が終わり、涼風が吹く秋が来ても、お自夜と篝火に、この世はどこまでも厳しかった。
 よそ者を嫌う村人に、野良犬のように追い払われたりした。
 荒くれ者に言いがかりをつけられて、理不尽な暴力を振るわれた。
 甘い言葉を囁いて、お自夜に体を売らせようとする輩や、篝火をかどわかそうとする輩から命からがら逃げた。
 それでもお自夜は篝火を育てるために、どんなことでもした。
 木の実を採った。
 食べられる草を毟った。
 川で小魚や海老を獲った。
 裕福な家の残飯を漁った。
 道で物乞いまでした。
 そうして手に入れた食べ物を、全て篝火に与えた。
 そして、冬……

 

「さあ、一杯のお粥にも、御仏のお慈悲があるぞ。並んだ並んだ」
 大地が凍り、厚く垂れこめた雲が空を塞ぐ冬の初め、戦によって住む所を失った貧しい人々のために、国分寺で施行が行われた。
 僧たちが、大きな釜で粥を炊く。一杯の粥を恵んでもらうために、大勢の人が並んだ。
 その列に、お自夜の姿があった。
 粥をもらうために、列は絶えることなく続く。
 そうしてようやくお自夜の番になった時、
「入れ物は?」
 そう聞かれて、お自夜は無いとしか言えなかった。
「椀が無ければ粥はやれぬ」
という僧に、
「お願いです、子供が腹を空かせているんです。どうかお粥を……!」
 我が子に粥を食べさせたい母は、必死だった。そして、両手を差し出した。
「こ、この手の中に盛ってくださいまし!」
「馬鹿なこと……掌にこの熱いお粥を盛れるものか。焼けただれてしまうぞ」
「いいえ! かまいません。どうぞ、どうぞお願いします」
お自夜は怯まずに懇願した。我が子の飢えを満たしたい。火傷など、恐れはしない。
 お自夜の覚悟に、僧は粥を掌に盛った。熱い粥は、柔らかな女の掌を赤く焼いた。それでもお自夜は手を放したり、無様に叫び出したりしなかった。一滴も粥をこぼすまいと、熱さをこらえた。
「あ……ありがとうございます」
 激痛に耐えながら、粥を盛ってくれた僧に感謝の言葉を言った。微笑みながら。
 僧は思わず手から杓子を落としそうになった。お自夜の微笑みに、菩薩を見たような思いがしたのだ。
 我が子の元へ戻るお自夜の後ろ姿に、僧は両手を合わせた。この荒んだ世の中に残っていた最も美しく尊いものを見たと、胸を震わせながら。

 

「さあ……篝火……おいしいお粥だよ……」
 お自夜は篝火に両手に盛った粥を出した。
「おっかちゃんの分は?」
「おっかちゃんは、先に食べたから……全部お食べ……」
「うん!」
 篝火はお自夜の掌から粥を啜った。凍えた体を温かくしてくれる粥は、どんなご馳走よりもおいしかった。
 喉を鳴らしてうまそうに粥を啜る篝火を、お自夜は心の底から嬉しそうに見つめた。
 篝火が粥を食べ終わると、赤く焼けただれたお自夜の掌が見えた。
「おっかちゃん、手……!」
 赤く焼けただれた掌に、篝火は息を飲んだ。そうだ、こんなに熱い粥を掌に盛ったら、火傷するに決まっている。そのことに気づかず、粥を食べることばかりに夢中になっていた自分を、篝火は罵倒したくなる。
「……大丈夫よ……こんなの、平気。なんでもないわ」
 お自夜は我が子の罪悪感を和らげようと、微笑んだ。火傷の痛みよりも、我が子が飢えるほうが辛かった。だから、篝火の飢えが少しでも癒されるほうを選んだ。それだけのことだ。
「でも……!」
 篝火が泣き出しそうになった時、
「もし……」
 母子に声をかけるものがあった。
 お自夜の掌に粥を盛った僧が、こちらにやって来た。そして、お自夜に小さな壺を差し出した。
「火傷に効く薬です。塗ってください」
 お自夜の火傷の手当てをし、自分にはこれくらいしかできないと、申し訳なさそうに頭を下げて、僧は寺に戻っていった。
 お自夜と篝火は、その後姿に何度も感謝の言葉をかけた。

 

 戦乱の世に、わずかに残っていた人の慈悲にすがって、母と子は生きた。
 だが、篝火に手に入る食べ物をほとんど与え、お自夜が口にするのは、ほんの僅か。
 お自夜は、日に日に痩せ衰えていった。
 そして、雪降るある日……

 

 

 その年の冬は、いつに増して雪が深かった。
 天も地も雪に覆われて、白だけの世界だった。戦の傷跡も、何もかも全て覆い隠した。
 雪が方向を誤らせ、お自夜と篝火は吹雪が吹きすさぶ冬山に迷い込んでしまった。
 古びた文殊堂がぽつんと建っていた。せめて雪がやむまではここで泊ろうと、中に入った。
 お自夜は篝火の雪を払い、掌で冷たくなった頬や手を摩って温めようとする。
 お自夜の掌は、火傷の痕が残ってごわごわしている。それでもくすぐったくて、篝火は声を立てて笑った。
「あははは。くすぐったいよ、おっかちゃん」
 こんな寒くて凍えそうな時でも、我が子の笑い声はお自夜の救いだった。
 それからお自夜は篝火の髪を手櫛ですくと、己の髪を縛っていた紐で結い直した。
「おっかちゃん、いいの?」
 篝火が欲しがっていた曼珠沙華の花びら染めの紐。
 前は男の子が着けるものではないと叱られたので、お自夜の手で結わいてくれたので、篝火はびっくりする。
「朧火は……あんたの顔知らないからね……これを着けていれば……あんたが弟だってわかるから……朧火も、同じ紐持っているから……」
「そうだね。おいらもねぇちゃんの顔知らないから、すれ違ってもわからない。これ着けてたら、ねぇちゃん、おいらのこと弟だってわかるね」
 篝火はにっこり微笑んで、お自夜に言った。
「な、おっかちゃん。春になったら、ねぇちゃん探そう。ねぇちゃんも、おいらたちのこと、探していると思うよ」
「そうね……春になったら……朧火を探そうね……」
 いつ終わるとも知れぬ雪の中で、遠い春を待ち焦がれる母子だった。

 

 三日三晩続いた吹雪は、昼になってやんだ。雪がやんでいるうちに麓へ降りようと、母子は文殊堂を出た。
 しかし、冬の山を舐めてはいけなかった。
 歩き始めていくらもしないうちに、再び雪が降り始めた。初めは粉雪だったが、すぐに大きな牡丹雪になる。風も吹いてきた。文殊堂に戻ろうと思っても、吹雪で方角もわからなくなってしまった。
 夜になり、暗闇と寒さの中で、母子は立往生する。
 古ぼけた蓑と笠では、風雪から身を守りきれない。
 吹雪の中、とうとうお自夜は力尽きた。もうこれ以上歩けない。柔らかな、だけど冷たい雪の上に座り込んだ。
 だが、篝火を凍えさせはしまいと、懐深く篝火を抱いて、身を挺して吹雪から庇った。
「さあ、おっかちゃんの懐へ、顔を突っ込んでおいで……あったかいよ……」
「うん、おっかちゃん」
 篝火はお自夜の胸にすがって、その温もりを感じた。
「なあ、おっかちゃん。戦はいつ終わるんだろ……」
「すぐ終わるよ。きっと、すぐ終わるよ……それまで生きていようね……篝火……」
 お自夜はそう言うと、それっきり黙ってしまった。
 しばらくして、篝火は母がちっとも温かくないことに気づいた。お自夜の体が氷みたいに冷たくなっている。
「おっかちゃん……どうしたの?」
 お自夜の異変に気づいた篝火は、身を起こした。お自夜の体を揺さぶると、ゆらりと揺れ、そのまま雪の上に倒れた。
「おっかちゃん、起きて。起きてよう!」
 篝火はお自夜を起こそうと、声をかけ、体を揺さぶった。篝火のなすがままにお自夜の体が揺れる。
 まさか――嫌な予感が篝火を襲った。死の気配は、この乱世では身近なものだった。大好きだった人も、そうでない人も、皆死んだ。だけど、お自夜だけは、お自夜だけは違うと篝火は思っていた。そう思おうとしていた。
「おっかちゃん。死んじゃいやだ! おっかちゃん!」
 だが、篝火がどんなに呼んでも、お自夜の閉じられた瞳は、二度と開かれなかった。
 雪は、我が子のために命を削って死んだ母と、母の死を嘆き悲しむ子を共に葬り去ろうとするかのように、降り積もる。
「おっかちゃん! おいら、もう飯なんかいらん。食べ物なんかいらん。だから、死なないでおくれよう。おっかちゃん! おっかちゃん!」
 凍てつく空の下、篝火の慟哭は吹雪に呑み込まれ、消えていった。

 

 

「誰かが泣いている……」
 誰かの声が聞こえた気がして、あこ丸は目覚めた。
 ここ数日やむことのない雪が、音もなく降る夜のことだった。
 医師寿海の庵であこ丸は眠っていたが、叫び声を聞いて眠りから醒めた。
 実際に聞いたのではない。聞こえたのは、あこ丸の心の中だ。生まれつき耳の聞こえないあこ丸は、常に静寂の中に身を置いている。隣に眠っている寿海のいびきさえ、あこ丸には聞こえない。
 だけど、あこ丸の心に誰かの声が聞こえてきた。誰なのだろうと、心の目で周囲を見回すが、この庵には、寿海の他には誰もいない。
 誰が泣いていたのかわからないが、あこ丸は胸が痛んだ。とても悲しみに満ちた声だったから。
「誰なの? どこにいるの?」
 呼びかけても、答える者はいない。
 あこ丸は途方に暮れた。どうしたらいいのかわからない。あんなに悲しい声で泣いているのに、答えてあげられない。助けてあげられないのが、とても、辛い。
(会いたい――)
 誰だかわからないけれど、声の主に会いたいと、あこ丸は切に願った。
 その願いは、今はかなえられることはない。

 

 

 

2019年4月19日 (金)

どろろ百鬼繚乱草紙 まれびとの章12

   無残帳の巻中編


 長月も十五日になった。
 東名新兵衛の屋敷を襲ってから十日余り。盗品を金に変えるためと、偵察もかねて、火袋は斎吾と十三名ほどの部下を麓の町に送り出した。
 その中に玉虫もいた。
 商人の家で働かされたことがあるという玉虫は、物の真贋を見極めることができた。
 玉虫の見立てで、商人に安値で買い叩かれていたものが、一見すると地味でも、実は値打ち物であったことがわかった。以来、盗品の売買をする際は、商人との交渉役に玉虫も同行することになったのだ。
 残った女たちは、くゆりの家の周りに集まって、先月摘んだ曼殊沙華の花びらで染めた糸で、髪を飾る紐を編んでいる。
「ああ、やっぱり村で染めたようにはいかないねぇ」
 くゆりは手にした糸の染まり具合に、溜め息をついた。
 まほろ村で染めていた頃は、燃えるように鮮やかな紅だが、今年出来上がった糸は、桜の花びらのように淡い紅だ。
「しかたないわ、おばばさま」
「曼殊沙華の花、少ししか咲いてなかったから、とても村にいた頃みたいな色には染まらないわ」
「来年は、もっとたくさん摘みましょう。そしたら、濃い色に染まるわ」
 女たちは口々にくゆりを慰める。
 村を出てからこの隠れ里に腰を落ち着けるまで、曼殊沙華の花びら染めをする余裕などなかった。
 今年は山に咲いていた曼珠沙華の花を摘み、五年ぶりにまほろ村の特産である花びら染めをすることができた。花びらの量が少なくて、思ったような濃さに糸は染まらなかったが、まほろ村の女たちは、皆嬉しくてたまらない。
「一本だと薄い色だけど、編んだら濃く見えるわ。きれいねぇ」
 他の村の出身のお駒は、初めて曼殊沙華の花びら染めの糸で紐を編んで、感嘆の声を漏らした。
「ほんと。きれい」
「きれいきれい」
 幼い子も、村が襲われた時は赤子だったから、お駒同様、編みたての曼殊沙華の花びら染めに目を輝かせ、はしゃいだ。
「今年は五つのお祝いできるわね。今までお祝いできなかった子の分も、編んであげるわ」
 お自夜は女の子たちに微笑んだ。
 まほろ村の女の子は、五歳の年の秋に成長を祝って曼殊沙華の花びら染めの組み紐で髪を結う。だが、四年前に醍醐景光によって村を追い出されて、流離う日々では、とても曼殊沙華の花びら染めで紐を作り、髪を飾って祝うことができなかった。
 五歳の祝いをしてもらえなかった女の子たちは、母や姉のような美しい紐で髪を結わけることに、嬉しい悲鳴をあげた。
「ほんと? 嬉しい!」
「ありがとう、おばさん!」
「おねぇちゃんたちと、お揃いね!」
「さあ、編むわよ」
 美葛は張り切って花びら染めの紐を持っていない妹分の女の子たちのために、紐を編み始めた。
 他の女たちも、丁寧に、心を込めて紐を編む。

 

 女たちがせっせと紐を編んでいる一方、男衆は、のんびり秋の昼下がりを過ごしていた。
 家で昼寝している者、双六に興ずる者、相撲をとる者、それぞれだ。
 火袋と豊作は、切り株に座り、山で採ってきたあけびの実を食べながら、広間で男の子たちが竜木に剣の稽古をつけてもらっているのを眺めていた。
 今、竜木と木刀を交えているのは、恵太だ。両手でしっかり木刀を握りしめ、右に、左にと竜木に打ち込む。
 一方、竜木は右手だけで木刀を握り、余裕で受け止める。
 かーん、かーんと打ち合う音が響き合う。
「がんばれー恵太!」
「竜木にいちゃん、負けるなー」
 子供たちの元気な応援の声が隠れ里に響く。
 火袋と豊作は、子供たちの成長に目を細めながら、あけびをひとつ、ふたつと食べる。
「なあ、火袋」
「なんだ、豊作」
 最後のあけびの果実を口に含んで、たっぷり甘い汁を吸ってから種をぷっと吐き出すと、豊作はこの数日の思いを吐露した。
「斎吾のことなんだが……本当に、考え直したと思うか?」
 侍と手を組むべきだ――酒盛りの夜、そう言った斎吾の強い眼差し。あれは本気の目だった。だから、翌朝あっさり自分の考えを翻して、火袋に謝罪した斎吾に豊作は不信を抱いた。
「斎吾はたった一晩で考えを変えるくらいの、軽い考えで言ったとは思わねぇ。あいつは、諦めていねぇよ」
 火袋もあけびの実の種を吐き出して、言った。
「俺は……信じてぇ。斎吾は昔からの弟分で……仲間だ」
「だがよ……火袋……」
 弟分を、仲間を信じたい火袋の思いはわかるが、子供の頃から知っているからこそ、豊作は斎吾に対する警戒心と漠然とした予感を消すことができない。
 豊作は声を潜めて提案した。
「……白骨岬(はっこつみさき)のあれ――場所を変えたらどうだ? 篝火に痛い思いさせちまったのに、すまないが……いずれ斎吾も勘づくだろう。今、あいつに知られるのは、まずい」
「そうだな。今度、勇魚(いさな)とも相談しよう……」
 豊作の提案を、火袋は拒否しなかった。
 二人だけの相談がまとまった時、
「やあぁっ!」
 恵太の気合の籠った剣が、竜木の木刀を叩き落とした。
「やった……!」
「参った、恵太」
 恵太に一本取られた竜木は、潔く負けを認めた。
「恵太、すげぇや!」
「恵太にいちゃんが、竜木にいちゃんに勝った!」
 子供たちが二人を取り囲んで、称賛の声を上げる。
「強くなったな、恵太」
「よくやった」
 火袋も豊作も、恵太の成長を頼もしく思って微笑み、感嘆の声を漏らした
「ね、おじさんたち! 今度は俺も仕事に連れてって!」
 恵太は火袋と豊作の元に駆け寄ると、野盗の仕事を手伝わせてほしいと懇願した。
 だが、豊作は首を振って反対する。
「駄目だ駄目だ。おめえはまだ十三じゃねぇ」
「竜木にいちゃんが初めて仕事したのは、十四だったよ。俺といくらも変わらないじゃないか。それに、竜木にいちゃんに勝てるようになったら、一緒に仕事に連れて行ってくれるって、豊作おじさん言ったじゃないか」
「一回ぐらい竜木に勝ったからって、自惚れるんじゃねぇ。竜木は手加減していたんだぞ。それに、木刀での勝負なんざ、お遊びだ。真剣で命のやり取りしたことのない小童が一緒じゃ、足手まといだ」
「そんな!」
 叔父と甥の言い合いに、火袋は静かに言った。
「俺たちが留守の間、誰が皆を守るんだ?」
 火袋は諭すように恵太に告げる。
「おまえは強くなった。だからこそ、留守を任せられる。おまえが女子供たちを守らなくて、誰が守るんだ? 外に出て侍どもと戦うだけが、仕事じゃねぇ。女子供たちを守ることも、大事な仕事だ。恵太、わかるな?」
「……はい」
 火袋の説得に、恵太は素直に頷いた。
「さあ、次は誰だ? かかってこい!」
 話が着いたところで、竜木が子供たちに呼びかける。
「よーし、竜木にいちゃん、勝負だ!」
 篝火が小枝を剣代わりに竜木にかかってきた。
「俺も!」
「おいらも!」
 篝火に続いて力弥ら、男の子たち五人が、いっせいに竜木にかかってきた。小枝でぺしぺしと、竜木を叩く。
 幼い子とはいえ、一度にかかってこられては、竜木もかなわない。
「いて、いてて――うわぁ、勘弁してくれ」
 たまらず、竜木は逃げ出した。
「待てーっ、竜木にいちゃん!」
 篝火を先頭に子供たちに追いかけられた竜木を、皆は笑って見ていた。

 

 曼珠沙華の花びら染めの紐が編み上がり、女の子たちはさっそく髪を紐で結ってもらう。
「嬉しいな。おっかちゃんとおねぇちゃんたちとお揃い」
 髪をきれいに結ってもらって、女の子たちはご機嫌だ。互いに髪に結わかれた紐を見せ合う。
 それを見て、お自夜の目にうっすらと涙が浮かんでいるのに気づいたのは、くゆり一人だけだ。
 お自夜は娘たちのことを思い出している。
 同じように我が子を亡くしたくゆりには、それが痛いほどわかる。
 くゆりが気づかわし気に見ていることに気づいたお自夜は、慌てて涙を拭い、朗らかに言った。
「さあ、おやつにしましょう。美葛、他の子供たちも呼んできて」
 お自夜の提案で、女たちは、おやつの支度を始めた。美葛は急いで広間の方に駆けて行き、剣の稽古をしていた男の子たちにも声をかけた。
「皆―っ! おやつよー! おばばのうちに集まってーっ」
 美葛が呼ぶと、竜木を追いかけていた篝火たちは、小枝を放り投げ、歓声を上げてくゆりの家の前に向かった。
「ふう、助かった」
 追い回されていた竜木は、やっと子供たちから解放されてほっと溜息をついた。
 皿に盛られた団子に、子供たちは我先にと手を伸ばした。男の子たちは稽古の合間に火袋たちが採ってきたあけびも食べたが、体を動かしたから、すぐに腹が減る。女の子たちも、母たちに教わって拙いながらも紐を一生懸命編んだから、やっぱりおやつが食べたくなる。
 子供たちの相手をしていた竜木も腹が減っているから、団子に手を伸ばして頬張る様は、大きな子供だ。
 あっという間に皿は空になり、子供たちは黙々と団子を食べた。
 食べている時だけおとなしい子供たちを眺めながら、大人たちも団子を食べた。
「どう、竜木? 綺麗に編めたでしょ?」
 美葛は団子を食べる竜木に、編み上がったばかりの紐を見せたが、
「うん、うまいうまい」
 団子が美味いのか、紐が上手いのか、どちらかわからない言い方をするので、むくれた。
「竜木ったら!」
 怒って美葛は竜木から離れたが、竜木のほうは、何故美葛が怒ったのかわからず、目を丸くする。
「なんで? なんで怒るんだ?」
 我ながら綺麗に編めた紐を竜木が褒めてくれなかったのが面白くない美葛は、ふと、団子を食べ終わった篝火に目を向けた。
 縄で結わいている黒く艶やかな髪が、頭の上で揺れている。縄なんかより、曼殊沙華の花びら染めの紐で飾ったら、きっと篝火に似合う――いいこと思いついたと、美葛は微笑んだ。
「篝火、ちょっとじっとしてね」
 美葛は篝火の髪を解くと、編んだばかりの紐で結い直した。
 薄紅の紐で髪を結ばれた篝火は、美葛の思った通り、可愛く見えた。
「篝火、可愛い。似合うわ」
「ほんと? 美葛ねぇちゃん」
 褒められてまんざらではないので、篝火は得意そうに微笑んだ。
「ほんとだ。篝火、似合う」
「似合うね」
「髪に花びら染めの紐がよく映えるねぇ」
 子供たちも、女たちも、髪を結った篝火を可愛い、似合うと口々に褒めたが、
「女の子みたい、篝火」
 力弥が何気なく言った一言で、のどかな雰囲気は一変した。
「駄目よ、篝火!」
 お自夜が立ちあがり、子供たちの輪にいる篝火の前に立った。恐ろしい物を見たかのように、顔を真っ青にして叫ぶ。
「曼殊沙華の花びら染めは、女だけが着けるものよ! 男の子は駄目!」
 優しいお自夜が、いつになく厳しい口調で叱るので、篝火だけではなく、この場の者全員が団子を食べるのを止め、凍りついた。
「ほどきなさい、篝火!」
「やだ!」
「男の子なんだから、駄目!」
「なんで着けちゃ駄目なんだよ、おっかちゃん! おいらもおっかちゃんたちとお揃いの紐、着けたい!」
「駄目なものは駄目!」
 紐をほどけと言うお自夜と、素直にほどかない篝火。
「お自夜、そんなに怒らなくても……」
「ご、ごめんなさい、お自夜さん……篝火、紐ほどくね」
 火袋が庇い、母子の言い争いの種になった自覚から美葛も謝るが、お自夜も篝火も聞いていない。
 確かに曼殊沙華の花びら染めは、まほろ村では女が身に着ける風習だが、お自夜が激怒するほど厳しい決まりでもない。戯れに男が着けることなどよくあった。だから、お自夜の怒りの理由がわからず、皆が途方に暮れる中、くゆりが助け船を出した。
「おっかさんが怒るのも無理ないよ、篝火」
「どうしてさ、おばば」
 くゆりがお自夜の味方をするので、篝火は頬を膨らませた。
「女の子ばかりきれいな紐で髪を結ってさ。ずるいよ」
 篝火の抗議に、くゆりは説明した。
「男が曼殊沙華の花びら染めの紐を結ぶのは、夫婦(めおと)約束した女から貰った紐でないと駄目だ。まほろ村の男は、みーんな女房になるって約束した女から貰った紐を着けて、祝言をあげるもんだ。このおばばの亭主も、おばばがあげた紐を着けて祝言した。篝火、おまえのおとっちゃんも、じいさまも、そうだった。おまえが美葛から貰った紐着けたら、美葛と夫婦約束したことになるぞ」
「そっか……そうだよね」
 くゆりの言うことに納得した篝火は、うんうんと頷いて、自分で紐をほどいた。そして竜木の方に近寄り、「はい」と紐を差し出した。
「美葛ねぇちゃんの紐は、竜木にいちゃんが着けないとね」
 にっこり笑う篝火に、竜木も同じくらい笑顔で紐を受け取った。
「おう。ありがとな、篝火。美葛、ちゃんと貰ったぞ」
 この成り行きに、美葛は顔を真っ赤に染めて怒鳴った。
「馬鹿! あんたからまだ夫婦になろうって言われてないわ! 順番が逆でしょ!」
「あれ? そうだっけ? 前に言ったと思ったけど」
「言ってないわよ!」
「じゃあ、今言う――」
 竜木は美葛の前に立つと、言った。
「美葛、この紐、俺にくれ。俺と夫婦になってくれ」
 真剣な表情の竜木を前にして、美葛の頬はますます真っ赤になった。
「……そこまで言うんなら、その紐あげてもいいわよ。あんたの女房に、なってあげるわ」
 ぶっきらぼうに、でもはっきりと美葛は答えた。
 その場にいた全員が、わぁっと歓声を上げた。
「めでてぇめでてぇ。立木と美葛が一夫婦になるぞーっ」
 豊作が手を叩き、若い二人が夫婦約束したことを声高に知らせる。
騒ぎを聞いて、何事かと隠れ里の者があちこちからくゆりの小屋の前に集まった。
「どうした? 何があった?」
「二人が祝言あげるぞ」
「誰と誰が夫婦になるって?」
「竜木と美葛だ」
「それはめでたい!」
 竜木と美葛が夫婦になると聞いて、誰もが口々に若い二人を祝す。
「おめでとう!」
「おめでとう、竜木! おめでとう、美葛!」
「にいちゃん、ねぇちゃん、おめでとう!」
 皆が竜木と美葛がいい仲だと知っていても、まほろ村を失ってから、そうした祝い事など一切できなかった。この隠れ里に落ち着いて、ちゃんと祝言を上げて若い二人を祝えるようになったことに、歓喜した。
 ただ一人、お自夜は気まずさから、そっとその場から立ち去った。
「お自夜……」
 後を追おうとする火袋を、くゆりは止めた。自分に任せろ――眼差しでそう告げると、お自夜の後を追った。

 

 歓びの輪から離れ、一人林の中に入ったお自夜は、嗚咽を堪えようと掌で口を覆った。
「う……っ……うう……」
 何かに耐えるように肩を震わせるお自夜の背に、くゆりはそっと声をかけた。
「大丈夫かい、お自夜?」
 労りと慈愛に満ちた優しい声に、お自夜はこらえきれなくなった。
「おばばさま……!」
 くゆりに縋りつき、声を上げて泣いた。
「篝火は、男でなくちゃいけないの――でなければ、死んでしまう! 鬼の子に殺されてしまう!」
「よしよし。わかっているよ。篝火のために怒ったんだよね。あの子のために、おまえはよく頑張っているよ」
 篝火には秘密があった。どうしても知られてはならない秘密が。
 四年前、お自夜は篝火が生まれてから、おしめが外れるようになるまで、火袋以外の誰にも篝火を触らせなかった。世話を手伝おうとする女たちの申し出を、頑なに断った。
子供を失うという惨い経験をしたのだからと、お自夜の警戒心を不快に思う者はなく、お自夜の気持ちを慮って、あえて赤子の世話を手伝おうとはしなかった。
 それでも村を追い出されて流離う中、一人で赤子の世話をするのは大変だ。お自夜が疲れ切ってうとうとした時、くゆりはお自夜を休ませてやりたくて、そっとお自夜の腕からぐずる赤子を抱き上げ、おしめを変えてやろうと産着を脱がせた時、悟ったのだ。お自夜の警戒の理由を。
篝火は、男と女、ふたつの性をその身に刻んでいた。このような体の者を、二形(ふたなり)ということをくゆりは聞いたことがあるが、見るのは初めてだった。
 二形に生まれると、前世の罪の報いだとか、世が乱れるとか言われている。村が攻められたのは、異形の子供が生まれたせいだと言い出す者も出かねない。だから、お自夜は誰にも赤子を触らせなかったのだ。
 秘密をくゆりに知られて、お自夜は泣きながら話した。篝火が生まれた夜の出来事を。

 

「篝火は、女の子として生まれるはずだったの。でも、女の子のままで生まれると、篝火は死ぬって……だから、お坊さまに言われた通り、男になれって願った――願ったのに、私のせいで、こんな体で生まれてしまった……鬼の子を退治しなければ、男になれないのよ!」

 

 御仏の化身のような若い僧侶の予言と、天女のようなあやかしが見せた惨い未来の幻。そして、篝火に背負わされた宿命。
 長く生きていても、仏にもあやかしにも会ったことのない――鬼のような侍には、大勢会ったが――くゆりは、お自夜の話を夢物語のように聞いた。
 だけど、実際に篝火は、男でもあり女でもある、男でもなく女でもない体だ。
 娘二人を失っているお自夜が、一人残った我が子を守ろうと、篝火が男であることを強く願うのも、無理はない。
 くゆりはひたすら我が子を思う母親を、責めることができない。
 泣きじゃくるお自夜の背中を、くゆりは優しく撫でてやる。
「大丈夫。篝火は強い子だ。生き延びることができる。きっと……強い大人になるよ」
 我が子の将来に不安を抱いているお自夜の心を少しでも軽くできればと、くゆりは大丈夫と言い続けることしかできなかった。

 

 

 皆で竜木と美葛を祝福している中、馬の蹄の音が荒々しく隠れ里に響いた。
 馬に乗っているのは、権六だった。
 権六は斎吾と一緒に町に出かけていた筈だ。それが一人馬を飛ばして戻ってきた。ただならぬ様子に、大人も子供も不安と心配な面持ちだ。
「どうした? 何があったんだ」
 火袋が問うと、息を乱しながら馬から降りた権六は、誰もが信じられない言葉を紡いだ。
「み、見つかった……倅……豊作あにきの倅が、見つかった……!」

 

 その夜、火袋とお自夜は恵太を呼んで一緒に夕餉を食べさせた。このまま豊作と住んでいる小屋に帰らせないで、自分たちの小屋に泊らせるつもりだ。
「恵太、ちょっと背中貸して」
 夕餉の後、お自夜は恵太を立たせて、肩幅や背丈を測った。
「大作ちゃんは、どのくらい大きくなったかしらねぇ」
「大作は俺よりふたつ下だけど、昔から体が大きかったから、俺と同じくらいでいいと思うよ、おばさん」
「そうね。男の子はすぐに大きくなるし。恵太と同じ大きさでいいわね」
 母や姉を亡くした子のために、隠れ里の女たちは、衣類の繕い物などを引き受けている。
 今夜、お自夜が縫うのは、豊作の倅、大作の為だ。
 豊作は町から慌てて帰ってきた権六と共に、町へ向かった。理由は、豊作にとってずっと待ち望んでいた情報を得たからだ。
 権六の話によると、麓の町外れの寺に下働きとして来た子供が、まほろ村の生まれだという噂を馴染みの商人から聞いたそうだ。

 

「年の頃や背格好とか聞いてみると、豊作あにきの倅に似ている。しかも、元の名前が大作っていうじゃないか。これは豊作あにきの倅に間違いないって」

 

 四年間探し続けた倅の行方を知って、豊作はさっそく権六と共に山を降りた。すでに時刻は夕暮れ間近で、馬で走っても麓に着くのは夜遅くなる。朝になるまで出発は待つように皆が言ったが、一刻でも早く倅に会いたい豊作は、馬を飛ばして隠れ里を出た。
 恵太も一緒に行きたがったが、火袋が引き止め、豊作が大作を連れて帰るまでは、火袋たちが面倒見ることにしたのだった。
「苦労したでしょうね、大作ちゃん。この四年、どう暮らしていたのかしら……」
 子供一人、人買いに売られ、虐げられただろうと思うと、お自夜は大作の苦労を思って、涙が零れる。
「おっかちゃん、泣かないで」
 篝火は小さな手を伸ばして母の涙を拭った。
「そうだよ、おばさん。これからは、皆で暮らすんだ。大作は、もう独りぼっちじゃないよ」
 恵太もお自夜を慰める。
「そうね……大作ちゃんが見つかってよかったわ」
「そうだ、大作が見つかって、本当によかった」
 火袋は我が事のように、嬉しそうに何度も何度も頷いた。
「うちのねぇちゃんも、早く見つかるといいな」
 篝火が無邪気に言った言葉に、三人とも微笑んで頷いた。
「ああ」
「大作ちゃんと一緒にさらわれた朧火の行方も、これでわかるかもしれない」
「そうだよ、おじさん、おばさん。きっと朧火も見つかるよ」
 明るい光が前途に灯った。
 誰もがそう思った夜も更けてゆく。
 だけど、明日をも知れぬのが、人の世――乱世だった。

 

 漆黒の空に浮かんでいた月が、雲に隠れようとしていた。
 雲が月の光を覆ったのを、馬上の豊作は夜空を見上げて確かめると、舌打ちした。
「急ぐのに、ついてねぇ」
 隠れ里を出て、もうすぐ麓に着く頃だというのに月が隠れてしまっては、山道を歩く馬の足がますます遅くなる。こんなに足の遅い馬だったかと、倅に早く会いたい豊作は、焦る心を抑えられない。
「ほ、豊作あにき、落ち着いて。斎吾のあにきが先に寺に行って、大作を引き取る話をつけているはずだから」
 後ろから突いてくる権六の声さえも、呑気に聞こえてしまう。
 実際は、緊張に権六の声が震えていたのだが。
「そうは言ってもなぁ、やっぱり親父のわしが和尚に会って話さねぇと――」
 その時、前方に気配を感じて豊作は口を噤み、馬を止めた。
 行く手に何者かの影が見える。それも、一人二人ではない。

 

 

 天まで届くような雄叫びが、夜明け近くの隠れ里を揺るがした。
 眠っていた火袋は飛び起きて枕元に置いてあった刀を掴むと、小屋の戸を開けて外を見た。
隠れ里の西の方が、赤々と明るい。揺れる光。あれは、炎の光だ。誰かの小屋が燃えている。失火? 違う!
「野盗どもは、皆殺しだーっ。一人残らず殺せーっ!」
 非情な命令が、火が燃えている方から聞こえてくる。続いて女の悲鳴と、幼子の泣き声が夜空に響いた。
 野盗火袋の一党を抹殺したいと思っているのは、侍や役人。怨みを買っているのは自覚している。どこのどいつがなんて、心当たりがありすぎるが、今日襲って来たのは、この前襲撃した東名新兵衛の義兄で、代官の安西蘭風か。
 どうしてこの隠れ里がわかったのか――その答えを出す前に、火袋は起きたばかりのお自夜たちに向かって叫ぶ。
「逃げるぞ! 代官の兵が来やがった!」
 お自夜はすでに刀を腰に差し、篝火を腕に抱いている。恵太も固い表情で身構えている。
 火袋が先に小屋を飛び出し、先頭を走った。篝火を抱いたお自夜と恵太も後に続く。
 近所の者たちも、慌てふためいて小屋から逃げ出した。
 小屋から飛び出した途端、雨霰のように火矢が飛んできて、小屋の屋根や壁に当たった。すぐに火は小屋に燃え移り、灼熱の舌を伸ばして焼き尽くそうとする。
 続いて武装した雑兵たちが、太刀や槍を手に追いかけてきた。騎馬兵もいる。
「邪魔だ! どけっ!」
 退路を開かんと、火袋は刀を振るった。炎の赤に負けない鮮やかな血が、地面を染めた。
「この侍どもめ! 串刺しにしてやる!」
「どきやがれ!」
 力蔵や竜木たちも、得意の獲物で応戦する。 
 加賀に名の知れた野盗火袋一党は、女子供たちを守り、生き延びようと、必死で戦った。
 しかし、豊作や斎吾ら、戦える男が留守で、隠れ里に残っているのは年寄りがほとんどだ。火袋たちは、数の上で不利だった。
 次から次へと湧いてくる雑兵相手に、斬っても斬ってもきりがなかった。逆に、斬られ、絶命するのは野盗のほうだった。
 男だけではない。女も子供も、野盗の身内ということで、問答無用に殺された。
 そして、襲撃から半刻もしないうちに、隠れ里のほとんどが灼熱の炎に包まれた。
 四年前と同じだ――
 火の粉が降り、黒い煙が充満する中、お自夜はまほろ村が襲われた時と、今の惨劇が同じだと感じていた。
 あの時も、侍が突然攻めて来た。愛しい人、親しい人が大勢殺された。
だけど、今度は守ってみせる。今度こそ――
 お自夜は腕の中に抱いた篝火を一層強く抱きしめながら、火炎地獄と化した隠れ里の中を駆けた。
「お自夜、子供たちを連れて先に洞窟へ逃げろ。俺は侍どもを食い止めてから行く。恵太、お自夜と篝火のこと任せたぞ」
 なんとか追手を振り切って、山の入り口まで来ると、火袋は先に行くよう指示した。
山の奥には、敵が攻めて来た時の為に隠れる洞窟を見つけてあった。そこには食料や武器も隠してある。洞窟に避難すれば、ひとまず安心だ。
 火袋は一人でも多くの仲間を助けるために、隠れ里の方に戻った。
「あんた……無事でね」
 お自夜は亭主の背中を見送ると、篝火をしっかり抱いて山を登り始めた。篝火を抱いているので、次第に歩みが遅くなる。
「おばさん、篝火は俺が背負うよ」
「いいよ、にいちゃん。おいら、歩くよ」
 お自夜を気づかって、恵太は自分が代わりに篝火を背負うと言い、母と恵太の負担になるまいと、篝火はお自夜の腕から降りようとした。
しかし、我が子を守ると固く決意しているお自夜は、首を横に振った。
「大丈夫よ。洞窟まではすぐなんだから」
 手放すまいと、お自夜は篝火の小さな体をいっそう強く抱きしめる。
 お自夜の強い目の光に、篝火も恵太も母親の強さを感じた。
「……わかった。おばさん、がんばって。洞窟まであと少しだよ」
 恵太はお自夜たちを守るように、先に立って歩き出した。篝火は自分の非力さが悔しくて、お自夜の胸に顔を埋めた。
 その時――夜明け前のほのかに明るくなってきた山の中、きらりと光る銀の刀と共に、黒い影が木の影から飛び出した。
「うわぁっ!」
 左肩から二の腕の皮膚が裂け、肉が斬られる痛みに、恵太は絶叫した。斬られた――そう感じながら地面に倒れた恵太が見たのは、自分を見下ろしている雑兵。
「恵太!」
「にいちゃん!」
 すでに山にまで敵が入り込んでいたなんて――お自夜と篝火は悪夢を見ている思いで左肩から血を流して倒れている恵太と、血まみれの刀を持った雑兵を凝視した。
 お自夜は篝火を下ろして後ろにかばうと、腰の刀を抜いた。
「その子から離れろ!」
「女だてらに刀を使う――おまえ、火袋の女房だな?」
 雑兵はお自夜を火袋の女房だと見抜くと、にたりと笑い、呼子笛を吹いた。

 

 ぴぃーっ――

 

 笛の音を合図に、どこからかともなく雑兵が集まってくる。
 五人の雑兵が、お自夜と篝火を囲んだ。
「さあ、刀を捨てておとなしく来い!」
 偉そうに怒鳴りつける雑兵に、お自夜は反撃しようとした――が、
「おっと。この小僧がどうなってもいいのか?」
 恵太の首に刀の切っ先を向けられて、お自夜は反撃できなかった。
「おばさん! 俺に構わず、逃げて!」
 恵太は痛みをこらえながら必死に叫んだ。雑兵が「黙れ!」と怒鳴って、刀の先で首の皮膚を切った。ほんのわずかだが、血が滲む。
「やめて!」
 恵太の血を見て、お自夜は叫んだ。
 篝火を守りたい。だけど、恵太も大事だ。恵太を見捨てることなどできない。
 お自夜の手から、刀が落ちた。
「よーし、おとなしく縛につけ」
 雑兵たちはお自夜と篝火を後ろ手に縛りあげた。
「痛い! 離せよ! こんちくしょうめ!」
 ぎりぎりと容赦なく縄で締められて、篝火はたまらず声を上げた。幼子の柔らかな肌と肉に荒縄の痛みは涙が零れるくらいだ。
 お自夜も縄の痛みに顔を歪ませたが、侍どもに無様な姿を見せるものかと、歯を食いしばり、一言も声を漏らさなかった。
「ううぅ……おばさ……篝火……」
 苦痛に耐えながら、恵太は二人を助けようと、出血する左肩を抑えながら、よろよろと立ち上がった。
 そんな恵太を、兵は槍尻で突いて突き倒した。
 あっけなく飛ばされ、倒れた恵太を、雑兵たちが嘲笑う。
「小僧、代官さまからの伝言だ。火袋に伝えろ――今日の日が沈む頃までに代官屋敷に一人で来い、とな。一人で来なかったら、女房倅は殺す!」

 

 

「代官の屋敷に行ってくる」
 安西蘭風の襲撃から逃れ、洞窟にたどり着いた隠れ里の住人は、火袋を始めとして、くゆり、竜木、美葛、力蔵一家の他、老若男女合わせて二十人足らず。男たちは代官の兵と必死に戦ったが、多くが傷を負い、女子供も含めて仲間のほとんどが殺された。
 そして、火袋の女房倅もまた、安西蘭風に人質にとられ、風前の灯火だった。
 重傷を負いながらも必死に洞窟までたどり着いた恵太から、お自夜と篝火が代官の雑兵たちに連れていかれたことを聞いて、火袋は迷わず一人で代官屋敷に行くことを決意した。
「力蔵、豊作たちが帰ってくるまで、皆を頼む」
「お頭!」
「そんな! 無茶だ!」
「豊作あにきたちが帰って来るまで、待った方が――」
 力蔵も竜木も、他の仲間たちも、火袋を行かせまいと、必死に止める。一人で代官屋敷に行くなんて、殺されに行くようなものだ。
しかし、火袋は、無茶は承知だった。麓の町に行っている豊作や斎吾たちが帰ってくるのを待っていたら、日没まで間に合わない。火袋が指定の時間までに来なかったら、蘭風はきっとお自夜と篝火を殺す。
どんな宝よりも、自分の命よりも、お自夜と篝火が大事だ。火袋は、蘭風と刺し違えてでも二人を助け出す決意だった。
「おじさん……ご……ごめ……ごめんなさい……おばさんと篝火……守れなくて……」
 傷を手当てしてもらった恵太は、起き上がろうとして美葛に止められた。恵太の傷は深く、出血も多かったので、絶対安静にしていなければならない。
 傷の痛みではなく、申し訳なさで泣き出しそうな顔で、恵太は火袋を見上げる。涙で滲んで、火袋の顔がよく見えない。
「大丈夫だ。おまえは傷を治すことを考えろ。おまえを怪我させちまって、豊作にも申し訳ない」
「おじさん……」
「ちょっと代官の野郎と遊んでくるだけだ。なぁに、すぐお自夜と篝火連れて戻ってくるから、心配すんな」
 恵太や心配する仲間たちに、なんでもない風に言って、火袋は笑った。
 火袋はくゆりを始めとする女たちに怪我人の手当と看病を任せると、洞窟を出て行った。
「おじちゃん、気をつけて」
「おばちゃんと篝火、きっと助けてね」
「まってるね」
 篝火の遊び友達の子供たちが、心配そうに、しかし火袋を信じて声援を送った。

 

 火袋が出て行ってすぐ、
「俺も行ってくる」
 そう言って、竜木が立ち上がった。
「あいつらの言う通り、お頭は一人で代官の屋敷に行った。俺は俺で、勝手に行くんだ」
 刀を手に、屁理屈みたいな主張で火袋たちを助けに向かった。
「気をつけて、竜木!」
 お自夜と篝火を助けたい気持ちは同じだ。美葛は竜木を止めなかった。
「俺たちも豊作たちが帰って来たら、助けに行く。それまで無茶するな!」
 力蔵たちも今は一緒に助けに行きたい気持ちを堪えて、竜木を送り出す。
「……神仏がおわすのなら……どうかあの子たちを助けて……」
 くゆりはそっと、火袋親子の無事を祈った。その声は、いつものような元気も威勢の良さもなかった。
 そうして怪我人の手当てや代官屋敷襲撃の準備にてんやわんやしている洞窟内に、誰かが入って来た。
「あ、斎吾おじちゃんだ」
 最初に気づいた力弥が、入り口の方を指さした。
 皆一斉に入り口を見ると、力弥の言う通り、斎吾が入ってきた。
 斎吾だけではない、斎吾と一緒に麓の町に出かけていた玉虫や十三人の仲間たち、豊作と寺に行っていた筈の権六の姿もあった。
 だが、豊作の姿だけがなかった。
 豊作は倅のいる寺に残っているのだろう――恵太も他の者も、そう思い、豊作が一緒に帰ってこないことを疑問に思わなかった。
 ただ、小袖で出かけたはずの斎吾たちが、胴丸を身に着け、刀を腰に下げて武装していることに、違和感があったが、お自夜と篝火が安西蘭風の人質になり、火袋が一人で代官屋敷に向かった一大事の時だ。誰もが素直に斎吾たちが帰ってきたことに安堵した。
「斎吾、大変だ。お自夜さんと篝火が代官の野郎にさらわれて、お頭が――」
 無防備に斎吾に近づいた力蔵は、留守の間に起こった出来事を告げようとした。
だが、最後まで話すことはできなかった。
 斎吾は黙って刀を抜くと、力蔵の胸を刺した。
 力蔵は何が起こったのかわからない、という顔で斎吾を見た。
 にやりと斎吾は力蔵に笑いかけ、さらに刀を深く突き刺した。
「ぐっ……」
 力蔵の背中から血に濡れた刀身が現れる。心の臓を貫かれた力蔵の唇から、呻き声と共に血が溢れた。
 斎吾が刀を抜くと、力蔵は力なく倒れた。
 目の前の出来事が信じられなくて、洞窟内の者は蒼白になり、声も出ない。
 いや、斎吾と、斎吾と一緒に麓から戻ってきた玉虫と仲間たちは、平然と、むしろ楽しそうに喉を鳴らして笑った。
 凍りついていた時を動かしたのは、お駒の絶叫と、力弥の悲鳴だった。
「いやーっ! あんたぁーっ!」
「おとっちゃん!」
 お駒と力弥は力蔵の体にすがり、揺すった。だけど、声を限りに呼んでも力蔵は返事をしない。
「なんてことしやがるんだ、斎吾!」
「気でも狂ったか!」
 男たちは斎吾に罵声を浴びせた。女たちは悲鳴を上げ、子供たちも怯えて泣き出した。
「斎吾! おまえ、おまえは……なんてことを!」
 くゆりが声を震わせながら、斎吾に詰め寄った。
 だが、斎吾の答えは無く、ただ一言、
「うるせぇ、ばばぁ」
 そう毒づき、力蔵の血で赤く染まったばかりの刀を振り上げた。

 

 

 時刻は酉の刻。東の空が暗くなる代わりに、西の空が茜色に染まり始めていた。
 代官屋敷の表には、代官の安西蘭風、義弟の東名新兵衛の他、武装した雑兵たちが待機している。野盗火袋を捕縛するために。
 もうすぐ日が沈む。日が沈んでも火袋が来なかった場合、人質を処刑する段取りだ。
「義兄上、あいつらの処刑を」
 待ちきれず、新兵衛は蘭風に人質の処刑を急かす。財宝を奪われた挙句に屋敷を焼かれて、たとえ女子供でも、野盗は許せない。
 だが、馬の蹄の音が聞こえてきて、新兵衛の望みはかなえられないことを告げる。
 荒々しく走る馬の姿が蘭風たちの視界に入った。馬を操るのは、野盗の火炎夜叉の火袋。
「一人で来たか……」
 蘭風は唇の端を少し上げて笑った。
 代官屋敷の前に馬で乗りつけた火袋は、馬上から怒鳴った。
「糞代官! 俺の女房と子供を返せっ! どこにいるんだーっ!」
「おまえの女房と子供か? 牢の中で震えて泣いているわ。抵抗すると、女房子供を一太刀で斬り捨てるぞ!」
 火袋は蘭風の脅しに従うしかなかった。馬から降り、刀を捨てた途端、一斉に兵たちが飛びかかり、縄をかけた。
 刑場に引きずられた火袋は、今までの襲撃のお返しとばかりに、牛馬の如く鞭で打たれ、棒で叩かれ、拳で殴られ、石を抱かされた。
 鞭が皮膚を裂き、石の重みで骨が軋む。
「ううううぅーっ!」
 呻き声を上げた火袋を指さし、新兵衛は細い目をいっそう細めて、愉快そうに笑う。
「は、は、は! 野盗め! 天に代わって罰してやろう! 義兄上、もっと懲らしめてやりましょうぞ!」
 だが、蘭風は一度拷問を止めさせ、火袋に言った。
「火袋、手を握らぬか?」
 思いがけない言葉に、火袋は自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「誰が? 誰とだ?」
「おまえは百姓どもに奪った金を与えているな? 百姓を煽って一揆でも起こすつもりだろうが、わしの配下になったほうが、我らに歯向かうより、得る物は大きいぞ。野盗では、いつまでたってもお尋ね者だ。そうして野垂れ死にするのが関の山だ」
 蘭風は、火袋が百姓に義賊として慕われていることを知っていた。火袋の人望に目を着けて、手なずけたほうが理になると踏んでいた。
「わしと手を握れ、火袋」
「だっ……誰が……」
 蘭風の誘いを聞いて、火袋は耳が穢れたという風に顔を歪ませた。
「おまえらの手下になるもんか! 俺はな、一人になったって、戦うぞ!」
「そう強情を張るな。うんと言えば、女房子供も許してやるぞ」
「いやだ!」
 懐柔しようとする代官の言葉に息も絶え絶えになりながらも、火袋の返事は否、であった。
 断固誘いを拒否する火袋に、蘭風は再び拷問を加えた。

 

 暗く冷たい牢の中で、お互いの温もりだけが寒さと心細さに耐える唯一のものだった。
 捕まってから拷問はされなかったが、石牢の中で母子は不安と恐怖でいっぱいだった。
 火袋が来なかったら、お自夜と篝火は処刑される。
 火袋に助けに来てほしい、でも危険だから来ないでほしいという、相反する思いがお自夜と篝火を苛む。
 お自夜と篝火は、牢の中で身を寄せ合っていたが、夜になって、荒々しい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
 牢番が扉を開け、誰かをお自夜と篝火がいる牢の中に入れた。
 牢に入ってきた途端、倒れた男は、火袋だった。
 お自夜と篝火を助けに投降した火袋が、代官にどんな酷い仕打ちをされたか、明白だった。顔も体も傷だらけで、意識も朦朧としていた。
「しっかり! あんた!」
「おとっちゃん! おとっちゃん!」
 お自夜と篝火の呼びかけに、火袋は腫れあがった瞼を薄く開け、微笑んだ。
「ふ……ふ……たいしたことはねぇ……あんな程度の拷問で、まいる火袋さまじゃねぇ」
 二人を心配させまいと、強がりを言う火袋だが、心身ともに応えている様子だ。
「なんて酷い仕打ちを……あの代官の奴――」
「おとっちゃん、大丈夫? 痛い?」
 手当をしたくても、牢の中では、ろくに手当などできない。お自夜は悔しそうにその美貌を歪ませ、篝火は心配そうに父を見つめる。
 そんな親子の様子を、嘲る者がいた。
「こうなると、野盗火袋もおしまいだな。女房子供可愛さに、のこのこ捕まりに来たとは、末代までの語り草だ」
 牢番の嘲笑が、牢屋に響く。
「代官さまは、もう貴様らには用はないとよ。明日にも処刑だろうぜ。親子三人、仲良く地獄へ堕ちな」

 

 

 その夜、風が強く吹いた。
 秋の嵐に激しく砂塵が舞う。
 夜が明けて嵐が収まれば、親子三人処刑される。何とか牢を破って逃げ出そうと、火袋とお自夜は考えをめぐらした。しかし、石を積んで造られた牢は頑丈だった。試しに篝火が戸や壁を力いっぱい押してみても、子供の力ではびくともしない。たとえ火袋でも、傷ついた体では牢を破ることはできないし、すぐに騒ぎを聞きつけて、役人どもが駆けつける。力任せでは逃げられない。
 八方塞がりの状況に、火袋は歯ぎしりし、お自夜は我が子だけでも助けたいと、篝火を抱きしめた。

 

 加賀を暴れまわっていた野盗火袋が、囚われの身となっている。
 火袋は徹底的に痛めつけたから、逃げ出すことはできないだろう、仲間もほぼ全滅したから、助けに来ることなどできないだろう――安西蘭風を始めとして、代官屋敷にいる者全員が、そう考えて、油断していた。
 牢番一人に見張りを任せて、蘭風以下の役人たちは、嵐が収まるまでの間、部屋で休んでいた。
 牢番は槍を持って火袋たちの入る牢の前を見張っていたが、壁に寄りかかって立つ姿は、まるでやる気がない様子だ。
 すっかり油断しきっている牢番は、侵入者の気配に気がつかなかった。
 牢の入り口から夜の闇に紛れて入ってきた侵入者は、背を向けていた牢番を羽交い絞めにし、逞しい腕で首を絞め上げた。
「う、ううううぅ……」
 首を絞められて、牢番は蛙が潰れたような声を低く上げた。その声は、風の音にかき消されて外には届かない。
 牢番はそのまま首を絞められ、気が遠くなった。体から力が抜けていく牢番の首を、侵入者はへし折った。

 

 ごきっ――

 

 首の骨が折れる音がする。
 侵入者が腕を離すと、牢番は糸の切れた人形のように転がった。
 牢番の腰にぶら下がっていた鍵を掴み、侵入者は火袋たちが囚われている牢の扉を開けた。
「お頭! お自夜さん! 篝火! 無事か?」
 侵入者は竜木だった。外から代官屋敷の様子を覗い、救出の機会をうかがっていた。そうやって仲間たちが来るのを待っていたが、中々来ない上、火袋たちの処刑が決まってしまった。これ以上待てないと、単独で代官屋敷に侵入したのだ。
「竜木にいちゃん!」
 嬉しくて、篝火は竜木に抱きついた。大きな掌で篝火の頭を撫で、竜木は言った。
「遅くなってすまねぇ。さあ、逃げるぜ!」
 竜木の助けで牢を出た火袋は、倒れている牢番の腰から刀を抜くと、
「お自夜、篝火つれて先に逃げろ。峠で待っているんだ。俺は代官の野郎に礼をしてから行く。竜木、お自夜たちを頼むぞ」
 一人代官屋敷のほうに歩いていった。
「駄目よ、そんな傷で! あんたも一緒に行きましょう!」
「そうだよ。おとっちゃんも行こうよ!」
 お自夜と篝火が止める声は、風が消してしまった。火袋の姿は闇に消えていった。
「俺もお頭と残る。死んだ仲間たちの分も、奴らに礼をしてやらなきゃあ、気がすまねぇ」
 竜木には火袋の考えがわかっていた。お自夜たちが逃げられるまで、火袋は追手を食い止めるつもりだ。拷問を受けて傷だらけの火袋一人では、勝ち目がない。竜木は火袋と共に戦う決意だ。
「先に行ってください、お自夜さん。篝火、美葛にちょっと遅れると言っておいてくれ」
 竜木は篝火に微笑んで言うと、火袋を追って行った。
「あんた……竜木……無事でね。必ず生きて戻って……」
「おとっちゃん……にいちゃん……」
 お自夜と篝火は姿の見えなくなった火袋と竜木に呟いた。

 

 びょうびょうと吹きすさぶ風の中、お自夜に抱かれながら篝火は代官屋敷を見た。
 代官屋敷は嵐にびくともせずに悠然と建っていた。だが、火の手が上がり、強風に炎が屋敷を包むのが目に映った。
 風に乗って、火袋の、竜木の雄叫びが聞こえてきたような気がした。

 

 安全な場所まで逃げなくては――お自夜は必死に歩いた。だが、向かい風が幼子を抱いたお自夜の歩みを遅くさせる。先を急ごうと思っても、思うように足は速まらない。
 一歩一歩、大地を踏みしめるように、お自夜は歩いた。
 そのお自夜の前に立ち塞がったのは、胴丸を身に着け、刀や槍を手にした男達だった。
 敵かと思ったが、男達の先頭に立っていたのは、鼬の斎吾だ。
「斎吾!」
「斎吾のおっちゃん!」
 斎吾の姿を見るなり、お自夜と篝火は張り詰めていた糸が、緩むような安堵を覚えた。斎吾が仲間を連れて、自分達を助けに来てくれたのだ――そう思った。
 だが、
「そこに座ってもらうぜ」
 斎吾が腰の刀を抜いてそう言った時、最後の希望さえも奪われた。

 

 

 

2019年4月18日 (木)

どろろ百鬼繚乱草紙 まれびとの章11

   無残帳の巻前編

 

 嘆きの声を聞いたのは、ただ一人。

 

 

 誰かを殺し、誰かに殺される――戦はその繰り返し。

 いつになったら戦は終わるのだろう。

 その問いに、答えられる者はいない。

 

 時は文明三年長月の初め。応仁の乱が始まってから、四年の月日がたっていた。

 四年もたったというのに、戦は終わっていなかった。飽きもせず、いや、飽きてはいるが、終わることができずにいた。

 秩序は失われ、乱れに乱れたこの世の中、持たざる者が生き延びるためには……

 

 

 星が煌めく漆黒の夜空に、月が昇った。

 透き通るような光を放っている細身の銀の月だ。

 地上を照らすには、あまりにささやかな月の光。地上には闇が満ちている。

 昼間は残暑が厳しいが、長月にもなると、夜は涼しい。涼風と闇に包まれて、人々は秋の夜の静けさの中で、夢を見ないくらい寝入っている。

 だが、どこからか馬の蹄の音だけが、静かに聞こえてきた。

 暗闇から現れたのは、馬に乗った男たちだった。

 その数は二十人。

 歳の頃は二十から三十の半ばくらい。一人だけ頭巾を被って顔を隠しているが、どいつもこいつも目つきは鋭く、獰猛な面構えだ。無精髭を生やした顔には切り傷があちこち刻まれ、髪は伸び放題で荒縄で無造作に結んでいるだけ。

 装束も小袖に動きやすい裁付袴をはき、脚絆を着けているのは一緒だが、他はてんでばらばらだ。胴丸を着けている者、女物の派手な色と柄の小袖を着ている者までいる。

 獲物も太刀や槍の他、斧や鎌を手にしたり、金砕棒を背に背負っていたりする。

 どう見ても、荒くれ者の集まりだ。

 特に先頭の馬の男は、身の丈六尺はある、岩のような逞しい体躯の大男だ。年は三十前後。鋭い眼差しは、いかつい容貌をさらに凶暴に見せている。

 やがて、町外れで先頭の馬が止まる。後続の馬も皆止まった。

 そこからは、正面の門に松明を立てた武家屋敷が見える。

 武家屋敷は、加賀の国の南部、深雪野(みゆきの)一帯を治める代官、安西蘭風(あんざいらんふう)の妹婿、東名新兵衛(とうなしんべえ)の屋敷だ。

 応仁の乱以後、年貢の取り立てが厳しくなったが、蘭風は他のどの代官よりも百姓から年貢を搾り取った。そして、守護に納めるはずの米の一部を、密かに隠して懐を潤した。

 代官の義弟ということで、新兵衛もうまい汁を吸っているともっぱらの評判だ。

 男は後ろを振り返り、言った。

「おまえら、女子供には手を出すなよ。男は侍じゃなかったら見逃せ。それ以外は皆殺せ」

 先頭の男は、荒くれ男たちを率いる野盗の首領だ。仕事の前、部下に掟を言うのが、いつもの口癖だった。

「はい」

「ああ」

「わかりました」

 口々に答える部下たちに、首領は頷き、太刀を抜いて叫んだ。

「いくぜ、野郎ども! 盗られた物を、盗り返せ!」

「おう!」

 歓声を上げながら、野盗の群れは正面の門に向かって馬を一斉に走らせる。

 遠くから聞こえてきた突然の蹄の音に、門前で見張りをしていた兵たちが、何事かと槍を構えた。怒涛のように騎馬の一団が、夜の闇に浮かぶのが見えてくる。

「何者だ!」

 門を破らせまいと、兵たちが槍を構え、弓を引いて守りを固める。だが、兵たちの矢が放たれる前に、馬上から雨霰のごとく矢が降ってきた。体中に矢を射られた門番の兵たちは、反撃する暇も与えられずに、ばたばたと倒れた。

 門番を倒すと、細身の男が一人馬から滑り降りた。軽々と塀を乗り越えると、内側から門扉を開け放つ。

 途端、仲間の馬が、一塊になってどっと屋敷内に押し入った。

「曲者!」

「出会え! 出会え!」

 夜襲に気づいて、屋敷の内から、ある者は鎧に身を固め、ある者は寝間着で、侍たちが叫びながら蜘蛛の子を散らしたように、飛び出してきた。侵入者に向かって槍を、刀を構える。

「ここを東名新兵衛さまのお屋敷と知っての狼藉か? 早々に出て行けっ!」

 恫喝する兵たちに、首領は動じることなく、血に飢えた獣のように凶暴な表情で薄笑いしながら名乗った。

「俺は、火炎夜叉(かえんやしゃ)の火袋だ! この世にのさばるおまえら悪鬼どもを、退治しにきたのさ!」

 

 火炎夜叉の二つ名を持つ首領――その前身は、四年前、加賀の守護、富樫政親の家臣である醍醐景光に攻め滅ぼされたまほろ村の火袋だった。

 まほろ村の村人たちは、そのほとんどが殺され、捕らえられた若い女や子供は、人買いに売られた。

 辛うじて逃げて生き延びたのは、老若男女合わせて百人ばかり。これだけの数の人間がまとまって焼け出されても、誰も助けてくれはしない。他の村も、まほろ村と同じくらい貧しかったから、よそ者の面倒を見る余裕はなかったのだ。

 生きるためには、食べ物を求めて、ただ流離うしかなかった。

 流離いの中で、故郷を追われた一団は、理由は様々だが、その数を減らしていった。

 焼き討ちの際に負った傷が治らずに、落命した者。

 持病が悪化して命尽きた者。

 食べるものがなくて餓死した者。

 冬の寒さに凍え死んだ者。

 明日に希望を見いだせず、自ら命を絶った者。

 我と我が身が生き延びるために、自ら袂を分かって去った者……

 最終的に残ったのは、半分にも満たない。

 このままでは全滅する。

 惨めな暮らしから脱するために、生き延びるために、野盗になるしかなかった。

 野盗となっても、貧しい民百姓からは盗らず、狙うのは武家屋敷ばかりだった。

 まほろ村の者たちにとって、一番憎いのは村を攻め滅ぼした景光と、その主人である富樫政親。そして、自分たちの都合で勝手な理由で戦をし、民百姓に迷惑かける侍全てだ。

 自分たちは大事な物を侍に盗られた。盗るのなら、盗った相手から盗る。

家族を殺され、故郷を、家を、田畑を無くし、誰に頼ることもできない者たちが、恨みと憎しみと悲しみと貧しさの末に出した結論が、これだった。

 いつしか金目の物を奪い、人を殺すことに何の抵抗も無くなっていった。

 そうして火袋を首領とした野盗の一団は、四年たった今では、加賀中に名を知られ、恐れられるようになった。

 

「火炎夜叉?」

「ひっ、火袋?」

「あの野盗の!」

 火袋の名を聞いて、侍たちが怯んだ。その隙をついて、火袋は馬から降りるや、白刃を閃かせた。

 健気に火袋に向かって来た若い侍の左肩から腹にかけて、斜めに斬った。

 驚愕の表情で、若侍が崩れ倒れる。すかさず火袋は、若侍の後方の侍の胸を突く。心の臓を貫かれた侍は、刀が引き抜かれたと同時に、同輩の亡骸の上に倒れた。二人の血が混じり合い、地面を濡らす。

「うわあああぁつ」

 怒号と悲鳴――野盗と侍、どちらからともなく上がった。

 それが合図だった。

 戦いが始まった。いいや、虐殺だ。

 野盗たちは、火袋に言われたとおり、女子供には手出しをせず、近隣の村から雇われた下男たちは、見逃した。

 だが、侍には、勇猛果敢に立ち向かった者も、命惜しさに逃げ出す者も関係なく、容赦しなかった。

 恰幅の良い体に黒装束を纏い、両手に握った刀を振るうたびに鼻から下に伸びた二股の黒髭が揺れるのは、黒阿修羅(くろあしゅら)の豊作。火袋の右腕で、野盗の副首領だ。

 細身の体で、獲物を狙う獣のように素早く動き回り、にたにたと笑みを浮かべながら人を斬るのは、火袋の一の弟分、鼬(いたち)の斎吾。

 逞しい腕で槍を操り、一度に三人もの侍を串刺しにしたのは、百舌鳥(もず)の力蔵(りきぞう)。

 両刃の大剣を軽々と振り回し、草を薙ぎ払うように侍を斬殺する若者は、野盗の中で一番若い十八歳、草薙ぎの竜木(たつき)。

 他の野盗たちも、牙を剥いた獣のごとく、暴れまくる。

 恐怖と断末魔の悲鳴が絶えることなく響く。

 闇の中で刀がぶつかり合う音が響き、火花が飛ぶ。刀で斬られ、槍で突かれ、金棒で殴られた侍たちの死骸が、ごろごろと転がる。血の匂いが充満し、野盗たちの凶暴な心を煽った。

 土足で屋敷の中に入り込むと、男たちの怒号と、女たちの甲高い悲鳴と泣き声が、ますます大きくなる。

「おらおらおら! おまえらが盗っていったお宝返しやがれ!」

「俺たちから年貢を搾り取って、自分たちはいい生活たぁ、盗人猛々しいとはこのことだ!」

「返してもらうぜ!」

 返せ、返せと叫びながら、部屋の棚や箱にしまってある貨幣や絹の衣、宝石、目についた品物は、手あたり次第奪っていく野盗たち。

「お、いい女だな」

「嫌―っ! 助けて―っ!」

 野盗の一人が、逃げ遅れた若い侍女の腕を掴んで引き寄せた。

「よせ!」

 すかさず火袋が怒鳴りつけ、狼藉を働こうとした手下を、問答無用で張り倒した。手加減ない張り手に、手下の体格のいい体が部屋の奥の方まで吹っ飛ぶ。

「女子供には手を出すなと言っただろう! 権六(ごんろく)!」

「お、お頭――すんません。もうしません。許してください」

 打たれた頬を摩りながら、権六は平謝りした。だが、火袋の激怒はすさまじく、抜身の刀の切っ先が、権六に向けられた。普段の火袋は、大らかで細かいことにこだわらないが、掟を破った者には容赦ない。以前も女を手籠めにした手下が、火袋に問答無用で斬り殺されたことがあった。

このままでは、殺される――権六の恐怖が頂点に達した時、

「お頭、後で俺がきつく言っておきますから、許してやってくださいよ――」

 向こうの部屋からやって来た斎吾が、火袋をなだめた。

 一の弟分の言うこととはいえ、火袋は、はいそうですかと言わなかった。

「見逃すわけにはいかねぇ。おふくろを、女房を、娘を、姉を、妹を侍どもにさらわれ、嬲り者にされた俺たちが、女子供に手を出すなんざ、下の下の下だ! たとえ野盗に落ちぶれたとしても、やっちゃあいけねぇことなんだ!」

「これで本当にやっちまっていたら、お頭が手出す前に、俺が権六のことぶっ殺してまさぁ。だけど、ちょいと女の腕を掴んだだけで殺していたら、仲間は一人もいなくなっちまう。権六も独りもんだから、つい魔が差しただけだ。嫁でも貰えば、こんな真似しねぇよ」

「そ、そうです! だから、勘弁してください、お頭!」

 怒鳴りながら怒りを募らせる火袋だったが、斎吾の言い分に耳を傾ける理性はあった。

 斎吾の言い分も一理ある。

 斎吾の仲裁と、顔を青ざめながら必死に謝罪する権六に、先程よりは冷静になった火袋は、ちっと舌打ちし、

「次はないぞ」

 と言い捨てた。そして、部屋の隅で震えている女に早く行けと声をかけ、その場を去った。

 女は見逃してもらえると理解すると、脱兎のごとく部屋を飛び出した。

 部屋には権六と、斎吾だけが残された。命拾いし、ほっと安堵の息を吐く権六だが、その顔には不満の表情が浮かんでいた。

 そして、斎吾の目にも……

 

「た……た……助けてくれ! 助けて……」

 乱闘の中、一人の男が喚きながら屋敷から庭に飛び出してきた。髷は解けて髪はばらばら、小袖は乱れ、袴は脱げてしまっている。

 乱闘の最中、刀は折れた。それなりに武術の心得があるといっても、刀を失っては、めちゃくちゃ暴れまくる野盗にはかなわない。

 主君の東名新兵衛は、妻子とともにさっさと屋敷から逃げ出した。残っているのは家臣だけ。助けが来るまで主不在の屋敷を守るほどの忠義心は――ない。

 命あっての物種だ。這うように逃げる男の前に、頭巾を被った野盗が立ち塞がった。

 頭巾から覗く冷たい目が、侍を見下ろす。

「こ、殺さないでくれ!」

  刀を構えた頭巾の野盗に、男は神仏に祈るように両手を合わせ、哀れな声を出しながら命乞いした。

「頼む。お願い申す! わしは、まだ死にたくない! わしには家内と二人の子供が待っている……死ぬわけにはいかないんだ! 子供は、まだ十にもならないんだ! 命だけは、お助けください。お助けくだされば、この檜垣絃十郎(ひがきげんじゅうろう)、必ずご恩返しいたします! わしも……家内も、子供たちも……きっと、あなたのご恩は忘れません。だから……」

 地面に手をついて頭を下げて命乞いを続ける男に、

「わたしの子供も、十にもなっていなかった……!」

 頭巾の野盗は、絞り出すように呟いた。

 その声は、女の声だった。

 頭巾の野盗が男だと思っていた男は、驚いて顔を上げる。

 頭巾から覗く黒く濡れたような両目は、強い炎に揺れていた。

 深く怨み、強く憎み、熱い怒りの眼差しに、男の体は凍り付いた。

「わたしの娘は、まだ五つだったのに、殺された……」

 頭巾の野盗は、一歩踏み出した。

 逃げねば――男は尻をついたまま後ずさりしようとした。でも、足に力が入らない。動けない。立てない。

 沸き上がる恐怖が男の全身から力を奪っていた。こんなに凄まじい殺気を、憎悪をぶつけられたことなど、戦場でもなかったから。

  男は上ずった声で、必死に叫んだ。

「あ、あなたの子を殺したのは、私じゃない!」

 そう、この頭巾の野盗とは、初めて会った。だから、恨まれる筋合いはないのだが、

「同じだ!」

 頭巾の野盗は聞く耳を持たない。

「娘だけじゃない、わたしのおっかさんも、兄弟も……おまえたち侍に殺されたんだ!」

 絶叫と共に、頭巾の野盗は刀を振り下ろした。

 白銀の刃がきれいな光の弧を描く。

「うわああっ! お綾(あや)! 玲瓏丸(れいろうまる)! 蜜王丸(みつおうまる)!」

 妻子の名を呼ぶ男の首に、刃が喰い込んだ。

 肉を斬り、骨を断つ音が鈍く響き、

 

 ごろん――

 

 地面に重たい音がした。

 斬り落とされた侍の首が、地面に落ちて転がっていった。悲しみと無念の入り交じった表情を浮かべる首。その目には、血の涙が滲んでいた。

  首を失った胴体は、切断面から勢いよく血飛沫を上げながら前に倒れた。

 

 襲撃から半刻もたたぬうちに、屋敷のあちらこちらから火の手が上がった。

 屋敷の灯火が倒れたせいなのか、それとも野盗が放火したのか。

 真っ赤な炎が真昼のように辺りを照らし、黒い煙が竜の如く夜空に昇っていく。

「さあ、引き上げるぞ」

 米や金目の物などを奪うと、野盗たちは紅蓮の炎に背を向けて、夜の闇の奥へと消えていった。屋敷の女子供、下男たちも、我先へと逃げ出す。

 燃え上がる屋敷に残ったのは、物言わぬ骸だけ。

 惨劇の起きた地上を見下ろす月は、笑っていた。

 

 

 深雪野の人里離れた山奥の谷間に、木々を切り開いて建てた小屋があった。

 地面を少し掘り下げて柱を立て、壁のない、茅葺きの屋根を乗せただけの小屋だ。

 小屋は、あちこちに三十軒ほど建っていた。小屋の前では、子供たちが鬼ごっこや石けりをして遊んでいる。無邪気な笑い声が、小さな集落に響く。

 そろそろ日が沈みかけ、西の空が茜色に染まり始めた頃、どこからか歌声が聞こえた。

 

  ひとつ摘んでは父のため

  ふたつ摘んでは母のため

  みっつ恋しいあの人に

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

 明るく、朗らかで、元気な澄んだ歌声は、集落の上空の方から聞こえてくる。

 高く伸びた木の上に、歌声の主はいた。

 枝に座って失われたまほろ村の子守歌を歌っているのは、四、五歳の子供だった。

 膝までの丈の短い麻の小袖を纏い、長く伸びた髪を頭のてっぺんで結わき、前髪を額に垂らしているので、可愛い顔立ちがより引き立っている。だけど、黒い大きな目は、やんちゃ坊主であることを物語っている。

 

  なぜに血の色 曼殊沙華

  天に在りては白き花

  地に在りては赤き花

  ほんに不思議な花の色

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

 足をぶらぶらさせながら、子守歌を歌っていた男の子は、木々の向こうに見える山道を見つめていた。

 彼は待っているのだ。この世で一番好きな人たちが帰ってくるのを。

 

  闇路を照らす 曼珠沙華

  これよりいづこへ参るのか

  奈落の底か まほろばか

  行ってみなけりゃ わかりゃせぬ

  摘んでゆこかな……

 

 おしまいまで歌い終わる前に、男の子は歌うのを止めた。遠くにちら、と動く影を見たからだ。目を凝らし、影が近づくのを見つめる。影はひとつふたつではない。群れだ。そして、集落に通じる山道を走るのが、騎馬の一団だとわかるや、男の子は満面に笑みを浮かべ、小猿のようにするすると木の幹を伝って降りた。

 軽やかに地面に着地し、

「おーい! みんな! おとっちゃんたちが帰ってきたぞー!」

 遊んでいた子供たちや、小屋に向かって叫ぶ。

「ほんと?」

「うわぁーい!」

「おとっちゃんが帰ってきた!」

 子供たちが歓声を上げる。

 夕餉の支度をしていた女たちや、のんびりくつろいでいた老人たちも、呼びかけに小屋から出てきた。

「ほんとかい、篝火(かがりび)!」

 小屋から出てきた一人――十六、七の若い娘が、よほど驚いたのか、黒い大きな眼を見開き、夕餉の支度に持っていた木のしゃもじを右手に握ったままだ。

「ほんとだよ、美葛(みくず)ねえちゃん。おとっちゃんたちの馬が、見えたんだ」

 そう答えると、男の子――篝火は出迎えの為に、広場のある方へと向かって駆けて行った。

「おれたちも行こう!」

 篝火の後を追うように、子供たちも走った。

「竜木……やっと帰ってきた」

 美葛も微笑んで、しゃもじを放り投げて走り出した。

 皆が揃って出迎えるのは、昨夜、麓の東名新兵衛の屋敷を襲った野盗火袋の一味。

 この者たちは、まほろ村の生き残りで、野盗の家族だ。

 ここは野盗たちの隠れ里だった。男たちが野盗稼業をしている間、女子供や年寄りが待つ場所として、樵や猟師さえ近づかない深い山の奥に、小屋を建て、去年から住み着いていた。

 留守番をしていた者たちが広場に来ると、既に野盗たちが馬で帰還していた。武家屋敷から奪った金銀財宝、絹の反物などを馬から降ろし始めている。

「おかえり! おとっちゃん! おっかちゃん!」

 馬から降りてきた火袋と頭巾の女に、真っ先に駆け寄ったのは、篝火だった。

「おう、篝火。帰ったぞ」

 火袋はその大きな掌で、篝火の頭をがしがしと乱暴に撫でた。髪がくしゃくしゃになりながらも篝火は嬉しそうに笑う。

「ただいま、篝火。いい子にしてたかい? おばばさまの言うこと、ちゃんと聞いていた?」

 女は頭巾をとった。火袋の女房、お自夜の顔が現れた。昨夜、命乞いをした侍の首を無慈悲にはねたとは思えないほど、優しく慈愛に満ちた眼差しでお自夜は篝火を抱きしめる。

「してたさぁ、おっかちゃん」

 篝火は大威張りで母に報告する。

 

 月が血の色に染まった四年前の八月十五夜の夜、篝火はお自夜が絶望と悲しみの中で産み落とした子だ。

 姉娘は、雑兵にさらわれて助けることもかなわず、行方知れずになった。

 妹娘は、祖母と共に無残に殺された。

 だから、たった一人残った我が子を、火袋もお自夜も愛おしんでいた。篝火がいなかったら、絶望のあまり死んでしまっていたかもしれない。

 この子を守るためだったら、盗賊だろうが人殺しだろうが、なんにでもなってみせる――

 強い決意が、善良な百姓だった火袋を野盗の首領にし、優しい女だったお自夜を、人を殺すことを厭わぬ夜叉にした。

 

 篝火と同じように、子供たちは父を、女たちは夫を、恋人を出迎える。

 

「ただいま、お駒(こま)、力弥(りきや)」

「おかえりなさい、おまえさん。無事でよかった」

「おとっちゃん、おかえり!」

 土産を手にした力蔵を、女房のお駒は安堵の表情で、六歳の息子の力弥は満面の笑みで迎える。

「ほら、お駒。この反物で一張羅でもでも縫いな。力弥、土産は菓子だぞ。うますぎて頬っぺた落ちないようにな」

「うわぁ。おとっちゃん、ありがと!」

 

 威風堂々と馬から降りてきた竜木を、美葛は眩しそうに見つめていた。だが、目が合った途端、竜木がにやりと笑ったので、はっと頬を赤らめ、ぷいと横を向いた。

「ずいぶん遅かったのね。下手をしたんじゃないかと思ったわ」

 無事に帰ってきた恋人に、嬉しいけれど素直になれない。美葛は憎まれ口を叩く。そんな美葛に、竜木は笑って言う。

「そんなわけないだろ、美葛――俺を誰だと思っている? 草薙ぎの竜木さまだぜ」

「はっ――それより、獲物はどうだったの?」

「昨夜の獲物は、代官の弟の屋敷だったから、随分貯めこんでいた。ごっそりお宝頂いてきたぜ。おまえに似あいそうな櫛、見つけた」

「見せて!」

 恋人に素直にはなれないけど、綺麗な物には弱い美葛だった。

 

「豊作おじさん、おかえりなさい!」

 女房を亡くした独り身の豊作は、子供たちの中で年長の十三歳の少年が出迎えた。豊作の姉夫婦の忘れ形見、恵太(けいた)だ。

 四年前、両親を醍醐景光の兵に殺された恵太は、同じく女房を殺され、息子をさらわれた叔父の豊作に引き取られた。姉夫婦が遺したたった一人の甥で、息子の大作と歳が近く、兄弟のように仲良しだった恵太を、豊作は慈しみ、親代わりとして育てた。恵太も、もとからあった豊作への親しみと感謝の念が強くなり、今では二人は本当の父子のようだ。

「あーくたびれた。一杯飲みてぇ。恵太、酒くれ、酒」

 昨夜の盗賊稼業で疲労困憊の豊作は、出迎えてくれた甥にさっそく酒を要求する。

「ちゃんと用意してあるよ。でも飲みすぎちゃ駄目だよ」

 恵太は苦笑しながら叔父の飲みすぎを心配する。

 

「お疲れ様です、斎吾あにき」

 親兄弟も女房子供もいない斎吾は、留守役からの出迎えに、「おう」と答えた。

「留守中、変わりはなかったか?」

「はい、あにき」

 火袋の一の弟分として、豊作に次いで信頼されている斎吾は、里の警備も任されていた。自分が留守の間の確認も怠らない。

 

 そうやって無事の帰還の喜びを、水を差すような嘆きが遮った。

「情けないねぇ。他人の物を盗んで喜んでいるとは。落ちぶれたもんだい」

 曲がった腰に、杖を突きながら憎まれ口を叩いてやって来たのは、皴だらけの顔を不愉快そうに歪ませる白髪頭の老婆だった。

 すでに七十には届こうとしている老婆は、まほろ村の最長老、くゆりだ。

「おばばさま、篝火が世話になったな」

「お世話さまでした、おばばさま」

 火袋とお自夜は、くゆりに留守の間の礼を言った。

 火袋とお自夜が留守の間、くゆりが一人になる篝火を預かっていた。年寄りが小さな子供の面倒をみるなど大変だが、殺しても死なないと言われるほど気力と丈夫さが取りえのくゆりは、親たちが忙しい時は、すすんで篝火や他の子供たちの世話を買って出ていた。

「ふん、今日も殺されずに帰ってきたかい。運がいいことだ。でも、いつか神様仏様の罰が下るよ」

 くゆりの言うことはもっともなので、火袋もお自夜も神妙な顔になる。

 だけど、若者には、年寄りの小言はたまらない。

「俺らは盗られたもん盗り返しただけだぜ、おばばさま」

 竜木がくゆりに反論する。

「盗られたもんは、盗り返す。それのどこが悪いんだ」

「そうよ、おばばさま」

 竜木の言い分に美葛が頷き、他の者たちも同意する。

「先に盗ったのは、あいつら侍なんだから」

「悪いのは、侍どもだわ」

「そうだそうだ」 

 若者たちの言い分に、くゆりは天を仰いだ。

 侍を恨む気持ちはわかる。長い人生の中で、くゆりも親兄弟を始め、亭主も、息子も、娘も、孫、曾孫、玄孫全て侍に殺されてしまった。身内を喪い、生まれ育った村さえ追い出されて、恨みがないわけではない。だからといって、野盗に落ちぶれてもいいものか。

「まったく! 他人様の物を盗ったら、罰が当たるぞ!」

 生まれた時から知っている、孫のような若者たちが悪事に手を染めることが、くゆりはどうにも我慢できない。

 しかし、生きるためと、復讐のための道を選んだ者たちに、年寄の言葉は耳に届かない。 聞いていられないとばかり、舌打ちしたり、横を向いたりする。

 なおも言い募ろうと、くゆりが口を開いた時、

「うん、おばばさま。おばばさまの言うことは、ごもっともだが、話は後にしてくれよ。わしたち、腹が減ってしかたがないんだ」

 豊作がくゆりをなだめ、

「さあ、飯だ飯だ。今夜は酒盛りだ!」

 火袋が酒盛りを宣言すると、男たちの歓声が上がった。

「やったぁ!」

「飲むぞー!」

 その声に応えるように、

「酒の用意は、できているわよ!」

「子供たち、運ぶの手伝って!」

 女たちも、支度に忙しく動き回る。

 皆、くゆりの説教から逃げるように酒盛りの準備を始めたので、くゆりは苦虫を噛み潰したように口をへの字に曲げてむくれたが、それ以上何も言わなかった。

 

 日が沈んだ広場に、薪がやぐらに組まれた。火を着けると夜空を焦がさんばかりに赤い炎が燃え上がる。

 火の周囲を皆で囲んで、遅い夕餉が始まった。

 川で採って来た鮎や山で捕まえた兎の肉を焼き、山菜の和え物、茸汁、握り飯を腹いっぱい喰う。それから男たちは酒を飲み、女子供は、武家屋敷から奪って来た珍しい菓子に舌鼓を打つ。

「おっかちゃん。うめぇな、この餅。甘いや」

 篝火はにこにこしながら、中に蜜をたっぷり包んだ餅菓子を頬張る。そんな篝火に、お自夜は嬉しそうに微笑む。

「喉に詰まるわよ。ゆっくりお食べ。たくさんあるから、慌てなくてもいいのよ」

 我が子に好きなだけ菓子を食べさせてやれる。それがお自夜にはとても嬉しい。上の二人の娘たちには、できなかったから……

 火袋も、篝火の旺盛な食欲を肴に、機嫌よく酒を飲む。

 他の親たちも、同じだ。野盗に落ちぶれたが、我が子に腹いっぱい食べさせられる今の暮らしに、まほろ村の生き残りの彼らは満足していた。

 まほろ村での暮らしは、田畑を耕し、心身を磨り減らすように働いた。

 それでも暮らしは楽ではなかった。この戦乱の世だ。何度も戦に巻き込まれては、村は焼かれ、田も畑も踏み潰された。親兄弟、子供達も虫けらみたいに殺された。

 戦に怯え、いつも腹を空かせていた頃に比べたら、今の暮らしは極楽みたいだ。

 男たちは、酒が入ってほろ酔い気分だ。とくに酒豪の豊作は、酒を飲む量が誰よりも多いので、最初に顔が真っ赤になった。

 そんな豊作の顔を指さして、篝火が笑った。

「髭のおっちゃん、赤鬼になってらぁ」

 篝火の指摘に、皆がどっと笑う。

「そうね」

「そうだな」

「黒阿修羅の豊作が、赤阿修羅の豊作になっているぞ」

 皆で笑って、笑って、もっと気分が良くなってきたところで、豊作が歌いだす。

 

  我が赤いのは酒の咎ぞ

  赤鬼と思うなよ

  怖がらずに我に馴染んでくれませば

  面白い奴と思し召せ

 

 他の者たちも、手を叩き、豊作と一緒に歌う。

 男も女も、大人も子供も、今が楽しければいいじゃないか――そんな風に、強く、したたかに、だけどどこか悲しみが垣間見える笑みで歌っていた。

 家族を奪われ、生まれ育った村も追い出され、流離った日々。

 死んでしまえばよかったと思うほど辛くても、やはり死にたくなくて、この憂き世を生きる。

 生きるのならば、楽しまねば。

 そうでなければ、生きていけないとばかりに、声を張り上げて歌う。

 

  我もそなたの姿見りゃ

  姿見りゃ

  恐ろしげなれど

  可愛い我が女房殿

 

 歌が一段落したところで、それまで黙って座って見ていた女が立ち上がり、焚き火の前に進んだ。

 女は燃え上がる炎を背に、歌い、踊り始める。

 

  遊びをせんとや生まれけん

  戯れせんとや生まれけん

  遊ぶ子供の声聞けば我が身さえこそゆるがるれ

 

 艶やかな声で歌いながら、緩やかに袖を翻して舞う女は、二十歳をひとつかふたつ超えたくらいか。日に焼けた他の女たちとは違い、手入れの怠っていない白い肌は透き通るくらい眩しく、髪は黒く濡れているようだ。三日月のように形の良い細い眉の下に、切れ長の目が艶めかしく光る。

 ちら、と誘うような眼差しを向けられた男たちは、とろんとした目で見つめ、鼻の下をだらしなく伸ばした。女房持ちは、亭主のだらしなさに怒った女房にどつかれて正気になるが、またすぐに女に見惚れる。

「何を惚けているのさ!」

 肘鉄を喰らわせたばかりなのに、また女に見惚れた竜木の腕を、美葛は思いきりつねった。

「いて、てててっ!」

 あまりの痛さに、竜木は半分涙目になり、

「侍よりも、美葛のほうが怖いよ」

 と余計なことを呟いて、平手で両頬を叩かれた。

 男たちが見惚れるのも、無理はない。

 女の美貌は、器量よしと言われるお自夜や、美葛に負けぬほどだ。

 女はまほろ村の者ではなかった。今年の春、人買い商人から火袋たちが助けた女だった。

 四年前、醍醐景光に襲われたまほろ村の者たちは、生き残った男衆を集め、山小屋に隠してあった武器を手に、さらわれた女子供たちを取り戻そうした。

 だが、富樫の軍の中でも最強を誇る醍醐景光の軍に隙は無かった。堪え切れずに、無謀にも攻撃をした者は、犬死した。

 結局、人買いに売られる女子供たちを助け出すことはできなかった。

 野盗となってからは、あちこちの町で、村で、まほろ村の者がいないか聞いて回った。時には人買い商人を襲ったが、家族を見つけることも、行方を知ることもできなかった。

 その代わり、捕まえられていた者たちが、親元や故郷に戻れる手配をしたのだが、この女一人だけが、野盗の仲間になることを望んだ。

 

「童の時、二親(ふたおや)を亡くし、人買いに売られて十年以上国を離れて、あたしには、もはや帰る家もありません。親を殺した侍が憎いです。侍と戦うあなたがたと、一緒にお連れください。」

 

 そういうことならと、火袋たちは女を受け入れた。野盗稼業を始めて四年もたつと、仲間の半分は、まほろ村以外の村の出身だった。

 侍を仇と思う者なら、誰でも仲間。

 その考えの下に、百舌鳥の力蔵一家のように戦で村を焼け出された者や、家族を殺された者らが、仲間に加わったのだ。

 女は玉虫(たまむし)と名乗った。

 それが本名なのか、誰も知らない。

 

 食べて、飲んで、歌って、踊るうちに夜も更けた。子供たちは、そろそろ眠る時間だ。父親におやすみを言って、母親に付き添われて先に小屋に帰って眠る。

 篝火もお自夜に言われて床に入ったが、横になってもすぐには眠れなかった。

 大人は皆が起きているのに、子供だという理由で寝かされるのは、つまらない。

 添い寝してくれているお自夜に、篝火は尋ねる。

「大人はいいな。おいらも早く大人になりたい。そしたら、夜も起きていてもいいし、侍をやっつけに行けるのに。ね、おっかちゃん。おいら、いつ侍やっつけに行ってもいいの?」

 侍は皆を虐める悪い奴。だからやっつけに行く。

 篝火は両親の野盗稼業をそう聞いていた。くゆりは、野盗稼業を悪いことだと言っているが、悪い奴らをやっつけるのが、どうして悪いのか、篝火にはわからない。

「駄目。もっと大きくなってから」

 もっとも、まだ幼子の篝火が野盗稼業に加わることなど、お自夜が認めるはずがない。

 それでも篝火は食い下がる。

「どのくらい大きくなったらいいの? 竜木にいちゃんくらい?」

「そうね……鬼の子を退治できるくらい……強く……大きくなったらね……」

 お自夜は静かに呟いた。

 鬼の子を退治しなければならない。

 いつの頃からか、ずっとお自夜から聞かされていること。

 何故鬼の子を退治しなければならないのか、篝火はわからなかったが、母に繰り返し聞かされてきた言葉を疑うことはなかった。

「……うん……わかった……」

 お腹いっぱいになって、そろそろ眠くなってきた篝火は、素直に頷いた。

「おやすみ、篝火」

 お自夜はそう言って話を打ち切り、静かに子守歌を歌い始めた。

 

  ひとつ摘んでは父のため

  ふたつ摘んでは母のため

  みっつ恋しいあの人に

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

 お自夜の歌声を聞きながら、篝火は眠りに落ちていった。

 

 

 子供たちが眠った後も、大人はお楽しみの時間は続く。

 歌い踊り、どんちゃん騒ぎは終わらない。

 篝火を寝かしつけたお自夜は、広場に戻って火袋の隣に座った。あまり飲みすぎないように、見張るためだ。

 案の定、火袋は大きな鉢を盃代わりに、ぐびぐびと濁り酒を飲んでいた。

 その隣に、存分に歌って踊って、酔いが回った斎吾が、足を伸ばしてぺたんと座る。

「あーいい気分だ、お頭」

「なんだ、斎吾。もう降参か」

「まだまだ」

「よーし、なら飲め」

 火袋は持っていた鉢を斎吾に渡し、酌をしてやる。

「おっとっと」

 たっぷりと注がれた酒が零れないように鉢を両手で持ちながら、斎吾は口元に運び、ぐいっと一気に飲み干す。

「いい飲みっぷりだ」

「お頭もどうぞ」

 斎吾も鉢を返して、火袋に酌をする。

 喉を鳴らして火袋が酒を飲み干したところで、斎吾が呟いた。

「お頭……ぼつぼつ心を決めたらどうで?」

 いつもは飄々とした喋り方をする斎吾が、真面目な声で言うので、火袋は目を丸くした。

「心を決める? どういうことだ?」

 心はとっくに決まっている。侍を倒し、民百姓が暮らせる国を作る。四年前に決めたことだった。何を今さらと、火袋が訝しく思うと、斎吾はじれったそうに言った。

「こんな野盗なんかでくすぶっちゃいねぇで、天下をとる気になったらどうなんで……」

「何?」

「お頭なら、天下をとれる力も度胸もある。なのに、いつまでも野盗のままでいいんですかい?」

「それは、おめぇ……俺に侍になれってことか?」

 斎吾の言葉に、即座に抗議したのはお自夜だった。

「何を言うの、斎吾!」

 お自夜の声に驚いて、歌が止み、踊っていた皆の動きが止まる。広間はしん、と静かになった。何事かと、お自夜の方に注目が集まる。

「おまえって、昔のことを忘れたの? 皆みじめで、苦しかった頃のことを……」

 お自夜は皆の注目に気づかず、わなわなと体を震わせながら、信じられないといった表情で、斎吾に言い募る。

「わたしは覚えている。あんたのおっかさまや、わたしのおっかさん、蛍火、下枝さん、皆がむごい殺され方をされたかを……」

 目を閉じれば、お自夜は思い出す。愛しい人たちの死に顔を。

「う……ううっ……」

 お自夜の言葉に、豊作が真っ先に涙をこぼした。酔っているから余計涙もろくなっているわけではない。豊作は素面の時も、殺された女房を思うと、泣かずにはいられないのだ。

「……おっかさん……ねえちゃん……」

 竜木も母と姉を思い出して俯いた。竜木も四年前、まほろ村が襲われた際、母と姉を殺された。

 美葛は涙をこぼさないように、顔を上げて夜空を見上げる。親兄弟皆殺しにされた悲しさを、歯を食いしばり、両手を握りしめてこらえた。

 両手で口元を抑え、身を震わせるお駒を、力蔵は優しく肩を抱いた。

 まほろ村の出身の者も、そうでない者も、侍に殺された家族を思って悲しみと怒りを必死にこらえていた……

 母親のことを言われて、斎吾も一瞬だけ顔を強張らせた。だが、すぐに何でもない顔になって、呑気な声で言った。

「もう忘れてしまいましたなあ……姐さん」

 責めるような眼差しのお自夜を横目に、斎吾は盃を傾ける。

 あまりの無情さに、四年前、母親の亡骸にすがって泣いていた男だとは、思えない。息子がこれでは、斎吾の母親は草葉の陰で泣いているだろう。お自夜はあきれて涙も出ない。

「なさけないねぇ。あの頃、何度戦に巻き込まれて、侍たちにひどい仕打ちをされたか……覚えてないの? 村は焼かれるし、田も畑も踏みつぶされるし……わたしたちは逃げ回るだけだったわ。このままでは皆死んでしまう、何とか生きのびなくちゃ、村を取り戻さなくちゃと、皆で立ち上がって、誓ったんじゃないの。侍と戦うって……皆、侍を憎んだわ。仇だもの……だから、わたしたちと同じように、侍に生まれた村から追い出された力蔵さんたちが、仲間になってくれた。なのに、おまえはおっかさまのことも、村のことも、もう心の中にないのね」

「悲しむな、お自夜。俺たちの初めの気持ちは変わらねぇよ。なあ、斎吾?」

 嘆くお自夜を慰め、火袋は斎吾に同意を求めるが、斎吾はつまらなそうに舌打ちする。

「姐さん、いつまでも泣いていたって、仕方ないでしょうが――お頭も、古い考えは捨てて、これからは、侍と手を組んで、出世しなきゃあ……」

「やかましい!」

 斎吾の言葉に、とうとう火袋は怒りを爆発させた。

 火袋は持っていた鉢を斎吾に投げつけた。斎吾が避けて地面に落ちた鉢が、大きな音を立てて割れる。

 火袋は斎吾の襟元を掴み、引き寄せた。

「もう一度言ってみろ! 斎吾っ! 侍と手を組むだと? ふざけるな! この恥知らずめっ。二度とそんなことを言ってみろ。その口に刀をぶち込んでやるぞ!」

「何度でも言いますわ! 侍と組んで、出世するべきだ! 死ぬまで野盗なんざ、俺はごめんだ!」

「何をっ!」

 火袋は、野盗に落ちぶれた身を恥じてはいなかった。他人の物を盗み、刀を振り回しても、百姓には手を出さない、襲うのは武家屋敷だけと決めているのも、初めの頃の気持ちが変わっていないからだ。

 火袋の心根を、民百姓は知っていた。だから、野盗といえども、火袋を恐れてはいなかった。むしろ、横暴な侍を懲らしめてくれている恩人と、崇めているくらいだった。

 生きるためだけではなく、人々の支持があるから、火袋は野盗をしていられる。ここに集う仲間は、自分と同じ志を持っていると思っていた。なのに、他でもない、弟分の斎吾が、出世のために侍と手を組めという――

 信じられない思いが火袋の胸に広がる。

(こいつは誰だ? 本当に斎吾なのか? 斎吾にそっくりの誰かなのか?)

 子供の頃からの可愛い弟分、頼りになる仲間だったはずの斎吾。

 しかし、今火袋の前にいるのは、火袋とは違う考えを持つ――敵か?

 火袋の憤怒の眼差しに、斎吾は目をそらさずに睨み返す。

「この大馬鹿野郎っ!」

 火袋の拳が斎吾の頬を殴った。斎吾の右頬が赤く腫れ、唇の端から血が滲む。殴られて頭がくらくらしているはずだが、怯まず、斎吾も火袋に掴みかかる。

「やめて、あんた! 斎吾!」

 お自夜の静止も聞かず、火袋と斎吾は取っ組み合いの殴り合いを始める。それまで息を飲んで見守っていた女たちの喉から、悲鳴が上がる。いつになく激怒している火袋と、本気で火袋に反抗している斎吾に、度肝を抜かれて男たちは唖然とする。

 しかし、殴り合いのあまりの激しさに、これはただ事ではないと、豊作が割って入り、力自慢の力蔵と竜木が二人を引き剥がしにかかった。

「二人とも、やめろ!」

「斎吾、やめるんだ!」

「落ち着いてください、お頭!」

 ようやく火袋と斎吾を引き離すことに成功したが、二人はおとなしくならない。渾身の力で押さえつけていないと、また殴り合いをしかねない。

 歯をむき出し、目をぎらぎら見開いて、火袋と斎吾は睨みあったままだ。

「ああ……どうしよう……」

 お自夜たちを始め、誰もがおろおろとしている中、一人くゆりだけ冷静だった。

「美葛、桶に水を汲んでおいで」

「は、はい!」

 水瓶から桶に水を汲んできた美葛は、それからくゆりに言われたとおりに行動した――

 

 ぎりぎりと歯ぎしりをし、燃えるような目で互いを睨みあう火袋と斎吾。

 そんな二人に、文字通り水が差された。

「うわっ!」

「つ、冷てぇ!」

「酒じゃねぇのかよ」

「水だぁ」

「ひでーよぉ、美葛ぅ」

 対峙していた火袋と斎吾に、美葛は桶の水を思いっきりぶちまけたのだ。

 頭から水をかけられて、火袋も斎吾も全身びしょびしょだ。巻き添えで、豊作と力蔵と竜木も、濡れ鼠となる。

「頭を冷やしな、小僧ども」

 くゆりは世間では恐れられている野盗の火袋たちを、幼子に対するように一喝する。

「喧嘩するなら、素面でおやり。さあ、帰って着替えな」

 濡れて冷たいし寒い上に、最長老のくゆりの命令に、誰も逆らえない。

「さあ、帰るわよ、あんた。濡れたまんまじゃ風邪ひくわ」

 すかさずお自夜は火袋の腕を引っ張って、帰宅を促す。

 火袋はまだ斎吾に言いたいことがあったが、寒いのと、酔いも醒めていたので、おとなしくお自夜に従って、広場を後にした。

「う~冷たい」

「あんたも着替えなくちゃ――」

「あーあ、ひでぇ目にあった」

「ごめんね、竜木」

 力蔵も竜木も、それぞれ女房恋人に連れられて、着替えに帰った。

「ああ、すっかり酔いが醒めちまった。飲み直すか」

 豊作は焚き火の近くに寄って、濡れた小袖を乾かしながら酒を飲もうとしたが、くゆりに叱られた。

「おまえも家にお帰り! 恵太は、きっと寝ないで待っているんだから。叔父思いの孝行者を、心配させちゃいけないよ!」

 杖でぺしぺしと尻をひっぱたかれて、豊作は「わかった、帰る。帰るよ!」と、逃げるように帰って行った。

「斎吾――」

 おまえも家に帰れとくゆりが振り返った時、すでに斎吾の姿は広場から消えていた。

 焚き火の炎は変わらず紅蓮に燃え上がり、残った者たちはまだ不安げな表情を浮かべていた。

 ただ一人、玉虫だけが舌で唇をぺろりと舐めると、微笑んだ。

 その微笑みは、獲物を見つけた獣に似ていた。

 

 

「おお、いてぇ……馬鹿力で殴りやがって、お頭のやつ……」

 自分の小屋に戻った斎吾は、濡れた小袖を脱ぎ、手拭いで体を拭きながら、ここにはいない火袋を罵倒する。

「せっかくの力を使わずにして、なにが火炎夜叉だ。宝の持ち腐れだ」

 しゃべると切れた口の中が痛い。殴られた頬も、冷やさなければ腫れたままだ。水を汲んで手拭いを濡らそうと思った時、小屋の入り口に人の気配がした。

 振り返ると、入り口には女の影が見えた。

 立っていたのは、玉虫だった。小屋の中の灯台に照らされて、不思議と輝いて見える女の立ち姿に、斎吾は思わず見惚れた。

「斎吾さん、大丈夫? ずいぶんひどく殴られたけど」

優しい、甘い声で囁きながら中に入って来た玉虫に、斎吾は戸惑った。玉虫は斎吾と特に親しいわけではないのに、どうして来たんだ?

美形の玉虫に言い寄る男は多い。しかし、玉虫は誰の女房恋人になってはいない。誰のものにもならないが、気に入った男とは、誰でも寝る。

 独り者ならともかく、女房持ちとも寝たとか寝ないとか――そんな話が絶えない。

 だから、玉虫に対する女たちの評判は、すこぶる悪い。

 女の美貌に興味がないわけではなかったが、斎吾は玉虫を口説こうとも、親しくなろうとも思わなかった。この女は危険だと、初めて会ったときから感じていたから。

 警戒する斎吾の頬に、玉虫は両手で触れた。女の細く滑らかな手は、冷たくて腫れた頬に心地よかった。

「お頭もひどいわ。こんなに殴らなくてもいいじゃない。斎吾さんは、お頭や皆の為を思って言ったのに……」

 玉虫の言葉に、斎吾は驚きと共に、喜びが沸き上がった。

「わかってくれるか、玉虫」

 玉虫が微笑みながら頷く。

「お頭の志は立派だけれど、野盗は野盗よ。今日は無事でも、明日はどうなるか……」

 俺と同じ考えだ――

 そう感じた瞬間、斎吾の中から玉虫への警戒も不信もどこかに吹き飛んでしまった。

「そうだ。いくら綺麗ごとを言ったって、このままじゃ、ただのお尋ね者だ。役人に捕まったら、牢にぶち込まれるだけじゃねぇ、処刑される。そんなの、俺は嫌だ!」

 熱く語る斎吾の胸に、玉虫はしな垂れかかった。

 その時、灯台の油が切れたのか、ふっと灯火が消えた。

 暗闇の中で、甘い匂いのする女の肉の柔らかさを衣越しに感じ、斎吾の体が熱くなる。

「何とかお頭を説得しないと……」

 熱に浮かされて、斎吾はうわごとのように呟いた。醒めたと思っていた酒の酔いが、まだ残っていたのか、それとも獣の欲が目覚めたのか、斎吾にはわからない。

 そんな斎吾の耳に花びらのような唇を寄せて、玉虫が囁く。

「それよりも……ねぇ……斎吾さんがお頭になったほうが……うまくいくんじゃない?」

 女の囁きは、甘くて、心地よくて、斎吾は抗うことなどできなかった。

 

 

 翌朝、斎吾は火袋に謝罪した。

「頭を冷やして一晩考えた。俺が間違っていた。お頭、すまなかった」

 率直な謝罪に、火袋も怒りを鎮めた。

 火袋と斎吾は和解した。

 誰もがそう思い、穏やかな日々が過ぎた。

 

2018年9月24日 (月)

次回予告 無残帳の巻

 故郷を追われた者たちは、立ちあがった。

 奪われたものを取り戻すために。

 だが、まつろわぬ者に待っていたのは、裏切りと生き地獄であった。

 親子はまほろばを求めて戦乱の世を流離う。

そして、灼熱の夏と極寒の冬に訪れた永遠の別れ――

 

 次回、『どろろ百鬼繚乱草紙』まれびとの章 無残帳の巻

 

限りなく悲しみ記す無残帳別れの嘆き絶えることなし

 

「おっかちゃん! おいら……もう飯なんかいらん。食べ物なんかいらん。だから、死なないでおくれよう。おっかちゃん!」

 

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