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創作二次小説どろろ

2020年8月 8日 (土)

次回予告 夢幻地獄の巻

 ねう……ねう……
 眠りを誘うような猫の鳴き声に誘われて見た夢は、極楽か地獄か。
 どろろと百鬼丸が訪れた村は、薬も治す術もない病に冒されていた。
 逃れることのできない死に、恐れ怯える村人たち。
 そして、どろろと百鬼丸もまた、病に蝕まれ……

 

 次回『どろろ百鬼繚乱草紙』まれびとの章 夢幻(むげん)地獄(じごく)の巻

 

  恋ひ恋ひて夢幻地獄へ堕ちてゆく我を戻すは誰の叫びか

 

「おまえには、悪夢をあげよう」

 

 

雨宿りの巻あとがき

 新しいパソコンに乗り換えて初の『どろろ百鬼繚乱草紙』である。
 キーボードが軽くてどんどん文字が入力できるのだけど、思うように書けないのはなぜだろう。
 連日猛暑が続いて、灰色の脳細胞が溶けそうだからか。
 だらけそうな自分を叱咤激励する夏の日々である。

 

 今回は、完全オリジナル。
 しかし、妖怪退治はなし。
 取り戻した体もなし。
 派手なアクションシーンもなし。
 ドラマチックな展開もなし。
 なので、今までに無く短い巻となった。

 

 内容としては、原作の万代の巻と無残帳の巻の間のどろろと百鬼丸のやりとりを元にした。
 廃屋で雨宿りする設定は、原作で気を失ったどろろを背負って百鬼丸は村を出て行くが、すぐに晴れるのが唐突だなと思ったので、雨が降り続くという状況に変更。
 創作二次小説ではどろろは気を失っていないので、戦いの後の幕間的な話を描いた。
 みおが歌った「遊びをせんとや」の歌を、どろろが歌ったり踊ったりすることで、百鬼丸はみおを思い出し、どろろの過去が気になり始めるという流れにした。
 二人が初めて出会ったどろろの巻で、百鬼丸はみおの話をしていなかったので、どろろは本巻で初めてみおの名を知る。
 みおの存在を知ったどろろの感情の変化はこれから。
 百鬼丸がどろろの過去を知るのも、これから。
 次回の無残帳の巻に代わるオリジナルの話で、どろろはみおのことを、百鬼丸はどろろの過去を知る。

 

 原作では万代との戦いで気を失ったどろろを、百鬼丸が介抱するが、目を覚ましたどろろは、自分の体に触ったと激怒する。
 介抱してやったのにと百鬼丸は憤慨し、どろろはさめざめと泣くが、百鬼丸がまだ目が見えないことに気づいたらしく、急に笑って礼を言う。
 どろろの変わり身に、百鬼丸も読者も面食らうが、原作を読み進めていくうちに、どろろが体を見られたり触られたりするのを嫌がる理由を知るわけである。
 創作二次小説でも、読者にはどろろの秘密は暴露しているが、後の展開のために、どろろが他人に体を見られることを嫌がる描写と、どろろの態度に不思議がる百鬼丸を書いておきたかった。
 
 どろろが歌った歌は、順番に『閑吟集』序歌、『宗安小歌集』二〇八番歌、『梁塵和歌集』三五九番歌・五六四番歌、『万葉集』山上憶良の秋野の花を詠んだ一五三七番・一五三八番歌から採った。

 

 今回の雨宿りの巻に続いて、次回もオリジナルの話だが、歴史や古典だけで無く、現代の危機的状況も参考に書いてみることにした。
 未知の病に遭遇した人間の心の動きを書ければと思う。
 いつの時代も、ひとの心は変わらないから。

 

 

*参考文献
『閑吟集 宗安小歌集』新潮日本古典集成 北川忠彦校注
「閑吟集」序歌
「宗安小歌集」二〇八番歌

 

『梁塵和歌集』新潮日本古典集成 榎克朗校注
三五九番歌・五六四番歌

 

『新版万葉集 現代語訳付き』二巻 角川文庫 伊藤博訳注
一五三七番・一五三八番歌 山上憶良の秋野の花を詠む二首

 

 

 

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章19

   雨宿りの巻
 初めて聞いた歌声が、子守歌となった。

 

 

 八月十五夜の名月よりやや遅れて出た十六夜の月は、ためらいつつも東の空から出て来て、とうに空高く昇っている筈であった。
 しかし、月は雲に隠され、雨は蕭蕭(しょうしょう)と降る。
 冷たい雨に打たれながら、旅人が夜道を歩いていた。
 奪われた体を取り戻すために旅する百鬼丸と、百鬼丸の刀を盗もうとついて来るどろろの二人だ。
 先程、四十八の魔物の一体であるごろんぼうを倒し、左耳を取り戻した百鬼丸は、次の魔物を探すためにどろろと共に梅枝村を出た。
 しかし、夜明けにはまだ遠く、こんな雨の夜をとぼとぼと歩いているうちに、風は強くなり、雨はいよいよ冷たくなる。
「ううぅ~寒い……」
 雨は濡れた体から温もりを奪う。どろろはぶるっと身を震わせると、両腕で我が身を抱いて、寒さに耐える。
 天下の盗人と豪語し、元気いっぱいのどろろでも、ずっと雨に濡れて歩いていると、疲れがたまってくる。魔物と戦う百鬼丸について行って、走りっぱなしだったし、腹も空いているから、余計だ。
 喰えないのなら、せめて一休みしたい。
 少し前を歩く百鬼丸も、疲れているのだろう、肩を落とし、義足を引きずるように歩いている。
 ごろんぼうとの戦いの後、恩知らずな村人たちに休むことも許されず、梅枝村を出て、雨の夜道を歩いているのだから、無理もないとどろろは思う。
 だが、百鬼丸が一番応えているのは、体の疲労よりも、音だった。
 生まれた時から耳が聞こえなかったから、静寂があたりまえだった百鬼丸にとって、左耳を取り返し、初めて聞く外界の音全てが、怒涛の騒音だった。
 激しく降る雨音、吹きつける風の音、木々が揺れて擦れる音、葉擦れの音、自分やどろろの足音、吐息までもが百鬼丸を苦しめる。
(世の中ってぇのは、こんなにうるさいのか……)
 静寂に慣れている百鬼丸は、世の中がこんなに騒々しくて、よく他の者は平気でいられるものだと思う。
 それに、どろろには気にならないと言ったが、梅枝村の村人たちの罵倒も、自分で思っている以上に心に堪えた。
 この世の音を聞きたいと願っていた。
 誰かの声を聞きたいと願っていた。
 念願かなったのに、聞こえることが、こんなに辛いとは……!
(ああ……うるさいな……頭が痛くなる……)
 聞こえなくたっていい、耳なんかいらない、とまで思いそうになる百鬼丸だったが、
「あにき!」
 どろろの声が、百鬼丸の意識を憂鬱な心の底から引き戻した。
「あそこ、家がある! あそこで休もうぜ!」
 どろろが見つけたのは、道の傍に建っている小さな家だった。
 雨宿りできると、嬉々として駆け出すどろろの足が、水たまりの水を跳ねた。

 

 ぴちゃ――

 

 ささやかな音だったが、雨の音と混じって、水が跳ねた音が百鬼丸には耳障りだった。

 

 

 ずぶ濡れになった旅人が、雨宿りした家は、長いこと人が住んでいないようだった。
 どろろが立て付けの悪い戸を、がたがたと音を立てながら力いっぱい横に引いて開けると、中央に囲炉裏があるだけの狭い家の中は、家財道具など無く、空っぽだった。
 幸い、屋根から雨漏りはしていないので、雨宿りする分には問題ない。
 今宵の宿はここに決めた。
 床に散乱している箸や欠けた茶碗、皿などを隅に避け、座る場所を確保すると、どろろは火打石を叩いて、囲炉裏に残っていた小枝に火をつけた。
 火花が小枝に移り、ぱちぱちと乾いた音を立てて火が燃える。
 紅い炎が闇を払い、小屋の中を照らす。
「うー温かい」
 どろろは掌を炎の上にかざして暖をとる。
 戸を閉めると、家の中はいくらか外の雨音が遮られるので、百鬼丸はほっと息をついた。完全な静寂とは言えないが、外よりはましだ。
 百鬼丸は、帯を解き、雨に濡れた小袖を脱いだ。どろろがはっと息を飲む音が、小屋の中でやけに大きく響く。
 鍛えられた逞しい体。だが、作り物の腕と足が繋がっている肩と足の付け根は、金属の継ぎ目が光っている。
 話には聞いていた。
 義手や義足を外しているところは見た。
 だけど、実際にどうやって生身の体に作り物の腕と足を繋げているのか知らなかったどろろは、初めて百鬼丸の裸身を目の当たりにして、人並みの術ではない方法で百鬼丸の体が作られたのかを理解した。
「怖いか?」
 百鬼丸はどろろに向き合って、問うた。この作り物だらけの体が怖いかと――
 しかし、どろろは「別に」と答えた。
「大怪我して、傷だらけの奴なんて、いくらでも見たことあらぁ。あにきの体は、きれいな方さ」
(あぁ……)
 作り物の体を見ても、恐怖や嫌悪、憐憫もない、平然としているどろろに、百鬼丸のほうが驚いた。作り物だらけのこの体を見たら、どろろも怖がると思っていたのだが、なんともないと聞いて、百鬼丸は拍子抜けした。
 そういえば、身の上話を話した時、どろろの感想は「きけばきくほど、面白いや」だった。

 

「今の世の中、戦や病で、目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、手足を無くした奴は、いくらでもいらぁ。珍しくとも何ともないや」

 

 最初からどろろは、百鬼丸の存在を異端とせず、どこにでもいる人として受け入れていた。
 それは、今も変わらない。
「そうか」
 百鬼丸はひっそりと笑い、胸の中で安堵する。
 百鬼丸は脱いだ小袖を、土間でぎゅっと絞った。濡れて水を吸った小袖から、水がじゃぶじゃぶと滴る。
 ちょうど縄があったので、部屋の柱の間に洗濯紐代わりに張って、小袖を干す。
「おまえも脱げよ、どろろ」
 百鬼丸は、どろろにも濡れた小袖を脱いで、乾かすように言った。
 当然そうすると思ったが、
「えっ? ええっ!」
 どろろは驚きの声を上げ、いやいやと首を横に振る。
 あたふたするどろろに、百鬼丸は面食らう。
「濡れたままだと、体に毒だぞ」
「このままでいいんだ」
「よくない。早く脱いで乾かせよ」
「着ていたって、乾くよ!」
 説得を続けるうちに、どろろの声の調子や感情の動きから、百鬼丸はどろろがどうして小袖を脱がないのかわかった。
 どろろは恥ずかしがっている。
 羞恥の感情をどろろから感じ取って、百鬼丸は呆れた。
「何を恥ずかしがっているんだ、男同士なのに。たとえおまえが女だとしても、俺には見えねぇよ」
 百鬼丸の言葉に、どろろは「あっ」と小さく声を漏らした。
 両目の義眼は本物と見紛うばかりによくできているので、忘れていたが、初めて会った時、百鬼丸は義眼を外して盲目であることをどろろに教えた。
 百鬼丸は、目が見えない。
 今さらながらに気がついて、どろろはほっと溜息をつく。
 百鬼丸は呆れ顔で、見えない目でどろろを見下ろしている。
 どろろは照れ隠しに、にたっと笑い、
「へへへ……へへへ……へへへ……」
 濡れた小袖を脱いだ。
 そんなどろろに、変わったやつだと百鬼丸は思う。

 

 

 褌(ふんどし)一丁で、囲炉裏を挟んで向かい合って座るどろろと百鬼丸。
 疲れてはいるが、戦いの後の興奮が残っているのか、まだ二人は眠れない。
 屋内だと雨音が大分小さくなり、聞こえるのは火が爆ぜる音だけ。
 いや、百鬼丸に聞こえるのは、それだけではない。
 闇に潜む異形の者たちの声も聞こえていた。
「おぉ……」
「恐ろしや……」
「あれは、まことに人の子か?」
「人であるはずがない」
「そうだ、鬼の子だ」
「……を、殺すなんて……」
 低く、しわがれた囁き声は、口汚く百鬼丸を罵る。
 四十八の魔物を一体倒すたびに、魑魅魍魎、妖怪変化どもは百鬼丸を極悪人の如く非難した。
 いつものことだが、百鬼丸は疎まし気に首を振った。
 妖怪どもの声を無視し、雨や風の音――実際に聞こえる音に、意識を向ける。
 せっかく左耳を取り戻して、音が聞こえるようになったのだ。うるさいけれど、慣れなくては。聞こえるということに。
「なあ……」
 どろろのほうは、妖怪の声が聞こえないから、沈黙に耐えかねて百鬼丸に声をかけた。
「なんだ?」
 百鬼丸が物憂げに顔を上げると、どろろはしゃべり出した。
「そういえばさ、あにきはなんでおいらを助けてくれたんだ?」
 川原でならず者たちに殴られ、川に沈められそうになった時も、梅枝村で村人に捕まった時も、百鬼丸は見捨てずにどろろを助けてくれた。
「おいらは、あにきの刀を狙う大盗賊様だぜ。盗人を見捨てて逃げたって、恨みやしねぇよ」
 どろろの問いに、百鬼丸はためらいがちに答えた。
「……俺には以前、おまえくらいの歳の友達がいたんだ……」
「へぇ?」
「旅に出てから初めての友だちだった……」

 

 どろろの脳裏に、子供の姿が浮かんだ。百鬼丸の記憶が流れ込んだのか。
 子供は一人ではない、二人、三人……二、三歳からどろろと同じ年頃の、あわせて十二人だ。
 顔はわからない。
 だけど、どの子供も刀傷や火傷が体のあちこちに残っている。
 腕や足がない子もいる。
 だけど、皆笑っている。
 負けるもんかと力強く、生きている……!

 

「そうか。あにきの友だちと同じ歳だったから助けてくれたのかい? じゃあ、その友だちに、いつか礼をしなくちゃな」
 明るく言うどろろだったが、百鬼丸の言葉に、二の句を継げない。
「もう会えない……」
「え?」
「皆、侍に殺された……」
 強き者が生き残り、弱き者が屠られる。
 乱世とはいえ、自分より幼い子供が殺されたと聞いて、どろろは軽口も叩けずにいた。
 百鬼丸の沈鬱な表情に、どれだけ百鬼丸が友の死を悼んでいるのかが、わかる。
 それ以上、百鬼丸は語らず、どろろも黙り込む。
 二人の間には、暗く陰鬱な雰囲気が漂う。
(まずかったな……)
 どろろは気まずくて、なんとか雰囲気を変えようと考えた。そして、閃いた。
「そうだ!」
「わっ! なんだ?」
 急にどろろが大きな声で叫んだので、百鬼丸は驚いた。ただでさえ色々な音が聞こえるのが気になるのに、どろろの声の大きさが、頭に響くようでたまらない。
 顔をしかめる百鬼丸に、どろろは朗らかな顔で一気に言う。
「あにきは耳取り戻して、聞こえるようになったんだ。めでたい! だから、ひとつ歌でも歌って、お祝いしよう!」
 どろろは立ち上がると、

 

 ぱん――

 

 軽やかに手を叩いた。

 

 ぱん――
 ぱぱん――

 

 手拍子を取りながら、どろろは喉を震わせ、節をつけて歌いだした。

 

  花の錦の下紐は

 

 ぱん――

 

 解けて、なかなかよしなや

 

 ぱぱん――

 

  柳の糸の乱れ心

 

 ぱん――

 

 いつ忘れうぞ、寝乱れ髪の面影

 

 ぱぱん――
 ぱん――

 

(これが、歌……)
 生まれて初めて聞く歌。
 歌は、しゃべっているのとは違う聞こえ方がする。
 どろろのおしゃべりは、軽妙で耳に心地いいが、歌は、さらに気分が良くなる。
 百鬼丸は、歌というのは、こういう風に聞こえるのかと感動した。
 しかし……
 今どろろが歌った歌は、確かにめでたい時の歌だが、歌の文句は、男女の契りを歌ったもの。
 どろろは、意味をわかって歌っているのか、いないのか。
「おまえ、それは祝言の時とかに歌う歌じゃねぇのか?」
 どろろが歌い終わると、百鬼丸は苦笑しながら指摘したが、どろろはけろりとしている。
「そうか? でも、ま、あにきは体を取り戻して、めでてぇことには変わんないよ」
 やっぱり、どろろは意味をわかってない。
(偉そうにしていても、子供だな)
 天下の大盗賊だなんて大口叩いているが、どろろは子供だ。男と女の契りも知らない、無邪気な子供――百鬼丸は、笑うしかなかった。
 声を取り戻していないから、笑い声を上げることはできないが、百鬼丸はなんだか愉快でたまらない。
 百鬼丸の声なき笑顔に、どろろは腕を伸ばし、手を振り、足を上げて舞いながら、今の百鬼丸にぴったりの歌を歌った。

 

  笑うたもよいが
  くすんだもよいよ
  どう取り廻せども、憎いとは思はぬ

 

 百鬼丸の笑った顔も良いが、取り澄ました顔も良い。どちらに転んでも、憎いとは思わない――それは、自覚していないけれど、どろろの本心でもあった。

 

 とん――
 ととん――

 

 どろろは、軽やかに飛んだり跳ねたりして床を踏み鳴らす。
 むやみやたらと、足踏みしているのではない。ちゃんと歌に合わせて韻を踏んでいる。
 裸の童の舞を、百鬼丸には見えないが、気配でいい加減ではない振りつけで舞い踊っていることはわかる。
 流れるような腕の振り。
 軽やかな足取り。
 どこで習い覚えたのか。
 自分が知らないどろろの過去が、百鬼丸は少し気になり始めた。
(いったい、どんな暮らしをしていたんだ?)
 どこで生まれ、どんな生い立ちだったのか。
 親は?
 自分と同じように、捨て子だったのか?
 それとも、死に別れたのか?
 親がいないのなら、誰に育ててもらった?
 そして、名前は……
(そういえば、こいつの名前、どろろじゃないんだよな)
 ごろんぼうとの戦いの中で、百鬼丸は自分がどろろと呼んでいる子供の名前がどろろではないことを知った。
 どろろとは、盗人のこと。
 初めて会った時、どろろと呼ばれていたから、てっきりこの子供の名前だと思っていたが、違っていた。
 名前を聞いてみようかと思ったが、やめた。
(名乗る気があるんなら、最初に名乗っているはずだ。どうせ聞いたって、素直に答えるやつじゃない。それに……)
 この子供とは、いつまで一緒にいられるか、わからない。
 旅の途中でたまたま出会い、刀が欲しいだけで着いて来た子供。
 刀を諦めるか、いつ終わるかわからない旅に飽きるか、化け物に怖気づくかしたら、別れることになるのだから……
 別れたら、二度と会うことはないのだから。
 名前を知ったところで、辛いだけ。
(どろろと別れたら、俺は、辛いかな)
 どろろと別れる時のことを思って、辛いと感じた自分に、百鬼丸は驚いた。
 誰かとの別れが辛いなんて、寿海とみおと十二人の子供たち以外、なかった。
 愛情でも友情でもないけれど、他の誰とも違う何かが、どろろにはある。
 だから。
 たとえ盗人でも。
 いつか別れの時がきても。
 今だけの道ずれの名として、どろろの名を覚えておこうと百鬼丸は思った。

 

 知らなかった。
 どろろとは、切っても切れない縁で結ばれていることに、この時の百鬼丸は知らなかった。

 

 

 次にどろろが歌った歌は、百鬼丸が最も聞きたいと思っていた歌だった。

 

  遊びをせんとや生まれけん
  戯れせんとや生まれけん

 

(みお!)
 この歌を歌っていた少女を思い出して、百鬼丸は胸が張り裂けそうに痛んだ。
 聞きたかった、だけどもう二度と聞けない歌を、この子供が歌っている。
 朗らかに。
 楽しそうに。

 

  遊ぶ子供の声聞けば
  我が身さえこそゆるがるれ

 

 どろろが歌い終わると、百鬼丸は問うた。
「……その歌は……めでたい時に歌う歌なのか? 俺が知っている娘は……子守歌代わりに、小さい子に歌っていたが……なんか……いつも悲しそうだった……だから……俺も悲しかった……」
 そう、みおは悲しそうだった。
 遊ぼうと生まれてきたのか、戯れようと生まれてきたのか、そうやって遊んでいる子供たちの声を聞けば、我が身も遊びたくなる――
 歌の文句だけは、いかにも楽しそうだが、この歌を歌っていた時のみおは、心の底の悲哀が滲んでいた。
 慈愛に満ちて幼子をあやし、寝かしつける時も。
 恥じらいながらも嬉しそうして、百鬼丸と二人っきりで会っていた時も。
 だから、歌の文句に関係なく、悲しい気分にさせる歌だと百鬼丸は思っていた。
 悲しい気分になる歌を、どうしてみおは歌っていたんだろう。
 百鬼丸がずっと気になっていた事を、どろろはあっさり答えた。
「じゃあ、その娘は、悲しい気分だったんだ。めでたい歌でも、楽しい気分で歌わなきゃ悲しいし、悲しい歌でも、楽しい気分で歌っていたら、楽しい歌にならぁ。聞いてるほうだって、そうさ」
 どろろの答えに、百鬼丸は何とも言えない気分になる。
 みおは、子供たちを守り育てるために、我が身を犠牲にしていた。その苦しみを子供たちには悟られないために、子供たちを心配させたくなくて、いつも笑っていた。
 我慢して。
 無理して。
 寿海以外に好きになった人は、みおが初めてだった。だから、百鬼丸は守りたいと思った。みおを苦しめる全てのものから。
 だから、告げた。

 

「俺は、みおが好きだ!」

 

「俺は、きっとみおを幸せにする。いや、皆で幸せになるんだ!」

 

 好きだと告白した時、みおは返事をしてくれなかった。みおは歓喜し、自分の思いを受け入れてくれたと百鬼丸は感じたが、どこか薄い、壁のような隔たりをみおの心に感じていた。
 あの時はわからなかったが、旅をして、大勢の人と出会ううちに、百鬼丸はわかった。
世の中には、何人男と肌を合わせようと、金のやり取りで契ることも平気な女もいるが、割り切れない女もいるのだと、百鬼丸は知った。
 百鬼丸は、みおが返事をしてくれなかった理由がわかった。
 みおは、乙女ではない我が身を恥じて……悲しんで……その思いが歌っている時に現れていたのだ。
 歌が悲しいからではない。
 みお自身が、悲しみをぬぐい切れなかったから、悲しい歌になったのだ。
 そして、みおの悲しみを感じた百鬼丸も、悲しくなったのだ。
「そうか……みおは……俺は……悲しかったんだ……」
 百鬼丸が心で呟いた独り言は、どろろに聞こえた。
 みお。
 それが、遊びをせんとやの歌を、悲しそうに歌っていたという娘の名前。
 百鬼丸は歯を食いしばり、唇を歪めた。秀麗な顔に、痛みをこらえるような、泣くのをこらえるような表情が浮かんでいる。
(その娘も、死んだ?)
 百鬼丸の狂おしいほどせつなげな表情から、友だという子供たちだけでなく、みおという娘も、既に亡き人だとどろろは悟った。そして、百鬼丸にとって、命よりも大事な人だったということも――
 どろろの胸に、熱く、ざわつかせる感情があった。
 自分と出会う前に百鬼丸があった娘。
 それが誰で、どんな女だなんて、自分には関係ない。
 関係ないはずなのに、この妙な気分はなんだ?
 どろろは訳のわからない感情を無理に胸の奥に押し込めると、
「今は、あにきが化け物退治して、見事耳を取り戻したんたんだから、楽しく歌わないと」
 どろろは自分と百鬼丸の心を明るくしようと、大きな声で、
「さあ、次いくぞ」
 と言って、再び歌い、舞い始めた。

 

  極楽は
  遥けきほどと聞きしかど
  つとめて至るところなりけり

 

 衣装も纏わず、褌で舞うどろろは、囲炉裏の炎に照らされて、赤く、金色に輝いていた。子供の柔らかな肌に、炎の光が衣となっている。
 炎の化身のどろろは、澄んだ声で歌い、軽やかに身を翻して祝いの舞を踊る。
 百鬼丸の為に。
 四十八の魔物から体を取り戻した百鬼丸を、祝福する為の宴で。
 酒も肴もないが、確かにこの場は、百鬼丸の為にだけに催された初めての宴だ。
 みおの悲しみを癒せなかった悔いも、みおを守れなかった罪の意識も、みおを喪った悲しみも消えないが、今だけは、体を取り戻し、喜ぶことを許されている――百鬼丸は、そんな風に思えた。
 久しぶりに心が安らぐのを感じながら、百鬼丸は雨と風の音、そして、どろろの歌声を聞いていた。

 

 

 夜通し降っていた雨は、西の空に月が沈み、東の空から朝日が昇る頃にはやんだ。
 空は青く晴れ渡り、雲ひとつない。
 廃屋で雨宿りしていた旅人が、出発できる天気だ。
 なのに、どろろはまだ寝ている。明け方まで歌い、踊ったので、疲れて起きられない。
「う~腹空いた……」
 日がかなり南寄りに高くなった頃になって、空腹で目が覚めたどろろは、半身を起こし、自分の小袖が体にかけられていることに気づく。
 壁の隙間から漏れる日光で、明るい廃屋の中を見回す。
 百鬼丸の姿はない。
百鬼丸の小袖もない。
 置いて行かれた?
「うわっ! やばい!」
 どろろは飛び起きると、小袖に腕を通し、帯を結ぶのもそこそこに、立て付けの悪い戸を横にこじ開けて、外に飛び出した。
 そこには、行ってしまったと思っていた少年が立っていた。

 

 きらきらと水滴が光輝き、朝日が一層眩しい中で、百鬼丸は立ちすくんでいた。
「ちち、ちちち」
「きゅっきゅっきゅっ」
「ほーろろろろろ」
 小鳥の囀りがする方向に、百鬼丸は首を廻らす。左耳を向けて、囀りを聞こうとしている。
 小鳥の囀りだけではない。涼しい秋風が渡る音、木々が揺れる音、葉擦れの音、草から雫が落ちる音、ありとあらゆる音を聞こうと百鬼丸は耳を澄まし、意識を集中させた。
 夜の圧倒的な雨の音や、恐ろし気な風の音とは違って、雨上がりの朝に聞こえる音は、百鬼丸にとって、心地よかった。
 だけど、聞きたいのは……

 

 がたがたがたっ――

 

 耳障りな音を立てながら戸が開く音で、百鬼丸は振り返り、寝起きのどろろに笑いかけた。
「やっと起きたか、どろろ」
「お、おう、待たせたな」
 どろろは寝坊した照れ臭さを隠すために、わざと威勢よく言った。
「さあ、行こうぜ。次の化け物はどこにいるんだ? さっさと退治して、体取り返しなよ。刀は二本とも、すらっと盗んでみせらぁ」
 どろろは早口で四十八の魔物退治を急かすが、
「その前に、腹ごしらえだ」
 百鬼丸の意見には、素直に賛成した。
「うん、そうだな。腹を減っては、戦はできぬって言うし」
 どろろは両足を揃えて、わざと水たまりの中に飛び込み、水をはじいた。

 

 びしゃっ――

 

 大きな音と共に、水滴がどろろを中心に広がる。
 光を弾きながら飛び散る水滴が、どろろと百鬼丸の足元にかかった。
「おい、また濡れるぞ」
 文句を言うが、本音は百鬼丸も楽しくなっている。
「あはははは!」
 無邪気などろろの笑い声は、百鬼丸の呪われた運命を払い除けるかのように、明るく、力強く、命そのものであった。
 どろろと百鬼丸は歩き出す。
 すきっ腹を紛らわすために、どろろは歌い出した。

 

  秋の野に咲きたる花を 咲きたる花を
  指折り数えれば 七草の花
  ひとつ 萩の花
  ふたつ 尾花
  みっつ 葛花
  よっつ 撫子の花
  いつつ 女郎花
  むっつ 藤袴
  ななつ 朝顔
  これが秋の七草の 七草の花

 

 どろろの歌を聞きながら、百鬼丸は思う。
 ごろんぼうを倒して、左耳を取り戻して聞こえるようになった。
 いつか、声を取り戻して歌えるようになったら、その時は、どろろが傍にいてほしい――
(どろろに俺の歌を聞いてほしい。どろろと一緒に歌いたい)
 亡き人の墓の前で悼むだけでなく、生きている証として、百鬼丸は歌いたかった。
 百鬼丸の新しくできた望みを知らず、どろろの澄んだ歌声は、天高く昇っていく。
 雨上がりの空は、雲ひとつなく、どこまでも明るくて青かった。
 一点の穢れもなく。
 闇の気配は、どこにもなかった。
 今だけは……

 

 

 

 

2020年5月 3日 (日)

次回予告 雨宿りの巻

 十六夜の月を隠した雲は、袖を濡らす涙のように雨を降らした。
 降りしきる雨を避け、草の庵でしばし雨宿りすることにしたどろろと百鬼丸。
 秋の夜は長く、夜明けは遠い。
 雨が降る音を聞いていると、狂おしく、悲しい気持ちになるのは何故か。
 物思いに沈む百鬼丸の心を慰めるのは、どろろの歌声だった。

 

 次回『どろろ百鬼繚乱草紙』まれびとの章 雨宿りの巻

 

  我が心濡らす涙の雫かなせめて今宵は雨宿りせん

 

「……その歌は……めでたい時に歌う歌なのか?」

 

 

万代の巻あとがき

 令和二年初の『どろろ百鬼繚乱草紙』である。
 主役二人が初めて組んでの妖怪退治。
 カラーアニメ版の万代の巻が、展開が早くてあっという間に片づいてしまったのが物足りなかったので、こだわって納得がいくまで書いていたら、完成まで長時間かかり、ページ数も多くなった。
 この執筆ペースだといつ完成するかわからないので、もっと早く書かないといけないと焦るのだが。
 思い通りにならないのが人生。

 

 万代の巻は、基本原作通りで筋は変えていないが、いつものように、思いきり加筆はした。

 

 冒頭の魚採りシーンは、普通は魚を釣ったんだろうということになるが、釣り道具を持っていない百鬼丸がどうやって魚を採ったのかという素朴な疑問から展開。
 カラー版アニメでは、百鬼丸が刀で刺して採るという方法だった。
 本創作二次小説では、一応聖なる刀という設定なので、刀を魚採りに使うという採り方にはしたくなかったので、シンプルに手づかみにした。
 魚の手づかみ、やってやれないことはない。

 

 どろろと百鬼丸があけびを採って食べるシーンは、原作にはないが、カラー版アニメで二人が美味しそうに食べていたので、書いてみたかったから書いた。

 

 どろろが歌う歌は、「閑吟集」五十二・五十三・五十四・五十五番歌から採った。

 

 原作では、どろろと百鬼丸が村にやって来てから万代を倒すまで二日かかっているので、時間の短縮をした。
 原作では百鬼丸が盗まれた金を見つけた後、翌日に化け物が村を襲うが、本創作二次小説では、竹藪ですぐに化け物が襲ってきた「どろろと百鬼丸伝」を参考に時間を早めた。
 よって、どろろと百鬼丸は村に来てから約十二時間で化け物退治したことになる。
 カラーアニメ版は、井戸から脱出してすぐに退治した。

 

 金小僧の設定は、原作のまま金の精とした。
 虫プロ版アニメ・辻真先版小説・「どろろと百鬼丸伝」も、金の精となっている。
 カラー版アニメでは、万代が殺したお遍路が化けた設定で、六部殺しバージョンになっていた。
 金の精と殺人の被害者。
 どちらが怖いかというと、被害者が化けた妖怪のほうが、共犯者の罪悪感と恐怖が増すと思うが、本創作二次小説では、村人は万代と金小僧の正体を知らないという原作沿いの設定なので、金小僧は金の精のままにした。

 

 村の名前は、原作では言及されていない。
 原作で万代が正体を告げた時、「この如月谷に年ふりたる女夜叉にそうろう」とあるので、如月→春→梅の連想で梅枝村と命名した。
 よって、村の名産が梅というのは、創作である。

 

 どろろと百鬼丸が最初に出会う村人は、手塚治虫スターシステムからチックとタックのつもりで書いた。
ちょい役だが、「ジャングル大帝」や「火の鳥ヤマト編」など、登場作品でいい味のあるコンビなので、登場してもらった。

 

 万代の出自は、原作では村が化け物に荒らされた後、「万代さまがおいでになって、村にキフをしてくださいました」とあるだけで、どこの誰とも、村とどんな縁があってやって来たのか説明がない。
 辻真先版小説では、どこからかやって来たお姫様、「どろろと百鬼丸伝」では、村の庄屋の娘という設定になっている。
 カラーアニメ版では、万代が村を乗っ取ったことで、権力を握っている。
 絶大な権力を握るために、万代は村に大金を与えた訳だが、それなりの身分がなければ村人も信用しないと思った。
 本創作二次小説では、応仁の乱以後、公家が京から地方へ避難した史実を基に、万代の出自を大納言の妻という設定にした。

 

 万代の夫の大納言、京極六条光次と侍女の右近は、オリジナルキャラクター。
 手塚治虫スターシステムによる演者は、大納言は「ミクロイドS」のノラキュラ、右近は「人間昆虫記」十村十志子。
 万代は尻尾を隠すため、病を装っていたが、それなら病人の世話をする者が必要になる。
 万代の正体を知っていたカラー版アニメならともかく、正体を知らない村人が、病人の世話をしないというのは不自然である。
 そこで、最低一人は共犯者がいなければならないということで、万代の侍女、右近のキャラクターを配置した。
 たった一人の共犯者と村中の人間が共犯者。
 どちらにしても、人間の欲深さは恐ろしい。

 

 化け物の名前は、サンデー版と単行本版では無かったが、冒険王版で「ごろんぼう」と命名されていたので、そこからとった。
 ごろんぼうという名前の妖怪は、探した限り見つからなかったので、手塚治虫の創作と思われる。
 なぜ手塚治虫はごろんぼうと命名したのか気になるが、資料が残っていないので、ごろんぼうの「ごろん」が雷鳴のような声に聞こえるので、村人がごろんぼうと呼ぶようになったと創作した。
 プレイステーション版では、タタリと命名されている。

 

 百鬼丸が取り戻した体は、原作では右腕だが、今後も両腕に刀を仕込んだアクションを書きたいので、左耳に変更。
 辻真先版小説でも耳を取り戻している。
 虫プロ版アニメとプレイステーション2版では左足、カラー版アニメでは神経、「どろろと百鬼丸伝」では両目を取り戻した。
 生まれて初めて音を、人の声を聞いた人間の反応としては、原作や虫プロ版アニメでは百鬼丸は嬉々としていたが、映画やカラー版アニメのように驚き、うるさがるのが正解か。
 個人差もあるだろうし、当事者にしかわからない。
 なので、本創作二次小説の百鬼丸は耳を取り戻しても、過度に喜びも厭いもしないが、耳で聞くことに慣れない感じにはした。

 

 本巻にて百鬼丸は万代を倒したわけだが、村人からは英雄どころか化け物と同一視されて追い出される。
 神話では、化け物を退治したら英雄として歓迎される。
しかし、万代の正体を知らずに恩人と崇めていた村人にとって、万代は神であり、百鬼丸を追い出したのは、万代を殺した百鬼丸は神殺しの大罪人だった。
 辻真先版小説と「どろろと百鬼丸伝」では、万代の正体を知らなかった方がよかったと村人に言わせている。
 カラー版アニメでも、十二の鬼神は百鬼丸の体を奪った魔と、国の繁栄をもたらす神の両方の面を持っている。
 魔物による被害が大きいにもかかわらず、もたらされる富と繁栄を甘受する人間にとって、魔物退治した百鬼丸は、人助けどころかお節介なことをしたことになる。
 万代の巻を書いていて、百鬼丸は魔物退治の英雄と神殺しの罪人の二面性を持っていると思った。

 

 

 今の世の中、未知の病が流行り、誰もが怯え恐れている。
 勇気を持って戦う人たちもいる。
 病に対する恐怖から、差別や偏見をする人もいる。
 自分は大丈夫だろうと油断して、享楽に耽る人もいる。
 何を優先させるかは人それぞれだが、一番に大切なのは、命を守ること。
 自分の命も。
 誰かの命も。
 それはいつでも、どこでも、変わらないことだと思う。

 

 

*参考文献
『新版月と暮らす 月を知り、月のリズムで』藤井旭 誠文堂新光社

 

『宙ノ名前』林完次 光琳社出版

 

『冒険手帳 火の起こし方から、イカダの組み方まで』谷口尚規・著 石川球太・画

 

『夜食のススメ 東京自給自足生活』茸本朗 星海社新書

 

『四季の摘み菜12カ月 健康野草の楽しみ方と料理法』平谷けいこ ヤマケイ文庫

 

『日本の七十二侯を味わう楽しむ』広田千悦子 三笠文庫

 

『イラストで楽しむ日本の七十二侯』アフロ 中経の文庫

 

『にほんのいきもの暦』公益財団法人日本生態系協会 角川文庫

 

『閑吟集 宗安小歌集』新潮日本古典集成 北川忠彦校注 新潮社
 「閑吟集」五十二・五十三・五十四・五十五番歌

 

『国宝「源氏物語絵巻」を読む』清水婦久子 和泉書院
 第七章復元模写の問題点

 

『日本の色・世界の色』永田泰弘監修 ナツメ社

 

『図解 日本の装束』池上良太 新紀元社

 

『かさねの色目 ――平安の配彩美――』長崎盛輝 京都書院

 

『調香師の手帖 香りの世界をさぐる』中村祥二 朝日文庫

 

『戦国時代のハローワーク 職業図鑑』株式会社ライブ編 カンゼン

 

『中世武士選書第23巻 朝倉孝景 戦国大名朝倉氏の礎を築いた猛将』佐藤圭 戎光祥出版

 

『最新研究が教えてくれる! あなたの知らない戦国史』辰巳出版

 

『幻想世界の住人たちⅣ〈日本編〉』多田克己 新紀元文庫

 

『図説日本未確認生物事典』笠間良彦 角川ソフィア文庫

 

『怪獣生物学入門』倉谷滋 インターナショナル新書

 

 

 

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章18

   万代の巻後編
 それまで皓々と照っていた月が、鈍色の雲に包まれた。
 黄金色に光り輝いて地上を照らしていた月が隠されて、辺りは闇に包まれた。
 漆黒の夜空に、稲妻が光る。
 一瞬闇が斬り割かれ、明るくなったが、また暗くなった。
 どこかでごろごろと音がする。おどろおどろしい響きが、ただならぬ気配を煽る。
 重たく空を覆う雲からは、雨が降ってきた。
 初めはぽつぽつと、雫が一粒二粒程度だった。すぐに雫は増えて、激しく雨音を立てて地上を濡らす。
 雨に濡れた万代の屋敷は、夕方見た時よりも暗く陰鬱に見えた。
 ごろんぼうの後を追ってどろろと百鬼丸がたどり着いたのは、万代の屋敷だった。屋敷の門をくぐった途端、そこは既に地獄と化していた。
 庭には屋敷の下男や侍女が、血まみれになってあちらこちらに倒れていた。誰も彼も、体に鋭い歯型が残り、腕や足を喰いちぎられている。
 ごろんぼうに襲われたのは、一目瞭然だった。
「うううぅ……」
「いたぁい……痛いよぉ……」
「……うふふふ……ふふふ……あはははは……」
 痛みに声にならぬ声で呻く者、泣き叫ぶ者、化け物に襲われた恐怖で気がふれた者、そして、すでに息絶えた者……彼らは皆、痛みと恐怖に顔を歪ませ、驚愕に目を見開き、信じられない――そう言いたげな表情を浮かべていた。
 あまりの惨たらしさに、どろろは顔を歪めた。
 戦が起こるたびに、人が死んでいった。だから、人の躯なんて、数えきれないくらい見てきた。躯を見ることなど、慣れたはずだった。
 だけど……やっぱり慣れない。まして、化け物に殺されて死ぬなんて、理不尽極まりない。
 これ以上誰かを殺させない、逃がすわけにはいかないと、どろろはあちらこちらに目を向けて、化け物の姿を探した。
「あ……あ……た……助けて……」
 母屋の階(きざはし)の下で、雨に濡れ、泥まみれになった豪華な小袖を纏った女が、地面を這いながらこちらに手を伸ばした。どろろと百鬼丸が近づいてみると、それは万代の侍女、右近だった。
 取り乱した右近の顔には、高慢な表情はない。心底怯え切った、ただの女だ。
「大丈夫か、おばちゃん?」
「おい、化け物はどこだ?」
 どろろと百鬼丸が声をかけても、右近はしゃべれない。恐怖に顔を引きつらせ、がくがくと身を震わせるばかりだ。
「ごろんぼうはどこに行った!」
 百鬼丸が重ねて聞くと、右近ははっと正気に返り、
「あ……あそこ……」
 弱々しく屋敷の方を指さした。
 百鬼丸は抜身の双剣を下げながら階を登り、開けっ放しになっている戸から屋敷の中に入った。
 屋敷の中は、外よりも凄惨な現場だった。
 逃げ遅れた侍女の躯がいくつも転がっていて、床も壁も天井も、いたるところに血飛沫が散っている。
 赤い血に交じって、緑色の血が廊下を引きずるようにべっとりとついていた。
 ごろんぼうの血だ。
 どろろと百鬼丸は緑色の血の跡を辿って行くと、そこは万代の部屋だった。
 外では雷がまた光り、ごろごろと音が鳴る。
 いや、雷鳴は外だけではない。中からも聞こえてくる。
「……ごろぉ……ん……」
 低く地を這うような声。
 ごろんぼうの声だ。
「あにき、あの化け物の声がする」
 我知らず、どろろは声が小さくなる。
 百鬼丸は答えない。まっすぐ万代の部屋の方に、見えない目を向けている。
 どろろと百鬼丸は、部屋の中に入った。
 昨日入った時は、梅の花のような甘い香りに満ちていたが、今は生臭い血の匂いが充満している。どろろは血の匂いに顔を歪め、足を止めた。
 匂いがわからない百鬼丸は、血の匂いに怯むことなく、歩みを進める。
 灯火の消えた暗い部屋の中央には、体中に白い布を巻きつけた女がいた。
 女の体からは、ごろんぼうと同じ緑色の、太く大きく膨らんだ尻尾が生えている。犬のように左右に揺れる尾は、それ自体が生き物のようだ。
 白い布を巻いた女は、ごろんぼうが変化した姿か。
 ごろんぼうは、こちらに背を向けて、床に倒れている女の体の上にのしかかっていた。
 倒れている女は、ぴくりとも動かない。すでに息絶えているのは明らかだ。
 顔は見えないが、倒れている女は万代か?
(あんなにきれいだったのに……)
 どろろは万代がごろんぼうに殺されたと思い、義手を抱いた両腕に思わず力を込めた。
 ごろんぼうは、死んでいる女の首筋に顔を埋めた。

 

 ぺちゃぺちゃ――
 ずずっ――
 ぺちゃぺちゃ――
 ずずっ――

 

 何かを舐めて啜っているような音が、部屋に響く。
 女に化けたごろんぼうが、殺した女の血を舐めている?
「ひっ……」
 嫌な想像に、どろろの喉から思わず声が漏れる。
 その密やかな呻き声に、ごろんぼうは女の顔でどろろと百鬼丸の方を振り返った。
 にやりと笑ったその唇は、口紅を塗ったかのように、血に塗れていた。
 化け物が変化したから、どんなに醜い顔かと思っていたが、どろろが思ったほど醜くはなかった。
 むしろ、美しい――
 そして、見覚えのある顔に、どろろは唖然とし、息を飲んでごろんぼうを凝視した。
「ばっ、ばっ、万代?」
 どう見ても、ごろんぼうの顔が万代にしか見えない。
 だが、慈悲深い貴婦人の面影はない。
 つり上がった目は、禍々しく金色に光り、笑った口から血に濡れた白い牙が見える。そして、額には角が二本、生えていた。
「正体を現したな、化け物」
 百鬼丸は唇に笑みを浮かべた。
「そうか……!」
 どろろは悟った。
 ごろんぼうが万代、万代がごろんぼうだったのだ。
 万代は夫を亡くして嘆きのあまり床に就いたと言っていたが、それは嘘だったのだ。
 万代が寝てばかりいたのは、帳(とばり)と夜具で大きな尾を隠すため。そのために病の身を装っていたのだ。
 そもそも病人の部屋で、鼻につくほど強く香を焚くのはおかしい。ひどい臭さのごろんぼうの体臭をごまかすために、香を焚いていたのだ。
 そして、慈悲深い女と化け物と、二つの顔を使い分けて、村を支配していた。
 万代は立ち上がると、ゆらゆらと威嚇するように緑色の尾を揺らす。
「や、やーいっ! この化け物め! なんだい、その尻尾は! へ、へん! おまえなんか、こわかねぇぞ。そんな醜い尻尾、蹴り飛ばしてやらぁ」
 どろろは負けじと、必死に虚勢を張る。だが、鬼面の万代の恐ろしさに、どろろは自然と体が震えてしまう。
「ふ……ふ……ふ……ほほほほほ!」
 万代は高笑いすると、ずい、と一歩踏み出した。
「見たね?」
 低い声で万代が言う。
「もっとよく見せてやろうね……」
 笑いながら万代は体に巻かれた白い布を解いた。
 布が解かれていくにつれ、万代の眼は猫のようにつりあがり、口は大きく裂け、額に生えている二本の白い角はさらに長くなる。そして、身の丈よりも長い黒髪は、老婆のように真っ白になった。
 その時、
「うわぁ! なんてこった!」
「ひでぇ……」
「おい、しっかりしろ!」
 雨音に交じって、万代の屋敷の庭に村人たちの驚愕の声がどろろの耳に聞こえてきた。竹藪の襲撃で生き延びた村人たちが、加勢を募って屋敷に駆け付けてきたようだ。
 庭のあちらこちらに転がる怪我人と死人の多さに狼狽える声に続いて、屋敷の主を案じる声がする。
「万代さまは? 万代さまはどこだ?」
「万代さまーっ!」
「ご無事ですか、万代さまっ」
 そして、美しい女人の安否を確かめようと、万代の部屋の中に入ってきた村人たちは、その場の光景に絶句し――
「ひゃあああああっ!」
「ひぃいいいいいっ!」
「ひぇえええええっ!」
 声を限りに叫んだ。
 白い布を解いた万代は、惜しげもなく男たちの前に裸身を晒した。
 細くしなやかな体に、雪のように白い肌、豊かな胸。だが、その下半身に生える尻尾は、ごろんぼうのものだった。
 緑色の醜い肉の尾を生やした女という、おぞましい姿を見て、村人たちは震えあがった。
 駆けつけた村人たちの悲鳴に合わせて、どろろも叫んだ。
「うわあああっ! あにきぃ!」
「下がれ、どろろ!」
 どろろを庇い、百鬼丸は刀を万代に向けた。
「よくも女と化け物の両方を使い分けて、村人たちを騙したな。これが最後の夜にしてやる。思い知れ!」
「ほーほっほっほっ……」
 万代は、百鬼丸をあざけり笑った。たった一人で何ができようかと。
「我こそは、千年の古(いにしえ)よりこの如月谷に年ふりたる女夜叉(にょやしゃ)にそうろう。あなうらめし。我が尾の変化を見たうえば……一人残らず生かしてはおかぬ!」
 叫ぶと同時に、万代は百鬼丸に向かって襲いかかった。
 牙を剥く鬼女の顔に恐れおののいて、村人たちの恐怖に駆られた叫び声が部屋に響く。
「わあああっ」
「助けてぇーっ!」
「逃げろーっ!」
 我先へと屋敷の外へと逃げ出す村人たち。
 万代の変わり身に驚いたのと怖いのとで、ぎゅっと義肢を抱いたまま立ち尽くすどろろ。
 ただ一人、万代に向かって行ったのは、百鬼丸。
 百鬼丸の双剣が、万代に振り上げられる。
 振り下ろした右の護身の刀が、万代の左肩に斬りつけた。
 だが、万代は猫のように身軽に避けて、刀をかわした。
 すかさず左の退魔の刀で、百鬼丸は万代の右腕を突いた。
「ぎゃあぁつ!」
 悲鳴を上げて万代は後ろに下がった。傷を負った細腕からは、人の赤い血ではない、化け物の緑色の血が滴り落ちた。
「おのれぇっ! よくもやったね! 抜け殻風情が……おまえの体は我らのもの。決して渡さぬ!」
 万代は目を見開き、荒く息を吐きながら百鬼丸に罵声を浴びせ、苛立たしそうに緑色の尾が床を叩く。
「やっぱり、おまえは四十八の魔物の一匹か! 俺の体を返せっ!」
 万代が奪われた体を持っていると知り、百鬼丸はさらに斬り込んだ。百鬼丸の渾身の剣に、万代は逃げる暇も与えられなかった。
 最初に右、続いて左の刀が、万代の肩を突いた。
「うぅ……」
 万代の両手が刀身を掴み、掌から緑色の血を滴らせながら引き抜こうとするのを、百鬼丸は力いっぱい万代に体を押し当てて、抜かせなかった。
 二本の銀の刃が、万代の肩を貫く。
「あ、あ、ああぁっ!」
 哀れさを誘うような声で、女の喉から悲鳴が漏れた。それでも百鬼丸は容赦なく刀を押し付けた。
「返せ……返せ……返せ! 俺の体を返せっ!」
 空から堕ちた星の欠片で作られた刀を掴んだ万代の掌は、火膨れを起こしたかのように赤く爛れた。肩の傷からは、緑色の血が吹き出して白い肌を汚した。
 血走った万代の目が、百鬼丸を睨みつけた。鬼女の形相が、怒りと苦痛に歪んでより険しくなる。
「誰が返すかっ! おまえの体は、契約の代償として我らが得たもの。すでにおまえのものではないわっ!」
 万代は凄まじい怪力でもって我が身を貫く刀を引き抜き、力いっぱい百鬼丸を突き飛ばした。
 百鬼丸は部屋の隅まで吹っ飛ばされた。
 百鬼丸が体勢を立て直す前に、万代は傷ついた身を翻し、凄まじい速さで部屋を飛び出した。
「ま、待てっ!」
 百鬼丸は慌てて起き上がり、万代の後を追った。
 部屋を出た万代は、どたどたと大きく足音を立てながら階を駆け下り、庭へと出た。
 ほとんどの村人は、怪我人を連れて屋敷の外に逃げ出していたが、血気盛んな男たちが十人ばかり、逃げずに庭に残っていた。
 彼らは万代の姿を見るや、門の前に立ちふさがり、手にした鍬や鎌、竹槍で万代を威嚇する。
「待ちやがれ、化け物!」
「逃がすものかっ!」
 それを見た万代は、万事休すと庭の中央で立ち止まる。
「下郎らが!」
 万代は村人たちを怒りに満ちた眼差しで一瞥すると、振り返り、追ってきた百鬼丸と対峙した。
 暗闇を雷が引き裂き、雨が激しく降る中、化け物とそれを追う者が睨み合う。
 万代は牙を剥き、呻くような低い声で怨みの言葉を口にした。
「えぇい、くちおしや、くちおしや……忘れぬぞ。この怨み、忘れぬぞ……おまえの体を八つ裂きにしてくれるわ。おまえの命も、抜け殻の体も、全て私が貰う!」
 万代の体が飛び上がり、百鬼丸に襲いかかった。
「死ぬのはおまえのほうだ!」
 百鬼丸も万代の懐に入り込むように突進した。
 まるで抱きあうように、二人の体がぶつかり――
 万代の牙が、百鬼丸の喉を食い破るより先に、双剣が白い胸に突き刺さる。万代の背から、銀の羽のように二本の刀が貫いた。
 万代の顔から凶暴な表情が消え、驚きと戸惑いが入り交じった顔になった。まるで、あどけない幼子のように。
 万代は百鬼丸の肩越しに雨降る夜空を見上げた。喉から、地獄の底から響いてくるような咆哮が漏れる。
「ごろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ……」
 万代――ごろんぼうの咆哮が途切れると、女の体から力が抜けていくのを感じた百鬼丸は、後ろに下がり、刀を抜いた。
 見開いた万代の目から光が消え、瞼が力なく閉じられた。
 万代の体が、突っ伏すように地面に崩れ倒れる。
 そして……動かなくなった。
「……死んだ……のか? 化け物は、死んだ? やったぁ! やっつけたぞぉ」
 部屋から庭に出て、遠巻きで百鬼丸と万代の死闘を見ていたどろろが、歓喜の声が上がる。
「あにき!」
 義手を抱えたどろろは、小躍りしながら百鬼丸の傍に駆けつけた。
 戦いは終わった。
 刀の血を拭い、どろろに義手をはめてもらう百鬼丸の顔には、勝利の笑みが浮かんでいた。
 能面のように無表情の顔よりも、笑った百鬼丸の顔は、惚れ惚れするほどいい男だと、どろろは我知らず思ったその時――
「わ!」
 村人が叫んだ。
「尻尾が!」
「尻尾に顔が!」
 どろろが振り返ると、村人の言葉通り、ぶよぶよの肉の塊のような尻尾の先端が、蠢き、形を変えていた。
 ふたつ小さく窪んで目ができ、見開いた。肉が盛り上がって鼻ができ、耳ができ、裂けた皴は、大きく開いた口のようになった。
 どう見ても、人の顔にしか見えない。
 緑色の肉の尻尾に浮き上がったその顔は、どろろには万代の顔に似ているように見えた。
 顔ができるにつれて、太く大きな尻尾は、どんどん細く、小さく縮んでいく。

 

 ずるり――

 

 細くなったごろんぼうの尻尾は、蛇のようにうねうねと這いながら、万代の体から離れた。
「まだくたばっていなかったかっ!」
 百鬼丸は左の義手を外し、納めたばかりの退魔の刀を抜いた。
 駆け寄り、逃げようとするごろんぼうの尻尾の先端にできた顔の眉間に刃を突き刺した。
 緑色の顔から、真っ赤な血が花びらのように飛び散る。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 女の声で、再び断末魔が夜の闇に響いて――やがて、静かになった。

 

 

 雨が降りしきる中、梅枝村の村人たちは、遠巻きに女の亡骸と緑色の肉の塊を囲んだ。
 誰もが黙り込んで、ふたつの躯をじっと見つめている
「あにき……こいつは一体……」
 どろろが恐ろしげに百鬼丸に問うた。
 百鬼丸は義手をはめながら答える。
「俺は以前にも、こんな憑き物の妖怪を片づけたことがある。人面瘡(じんめんそう)と言ってな、ある娘の膝に大きな腫物(はれもの)ができて……それが潰れて、人の顔みたいになって物を言ったり、飯を食ったりするんだ。そいつは切っても、切っても、あとからあとから生えてきた。その腫物には、妖怪がとり憑いていたんだ。この人面瘡も、もっとあくどいやつなんだろう……」
 百鬼丸の説明に、どろろはぶるっと体を震わせた。
「――そ、それじゃ、この女は?」
「化け物が体を借りていただけさ」
 その証拠に、あんなに鬼のように恐ろしげな顔だったのに、万代の死に顔が、可憐で優しげな顔に変わっていた。真っ白だった髪は元の黒髪に戻り、大きく生えていた角も無くなっていた。化け物が体から抜け出したので、元の人間に戻ったのだ。
「谷に住んでいたごろんぼうは、都からやってきた万代の体を乗っ取って、外面(そとづら)は情け深いふりをしながら、村の連中を働かせて搾り取っていた。つまり、生かさず殺さずってわけだ」
「うへぇ……」
 どろろは化け物の悪知恵に、恐れ入った。
 それは村人たちも同じだった。
 突きつけられた真実に、その場の誰もが顔を強張らせ、言葉も出ない。
「そんな……お方さまが、物怪にとり憑かれていたなんて……」
 よろよろと、雨と泥でぐちゃぐちゃに汚れた右近が歩み寄り、万代の亡骸に縋りついて泣いた。
「ああ……お方さま……お可哀想に……殿を亡くされ、物怪にとり憑かれてしまわれた末に、このような惨い最期を……」
 よよよと哀れに泣く姿に、もらい泣きする村人たち。
 どろろも思わず同情した。
 ただ一人、百鬼丸は違った。
(この女……!)
 人の心を読み取る術を持つ百鬼丸だけには、右近が心の奥に潜めていた真実が垣間見えた。

 

 お方さまの様子がおかしい――
 都の戦を逃れて、加賀の国の領地に来てから万代の様子が変わったと、右近は感じていた。
 都にいた頃は、万代は明るく朗らかな人柄であったが、梅枝村に来てからは、口数が少なくなり、どこか冷ややかな感じがしてならなかった。
 初めは慣れない田舎暮らしのせいで、憂鬱になっているのだろうと思った。
 だけど、梅枝村に来て初めての春を迎えた頃だった。
 ある夜、右近は見てしまった。毒々しい緑色の醜い尾が生えている万代が、大納言と契るのを。
 お方さまが、物怪にとり憑かれてしまった!
 右近は愕然としたが、なす術はなかった。
 都であったら、僧都(そうず)に頼んで加持祈祷してもらい、物怪を祓ってもらえたであろう。
 だが、都から遠く離れた加賀で、誰に相談してよいのやら。
 村人たちに知られたら、万代ともども村を追い出されるか、殺されるかもしれない。
 守護の富樫家は兄弟で争っていて、都から来た公家のことなどかまっていられないから、頼ることができない。
 右近は口を噤んでいるしかなかった。
 大納言は妻が化け物にとり憑かれているとは気づいていないのか、それとも化け物に誑かされているのか、毎夜契り……
 夜毎の契りで、万代の緑色の尻尾は、初めは細く短かったが、次第に太く長くなった。
 それと同時に、大納言はやつれ、生気を失い、やがて病み衰えて死んでしまった。
 次に、若い侍女が大納言と同じように病み衰えたと思っていたら、いつの間にか屋敷からいなくなった。
 また一人、二人と侍女が病み衰えてから姿を消すことが続いて、右近は気づいた。
 万代が、万代にとり憑いた化け物が、侍女を喰ったのだ。大納言をとり殺したように。
 周囲には、いなくなった侍女は暇を取ったと右近は言い繕った。
 それから他の侍女も、下男も、家令も、都から一緒に村に来た者たちは、一人ずつ屋敷から消えた。その度に、右近は逃げた、都に帰ったと言った。村人たちは、右近の言葉を信じた。いなくなった者の代わりに、村の者が仕えるようになった。
 そして、都から連れて来た者が右近以外誰もいなくなった時、万代の尻尾は、身の丈よりも長く大きくなり、衣で隠しきれなくなった……

 

 右近の心に秘められていた真相を知って、百鬼丸は唖然とした。
 人に仇なす化け物を野放しにしておくなんて……
 確かに化け物にとり憑かれたと村人たちに知れたら、自分たちの身が危うい。
 ごろんぼうに体を乗っ取られたとはいえ、尻尾が生えた以外は、見た目は万代のままであったから、右近は万代を守ろうとしたのか?
 ――百鬼丸が右近の心の底をさらに覗くと、本心が見えた。

 

(お方さまが人であろうと、化け物であろうと、関係ないわ。高貴なご身分の「お方さま」がいてこそ、仕える私も楽に暮らしていけたのに……お方さまがいなくなった今、どうしたら……いいえ、今度は私が……お方さまと私は、身分は違えども、村の者たちから見たら、都人だもの……大丈夫、うまくやれる……都から来た公家というだけで、とうの昔に没落した家の殿とお方さまをありがたがっていた鄙者を、操ることなどたやすいこと……大納言家の財を管理していたのだって、私だったし……お方さまが大納言家の財宝を恵んでやったのも、私の言葉があったから……商人との取引だって、私のおかげよ……価値を知らぬ愚か者たちは、商人に騙されて安く織物を売っていた……私のおかげでこの村の織物は、高く売れるようになったのよ……村に富と繁栄をもたらしていたのは、私。私こそ、この村の真の主……!)

 

 ――もうこれ以上知りたくない。
 百鬼丸は右近の心から退いた。
 酷い。
 汚い。
 醜い。
 右近が口を噤んでいたのは、万代への忠義からではなかった。
 主が化け物にとり憑かれたと知っても、甘い汁を吸うためにごろんぼうの正体を明かさず、素知らぬ顔で仕えていた右近の凄まじい欲に、百鬼丸は圧倒されていた。
 万代――ごろんぼうも、村人たちに取り入るために、右近を利用できると思ったのであろう。だから、本物の万代を知る右近を殺さずにいたのだ。
 ごろんぼうと右近は、お互いの利害が一致していた。
 この梅枝村の村人たちは、ごろんぼうだけではなく、右近の奴婢(ぬひ)でもあったようだ。
 右近は百鬼丸に本性を知られたことも知らずに、主を失った忠実な侍女の芝居を続けている。雨が降っているから、右近の目元や顔が濡れているのは、雨の雫か涙か、誰にも判別できない。
(人は……こんなにも……)
 人の欲の醜さに、泥のような疲労感を全身に感じた時、
「うっ!」
 突然百鬼丸は、がくんと膝を地面についた。
「あにき! どうかしたのかい?」
 どろろが驚いて声をかけても、百鬼丸は答えない。答えられない。壮絶な痛みがその身に襲っていたから。

 

 百鬼丸が突然倒れたので、どろろは度肝を抜かれた。
 次に驚いたのは、百鬼丸の左耳がぽろりととれて、地面に落ちたことだ。
 同時に百鬼丸は、頭の左側を抑えながら苦悶の表情で地面をのたうつ。
「うわああああああああぁ!」
 百鬼丸の声が、どろろの頭の中に響いた。
 永遠に続くような、一瞬だけのような時が過ぎ、百鬼丸の心の叫びが聞こえなくなって、ぐったりと疲れたように立ち上がった百鬼丸には、左耳が生えていた。
「あにき! 耳が……耳が生えている!」
 どろろは驚きの声を上げながら、百鬼丸と地面に落ちている左耳を見比べた。
 地面に落ちた左耳は、たちまち輝く赤に染まり、石のように固くなっていく。
 舌の時と同じだ。
 どろろは初めて百鬼丸と出会った時に見た光景を思い出した。
 おたまじゃくしの化け物を倒し、百鬼丸は舌を取り戻した。
 偽物の舌は、赤い石になると、粉々になって風に飛んで行ってしまった――
 あの時と同様に、左耳もみるみるうちに深紅の透明な石と化した。

 

 ぴきっ――

 

 石化した耳に、ひびが入る。ひびは耳全体に広がり、砕けて粉々になった。そして、深紅の砂は、雨に濡れた地面にしみ込んで、消えてしまった。
 万代も、四十八の魔物の一匹だったのだ。だから、百鬼丸の奪われた肉体の一部――左耳が戻ったのだ。
「あにき、なあ、あにきったら」
 どろろが声をかけても、百鬼丸は答えず、ただ呆然と立ちすくんでいた。

 

 音が、聞こえる……
 初めに聞こえたのは、雨の音。
 幾千幾万もの雨粒が空から落ちて来て、人に、地面に、木々にぶつかる音が、一斉に百鬼丸の耳に飛び込んできた。
 耳を取り戻したことで、静寂から一気に音の聞こえる状態になって、百鬼丸は戸惑っていた。激しい音の洪水は、百鬼丸にとって、未知の体験だった。
(これが、聞こえる……ということか……)
 雨音に交じって聞こえるのは、何だ?
「大丈夫か、あにき?」
 人の声――どろろの声だ。
「耳を取り戻して、聞こえるようになったんだろ? それとも聞こえてないのか? なあ、どうなんだ? それとも、まだ痛むのか?」
 よく響く、澄んだ声。
 初めて聞くどろろの声は、心地よかった。ずっと聞いていたい。そんな気持ちになる。
 だけど、遠巻きに自分たちを見ている村人たちの声は……
「耳がとれて、また生えた……」
「手や足はどうなってんだ?」
「薄気味悪いやつだ」
「あいつも化け物なのか?」
「化け物だ」
「そうだ、化け物に違いない」
 村人たちの囁く声は、雨音にかき消されそうだが、確かに百鬼丸の耳に聞こえていた。そして、声に出さない心の声も。
(余計なことをしてくれた)
(万代さまがいて、わしらは幸せだったのに……)
(万代さまが化け物だなんて、知りたくなかった!)
(化け物でも、万代さまは金をくれた)
(万代さまが殺されて、これからどうしたらいいんだ)
(こいつらは、金持っていなさそうだし、役には立たんな)
 村人たちが実際に声に出した言葉も、胸の内の本音も、ごろんぼうを退治した感謝の言葉ではなかった。
 百鬼丸を化け物と恐れ、罵る言葉であった。
 いつでも、どこでも、百鬼丸は歓迎されなかった。
 作り物だらけの百鬼丸の体を気味わるがって、冷たく追い払われたことは、一度や二度ではない。
 四十八の魔物に呪われている自分は、他人から見れば、化け物みたいなもの……
 そう気づいてしまった。
 だから、他人からの罵倒も、もう慣れっこになってしまった。人は時として、妖怪よりも冷たくなることがあると知ってしまった。そういうものだと割り切ってしまえば、傷つかなくてすむ――それが、百鬼丸が覚えた心の防御の方法であった。
 だけど、実際に自分への罵倒や悪口を耳で聞くと、こんなにも辛いのか……

 

 雨に濡れて悄然と立ち尽くす百鬼丸に、どろろは困り果てた。このまま雨に濡れたままでは、さすがにまずいと思い、
「なあ、誰か家を貸してくれよ」
 とりあえず百鬼丸を休ませたくて、どろろが手助けを請うために後ろを振り返ると――
村人たちが鎌や斧の刃、竹槍の鋭い切っ先を、警戒するように向けていた。
「な、なんだよ。そんな物騒なもん、こっちに向けるなよ。もう化け物はやっつけちまったんだから、必要ないだろ」
 どろろは拳を上げて抗議する。だが、村人たちは武器を収めようとはしない。冷ややかな顔で、恐怖と畏怖の目で、どろろを――いや、百鬼丸を見つめている。
「早く村を出て行ってくれ」
「化け物の仲間みたいな者を、村に泊めとくわけにゃ、いかねえ」
「迷惑なんだよ」
 口々にどろろを、百鬼丸を罵倒する村人たち。
「なんでぇ。その言い種は! それが化け物を退治した恩人に向かって言う言葉かよ!」
 どろろはいきりたって向かおうとするが、村人の竹槍に後退させられる。

 

 

 村人たちとの間に不穏な空気が流れる光景を、屋敷の屋根から眺めている者がいた。
「呪われた誕生、祝福された死」
「黒い太陽、赤い月」
「熱い氷、冷たい炎」
「手に手を取って結ばれたら」
「扉が開くよ」
「ほう、ほーう」
 そう呟いたのは、頭の先から尻尾の先まで、全身黒い双頭の蛇。
 目だけが、さながら柘榴石のように赤く、燃えるように闇に光っている。
「くっくっくっくっく」
「ふっふっふっふっふ」
 鎌首を上げ、黒光りする艶のある鱗を雨に濡らしながら、双頭の蛇は押し殺した声で笑う。
「面白い」
「実に面白い」
 ごろんぼうを倒した英雄であるはずのどろろと百鬼丸。
 しかし、英雄どころか、化け物として追い出される。
 そのことが、とてつもなく愉快だと笑っている。
「ひとって、なんて愚かなんだろう!」
「だから、芝居が面白い」
「主さまもこの展開に、ご満足であられよう」
「そうでなくっちゃ、お方さまも殺され損」
「あーはっはっは」
「ほーほっほっほ」
 そうして笑いあった後、
「さあ、お知らせせねば」
「お知らせせねば、主さまに」
 そう呟くと、双頭の蛇は、ぶるっと全身を震わせた。

 

 ばきっ――

 

 蛇の体の中から骨が鳴る。

 

 ばきばきっ――

 

 骨が鳴りながら、細長い胴体から四肢が生えた。
 生えたのは四肢だけではない。それぞれの蛇の頭からは、枝分かれした白い角が二本伸び、尖った耳が生えた。顎(あご)には髭が生える。
 背中からは、蝙蝠(こうもり)のように骨に膜を張った大きな羽根が四枚生えた。
 細かった体が、ぶくぶくと膨れて肉づきのよい体になった。
 そして、長い尾を振りながら太く逞しい後足で立ち上がった時、双頭の蛇は、双頭の黒龍へと変化していた。
「おおぉ……」
「ああぁ……」
ため息のような声を漏らしながら、小さな前足が、ゆっくりと花開くように握りしめた掌を開くと、五本の指に鋭い爪が生えていた。
 双頭の黒龍は、体よりも大きな羽根を広げ、二度、三度と力強く羽ばたくと、

 

 とんっ――

 

 後ろ足で軽く屋根を蹴り、ふわりと空に舞い上がった。
 万代の屋敷の上をぐるぐると大きく旋回しながら、双頭の黒龍は声を揃えて歌い出した。

 

  雷が刻んだ契りの証
  四十八の星が流れて堕ちて
  ゆららさららと飛び出せば
  角生ひざらん鬼子
  変成しそこなった龍女
  娑婆に生まれていかがせん
  いかがせん
  始めも果ても限りなきこの世をば
  夢を夢とも知らずして
  この終わりに覚め果てるこそ
  あはれなれ あはれなれ

 

 歌い終わると、双頭の黒龍は首をうねうねとくねらせて雨の降る夜空を飛び、闇の彼方へと消えた。

 

 

 雨に濡れながら村人たちの冷たい視線と武器に囲まれ、百鬼丸は無言で立ち竦んでいた。
 そうして顔を上げた時、
「うるさい! 黙れ!」
 百鬼丸は、叫んだ。思いきり、心の声で――
「うわっ!」
 頭の中に直接響いた百鬼丸の心の声は、怒りと悲しみ、苦痛に満ちていた。その声を聞いた途端、村人たちは武器から手を放し、頭を抱えて倒れた。万代の亡骸に縋って泣いていた右近も、「あれ!」と声を上げて気を失った。
「あ、あ、あ……」
「いてぇ……頭がいてぇ……」
「ううぅ……」
「ええい、なんなんだ……」
「おおおおぉ……」
 百鬼丸の心の叫びを聞いて、その場にいた村人たち全員が、気を失うか、突き刺すような、割れんばかりの激しい頭痛に呻いていた。
 ただ、どろろだけが、村人たちと同じように百鬼丸の叫びを聞いたはずなのに、平気な顔で立っていた。
「あにき……」
 再びどろろの声が百鬼丸を呼んだ。上っ面でもない、下心もない、本心から百鬼丸を心配するどろろの声だけが、百鬼丸が聞いていたい声だった。
 百鬼丸がどろろに振り向いた。
 どろろの目に映った百鬼丸の顔は、弱々しさや苦悶の色は消えていた。
 決意に満ちた、凛とした表情が浮かんでいた。
「行こう、どろろ」
 村を出ていこうと言う百鬼丸に、どろろは驚きの色を隠さない。
「何だよ、あにき! あにきが体を張って、これだけ村のために働いたのに、出ていけって言われたら、はいそうですかと、黙って出ていっちまうのかよ!」
 どろろの抗議に、百鬼丸は何でもないことのように言う。
「気にするな。こんなことは、慣れている」
 ――慣れている。
 その言葉に、どろろはわかった。この梅枝村の村人だけではない、他でも四十八の魔物を倒して体を取り戻すたびに、百鬼丸は人々から化け物と忌み嫌われたのだと。
 盗られた物を取り返すことの、どこがいけない?
 どろろは怒りで体が震えた。
 百鬼丸に理不尽極まりない言いがかりをつける奴ら全てに。
 言いがかりをつけた奴らに、怒ることを諦めてしまった百鬼丸に。
「なんで? なんであにきは怒んないんだ!」
 大声で怒鳴るどろろに、百鬼丸は少し顔をしかめた。大きな声は、耳がわんわんして、頭がくらくらする。
 ぎゃあぎゃあ喚くどろろに、百鬼丸は説明した。
「あいつらに俺のことなんて、知ったことじゃない。俺だって、話す気はない。それに――」
 そして、短く告げた。
「この村には、もう用はない」
 四十八の魔物を倒して体を取り戻したから、この村に留まる理由はない――村を出て行く理由が、追い出されたからではなく、自らの意志であることを百鬼丸は示した。
「後のことは、俺は知らん。こいつらがどうにかすることだ」
 万代という支えを失って、この村をどうするかは、村人たちの問題だ。
 万代の代わりに右近を崇め奉るか、自分たちでなんとかするか、それともどうにもならなくて村を捨てるかは、梅枝村の人間が考えることだ。
 どうなろうと、どろろと百鬼丸には関係のない話だ。
 万代の亡骸に、村人たちに背を向けて、百鬼丸は歩き出した。
 百鬼丸が探し求めるのは、四十八の魔物。望みは全ての魔物を倒して体を取り返す。それだけだ。
 誰に嫌われようと、蔑まれようと、目的を果たすまでは、旅をやめない。
 百鬼丸の背は、そう語っているとどろろは感じた。
 どんどん歩いていく百鬼丸の背中を見て、どろろは呟いた。
「……そうだな。この村がどうなろうと、おいらたちの知ったことじゃない」
 百鬼丸にああ言われては、どろろは怒りの矛先を収めるしかなかった。
 それに、この村にとって、どろろも百鬼丸もどこから来たのかわからないよそ者。
 よそ者を温かく迎え、受け入れる村など、今の世の中には無いのだ。
 辛いことだけど。
 悲しいことだけど。
 だけど、思い煩ってもどうにもならないことはある。それなら、いつまでもくよくよ考えてもしかたのないことだ。
 それよりも、これからどうすべきかを考えることのほうが大事だ。
 百鬼丸は、自分の目的に向かって歩き出している。
 そして、どろろも……
「待てよ、あにき! おいらから逃げようったって、そうはいかねえからな! その刀は、おいらの物だからなぁ!」
 どろろは威勢のよい声を張り上げながら、百鬼丸の後を追い掛けた。

 

 屋敷を出て道を歩いていると、あちらこちらの家々から、呻き声がいくつも聞こえてきた。
「うぉおおおお……」
「い、い、い、痛い……」
「頭いてぇよぉ……」
 ごろんぼうに襲われないように、家に隠れていた者たちの声だった。
 百鬼丸の心の声は、万代の屋敷にいた者だけでなく、この梅枝村中に届いていたのだ。
 しばらくすれば頭痛も治るはずだから、苦悶の声に構わず百鬼丸は歩いていく。追いついたどろろも、百鬼丸の隣に並んで歩いた。
 雨の中、花も実もない暗い梅林の道を二人並んで歩きながら、どろろは空腹を訴えた。
「あーあ、腹減った。昨日からなーんにも喰ってねぇし。ひどい目にあった。ろくな村じゃなかった――あ! 倉から金目の物でも盗っておけばよかった! 迷惑料と化け物退治した手間賃替わりによぉ……おいらとしたことが、ただ働きしちまった」
 一人ぶつぶつ文句を言うどろろに、百鬼丸はぽつんと告げた。
「俺は……あけび、喰いたい」
 百鬼丸の要望に、どろろは百鬼丸の顔を見上げて、にやっと笑った。
「おう、また採ってやるぜ。代わりに、焼き魚頼むな」
「ああ……」
「よし! 約束だぜ! さあ、こんな村とっとと出て行こうぜ」
 朗らかに言うどろろに、何故だかわからないけれど、百鬼丸は安堵を感じていた。
 まるで、失くした物が戻ってきたような……そんな感じだった。
 こうしてどろろと一緒に歩いていると、夜雨は冷たいが、身に纏う小袖についた泥や返り血だけでなく、心の穢れまで洗い流してくれるような気がした。
 我知らず、百鬼丸の顔に笑みが浮かんだ。苦悩も憂いもない、穏やかな微笑みだった。

 

 

 どろろと百鬼丸が梅枝村から去った後、空に伸びた梅の枝に、紅いがくに覆われた蕾が、ひとつだけ大きく膨らんでいた。
 雨に濡れた梅の蕾は、今にも花咲きそうだ。
 狂い咲きの梅の花は、血の色の紅梅か、雪の色の白梅か。
 その花の色を、どろろと百鬼丸は知らない。

 

 

 

2020年5月 2日 (土)

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章17

   万代の巻中編
 ――という訳で、どろろと百鬼丸は村の隅にある小屋に閉じ込められた。
 小屋の中央に大きな木枠に囲まれた井戸があり、どろろと百鬼丸は、仲良く揃って丸太の柱に縛りつけられた。
 扉が絞められ、鍵がかけられる。
「ばかやろー! 知らねぇって言ってんのに、これはないだろ! くそったれ!」
 小屋に連れて来られる間も、小屋に着いてからも、村人たちが去った後も、どろろはずっと大声で喚き罵った。
 だけど、どんなに喚いても、縄を解いてくれるわけではない。疲れるだけだ。
 散々喚いて喉も乾いたし、腹も空いて疲れたどろろは、ようやく静かになった。
「ちぇっ。面白くねぇ」
 何も盗んでいないうちに捕まえられて、閉じ込められた。おまけに閉じ込められた小屋の中は、灯ひとつないから暗いし、床なんか張っていないから地面が剥き出しなので、固いし冷たいし、座っていて尻が痛い。おまけに井戸に蓋をしていないので、湿気で体がじめじめする。面白くないことこの上ない。
 百鬼丸のほうは、怒りも苛立ちも見せず、ただ黙って座しているだけだ。
 縛られたまま、無言で時がたつのを待つ哀れな囚人二人。
 いつしか日が暮れて、灯のない暗い小屋の中は、闇が濃くなる。
「なあ……」
 沈黙に耐えかねて、どろろは百鬼丸に声をかけた。そして、疑問を口にする。
「あにき、おいらぁ、なんだかさっぱり訳がわかんねぇや。あの万代って女、なんだって金小僧のことを、しつこく聞いたんだ? 一体……」
「静かにしろ!」
 どろろのおしゃべりを百鬼丸は遮った。
「井戸の底に何かいる!」
「えっ?」
 どろろは口を閉ざして耳を澄ますと、

 

 ぴちゃ……
 ぴちゃ……
 ぽちゃり……

 

 井戸の方から雫が垂れる音が聞こえた。

 

 ……ずるっ――
 ……ずずず――
 ……ずるっ――

 

 続いて、何か重い物を引きずるような音がする。

 

 ずるっ――
 ずずず――
 ずるっ――

 

 初めは小さかった音も、だんだん大きくなってきている。
 何かが井戸から上がってくるのだ。
 音が近くなるにつれて、どろろは井戸の底から立ち上ってくる匂いに気づいた。
 甘い花の香りの中に、獣臭い匂いが交じっている。それがひどく鼻につく。
(うわ……くさ……っ)
 あまりの臭さに鼻が曲がりそうだ。どろろは気分が悪くなりそうになる。
 百鬼丸は見えない目で、じっと井戸を凝視する。

 

 ずるずるずる――
 ずる――
 ぎい――
 がしっ――

 

 井戸からぶよぶよと太くて短い指を持った大きな手が現れ、井戸の枠縁を掴んだ。続いて、もうひとつ手が枠縁にかけられる。
 両手でがっちりと枠縁を掴むと、雫を振りまきながら体全身が井戸から現れた。
 その時、雲に隠れていた月が夜空に現れた。
 明かり取りの窓の隙間から、金色の光が小屋の中に差し込んだ。月の光が、井戸から現れたものの姿を照らす。
「ああっ!」
 どろろは叫んだ。
 体中から雫を滴らせて現れたのは、この世の醜さをかき集めてこさえたような化け物だった。
 正面を向いた顔は、大きな鼻が真ん中についていて、猿のように皴だらけ。口は蛙か山椒魚(さんしょううお)のように大きく、瞳のない白濁した丸い目は、爛々(らんらん)と金色に光っている。
 およそ六尺はあろう化け物は、蝦蟇(がま)のような太く短い四肢で、太った蜥蜴(とかげ)のような巨体を支えている。月光にぬめぬめと照る深緑色の肌は、小さな疣(いぼ)にびっしり覆われ、首のまわりには、先端が赤子の手のような触手が数えきれないほど生えていた。
 化け物の姿に、どろろは声を失う。
 こんな醜い物、初めて見た!
 化け物は縛られたどろろと百鬼丸を見て、薄く口を開いた。小さな細かい鋭い歯と、血のように赤い舌先が見える。
 ――うまそうな獲物を見つけた。
 どろろには、化け物がそんな風に笑ったように見えた。
 井戸から這い上がってきた化け物は、ゆっくりと二人のほうに近づいてきた。
「あ、あ、あにきーっ! こっちへ来る! あいつ、おいらたちを喰う気だ!」
「俺たちは、あいつの生贄かっ!」
 どろろと百鬼丸は、小屋に閉じ込められた真の理由を悟った。
 化け物が一歩歩くたびに、何故か白い布が巻きつけられている太く長い尻尾が、ゆらゆらと揺れる。
 化け物の舌が、長く伸びて口からだらりと下がった。
「……ぐ……ぐふ……ふ……ふ……」
 哀れな生贄を嘲っているのか、化け物は生臭い息を吐きながら喉を鳴らし、笑うような声を漏らす。
 このままでは喰われる!
 どろろは逃げようと体を捩ったが、固く縛られた縄は、簡単には解けないし、千切れることもない。
「うわあああぁーっ!」
 恐怖が極限に達した時、どろろは声を限りに叫んだ。
 それを合図に、化け物が後ろ足で立ち上がり、飛びかかってきた。化け物の大きく開いた口が、迫る――
 どろろが目を瞑った瞬間、隣で縛られていた百鬼丸の気配が消えた。
 先に百鬼丸が喰われたのかと思ったが、違った。
「やああああぁっ!」
 百鬼丸は義手から双剣を抜き、地を蹴って化け物の懐深く体当たりした。
「があーっ! ぎゃぎゃぎゃっ!」
 化け物の悲鳴が響く。
 目を開いたどろろのが見たのは、百鬼丸の両腕の刀が、化け物の胸に深々と突き刺さった場面だった。
 傷口から緑色の血が流れる。
 手ごたえはあった。
 深手を負った化け物は倒れるかと思い、そのまま百鬼丸は刀を引いた。そして、とどめにもう一度刺そうとしたが、化け物は前足を横に振って百鬼丸を払いのけ、その巨体に似合わず、俊敏に身を翻した。
「ごろぉーん!」
 雷鳴が轟くような声で一声吠えると、化け物の巨体は吸い込まれるように井戸の中へ消えた。
「しまった! 逃がしたかっ」
 百鬼丸が井戸に駆け寄った時には、化け物の姿は井戸の底の闇に消えていた。
「確かに手応えがあったはずだが……」
「あにき、井戸の中、調べて見ようぜ」
 百鬼丸はどろろの縄を斬ると、それまで自分たちの自由を奪っていた縄を命綱にし、石を摘んだ壁を伝って井戸の底へと降りた。後からどろろもするすると縄を滑り降りた。
「うわぁ、暗いな」
 月の光が辛うじて届くかと思われる深い井戸を降りると、底の方は真っ暗で、どろろには何も見えない。水がほとんど枯れた底は、苔がびっしりと生えているのが足裏の湿った感触でわかる。
「ん?」
 足先に、細くて硬い感触の物が触れる。どろろは木の枝かと思ったが、暗闇に慣れてきた目には、それが枝なんかではないことが見て取れた。
 闇に浮かぶ白い物。
 それは骨だった。人の腕の骨だった。
「あにき、骨だっ」
 井戸の底には、人骨が転がっていた。骨は一体二体だけではない。大人から子供のものまで、数えきれないくらいあった。
 埋葬されずに井戸の底に捨て置かれたしゃれこうべの暗い虚ろな眼窩が、どれもこれも、恨めしそうに見える。
「骨がいっぱいだ。あの化け物に喰われたんだ」
「おれたちの先客らしいな」
 どろろより先に井戸の底に転がっているのが何かを悟っていた百鬼丸は、冷静に答えた。
「……あの万代って女は、『いつものように井戸の小屋へ閉じ込めて』と言いやがった。今までに何人も、ここに連れてこられて、あの化け物の餌食にされたんだ」
 だが、そうする理由が判らない。金小僧に何かを聞いた者がこの小屋に閉じ込められて、化け物の餌食とするのは何故だ?
 しかし、百鬼丸が思案する間もなく、どろろが何か見つけた。
「あにき、横穴があるぜ!」
 井戸の底には、一間ほどの高さの筒状の横穴が掘られていた。
 穴からは、風が吹いている。
 つまり、穴は吹き抜けになっている。吹き抜けになっているということは、どこかに通じているのだ。
 この穴を通って逃げた化け物を追うために、百鬼丸は横穴に入った。
「待ってくれよ、あにき」
 どろろも慌てて後に続く。
「こんな真っ暗な穴の中を、よく歩けるな」
 暗い穴の中を迷わず歩いていく百鬼丸に、どろろが感心すると、百鬼丸は何でもないと答える。
「俺には明るいも暗いも関係ねぇ」
 生まれた時から暗闇の中にいる百鬼丸にとって、生まれ持った直感により、灯があっても無くても道はわかる。
 そんなもんかと納得するどろろ。
 やがて、横穴が行き止まりになった。
 百鬼丸は用心深く手を伸ばして上を探ると、板があった。
「ここが出口か」
 押してみると、板が動いた。予想通り、板は出入り口の戸であった。
 穴から出ると、そこは倉の中だった。棚に唐櫃(からびつ)がいくつも置かれていて、一見すると調度類をしまっておくための倉のようだ。
 どろろが蓋を開けて中を見ると、瑠璃や珊瑚、瑪瑙といった宝石に、象牙や螺鈿(らでん)の櫛、絵が描かれた檜扇(ひおうぎ)、色とりどりの絹の衣があった。
 高価な品の数々は、鄙には似つかわしくない。
「ここは……あの万代って女の屋敷かい?」
 どろろの問いに答えず、百鬼丸は黙って倉の扉に手をかけた。
 倉の扉には、鍵はかかっていなかった。扉を開けて外に出ると、夜空には十六夜の月が照っている。
 月下に大きな屋敷が建っているのが見えた。見覚えのある屋敷は、夕方連れてこられた万代の屋敷だ。
 周囲を見回して、どろろは見つけた。地面に緑色の血が、屋敷の方に向かって点々と残っているのを。
「あれ、化け物の血だ」
「化け物が逃げ込んだ先は、ここだ」
 緑色の血の跡を辿って行くと、母屋の裏の戸に続いていた。
 妻戸を開け、中に入る。
 抜き足、差し足、忍び足。
 しかし、どろろは腑に落ちない。
「変だなぁ。あの化け物がお屋敷の中でうろちょろしていたら、すぐに誰かに見つかって、大騒ぎになるだろうに」
 屋敷の者は、皆寝静まっているらしい。化け物にも、侵入者にも気がついていない――と思った時、どろろと百鬼丸は人の気配に気づいた。
 灯火が、向こうの方で闇を照らす。女の影が壁に映る。
 用心のために、侍女が屋敷を見回りしていたのだ。
「やべぇ!」
「しまった、見つかる!」
 どろろと百鬼丸は慌てて隠れようとしたが、時遅し。
「きゃあぁっ! 盗人(どろろ)!」
 侵入者を見つけて、侍女が声を限りに叫ぶ。
「誰か、誰か来てーっ! どろろよーっ!」
 けたたましいほどの悲鳴に、眠りについていた屋敷の者たちが目を覚ました。
「どろろですって?」
「大変!」
「怖いわ」
「早く、早く捕まえて!」
 ざわざわと、女たちの悲鳴が聞こえてくる。
それが呼び水となって、外で警備をしていた男たちが屋敷の中に入ってくる。
「どろろだって?」
「どこだ? どろろめ!」
 これでは化け物を追うどころではない。ここは一旦退散するしかない。
「やばい!」
「逃げるぞ、どろろ」
 どろろと百鬼丸は今入った戸から、慌てて逃げ出した。

 

 

「うう……ううぅ……うう……」
 侵入者に屋敷の外も中も大騒ぎしている最中、寝所で休んでいた主の万代は、獣のように呻き、低く声を漏らしていた。
 眠りを邪魔されて、不機嫌なのであろうか。
 それとも、どこか苦しいのであろうか。
「お方さま! お屋敷に盗人が!」
「ば、万代さま、ご無事でございますか?」
 部屋の外で控えていた右近と若い侍女が、主の無事を確かめに声をかける。
 だが、万代は返事をしない。
「お方さま?」
「万代さま?」
 心配になって、右近と侍女は顔を見合わせた。
「お方さま、どうかなされましたか?」
 重ねて右近が声をかけると、
「……捕らえよ……」
 万代の声が聞こえた。いつもとは違う、唸るように低くしゃがれたその声は、怒りに満ちたていた。
「あやつらを捕らえよ! 我が前に連れてくるのだ!」
 万代の怒号に、右近も侍女も鞭打たれたように肩をすくませると、警備の男衆に命令を伝えに、足早に部屋の前から立ち去った。
 部屋の中では、寝所の上で万代が半身を起こして両目を見開いていた。
 その双眸は、漆黒の闇の中で金色に輝いていた。
「許さぬ……許さぬぞ……抜け殻が……」
 怨みのこもった声で呟き、衾を払いのけて立ちあがると、万代は夜着を脱ぎ捨てた。
 雪のように白く輝くばかりの裸身が闇に浮かぶ。
「ふふ……ふ……うふふふふふ……」
 万代は笑いながら、枕元に置いてあった白絹を体に巻きつけていき……

 

 

 玲瓏と透明に光り輝く望月の下、どろろと百鬼丸は走っていた。
 その二人を、万代の屋敷の警備をしていた男たちが追いかける。
 追手の村人は、始めは五人ほどであったが、追いかける最中、家々の戸を叩いて、
「万代さまのお屋敷にどろろが入った!」
「どろろを捕まえろ!」
と叫んだものだから、万代さまの一大事とばかりに、追手は腕に覚えのある若い男から、まだ足腰の丈夫な初老の翁まで、その数は二十人にまで増えていた。
「待てーっ、どろろ!」
「どろろ!」
 どろろ、どろろと叫ぶ男たちに、逃げながら百鬼丸は思う。どうしてあいつらは、どろろの名前を知っているんだろう――
 しかし、すぐに百鬼丸は気づく。
 あいつらは、どろろだけではなく、俺のことも「どろろ」と呼んでいる、と。
 百鬼丸は初めてわかった。
 どろろとは、今共に逃げている子供の名ではなく、盗人のことを言うことに。
 その時、
「捕まえたぞ、どろろめっ!」
 どろろが追いついてきた男に襟首を掴まれ、高く体を持ち上げられた。
「うわあっ!」
 手足をじたばたさせて暴れるどろろに、村人たちは夕方井戸の小屋に閉じ込めた子供だと気がついた。
「こいつは、万代さまの所に連れて行った小僧だ!」
「なんで小屋から逃げられたんだ?」
「縄を抜けて、こともあろうに万代さまのお屋敷に忍び込むなんて、とんでもねぇ食わせ者だ!」
 小屋から逃げたこと、万代の屋敷に忍び込んだことが、よほど腹に据えかねたらしい。村人たちの怒りは、炎が燃え上がるように一気に激しくなった。
「殺せ!」
「殴り殺しちまえ!」
「そうだ、生かしておいたら、ためにならねぇ」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
 口々に物騒な台詞を叫ぶ村人たち。
 このままではどろろが殺される――
 異常なまでの殺意を感じ取って、百鬼丸は胸の前に腕を交差させ、義手を振り払い、刀を抜いた。どろろを救わんと、刀を月の光に煌めかせながら引き返す。
「やめろっ! やめねぇと、斬るぞ!」
 突然頭の中で声が響いてきんきんすると思ったら、腕から刀を生やした鬼が現れて、村人たちは悲鳴を上げた。
「でたーっ!」
「ば、化け物!」
「この野郎!」
 腰を抜かす者、気絶する者、百鬼丸に向かって棒を振り上げてかかってくる者と、村人たちの反応は様々だ。
 百鬼丸は右の護身の刀を振り上げて、正面から殴りかかろうとした男の棒を一刀両断に斬った。それだけで男は足が萎え、へなへなとしゃがみこんだ。
 次に百鬼丸は、どろろを捕まえている男に向かって言った。
「そいつを放せっ!」
 鬼気迫る百鬼丸の様子に、どろろを捕まえていた男は、慌てて手を離す。
 高く吊り上げられて、急に手を離されたので、どろろはうまく着地できなくて、尻もちをついた。
「いってぇ……」
 痛む尻を摩りながら、どろろは立ち上がり、百鬼丸の方に駆け寄った。
「あにき!」
 百鬼丸はどろろを後ろに庇うと、怯える村人たちに向かって刃を向け、問い詰めた。
「聞きたいことがある。さあ、話せ! あの万代って女は何者だ。井戸の小屋に現れた化け物はなんだ? それから金小僧のことも話せ! さあ!」
 話さなければ、斬られる――
 そう感じた村人たちは、震えながら代わる代わる答えた。
「ば……万代さまは、大納言、京極六条光次(きょうごくろくじょうみつつぐ)さまの奥方さまで……」
「十年前、京の都の戦を避けて、大納言さまとこの村においでになられたんじゃ」

 

 応仁元年に起こった応仁の乱で京の都は戦場となり、民と同様に、公家たちも戦火に焼け出された。
 そこで公家たちは、所有する荘園(しょうえん)がある地方の国々に下向した。
 京に近い奈良や和泉の国だけではなく、遠い加賀や越前にまで逃げてきた公家は、少なくなかった。
 応仁の乱以後の度重なる戦の混乱で、荘園からの収入が断たれた公家たちは、守護や守護代、有力な国人(こくじん)に、学問や家に伝わる歌、文学、蹴鞠(けまり)などの芸能を伝授して、庇護を受けた。
 公家の下向は、地方の国々に文化を花開かせるきっかけとなった。

 

 百鬼丸の心に、村人たちが見た光景が流れ込んできた。

 

 お供を何人も引き連れた牛車が、梅枝村の中を通っていく。
 屋敷に到着して、よれよれの烏帽子(えぼし)を頭に被った直衣姿(のうしすがた)の男と、色鮮やかな打掛を羽織った女が牛車から降りた。
 男がくたびれて貧相な顔つきなのとは対照的に、女はまるで天女のように美しい。
 村中の男も女も、老人も若者も、皆が都から来た高貴な奥方に魅了された……

 

「大納言さまは、村に来られて一年足らずで、病にかかられて亡くなられてしまわれたが、万代さまは、大納言さまが亡くなられた後も、この村に留まられた」

 

 夫を亡くした奥方――万代は、涙に暮れる日々をおくった。戦乱が収束したから都に帰ろうと勧める家令や侍女たちだが、夫の終焉の地を離れたくないと、万代は首を横に振る。
 田舎暮らしに辟易していた家令や下男、侍女たちは、万代を見捨てて一人、また一人と屋敷から出て行く。
 万代の傍に残ったのは、右近と呼ばれる侍女だけ。
 独り寂しく残され、悲しみのあまり床に臥せるようになった万代を、村中の者がおいたわしいと同情した。
 なんとかお慰めしようと、村人たちは万代に贈り物をした。
 春には村に咲く梅の花の枝を、夏には梅の実の酒を、秋には梅干しを、冬には梅の枝を煮詰めた染料で染めた絹糸で薄紅色の布を織り、献上した。
 村人たちの真心に、万代の悲しみは癒されて……

 

「わしらの心を込めたお見舞いのお礼にと、万代さまは大納言さまが遺されたお金を、村の貧しい者へお恵みになり……」
「道を開いたり、橋をかけたり、今までにどんなにわしらをお助けくだされたか、わかりゃせぬ」
「女たちが織った布が、もっと高く売れるようにと、京で流行りの織り方を教えてくだり、その上、布を高く買い取るようにと、商人と話をつけてくだされた」
「本当に、女菩薩(にょぼさつ)のようなお方だぁ……」
 村人たちは、万代のことを話す間、うっとりと、夢見るような表情をしていた。まるで神仏を崇めるかのような――いいや、恋する女のことを話しているみたいだ。
 だが……
 続く話には、たちまち暗い表情になった。
「この如月谷は、昔はどうしようもない荒れ地だった。それをわしらの爺さまの代から開墾して村を作り上げた。それこそ、飯もろくに喰えず、辛い年が何年も続いたもんじゃ」
「それでも、どうやら畑もでき、田に水も引けて、万代さまのおかげで商いも上向きになり、これからやっと楽になると思った途端、五年前、突然化け物が現れて……」
「村を荒らしたんだ!」
 そこまで話して村人たちは皆、涙に咽び泣いた。化け物に襲われた時の恐怖と、その後の悲哀と苦渋を思い出して、泣かずにはいられないようだ。
「それから?」
 百鬼丸に促されて、村人たちは泣きながら話を続けた。
「化け物は、ごろんごろんと、雷の音のように吠えながら如月谷の奥からやって来る」
「それでおらたちは、化け物のことをごろんぼうと呼ぶようになったんだが……」
「ごろんぼうは、女子供も関係なく喰い殺し、おれらが稼いだ金を、根こそぎ持って行きやがった」
「万代さまがおらなんだら、わしらはとっくに飢え死にじゃい」
「万代さまは、村を荒らされたわしらを憐れみ下さり、金をくだされた。万代さまのお情けに、わしらは再び豊かな暮らしに戻そうと、血の滲むほど働いた」
「そうやって、村の暮らし向きが上向き始めた頃になって、またごろんぼうが現れて……金を奪い、また万代さまに恵んで貰って……」
 つまり、稼いでは奪われ、奪われては稼いでの繰り返し。
 生殺しの状態が梅枝村の村人たちを苦しめていた。
 井戸から出てきてどろろと百鬼丸を襲った化け物については、これでわかった。
 百鬼丸は続けて問う。
「それで、金小僧というのは?」
「金小僧のことは、わしらはよく知らん」
「見た者によると、黄金色(こがねいろ)に光っていると言うから、金小僧と呼んでいるんだが」
「いつの間にか、この村だけではなく、近くの村にも突然出て来て、人を脅かすんじゃ」
「そのうちに、金小僧が出た後は、決まってごろんぼうも現れることに万代さまは気がつかれた」
「金小僧はごろんぼうの手先に違いないと、万代さまがおっしゃった」
「金小僧を見たら、そいつも化け物の仲間になってしまうに違いないと――」
「だから、わしらは万代さまのお言いつけで、金小僧を見た者を万代さまのところへ連れていくのじゃ」
「万代さまが、金小僧を見た者が化け物にとり憑かれていないかどうか、見極めると仰せになるんで……」
「わしらは万代さまの仰せのままに、井戸の小屋に連れて行くだけじゃ」
 村人たちの話を聞いているうちに、どろろは怒りがこみ上げてきた。
「そうして金小僧を見たやつは、皆あの化け物に喰わせて、村が襲われないようにしたわけかい? 自分たちさえ助かれば、それでいいってのかい? ええっ!」
 どろろの指摘は図星らしく、村人たちは、黙って項垂れる。
 後ろめたくて、何も反論できない村人たちに、百鬼丸は告げた。
「金小僧か。あいつ、俺に昨夜面白いことを囁いたぞ」
 にやりと笑って、百鬼丸は種明かしした。万代が知りたがっていたことを。
「やろうかあ、やろうかあ――昨夜、金小僧は俺にそう言ったんだ」
「何をやるって?」
 どろろが目を丸くして尋ねる。
「それで俺はな、くれるんならよこせって言ってやった。そしたら、ある場所を教えてくれたんだ」

 

 

「あにき、金小僧はここに来いって言ったのかい?」
「黙ってついてこい」
 抜身の刀を下げたまま、先頭に立って歩く百鬼丸の後ろを、百鬼丸の義手を抱いたどろろがついて行く。
 さらにその後ろを、梅枝村の村人たちが、こわごわ歩いていた。
 百鬼丸に連れられて、どろろと村人たちが来たのは、村の外れにある竹林だった。
 満月は天の真上に昇っていた。昼かと思うほど明るい月の下、地面に落ちている笹の葉を踏みしめ竹藪を奥深く入っていくと、鈴の音が聞こえ始めてきた。

 

 ちりーん――
 ちりりーん――

 

 金小僧の鈴の音だ。
「あにき! あれ、昨夜のあいつだ!」
 どろろが指さした方に、案の定、金小僧は鈴を鳴らしながら座っていた。
「やろうかあ。やろうかあ」
 月の光に照らされて、金色に光る金小僧は、昨夜百鬼丸に囁いた通りの言葉を呟きながら、鈴を鳴らしている。
「でた!」
「金小僧だ!」
「逃げろっ! とり殺されるぞ!」
 我先へと逃げようとする村人たちを、百鬼丸は引き止めた。
「待て! 金小僧は、何か教えようとしているんだ」
 百鬼丸の言う通り、金小僧は薄笑いを浮かべながら、自分が座っているところの地面を指さした。それから急に金小僧の体は小さくなり始めた。
金小僧は人々の目の前で、どんどんどんどん縮んでいって、しまいには影も形もなくなってしまった。
「うわ……消えた!」
 どろろは金小僧が夢幻のように消えてしまい、びっくり仰天する。
 村人たちも、怖がって声もなく震えるばかり。
 百鬼丸だけが、金小僧が消えた跡の所に近づき、頷くと、
「そうか……よし、ここを掘ってみろ」
 と言った。
「掘ったら何が出てくるんだ?」
「誰かの骨でも出てくるんかよう?」
 まだ怯えている村人たちに、「とにかく掘ってみろ!」と百鬼丸は言うばかり。
 鍬を持っていた男が、百鬼丸に言われた通り、金小僧が消えた跡を掘った。
 土を掘って、掘って、掘って……鍬の先端が、何か固いものにあたった。土をどかすと、そこから光輝くものが出てきた。
「銭だっ!」
「ほ、ほ、ほんとだっ!」
「こ、こりゃ、夢ではあるまいな?」
 金貨、銀貨、銅貨がざっくざく。
それも十や二十ではない。数えきれないほどの枚数の銭が穴から出て来て、驚きの声を上げる村人たち。
 全て、ごろんぼうに奪われた銭だった。
「おおーっ! ほんとに金じゃ。おらたちの金じゃ」
「うわっはーい! 金が戻ったぞ!」
「金を盗られたやつは、集まれー!」
 竹藪の中は、村人たちの喜びの声に包まれた。
 銭が戻って歓喜乱舞する村人たちを横目に、どろろは百鬼丸に聞いた。
「誰がこんなところに金を隠したんだい。あにき」
 百鬼丸は言った。
「俺にはもう目星がついている」

 

 

 銭が見つかった喜びが一段落すると、村人たちはさっきとは打って変わってどろろと百鬼丸に感謝した。
「ありがたや、ありがたや」
「金を見つけてくださり、かたじけない!」
「助かりました!」
 神仏を拝まんばかりに手を合わせ、
「ところで……」
 次に口にしたのは、疑問だった。
「あの金小僧というのは、なんだったんだ?」
 村人たちの疑問に、百鬼丸はあっさり答えた。
「ああ、金小僧か。あれはな……金の精なんだ。古い品物には、魂が宿る。金小僧も、土の中に埋められて、出たくてしょうがなくなったので、掘り出してくれと、ああして姿を現して訴えていたんだ。もう掘り出したから、金小僧は二度と出て来やしねぇよ」
 百鬼丸の言葉に、村人たちはよかったよかったと言い合う。
「金が戻ったんなら、何も言うことねぇや」
「そういえば、金小僧は、姿を見せても、おらたちに悪さはしなかったな」
「じゃあ……金小僧がごろんぼうの手先だっていうのは、万代さまの見込み違いだったってことかい?」
「そうだったってことだな」
 これで万事解決したかのような物言いをする村人たちに、百鬼丸は冷や水を浴びせるような一言を告げた。
「あの万代って女は、食わせ物だっ!」
 菩薩、天女とも崇めている万代のことを罵倒されて、村人たちはそれまでの喜びの表情から一転、憤怒の表情を浮かべて百鬼丸に喰ってかかった。
「そんな馬鹿な!」
「めっそうもねえ!」
「万代さまほど、情け深いお方はいやしねえ!」
「そんなら、なんで万代さまは、わしらにお金をくださるんだ!」
 拳をふりあげて激怒し、反論する村人たちに、百鬼丸は挑発するように言った。
「それは万代に直接聞いてみるんだな。まずは――化け物を倒すのが先だ!」
 その時、どこからか風が吹いた。
「ん? この臭い……」
 どろろは風が運んできた臭いに、きょろきょろと首を廻らした。花の香りと獣臭が混じったようなひどい臭いは、さっき井戸の小屋で嗅いだものだ。
「あそこだ」
 百鬼丸が左腕を上げ、退魔の刀の切っ先を示した方を見ると――暗い竹林の奥に、金色に光る玉がふたつ見えた。
「あれは……」
 見覚えのある光の玉に、どろろは息を飲んだ。さっき井戸の小屋で見た、化け物の目玉と同じだ。
「ひぇっ」
「でっ、でたぁっ!」
「ごろんぼうだ! ごろんぼうが出たぞ!」
 光の玉の正体に気づいた村人たちの喉から、振り絞るような絶叫がいくつも響いた。
「逃げろーっ!」
「喰い殺されるぞっ」
 金よりも命が大事と、村人たちは掘り出したばかりの銭を捨てて、慌てて逃げ出す。
 だが、竹林から先端が鋭く斬られた竹が飛んできた。それは一本だけではない。何本も、何本も雨霰の如く、戦の最中よりも数多くの竹槍が、村人たちを串刺しにせんと飛んでくる。
「うわぁっ!」
「ぎゃああぁ!」
「ひぃいいいっ!」
 竹槍を避け切れなかった哀れな犠牲者の絶叫が、竹林に響く。
 肩や足にかすった程度なら運がいい。竹槍に心の臓を貫かれた者は、力なく地面に倒れ伏し、こと切れた。
「うわ、うわ、うわ!」
 どろろは義手を抱えながら、降ってくる竹槍の間を素早く走って避け、なんとか身を守る。
 そして、百鬼丸は――

 

「やあぁぁぁっ!」
 百鬼丸は牙のように襲いかかる竹槍を双剣で薙ぎ払い、光る目玉の主の前に躍り出た。
「ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ……」
 生臭い息を吐きながら、緑色の巨体の化け物が竹林に座っていた。先程井戸の小屋で百鬼丸に斬られた傷は、既に塞がっている。ぎらぎらと目を輝かせ、白い布を巻いた尻尾を振る様子は、怒りに燃えているかのようだ。
「いたな……」
 百鬼丸はごろんぼうに向かって告げた。
「おい、化け物! 俺は、おまえのような奴と出会うのを楽しみにしているんだ。一日でも早く、体を取り戻したくてな!」
 ごろんぼうは首のまわりに生えている触角で、傍に生えている竹を掴んで次々折り、百鬼丸に投げつけた。
 空を切って、鋭い竹槍の切っ先が何本も百鬼丸に迫る。
 百鬼丸は前進しながら刀を振るって、竹槍を斬り捨てた。
「今までに十五匹倒した。おまえで十六匹目だ! 覚悟しな!」
「ごろごろごろ――ごろおおおおおおおぉっん!」
 空を轟かせるように吠えると、ごろんぼうは触手を一斉に伸ばした。
 蔓のように長く伸びた触手は、右から、左から百鬼丸の体を捕らえようとまとわりつく。
 赤子の手のような触角の先端が、百鬼丸の腕に、足に、体に吸い付くように張りついた。
「邪魔だっ!」
 百鬼丸は触手を双剣で斬っては払い、払っては斬りを繰り返す。
「ごろおおおおおおおぉっん!」
 ごろんぼうは百鬼丸を嘲笑うかのように、大きな口を開けて吠えた。
 その時を百鬼丸は逃さなかった。
 百鬼丸はその場にしゃがみこみ、左の義足の爪先をごろんぼうに向けた。
「これでもくらえ!」
 奥の手、いや、奥の足とでもいうべきか――
 百鬼丸は腹に力を入れて筋肉を収縮し、義足の足首を外した。そして、外した義足の中に仕掛けられている放射器に入れておいた水を、発射口からごろんぼうに吹きかけた。

 

 ぷしゅっ――

 

 勢いよく飛び出した水は、大口を開けていたごろんぼうの赤い舌に命中した。
「ぐうううっ――ぐうううううううぅっ! ぎゃぁぁっ! ぐぇぇぇっ」
 舌に水がかかった途端、火傷を負ったかのように火膨れを起こし、ごろんぼうは絶叫した。
 百鬼丸の義足に入っていたのは、ただの水ではなかった。生き物なら皮を焦がし、肉を焼く劇薬――養父の寿海が与えてくれた焼き水だ。
 ごろんぼうは、舌が焼ける傷みに竹を何本も巨体でなぎ倒しながらのたうち回った。

 

 ぷしゅっ――
 ぷしゅっ――
 ぷしゅっ――

 

 百鬼丸は義足から焼き水を放出し続けた。いきよいよく飛び出す焼き水は、ごろんぼうの顔にかかった。
「ぐお、お、おおぅ、ぐぉう、う、う……」
 ごろんぼうは焼きただれた顔を前足で覆い、身を捩らせて苦悶の声を漏らす。同時に巨体がしゅうしゅうと音を立て、白い蒸気を上げながら縮んでいった。
 そして、焼き水の威力がおさまって、蒸気が消えた時、ごろんぼうの体はすっかり縮んでしまっていた。
 三尺ほどに体が小さくなったごろんぼうが、背を向けたその瞬間――
「やーっ!」
 義足をはめた百鬼丸は、地を蹴って飛び上がり、右の護身の刀をごろんぼうの背中に突き刺した。傷口からは毒々しい緑色の血が吹き出し、地面の上の枯れ葉色の笹の葉を染める。
「ぎぃいいいいいいいっ!」
 悲鳴を上げてのけ反ったごろんぼうは、大きく体を振って百鬼丸を払いのけた。そして、白い布が巻かれていた尻尾を、ぴんと直立に立ち上げると、そのまま頭と尻が逆になったかのように走り出した。
 ごろんぼうの尻尾に巻かれている白い布の先端からは、女の黒髪のような長い毛が生えている。まるで女が逃げ出しているかのような後ろ姿だ。
 竹林に隠れていたどろろは、ごろんぼうの変化に驚きの声を上げる。
「なんだ? 化け物が女みたいになったぞ」
 ごろんぼうは、傷つき倒れている村人たちの合間を縫って、凄まじい速さで竹林を駆け抜けていく。
「逃がすものかっ!」
 百鬼丸はごろんぼうの後を追って走り出した。
「おおぉーい、あにき! 待てよー!」
 どろろも義手を抱えつつ、置いて行かれまいと、懸命に走りながら百鬼丸の後を追った。

 

 

 

2020年5月 1日 (金)

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章16

   万代の巻前編
 嘘にまみれ、翻弄されるばかりのこの世の中、真実は決して甘くはない。

 

 

 西に沈みゆく日に照らされて、川原に生える薄(すすき)の穂が黄金色に輝いている。
 夕風に吹かれ、招くかのように揺れる薄は、誰を誘っているのか。
 濃藍から墨色に変わりゆく東の空に昇る、真ん丸い金の月か。
 今宵は八月十五夜。中秋の名月だ。
 家がある者は、秋の草花を飾り、団子や芋を供えて収穫を感謝しつつ月を愛でることもできるが、草を枕に眠るのが当たり前の宿無しの旅人で、四十八の魔物を退治することだけが生きる目的の百鬼丸には、そうした行事は無縁だ。興味もない。
 今宵の眠る場所として、百鬼丸は月に照らされた川原を選んだ。
 流れる川から少し離れた所に、百鬼丸は大きめの石を集めて円陣に置くと、中央に乾いた小枝や枯草を集めて火を熾した。
 辺りが暗くなっていく中で、炎が弾ける音と共に揺らぎながら、赤々と燃え上がる。
 火の熱で焚き火が消えることはないと判断すると、百鬼丸は川の中に入った。
 川の流れはゆるやかで、義足のくるぶし程の深さだ。川の真ん中で立ち止まると、百鬼丸はじっと立ち尽くした。
 清流の中には、鮎がゆうゆうと泳いでいる。生身の足なら、鮎は近寄ってこないだろう。しかし、気配を消して立つ百鬼丸の足元に、鮎は寄ってきた。
 今だ――
 百鬼丸は川の中に右手を突っ込んだ。続いて左手も。
 百鬼丸の両手は、鮎を握っていた。義手の中で、鮎は悶えるように蠢く。握りつぶさないように力を加減しながら、鮎を掴んだまま両手を川から上げた。
 並の人間なら、とても川を泳ぐ魚を手づかみで捕まえるなんて芸はできない。
 人並み外れた勘のするどい百鬼丸だからこそ、できるのだ。
 そうやって百鬼丸は五匹の鮎を捕まえると、焚き火の前に座った。
 鮎の鱗を取り、小刀で腹を開いて内臓を出す。用意しておいた木の小枝を串にして刺し、焚き火の前で焼き始めた。
 燃え盛る炎にあぶられて、鮎の身が焼け、香ばしい匂いを醸し出す。
 鼻を取り戻していない百鬼丸にはその匂いはわからないが、少し離れた草むらで、こちらを覗っている盗人には、とてつもなく魅力的な匂いだ。
(ああ……うまそうだな……)
 盗人――どろろは、百鬼丸の両腕に仕込まれている刀を狙って、この数日間ずっと百鬼丸の後をつけていた。
 百鬼丸はどろろを追い払うため、呪われた身の上話を聞かせた。
 四十八の魔物にあちこち体を奪われた上に、妖怪変化につきまとわれていると知れば、怖気づくに違いない――
 そう思ったのだが。
 百鬼丸の思惑に反して、どろろは怖がるどころか、面白がった。それどころか、嬉々として百鬼丸について来る。
 百鬼丸は驚き呆れた。それでも初めの三日は、子供のことだから、そのうち飽きて刀も諦めるだろうと軽く考えていた。
 だが、四日目も、五日目もどろろはついて来た。
 そこで百鬼丸は、子供の足では険しい急な坂の山道を歩いた。人の多い街中で、どろろがよそ見をした隙に走り出した。そうやって、どろろを巻こうとした。
 しかし、どろろはどんな道でも百鬼丸に着いてきた。百鬼丸の姿が見えなくなっても、何処に百鬼丸が行くのか予想し、先回りして待っていた。
 そんなどろろに、百鬼丸は無理に追い払うことはしなくなった。どろろを道連れと認めた訳ではない。どろろの執念深さに、根負けしただけだ。
 でも、今どろろが欲しいのは、刀よりも鮎のほうだった。
 なにせ、宿無しの盗人がまともな食事にありつけることなどめったにない。この数日どろろが口にしたのは、町で盗んだ握り飯に、道に生えている草とか葉っぱとか、蝗(いなご)、芋虫なんかの類だ。百鬼丸が焼く鮎は、久しぶりに見るご馳走だ。
 鮎の皮がじりじりと焼け、脂が滴る。
(もう食べ頃だ。それ以上焼くと、味が落ちる!)
 そうか、食べ頃か――
 どろろの心の声は、百鬼丸に届いていた。ひっそりと笑うと、百鬼丸は鮎を手に取って、口に運んだ。
 体を奪った四十八の魔物のうち、百鬼丸が今まで倒したのは十五体。
 取り戻した体の中に、歯があった。
 油が滴る鮎の身を歯で噛み切り、舌に乗せた。
(美味い!)
 一口食べた途端、百鬼丸は鮎の味に破顔した。
 もちろん今までにも鮎を食べたことがある。だが、偽物の舌では味を感じることができなかった百鬼丸には、食べるということは、生きるために必要なことで、それ以上でもそれ以下でもなかった。食べ物には、美味い不味いの違いがあるということは、知識として知っているが、経験したことはなかった。
 この数日、どろろを巻くのに必死だったから、舌を取り戻してから食べた物は、携帯食の強飯(こわいい)や、そこらに生えている紫蘇(しそ)、どくだみの葉っぱ程度だった。それでも、味わうことの喜びを感じたが、今食べている焼きたての鮎は、比べ物にならないくらい、美味い――
 食べる楽しさというものを、百鬼丸は初めて理解した。
 鮎は百鬼丸の好物のひとつとなった。
 夢中で一匹平らげると、もう一匹鮎にかぶりついた。こんなに美味いのなら、何匹でも食べられそうだ。
 だけど、食べすぎは体に良くない。
 百鬼丸の胃袋は、まだ寿海の作った偽物だから、空腹と満腹の違いがわからない。
 一度に食べる量はこれくらい――と、自制しなくては、際限なく食べてしまう。
 鮎は三匹だけ食べて、あとは我慢する。
(こんなに美味いんだったら、もっと食べさせてやりたかったな……)
 骨だけになった三匹の鮎を前に、百鬼丸は亡き友と、愛しい人を思う。
 百鬼丸が鮎を川から釣って帰ると、皆喜んで食べていた……
 百鬼丸は、草むらから身を乗り出さんばかりにこちらを見ているどろろに気配を向けた。もはや身を隠すことを忘れて、どろろは残った二匹の鮎だけを見つめている。
 食べ頃を教えてもらった礼だ――
「おい、どろろ!」
 百鬼丸はどろろに呼びかけた。
「ひゃっ!」
 鮎ばかりに気を取られていたどろろは、いきなり呼ばれてびっくりして、肩を震わせながら声を上げた。出会ってからずっと百鬼丸はどろろのことなど無視していたから、まさか呼ばれるとは思っていなかった。
「おまえも喰わねぇか」
 百鬼丸の申し出に、どろろは思わず草むらから出て来て、「いいのかい?」と尋ねた。
「俺一人じゃ余っちまう。もったいねぇから、おまえが喰え」
「そういうことなら、喰ってやらぁ」
 嬉々としてどろろは焚き火の前に座ると、遠慮なく鮎を手にとった。
「あち……あっち……こりゃ美味いや……ふう……ふう……」
 大きく口を開いて焼きたての鮎にかぶりつくどろろは、心の底から嬉しそうだ。
 うまそうに鮎を食べるどろろに、百鬼丸は胸の奥がきゅっと痛む。
 その痛みが嬉しいからなのか、哀しいからなのか、よくわからない。
 そんな百鬼丸の心を知らないどろろは、二匹の鮎を平らげると、足を投げ出し、満足そうに腹をさすった。
「あーうまかった。ごちそうさん。ありがとよ、あにき」
 あにき。
 どろろからの初めての呼び方に、百鬼丸は面食らった。大して親しくないのに、あにきと呼ばれると、なんだか気恥ずかしいような、奇妙な気分になる。
「俺はおまえのあにきじゃねぇ」
 と答えると、
「じゃあ、何て名前だい?」
 どろろはさらに突っ込んでくる。
 どろろと百鬼丸が出会ってから十日近くたっていたが、お互いの名を知らないままであった。
 名乗り合っていないから、当然と言えば当然だ。
 どろろは親から貰った名前を隠して生きてきたから、どろろが名前ではなく盗人のことだとは知らない百鬼丸の勘違いを訂正しなかったし、百鬼丸は百鬼丸で、自分の刀を狙う盗人に名乗る気は微塵もなかった。
 おまえに教える気はないとばかり、百鬼丸は心を閉ざす。
 しかし、それで諦めるどろろではなかった。
「なんだよう。教えてくれぇんなら、ずっとあにきって呼び続けるぞ。いいか、あにき。わかったか、あにき。よう、あにき、あにき、あにきってば!」
 あにきと連呼するどろろに、百鬼丸は聞こえないけど疎ましくなって、とうとう――
「百鬼丸だ」
 名を教えた。
「ひゃっきまる」
 どろろが百鬼丸の名を呟いた。
 その時、どろろの脳裏に百本の木が粘土細工のように、ぐにっと輪っかになっている絵が浮かんだのを、百鬼丸は敏感に感じ取った。
「違う! 百の木の丸じゃなくて、百の鬼の丸だ!」
 百鬼丸が即座にどろろの脳裏に浮かんだ名前の意味を否定すると、
「うん、わかったよ。百鬼丸のあにき!」
 どろろはにっこり笑って答えた。
 それが癪に触って、百鬼丸はむきになって否定する。
「俺はおまえのあにきじゃねぇって言ってるだろう! 第一、おまえは俺の刀をねらってらあ」
「そうそう。よく覚えてます。あと何日かでその刀はおいらのもんになる……」
 この子供、無邪気なのか、ずうずうしいのか。
いけしゃあしゃあと言うどろろに、百鬼丸は、
「勝手にしろっ!」
 と言うしかなかった。

 

 夜も更けて、十五夜の月は天高く上り、地上を明るく照らしていた。
 静かに流れる川の水面には、月がゆらゆらと映っている。
 焚き火を挟んで、どろろと百鬼丸は冷たく硬い砂利の上に横になった。
 間もなく、どろろは寝息を立てて眠りに落ちた。
 腹いっぱい焼き魚を食べて、久しぶりに飢えに苦しまずに眠れて、どろろは満足だ。
 百鬼丸のほうは、何故か眠れなかった。
 傍にいるのが盗人だから、安心して眠るというには無理がある。
 だけど、盗人への警戒心だけではない、どろろへの感情に百鬼丸は困惑していた。
 旅に出てから独りでいることのほうが当たり前だったから、寿海以外の誰かと二人きりでいるということが慣れない上に、刀を狙うどろろのことが煩わしい――はずだった。
 今だって、どろろが眠っている隙に、どこかに行けばいい。なのに、できない。どろろを置いて行くことが、悪いことでもしている気になってしまう。
 それどころか、どろろがいることに、不愉快ではない。安堵の気持ちさえある。
 それが百鬼丸には不思議だった。
(なんでだ? なんであいつのことが気になるんだ?)
 そうして眠れないまま、どのくらいの時がたっただろうか。
 焚き火の火は、いつしか勢いを失い、消えた。
 白い煙が細い筋となって夜の空に昇っていく。
 黄金の月の光だけが、旅人二人を照らす。

 

 

 ……ち……りーん……

 

 何か聞こえる……
 どろろの眠りを覚ましたのは、本当に微かな音だった。
 皓々と輝く十五夜の月の下、どろろは起きて周囲を見渡し、耳を澄ますと、川上のほうから音は聞こえてくる。

 

 ちりーん――

 

 鈴を鳴らすような音に、鈴虫でも鳴いているのかとどろろは思ったが、次第に大きくなってくる音は、虫の声のように儚げなものではなかった。

 

 ちりーん――
 ちりーん――
 ちりーん――

 

 金属が鳴るその音は、明確な意志を持って、誰かが鳴らしている。
 鈴の音?
 誰だ?
 誰が来る?
「あにき……あにき……なんか、変な音がするぜ」
 どろろは消えてしまった焚き火の向こうで寝ているはずの百鬼丸に声をかけると、百鬼丸はすでに起きていた。半身を起こし、厳しい表情で、川のほうをじっと見えない目で見つめていた。どろろの呼びかけに、何の反応もみせない。

 

 ちりーん――
 ざぶ――
 ちりーん――
 ざぶ――

 

 鈴の音と共に、川の中を歩いているのだろうか、水をかき分けて歩く音が聞こえる。
 月光の中で、闇に何かの影が浮かんだ。
 大きな人影。
 右手には、四弁の花を広げたような形の鈴を持っている。

 

 ちりーん――
 ちりーん――
 ちりりーん――

 

 水をかき分けながら川の中を歩く人影は、鈴を振りながら岸に上がってきた。
 どろろは目を見開き、息を飲んだ。
 川の中からぬっと現れたのは、人ではなかった。
 一見して、身の丈六尺はあろう大男だが、右の肩肌脱いだ小袖を纏った体は、枯れ枝のように細身で、しかも金色に朧に光っている。そして、華奢な体の割に、大きすぎる俵型の大きな頭。薄ら笑いしている顔には、無数のしわが横に刻まれ、瞳のない、白い小さな細い目は、皴の中に埋まっているように見えた。
「あ、あ、あ、妖怪!」
 どろろの喉から、かすれた声が漏れた。妖怪に出くわすのは、おたまじゃくしの化け物、人食い花に続いて三度目だが、まだ慣れない。度肝を抜かれるほど驚くのは、無理はない。
 岸に上がった黄金色に光る大男は、二人の方に近づいてきた。

 

 ちりん――

 

 一足歩くごとに、鈴が鳴る。
「あにき! 妖怪だ! 早く斬っちまえよ!」
 恐怖にかすれた声で、どろろは慌てて百鬼丸をけしかけるが、百鬼丸は座したまま、じっと大男のほうを向いたままだ。
「なんで刀抜かないんだよ? あにき!」
 百鬼丸が刀を抜く気配を見せないので、どろろは右手に小石を握った。大男がいつ襲ってきても、反撃できるように身構える。
 大男は百鬼丸の前で立ち止まると、覗き込むように百鬼丸に顔を近づけて、囁いた。
「やろうかぁ。やろうかぁ」
 大きな体の割に、か細い声だ。
 百鬼丸は答えた。
「くれるんなら、よこせ」
 百鬼丸の答えに、大男はさらに囁いた。
「……如月谷(きさらぎだに)……梅枝村(うめがえむら)……裏の……た…け……や……ぶ……」
 それだけ言うと、大男は今来た川へと引き返した。そして、川を歩いて鈴の音と共に彼方へと去っていった。

 

 ちりーん――
 ちりーん――
 ちりーん――
 ……ちりーん――

 

 

 日が昇り、雲ひとつない秋晴れの空の下、朝の挨拶でもしているかのように、ちゅちゅ、ちゅちゅと雀たちが可愛げに鳴き交わしながら飛んでいる。
 夜が明けきらないうちに、百鬼丸は川原を後にして歩き出した。朝飯も喰わないでと、ぶつぶつ文句を言いながら、どろろは慌てて百鬼丸の後ろをついていく。
「なあ、あにき。昨夜のあの変な奴、なんだ? 盗人……じゃないよな。体が光っていたし。妖怪だったよな? なんで斬っちまわなかったんだ?」
 夜中に突如現れた黄金色に光る大男の正体が何なのか、どろろは百鬼丸の背に向かって尋ねたが、返事はない。
 どろろの存在など認識していないかのように、ただ黙々と、無表情で百鬼丸は歩いている。
「ちぇっ。なんでぇ、真面目くさって」
 いくら話しかけても、百鬼丸が返事もしない、振り返りもしないので、どろろも口を噤んで黙々と歩いていたが、沈黙に耐えかねた口からは、小鳥が囀るかのように歌が漏れてきた。

 

  ただ何ごともかごとも
  夢幻や水の泡
  笹の葉に置く露の間に
  味気なの世や

 

 歌の文句は、子供が歌うには皮肉めいている。
 でも、明るく澄んだ歌声は、爽やかな風に乗って、青い空の上に漂う雲にまで届くようだ。
 だけど――
 百鬼丸にはその歌声は聞こえない。
 どろろの歌だけでなく、聞きたいと願い、二度と聞けない愛しい少女の歌も。
(みお……!)
 誰よりも愛しい、恋しい名を百鬼丸は心の中で叫んだ。
 口の中で、何も食べていないのに苦い味が広がった。
 百鬼丸の心知らず、どろろは歌う。

 

 夢幻や、南無三宝(なむさんぽう)
  くすむ人は見られぬ
  夢の夢の、夢の世を、うつつ顔して
  何せうぞ、くすんで
  一期は夢よ、ただ狂へ

 

 朝飯も食べずに歩き続けて、昼になるとさすがに腹が空いた。
 何か喰えるものでもないかと、どろろはきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていると、木の枝に絡まっている蔓から、紫色のあけびの実がぶら下がっているのを見つけた。
「やった! あけびだ!」
どろろはあけびがぶら下がっている木の下に駆け寄ると、手を伸ばして大きそうなのを一個もいだ。
 百鬼丸は、そんなどろろを置いて、どんどん行こうとする。
「おい、待てよ! 受け取れ!」
どろろは百鬼丸に声をかけると、もいだばかりのあけびを放り投げた。
 反射的に百鬼丸は両手であけびを受け止めた。
(なんだ?)
 怪訝そうな顔をする百鬼丸に、どろろは笑って言った。
「あけび、うめぇぞ」
言い終わる前に、どろろはもう一個もぎ、ふたつに割ってあけびにかぶりついた。
「うんめぇ! 甘い!」
 熟したあけびの白い果肉は、甘く、ぷるぷるに柔らかい。口に吸って甘みを堪能すると、ぷっと種を吐き出した。
 甘いと聞いて、百鬼丸もあけびを割った。
 甘い味は、まだ経験していない。恐る恐る、あけびの果肉を口に含み、舌の上に乗せる。果汁が溢れ、口の中いっぱいに広がる味に、百鬼丸は破顔した。
「美味い!」
「な?」
 それを見て、どろろはどうだと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「種はかじるなよ、不味いからな」
 どろろの助言どおりに、百鬼丸はあけびの果肉だけを吸ってから、種を吐き出す。
 しばしの間、どろろと百鬼丸があけびの実を咀嚼する音、汁を啜る音、種を口から飛ばす音が響いた。
(これが、甘い……か)
 しみじみと甘露な味に感動しつつ、実を食べるのに夢中になって、うっかり皮もかじってしまった。
「うわっ!」
 あけびの皮の苦さに、百鬼丸は顔をしかめた。果肉はこんなに甘いのに、皮は喰えたもんじゃないと、渋い表情になる。
 どろろは人差し指を立てて、ちっちっと振りながら言った。
「あけびの皮は、苦いぜ。覚えておきな」
「もっと早く言え」

 

 

 和気あいあいとあけびを食べるどろろと百鬼丸を、誰も見ていない筈だった。
 近くに人の気配はない。
 だが、地を這う者が、少し離れた林の陰から二人をじっと見つめていた。
 見ているのは、誰か。
 地面に映る影は、細長い体の蛇の姿だ。
 しかし、鎌首もたげている蛇の頭はふたつ。
 ひとつの体にふたつの頭を持つ、双頭の蛇であった。
「あれあれ?」
 と左の頭の蛇が野太い声で言い、
「おやおや?」
 と右の頭の蛇が甲高い声で言う。
 妖魔を退け滅することができる刀を持つ少年と、刀を盗まんと欲する子供が、あけびを分け合って仲良く食べていることに、驚きの声を上げた。
「仲がいいな」
「仲がいいね」
 左右の蛇の頭が揃って言う。
「つまらん。仲良しになっているなんて」
「つまらない。仲良しになっているなんて」
 どろろと百鬼丸が険悪な関係になることを望む言葉には、明らかに悪意がこもっている。
 そして、どうやって二人の仲を引き裂こうかと話し合う。
「あの変成しそこないの龍女の体のことを、抜け殻の鬼の子に教えてやろうか。そうすれば、殺し合うに違いない」
 と左の頭が言えば、
「それは駄目。まだ早いよ」
 と右の頭が止める。
「まだ早いか」
「主さまは、長くお楽しみになりたいの」
「そうだな。楽しみは、長いほうが良い」
「見世物は、まだ始まったばかり」
「それに、もうすぐあのお方さまのお住まいが近くなる」
「そうそう」
「我らが差し出がましいことをしたら、お方さまに喰われてしまう」
「おお、怖い怖い」
 怖いと言いつつ、笑いを含んだ声は、さほど怖がっていないようだ。
「くふふふふ」
「うふふふふ」
 左右揃って無邪気に笑った後、
「お方さまにお任せしよう」
「そうしよう」
 結論が出たところで、双頭の蛇の影は地を這い、林の奥へと引っ込み、何処かへと姿を消した。

 

 

 あけびを完食すると、どろろは唇の片端をにやりと上げて言った。
「これで、貸し借りなしだ」
 あけびは、昨夜の鮎の礼か。
 案外、義理堅い――と百鬼丸が思っていたら、
「一宿一飯の恩義はちゃんと返したから、これで心置きなく、いつでも刀、盗れるぜ」
 そうどろろが言い放ったのには、呆れた。
 腹も満たされて、再び歩き出したどろろと百鬼丸。
 それからは、休みもとらずにずんずん歩いて、歩いて、ようやく百鬼丸が立ち止まったのは、日が西に傾きかけた頃。
 そこは山の谷間にある、小さな村の入り口だった。
 梅枝村と彫られている木の板が、木の棒に打ち付けられていた。
 村に入ると、道なりに見上げるばかりに大きな梅の木が植えられていた。
 何本も、何本も、数えきれないほどの梅の木に、春ならば、さぞかし花が見頃であろうと思われる。
 が、季節は秋。花も葉もない。日が陰ってきて、黒く艶のある細い枝が茜色の空に伸びる姿は、何だか恐ろしい。
 ただの木の枝なのに、なんで怖く見えるのか、どろろは不気味に思う。
(この村に、妖怪……がいるのか? だから、こんなに怖いのか?)
 蔓の妖怪に喰われかけた経験があるから、どろろは内心びくびくしていた。
「なあ、あにき……この村……なんか薄気味悪い」
 どろろが言っても、百鬼丸は答えない。
 百鬼丸のほうは、平然としている。
 そのまま黙って歩いていると、

 

 とんとん――
 からり――
 とん――
 からり――

 

 家々からは、乾いた木が軽妙に当たる音が聞こえてきた。
 規則正しく鳴る音に、機織りしている音だと、どろろにはわかった。

 

 とんとん――
 からり――
 とん――
 からり――

 

 この村では織物が盛んなのであろう。機を織る音は、あちらこちらから聞こえてくる。
 道の向こうから、三十前後の痩せた背の高い男と、やや小太りで背の低い男が、談笑しながら道を歩いているのが見えた。
「うちの分は、今日中には織り上がるぞ」
「それじゃあ、明日にでも町に売りに行けるな」
 商売の話でもしている男たちの着ている小袖は、こざっぱりとしていて、それほど着古した感じはしない。衣を買い替える余裕があるくらい、この村は豊かなのであろう。
(一仕事できそうだな)
 怖いのも忘れて、どろろはにやりと笑う。仕事というのは、もちろん盗みだ。
 貧しい者からは盗らず、金を持っている者から盗る。
 これがどろろの盗人としての信条だ。
 まだ百鬼丸の刀は盗れそうにないから、とりあえず、この村で一仕事しようかとどろろが企んでいると、男たちがどろろと百鬼丸に気づいた。立ち止まり、怪訝そうな顔で二人を見る。
 みすぼらしい格好の、見知らぬ子供が二人。一人は刀を腰に差している。これは怪しいと、よそ者を警戒している。
 男たちは、恐る恐るどろろと百鬼丸のほうに近寄って来た。
 おずおずと、背の高い男が尋ねた。
「おめえさんたち、旅のお方かね」
「そうだよ」
 と、どろろが答え、
「ここは、如月谷の梅枝村か?」
 百鬼丸が村の名を尋ねると、背の高い男は戸惑った風に答えた。
「そ、そうだが……」
 小太りの男がさらに聞いた。
「……妙なことを聞くが、おめえさんたち、鈴を持った奴を見なかったか?」
 鈴を持った男――昨夜の大男のことか。
「ああ、見たよ。ちりんちりんと鈴を鳴らしながら歩いていた、でかい大男だった。だけど、おいらが睨んだら、さっさと逃げちまったぜ」
 どろろが胸を張って得意そうに答えた。その途端――男たちの顔色が変わった。
「なんだって?」
「そりゃ、金小僧(かねこぞう)だ!」
 青ざめた顔で、男たちは揃って悲鳴を上げる。
 男たちの狼狽ぶりに、どろろは訳がわからない。鈴を持った大男を見たことぐらいで、どうしてこんなに驚くのか。
 百鬼丸のほうは、変わらず無表情だ。
「おおぉーい、みんなぁ! 金小僧だ! 金小僧が出たぞぉーっ!」
 痩せた男が大声で呼びかけると、機を織る音が一斉に止まった。そして、家々から老若男女を問わず、村人たちが出てきた。
「金小僧だって?」
「金小僧が出たのか?」
「大変だわ!」
「戸締りをしろ!」
「女子供は、家から出るな!」
「坊や、家に入って!」
 悲鳴と怒号が響き、村中がてんやわんやと大騒ぎになる。
「な、なんだい……」
 どろろと百鬼丸が出くわした大男――金小僧というらしい――を、どうして村人たちはこんなに恐れおののいているのか。
 そして、ますます訳がわからないのは、
「おい、皆の衆! こいつらをふんじばれ!」
「万代(ばんだい)さまのお屋敷へ引っ立てろ!」
 村人たちが、一斉に襲いかかって、自分たちを捕まえたことだ。
「おい、どうしておいらたちを縛るんだよ!」
 当然どろろは大きな声を上げて抗議する。
 だが、どろろがいくら喚いても、村人達は有無を言わせず、縄できりきりと後ろ手に縛りあげた。
 捕らわれたどろろと百鬼丸は、村人たちに牛馬のように縄で引っ張られていく。
「なんだよーっ! ふざけんな! いきなりひとを縛りやがって! おいらたちが何をしたっていうんだい! まだ盗ってないのに!」
 大声で喚き、不当な拘束に文句を言うどろろとは反対に、百鬼丸のほうはがっくりと首をうなだれている。その姿は、村人たちには哀れな囚人に見えたが――
 どこかに連れて行かれる道中、うなだれている百鬼丸の顔を見上げたどろろは、思わず喚くのをやめた。
 百鬼丸は、笑っていた。
 咎なく縛られているにも関わらず、唇には薄ら笑いを浮かべていた。
 とても嬉しそうに。
 声を出すことができたなら、笑い声を上げていたかもしれない。
「あにき……」
 何故笑っていられる?
 百鬼丸の顔に浮かぶ凶暴な笑みを見て、どろろは背筋が凍る。
(どろろ……)
 ふいに、頭の中で百鬼丸の声が響いた。
 百鬼丸は口を堅く閉ざし、顔を俯いているので、村人たちには百鬼丸の心の声には聞こえない。
 百鬼丸は、どろろにだけ心の声で話しかけているのだ。
(おまえは何も喋るな)
「へ?」
(何を聞かれても、知らないと言え。いいな)
 それだけ伝えると、それっきり百鬼丸は心を閉ざし、どろろに詳しい理由を語ることはしなかった。

 

 

 どろろと百鬼丸が連れてこられたのは、村のはずれにある屋敷だった。
 それは、山奥の谷間の村には不似合いなほど大きな屋敷だった。
 門をくぐると、公家の屋敷のように中央に大きな母屋があり、左右に対の屋がそれぞれ配置され、渡殿で繋がっている。
 屋敷の中に入り、長い廊下を歩いたずっと奥の間まで来ると、妻戸の前には萌黄色(もえぎいろ)の小袖に梔子色(くちなしいろ)の打掛を羽織った女が座っていた。
 白粉を顔に塗りたくっているので、唇に引いた紅が一層赤く見える。
 どろろと百鬼丸を連れた村人たちに気づくと、女は「この汚い小僧らは、何者?」と言いたげに口を開きかけたが、すぐに口を閉ざし、切れ長の目をいっそう細くして凝視する。
 村人が女に声をかけた。
「右近(うこん)さま、万代さまにお取次ぎを」
「金小僧を見たやつらです」
 村人たちの言葉に、右近と呼ばれた女は、なるほどと頷くと、戸の向こうに声をかけた。
「お方さま――」
 右近は気取った声で来訪者の訪れを告げる。
「村の者たちが、怪しい者どもを連れて参りました」
「ご苦労さま。目通りを許します」
 右近の呼びかけに、部屋から落ち着いた艶のある女の声が聞こえた。
 右近が妻戸を開けると、部屋で焚いている香(こう)の甘い香りがどろろの鼻をくすぐった。その匂いは、秋には咲かない花の香りに似ていた。
花に例えるならば、満開に咲く梅の香りだ。
 部屋の奥に、四方に帳を垂らした御帳台があった。御帳台の中には、寝具の上で半身を起こした女がいた。
 具合が悪いのか、女は体に衾(ふすま)を引きかけ、大きくてぶ厚い柔らかそうな布の枕に背をもたれかけたまま、どろろと百鬼丸に顔を向けた。
(あっ……!)
 どろろは思わず叫び出しそうになった。灯火に映る女の顔が、あまりに美しかったから。
 年の頃は三十前後か。
 白の衣を重ね着ているからか、青ざめた顔の白さが際立っている。
 形のよい柳の眉に、綺麗に通った鼻筋、黒く濡れたような瞳は、どこか愁いを帯びていて、紅を薄く差した唇は、花びらを思わせる。
 額髪は顔の線に沿ってゆらゆらとこぼれかかり、後ろ髪は身の丈よりも長く豊かで、ほんの一筋も乱れなく黒々として艶やかだ。
 臥せっているとはいえ、女の容姿は少しも病み衰えた感じはない。物腰や風情は、あくまでも気高く、こちらが恥ずかしくなるくらい品があって、艶めかしく、美しさは類ない。まるで、匂い立つ白梅の花が咲きこぼれるようだ。
 しかし――
 ただの綺麗な女というには、得体のしれない気配をどろろは感じていた。
 何と言ったらいいのかわからないが、綺麗すぎて怖い。
 この世の者ではないような……背筋が冷たくなるような、凄まじい感じがしてならない。
 どろろと百鬼丸は、拘束されたまま、冷たい床に座らせられた。
「万代さま、金小僧を見たという者たちを連れて来ました」
 村人たちは膝をついて、うやうやしく女に頭を垂れて告げた。
 この女が屋敷の主、万代であった。
「お気の毒に……でも、縄を解いてあげるわけにはいきませぬ」
 万代は縛られたどろろと百鬼丸を見て、痛まし気に口を開いた。
 鈴を転がすような声に、村人たちはうっとりとする。鼻の下を伸ばし、頬が緩む。
(おっかちゃん!)
 どろろも優しく声をかけられて、我知らず、万代に母の面影を重ねた。
 だが、
「訳を聞こうか……」
 目も見えず、耳も聞こえない百鬼丸は、女の美貌と声に惑わされることなく、冷静に自分たちを捕らえた訳を尋ねる。
「あなたたちが見た鈴を持った男は、金小僧と言って、人ではありません」
「ふぇっ! 人じゃない? じゃあ、妖怪?」
 万代の言葉に、どろろが驚いてすっとんきょうな声を出す。昨夜の大男が、やっぱり妖怪だったとわかると、今さらながらに驚きが蘇る。
 万代は頷き、重々しく言った。
「そう……物怪(もののけ)です。今までに、この村の者や旅人が、何人も金小僧を見ています。金小僧は、あなたたちのどちらかに話しかけたはずです。どんなことを言いましたか? 教えてください」
「……おいらぁ、なんにも聞かなかったよ」
 万代の問いに、どろろは先程百鬼丸に言われた通り、何も知らないと、首を横に振った。
「そちらの方は?」
 次に万代は百鬼丸に尋ねたが、百鬼丸は黙っていた。「早くお答えしろ!」と百鬼丸の縄尻を持った村人が、いらいらと怒鳴りつける。
 それでも中々百鬼丸は答えなかった。じっと見えない目で万代を長いこと見つめて、ようやく答えた。
「知らねぇ……俺は、何も聞かなかった」
「知らないはずはありません。正直に言わなければ、縄は解いてあげませんよ」
 万代は重ねて問うが、百鬼丸は知らないと答えた。
「さあ、おっしゃい。隠しても、あなたがたには何の得にもなりませんよ」
「知らねぇものは、知らねぇ」
 万代が何度問うても、百鬼丸の答えは変わらなかった。
「しかたがないこと」
 埒があかないと判断した万代は、村人たちに命じた。
「いつものように、井戸の小屋へ閉じ込めておきなさい」

 

 

 

2019年9月 7日 (土)

次回予告 万代の巻

 十五夜の月が輝く夜、鈴が鳴る……
 鈴の音に導かれてどろろと百鬼丸が訪れたのは、世にも美しき女人が治める村だった。
 作物が実り、村の特産品も売れて豊かな村は、この世の極楽浄土かまほろばか。
 だが、人に仇なす化け物が、村に暗い影を落としていた。
 どろろと百鬼丸の戦いが、今始まる。

 

 次回『どろろ百鬼繚乱草紙』まれびとの章 万代(ばんだい)の巻

 

  面影は菩薩のごとき万代のそのうつし身は変化のものか

 

「やろうかぁ……やろうかぁ……」

 

 

どろろの巻あとがき

 やっと二人が出会った。
 倒すべき魔物が十二の鬼神に変更になったアニメの方は、とっくに鬼神退治が終わって体を全て取り戻し、主人公二人は新たな旅へと旅立った。
 こちらの創作二次小説は、これからが本番。

 

 どろろの巻は、原作の百鬼丸の巻の主人公たちの出会いをメインにしている。
 いじめられているどろろを百鬼丸が助け、刀を狙ってつきまとうどろろを追い払うために身の上を話すという、出会いの基本は原作と一緒である。
 現在進行形にアレンジしているので、すでに前の巻で書いた百鬼丸の生い立ちやみおとの出会いを改めて百鬼丸が語ると、蛇足になりかねないので、全てどろろに語ることはしなかった。
 どろろがみおたちのことを知るのは、もう少し後になる。

 

 原作からの変更点は、原作のゴミ妖怪を、おたまじゃくしもどきの化け物にしたことである。
 原作通りゴミ妖怪のままでは、原作や虫プロ版アニメの緩やかな動きの中の怖さ、「どろろと百鬼丸伝」の死霊がとりついたゴミのぬるぬる感、カラー版アニメの泥鬼のスピーディな動きを文章で表現するのはできない。
たとえ書けたとしても、先行作品とまるきり同じだと二番煎じになってつまらないので、変更した。
 どろろに襲いかかる草も、草だけでは地味な感じがしたので、イメージとして蘭の花の妖怪に変更した。
 どちらも手塚アニメのメタモルフォーゼを意識したつもりだが、文章で手塚アニメの変身シーンを再現するのは難しい。
 アクションシーンも脳内再生したとおりに書けなかったのは、心残り。
 精進あるのみ。

 

 今回のどろろの巻では、百鬼丸は四十八の魔物の一体であるおたまじゃくしの化け物から舌を取り戻したが、原作や虫プロ版アニメ、リブート版コミックス「どろろと百鬼丸伝」では、ゴミに死霊がとりついただけなので、百鬼丸は何も取り戻せていない。
 辻真先版小説や映画、カラー版アニメ、SFリブートコミックス版の「サーチアンドデストロイ」では、主人公二人が出会った際に、体を取り戻している。
 出会いの際に、百鬼丸が魔物を退治して体を取り戻した場面をどろろが目撃するという設定は、読者・視聴者としても衝撃が強い。
 辻版小説では声、映画では右足、カラー版アニメでは皮膚、「サーチアンドデストロイ」では舌を取り戻している。
 どろろの巻で百鬼丸が取り戻す体の部位は、先行作品と被らないようにしたかったが、次の巻で舌を取り戻した後の百鬼丸を書きたかったので、当初考えていたとおり舌にした。
 「サーチアンドデストロイ」で舌を取り戻すシーンが描かれていたので、正直言って、「テヅコミ」創刊前から創作二次小説を考え、書いているこちらとしては、先を越された感いっぱいである。
 「テヅコミ」買わなきゃよかったとまで思ったが、やっぱり「サーチアンドデストロイ」面白いので、さっさと執筆しなかった自分の遅筆を恨むばかりなり。

 

 この巻で、どろろはどろろと名づけられた。
 どろろが本名だった原作とは違って、この創作二次小説では親からつけてもらった名前は別にあるので、どうやってどろろと呼ばれるようになったかを考えた。
 映画では名無しの盗賊だったどろろは、妖怪小僧の意味であるどろろの名前の響きが気にいって自分の呼び名にした。
 原作者である手塚治虫は、息子か息子の友達が「どろぼうのことを片言でどろろうと言ったのをヒント」に主人公の名前をどろろにした。
 鳥海尽三版小説でも、「どろろうと言った」エピソードを取り入れて、幼い頃に孤児になって親からつけてもらった名前を憶えていなかったから、どろろという名前になったことになっている。
 どろろの名前には泥棒の意味を込めたかったが、「どろろうと言った」からどろろという名前になったという設定をそのまま使わず、二人が出会った場所では、盗人のことをどろろと言い、出会った時、どろろと呼ばれていたからそれが名前だと百鬼丸が勘違いしたという設定にした。
 ちなみにネットで調べた限り、泥棒のことをどろろという所は現実にはないので念のため。
 いずれにせよ、本名であろうとあだ名であろうと、タイトルロールであり、もう一人の主人公で、運命の相手となるのだから、百鬼丸が呼ぶ名前は、どろろでなければならない。

 

 次巻からは原作通りに書くのだが、アニメやリブート作では大いに設定変更されているので、面白くなれば変えてもいいかな、という気になっている。
 これまでさんざんオリジナルキャラと設定入れて書いておいてなんだが。
 とりあえず、原作を尊重するか、自分の創作意欲の赴くままに書くかは、書いてみないとわからない。

 

 

 *参考文献
『宙ノ名前』林完次 光琳社出版

 

『「空のカタチ」の秘密』ビジュアルだいわ文庫 竹田康男 大和書房

 

『新版月と暮らす。月を知り、月のリズムで』藤井旭 誠文堂新光社

 

『幻想世界の住人たちⅣ〈日本編〉』新紀元文庫 多田克己 新紀元社

 

『図説日本未確認生物事典』角川ソフィア文庫 笠間良彦 KADOKAWA

 

 

 

 

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