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古典散逸物語復元小説

2016年12月31日 (土)

贋作とりかへばやあとがき

 今は読めない古本の『とりかへばや』は、どんな物語だったんだろう。
 その思いだけで書き始めた『贋作とりかへばや』ですが、あれこれ悩んでも答えはでないまま、ここまできました。
 『寝覚』の欠巻部のように、本文の古筆切が残っていれば少しはオリジナルの『とりかへばや』に近づくことができたでしょうが、今回は今本の改作みたいな復元小説になりました。
 ただ、今本が「女の物語」として男装の女君をメインに描いていますが、古本では「男の物語」だったと思って『贋作とりかへばや』を書きました。
 今本の冒頭、主人公の紹介では、男君は「玉光る」、女君は「いとうつくしげなる」と最初に表現されています。
 すぐに兄妹は同じような姿形と記されていますが、どうして今本では女君も「光る」の表現をしなかったのか。
 それは古本では、主人公はあくまで男君であり、女君は男君が女装している間の代役に過ぎなかった、入れ替わりが澄んだ後、男君は最終官位は太政大臣に、女君は内大臣北の方と資料に残されているように、女君は結婚してからは物語の表舞台から退場したと想像しました。
 もちろん女君の苦悩も古本に書かれていたと思いますが、『無名草子』の非難ぶりでは、今本ほど読者の共感されなかったのでは。
 とりあえず、『贋作とりかへばや』は、今日でおしまいです。

 次回の古典物語現代語訳は『狭衣物語』です。
 巻一の最後が流布本とは違う結末の内閣文庫本の現代語訳します。
 それと、室町時代の御伽草子『さごろもの草子』もあわせて連載します。
 途中まで訳して放置していた『狭衣物語』、来年こそは完成させたいと思っていますので、気長にお待ちください。
 

贋作とりかへばや年立2

物語二十年
香りの右大将二十歳・華の女君二十歳・月草の権中納言二十二歳・四の君二十三歳・大姫君四歳・宇治の若君二歳・姫君二歳
 正月、香りの右大将と女一の宮結婚。
 二月、春宮元服し、立ち腹の右大臣の三の君が入内。局は桐壺。
 三月十日過ぎ、女一の宮が二条殿に移る。
 春頃、桐壺の女御懐妊。
 月草の権中納言、左衛門と会い、四の君懐妊を知る。
 四月二十日過ぎ、賀茂の祭が過ぎた頃、香りの右大将、麗景殿の女と契る。
 翌朝、月草の権中納言が香りの右大将を目撃。詰問する。
 月草の権中納言、香りの右大将が尚侍で、しかも男と確認し、入れ替わりの秘密に気づく。
 香りの右大将、華の女君と月草の権中納言を正式に結婚させようと考える。
 月草の権中納言、左大臣邸の東の対に居た華の女君と再会。
 玉の台の左大臣と香りの右大将、華の女君と月草の権中納言の結婚を認める。世間的には尚侍が月草の権中納言と結婚したと公表。
 香りの右大将と月草の権中納言が仲直りしたと聞いて、世間の人々の香りの右大将への評判高くなる。
 桜花帝と春宮、尚侍の結婚を残念がる。
 七月、桐壺の女御、懐妊五ヶ月と奏上して退出。
 秋、式部卿の宮死去。
 八月下旬、四の君、出産のため二条殿に移る。姫君たちは右大臣邸に残る。
 九月初め頃、四の君、太郎の若君出産。
 桐壺の女御、一の宮出産。
 三日夜に左大臣、五日夜に春宮大夫、七日に桜花帝、九日目に香りの右大将主催の産養。
 師走、女一の宮、大若君出産。
物語二十一年
香りの右大将→内大臣二十一歳・華の女君二十一歳・月草の権中納言→大納言二十三歳・四の君二十四歳・大姫君五歳・宇治の若君三歳・中姫君三歳・太郎の若君二歳・宮腹の大若君二歳・一の宮二歳
 香りの右大将の進言により、玉の台の左大臣、関白を辞し、太政大臣となる。
 立ち腹の右大臣、関白左大臣になる。
 香りの右大将、将兼任で内大臣。
 月草の権中納言、大納言。
 四月、立ち腹の関白の中の君、立后。

物語二十二から二十八年(年次不明)
香りの内大臣二十二~二十八歳・華の上二十二~二十八歳・月草の大納言二十四~三十歳・四の君二十五~三十一歳・大姫君六~十二歳・宇治の若君四~十歳・中姫君四~十歳・太郎の若君三歳~九歳・宮腹の大若君三~九歳・一の宮三~九歳
 式部卿の宮の喪が明けて、月草の大納言、華の上を自邸に迎える。
 華の上、宇治の若君と再会。
 吉野の聖、庵を出て山奥へ入る。
 桐壺の女御、二の宮、三の宮、姫宮を相次いで出産。
 四の君、若君三人を続けて出産。
 華の上、姫君二人と若君出産。
物語二十九年
香りの内大臣二十九歳・華の上二十九歳・月草の大納言三十一歳・四の君三十二歳・大姫君十三歳・宇治の若君十一歳・中姫君十一歳・太郎の若君十歳・宮腹の大若君十歳・一の宮十歳
 宮腹の大若君、童殿上。
 宇治の若君童殿上。
物語三十年
香りの内大臣三十歳・華の上三十歳・月草の大納言三十二歳・四の君三十三歳・大姫君十四歳・宇治の若君十二歳・中姫君十二歳・宮腹の大若君十一歳・太郎の若君十一歳・一の宮十一歳
 宇治の若君、宮腹の大若君、太郎の若君元服。中将、少将となる。
物語三十一年以降(年次不明)
香りの内大臣三十一歳~・華の上三十一歳~・月草の大納言三十三歳~・四の君三十四歳~・大姫君→藤壺の女御→藤壺の中宮十五歳~・宇治の中将十三歳~・中姫君十三歳~・宮腹の中将十二歳~・太郎の少将十二歳~・一の宮→春宮→今上帝十二歳~
 太郎の少将、大姫君に恋慕。結婚を願うも許されず。
 香りの内大臣と麗景殿の女に姫君誕生。
 桜花帝の麗景殿の女御、姫君を引き取る。
 桜花帝退位。
 後朱雀帝即位。
 一の宮、立坊。
 桐壺の女御、立后。
 玉の台の太政大臣、出家。
 香りの内大臣、右大臣に昇進。
 月草の大納言、内大臣兼大将に昇進。
 宇治の三位中将、権中納言に昇進。
 太郎の少将、中将に昇進。
 内裏の物忌みで籠っていた頃、宇治の権中納言、宮腹の中将、太郎の中将ら、内裏で仲間と物語の批評をする。
 立ち腹の関白、香りの右大臣に大姫君と中姫君の後見を懇願。
 大姫君と中姫君、二条殿へ移る。
 宇治の権中納言、中姫君へ恋慕。
 
 朱雀院崩御。
 
 朱雀院一周忌の後、後朱雀帝、退位。
 春宮即位。二の宮立坊。
 立ち腹の関白、太政大臣。
 香りの右大臣、関白左大臣に昇進。
 大姫君、今上帝に入内。局は藤壺。
 麗景殿の姫君、春宮に入内。
 宇治の権中納言、中姫君との結婚を願うが香りの関白から許されず。
 華の上、思い詰める宇治の権中納言を強く注意。
 宇治の権中納言、噂で中姫君が異母妹と知り、結婚を諦める。
 藤壺の女御、立后。
 太郎の中将、藤壺の中宮への恋心が募るあまり、出家を願う。
 
 冬、藤壺の中宮、風邪で二条殿に退出。
 太郎の中将、藤壺の中宮に思いを訴えるが拒絶される。
 翌年二月、太郎の中将、身の回りの整理をし、親しい人もう一度会ってから横川で出家。
 残された人々、太郎の中将の出家に嘆く。
 太郎の中将法師、横川で修行の日々。
 
 数年後、立ち腹の前関白、太政大臣を致仕。
 香りの関白、太政大臣。
 一族の者昇進。
 冬、物怪により、藤壺の中宮懊悩。
 太郎の中将法師、下山し物怪を退散させる。
 雪の降る朝、去っていく太郎の中将法師を四の君が見送る。
 香りの関白太政大臣、致仕。

2016年12月30日 (金)

贋作とりかへばや年立1

※年立の基準は、物語の開始時、主人公兄妹が誕生年を第1年とする。
※本作年立は、今本と現存資料、先行論文を参考に沙羅が創作したものであるので、今本の巻四以降にあたる筋の年月日はあくまでも想像。
参考文献
『新潮古典集成 無名草子』(桑原博史校注 新潮社)
『新編日本古典文学全集40松浦宮物語 無名草子』(久保田哲夫校注・訳)
『中世王朝物語全集12とりかへばや』(友久武文・西山寮子校訂・訳注 笠間書院)所収年立
『中世王朝物語・御伽草子事典』(神田龍身・西沢正史編 勉誠出版)所収とりかへばや年立
物語第一年
香りの若君一歳・華の姫君一歳
 玉の台の権大納言兼大将、宮の上との間に双子の兄妹生まれる。
 香りの若君を源宰相の娘に、華の姫君を藤の中納言の娘に預ける。
物語二~十年
香りの若君→姫君・華の姫君→若君二~十歳
 世間の人々、内気な香りの若君を姫君、活発な華の姫君を若君と誤解する。
 玉の台の権大納言、情けなくて兄妹を「取り替えたい」と思う。
物語十一年
香りの姫君十一歳・華の若君十一歳
 玉の台の権大納言、屋敷を造営。東の対に香りの姫君、西の対に華の若君を住まわせる。
物語十二年
香りの姫君十二歳・華の若君→太夫→侍従十二歳・月草の君十四歳
 春、朱雀帝、華の若君の参内を命じ、五位に叙す。
 香りの姫君、裳着。祖父の関白が腰結役。
 華の若君、元服。大夫の君と呼ばれる。立ち腹の右大臣が加冠の役。
 秋、華の太夫、侍従となる。
 朱雀帝と春宮、香りの姫君の入内を希望。
 朱雀帝、華の侍従と故后腹の女一の宮の結婚を希望。
 式部卿の宮の子息、月草の君、香りの姫君と四の君に興味。
 月草の君、華の侍従に近づく。
物語十六年
香りの姫君十六歳・華の侍従→三位の中将→権中納言十六歳・月草の宰相中将十八歳・四の君十九歳
 朱雀帝、春宮に譲位。朱雀院に住む。
 桜花帝即位。
 朱雀帝の若宮立坊。
 関白、引退し出家。
 玉の台の権大納言、左大臣兼関白に昇進。
 華の侍従、三位の中将。
 華の三位の中将と四の君結婚。
 大納言死去により、華の三位の中将、権中納言兼左衛門督に昇進。
 月草の君、宰相中将。
 華の権中納言、月の障りで毎月四、五日は乳母の里に籠る。
 九月十五日の夜、宮中の管絃の遊び。
 華の権中納言、梅壺の女御が桜花帝の下へ参上するのを見て我が身を嘆く。
 朱雀院、春宮の後見として香りの姫君出仕を玉の台の左大臣に要請。
 十一月十日頃、香りの姫君出仕。尚侍となる。局は宣耀殿。
 香りの尚侍と春宮契る。
 五節の頃、中院へ行幸。
 華の権中納言、麗景殿の女御の妹と歌の贈答。
物語十七年
香りの尚侍十七歳・華の権中納言十七歳・月草の宰相中将十九歳・四の君二十歳
 正月元旦、玉の台の左大臣と華の権中納言、宣耀殿に参上し、香りの尚侍と会う。
 日が暮れて月が明るくなった頃、香りの尚侍の筝の琴と華の権中納言の横笛の合奏。
 春、月草の宰相中将、四の君を垣間見、密通。
 月草の宰相中将と四の君、懊悩。
 華の権中納言、寝込む四の君を残して参内。内裏を退出後、月草の宰相中将を見舞う。
 逢瀬を重ねていくにつれ、四の君、月草の宰相中将に靡く。
 秋、四の君懐妊三、四ヵ月。
 華の権中納言、四の君の懐妊を不審に思う。
 華の中納言と四の君の仲、疎遠。
 九月頃、華の権中納言、吉野の聖を訪ねる。
 吉野の聖、華の権中納言の未来を予言する。
 華の権中納言、十日余り吉野山に滞在後、帰京。
 華の権中納言と四の君の仲、ますます疎遠。
*今本ではここまで巻一
 冬、四の君、大姫君出産。
 華の権中納言、大姫君の顔を見て、四の君の密通相手が月草の宰相中将と確信。
 七日の産養の夜、月草の宰相中将と四の君、密会。
 華の権中納言、月草の宰相中将と四の君の密事を察知する。
 華の権中納言、吉野山に思いをはせる。
物語十八年
香りの尚侍十八歳・華の権中納言十八歳・月草の宰相中将二十歳・四の君二十一歳。大姫君二歳
 月草の宰相中将、宣耀殿の香りの尚侍の元に忍び込むが、香りの尚侍、月草の宰相中将を拒絶。
 秋の残暑厳しい頃、月草の宰相中将、左大臣邸の西の対を訪れる。
 華の権中納言、月草の宰相中将に男装を見破られ契る。
 華の権中納言、右大臣邸にこもり、月草の宰相中将を避ける。
 華の権中納言、参内。桜花帝から香りの尚侍入内を懇願される。
 月草の宰相中将、華の権中納言につきまとう。
 華の中納言黙認で、月草の宰相中将と四の君逢瀬を重ねる。
 華の権中納言、月の障りで六条の乳母の家に隠れていると、月草の宰相中将が訪ねて来て、そのまま数日過ごす。
 十月頃、華の権中納言懐妊。
 四の君懐妊。
 師走頃、華の権中納言、六条の隠れ家で月草の宰相中将と会い、自身の懐妊を告げる。
 月草の宰相中将、華の権中納言に女の姿に戻るよう説得。
 月草の宰相中将、華の権中納言と四の君を共に世話しようと考える。
 十二月の晦日、華の権中納言、玉の台の左大臣と宮の上に対面。
物語十九年
香りの尚侍→男君→右大将十九歳・華の権中納言→右大将→女君十九歳・月草の宰相中将→権中納言二十一歳・四の君二十二歳・大姫君三歳
 正月、華の権中納言、左大臣邸で父母に挨拶してから内裏に参内、宣耀殿の香りの尚侍を訪れる。
 華の権中納言、節会ごとに参内し、威儀を正して勤める。世間の評判高くなる。
 三月一日、南殿の桜の花の宴。華の権中納言、漢詩を作って絶賛される。
 日暮れ、管絃の遊びで華の権中納言は笛を吹く。
 桜花帝、華の権中納言を右大将に宣旨。同時に月草の宰相中将を権中納言に昇進。
 三月二十日頃、華の右大将、内裏の宿直をしている時、麗景殿の辺りで麗景殿の女御の妹と語らう。
*ここまで今本巻二
 四月、華の右大将、宇治に身を隠す決意。
 華の右大将、吉野の聖に暇乞い。
 華の右大将、両親、四の君、香りの尚侍らに密かに別れの挨拶。
 華の右大将、夜中に内裏を出て、月草の権中納言に伴われて宇治へ行く。
 翌朝、華の右大将の失踪が発覚。捜索するも見つからず。
 華の右大将の失踪について、月草の権中納言と四の君の密通、不義の子出産の噂がたつ。
 立ち腹の右大臣に大姫君の出生について密告する文が届く。
 立ち腹の右大臣、四の君を勘当。
 四の君、放逐され近江の浮橋に籠もる。
 宇治の生活に、華の右大将は退屈。
 宇治に四の君からの文が届き、月草の権中納言は近江へ行く。
 月草の権中納言、四の君と対面し五、六日滞在。
 華の右大将失踪の原因があると噂され、月草の権中納言、世間体をはばかって、謹慎。
 月草の権中納言、宇治と近江の間を行き来する。
 六月頃、香りの尚侍、内裏退出。
 香りの尚侍、女装をやめて華の右大将を探しに行くこと決意、男姿に戻る。
 香りの男君、華の右大将捜索の旅に出発。
 香りの男君、吉野の聖を訪ね、逗留。
 七月初旬、華の右大将、宇治の若君出産。
 華の右大将、女姿に戻る。
 華の女君、鏡を見て過去や未来のことをすべて見る。
 八月一日頃、華の女君、吉野の聖に文を送る。
 香りの男君、宇治を訪ね、華の女君と再会。
 玉の台の左大臣、夢告を受けた翌朝、宮の上から香りの男君が男姿に戻っていることを聞く。
 玉の台の左大臣、帰京した香りから華の女君発見の報告を聞いて安堵する。
 華の女君、月草の権中納言の留守に宇治を出ることを決意。
 月草、四の君出産の兆しの報に近江へ行く。
 四の君、中姫君出産。
 夕暮れ方、華の女君、宇治の若君を置いて、迎えに来た香りの男君の車に乗り、宇治を出る。
 香りの男君と華の女君、吉野の聖の元を訪れる。
 華の女君失踪に、宇治の月草の権中納言や乳母たち困惑。
 吉野の聖の屋敷で、香りの男君と華の女君の入れ替わりの準備。
 立ち腹の右大臣、四の君の勘当解く。
 香りの男君と華の女君、帰京して父母と対面。
 香りの男君、右大将として参内、桜花帝と対面。
 香りの右大将、梨壺を訪れ、春宮と対面。
 朱雀院、女一の宮降嫁を許す。
 香りの右大将、四の君に興味。
 十月、香りの右大将、右大臣邸を訪れ、四の君と契る。
 四の君、夫の豹変に不審。
 月草の権中納言、右大将帰京の報を聞き、宇治の若君をつれて帰京。
 月草の権中納言、香りの右大将を見ても入れ替わりに気づかず。
*ここまで今本巻三
 十一月、香りの右大将、春宮に尚侍からの文と言って自身の文を渡す。
 師走頃、四の君懐妊。
 香りの右大将、二条堀河のあたりに三町ほど築きこめ、屋敷を造る。

2016年12月29日 (木)

贋作とりかへばやメモ2第二世代の恋

 『無名草子』によると、古本では話が進むと主人公の子供たちが成人した後の活躍が書かれていたようです。
 平安末期から中世の物語は、『源氏物語』の宇治十帖の影響を強く受けていることから、古本でも薫と匂う宮の役割を宇治の若君、太郎の中将、そして宇治の大君と中の君を、四の君腹の大姫君と中姫君が担っていて、主人公の子供たちの恋模様が描かれたと想像しました。
 しかし、異母・同母のきょうだいである四人は、近親相姦の禁忌のために、結ばれることなく失恋したと思われます。
 特に、『風葉和歌集』雑二・一二六七番歌、「中将」が出家する際に「中宮」に書き置きしたと詞書にあることから、「中宮」に失恋した故に「中将」は出家したという設定が浮かび上がります。
 失恋の理由は、「中宮」が入内した、拒絶された以外に、「中将」が出生の秘密を知ったために恋を諦めたのだと思いました。
 『我が身にたどる姫君』では、我が身姫をめぐって異母兄である権中納言、同母兄である二の宮が、恋のさや当てをしますが、我が身姫が実父に引き取られる、実母からの忠告により、近親相姦は回避される物語展開となっています。
 今本では不義の子は宇治の若君・大若君・大姫君・中姫君の四人で、宇治の若君だけがはっきり名乗らないけれど、中宮となった実母と悟るという展開になっています。
 他の子供たちが実に父母を知ったかどうかは描かれていません。
 中世の物語によくみられる不義の子の親探しが、今本で描かれていないのは、子供たちの恋は、入れ替わりの秘密に抵触する忌まわしいものであるから、女主人公の栄華を書くことに変更した今本で削除されたのだと思います。

2016年12月28日 (水)

贋作とりかへばやメモ1「みてものの聖」の名称

 散逸した古本とりかへばやの登場人物で、「みてものの聖」は謎の人物であると言えます。
 この「みてものの聖」は、『風葉和歌集』に二首採られていますが、これ以外の資料が発見されていないので、人物像や物語の展開にどのように関わったのか、想像の域を出ません。
 本復元小説では、恐らく古本では今本の吉野の宮と同じように主人公兄妹を導き、教育し、心の支えとなったと想像し、執筆しました。
 名称は、「みてもの」の意味が全く不明であるので、「吉野の聖」としましたが、ここで名称についての私の想像を述べることにします。
 『風葉和歌集』に記されている「みてものの聖」の呼称は、誤写されたもので、本来は別の名称だったのではないか。
 「みてもの」の「て」は「こ」、「の」は「り」の誤写で、「みこもりの聖」と書かれるところが、「みてものの聖」と誤って写された。
 古語辞典によると、「みこもり」は「水籠り」で、意味は
1. 水中に隠れること。
2. 心の中に秘めて人に語らないこと。
 今本の吉野の宮も隠遁し、最後には山奥へと籠っていったことから、古本の「聖」も世の中から隠遁し、心の中の思いを語らない聖として、「水籠りの聖」と古本で呼ばれていたのではないか。
 写本を確認していないので、あくまでも想像ですが、「みてもの」が「みこもり」ならば、物語の中で聖の果たした役割の手掛かりになるのではないかと思った次第です。
 

2016年12月27日 (火)

贋作とりかへばや27

 年も明けて、正月に出家するのはいかがなものと思い止まって、二月にと決めたが、日数が過ぎていくのもさすがに哀しい。
 太郎の中将は、身の回りの品などを片付け、残していては見苦しい文や反故などを破り捨て、火に入れて燃やすとたちまち昇っていく煙を見るにつけ、
「いつか私もこうして煙となって空に昇るのだ」
 としみじみ思う。
 そうこうするうちに、正月も過ぎて二月になり、太郎の中将は念入りに着飾って、
「最後にもう一度、父母、兄弟たち、親しい人たちにお目にかかろう」
 と考えた。
 香りの関白と四の君は、いつもよりも華やかな衣装を纏っている太郎の中将をとても美しいと思って見た。
「父上と母上にお目にかかるのもこれが最後だ」
 と思うと、さり気なくしていても太郎の中将は涙が零れそうになる。
「私が出家して嘆かせるのも大変罪深いようであるが、弟たちがいるから、悲しみはいずれ薄れるであろうし、仏の道に入ったら、最後にはお助けすることになるだろうから」
 と、心を強く持って、固く決意する。
 これが最後の参内だと思うと、涙が零れるのを紛らわしながら今上帝や春宮、他の人々にも会い、藤壺にも立ち寄って挨拶をする。
 藤壺の中宮は、あの夜のことを忌まわしく思っているから余所余所しいのも当然と言えば当然であるが、取り付く島もない様子に、
「思った通りだ」
 と辛く思う太郎の中将も哀れである。
 何気ない風を装って話などをし、笛などを吹いて夜を過ごすのも感慨深い。

 その後、太郎の中将は父や母、兄弟たち、親しい友などに文をしたためてから、藤壺の中宮に、
  恋しくは憂き世の中に住み侘びて入る山の端に月を眺めよ*1
(私のことを恋しく思ってくださるのでしたら、辛い世の中に住み侘びて入る山の稜線に沈む月を眺めてください)
 と書いて送った。
 出立の準備を整え、その夜は部屋で休み、まだ夜も明けないうちに起きて随身を呼んで、
「内緒で横川に詣でたい」
 と言って、馬を準備させる。
 それから乳母子や数名の供の者を連れて横川へ向かった。
 あれこれと思い乱れて馬に乗ったが、
「私はどこへ行くのだろう」
 と夢路に迷う心地で横川へ着いた。
 僧都には出家したいとは知らせずに、
「そちらに伺って、法文のことなど教えを賜りたいのです」
 と言っておいたので、僧都はそうだと思って入れたが、
「髪を下ろしたいのです」
 と太郎の中将は打ち明けたので、とても驚いて、
「関白殿のお心に背いては、申し訳がたちません。その上、あたら若い身で、世を捨てずとも、お心のままにお過ごしになられては」
 と言うが、
「私が出家したとして、父上があなた様にご迷惑をかけることはございません。もしそのようなことがありましたら、私が申し開きをします。ただの思いつきで出家を思い立った訳ではございません。長い間の希望ですから、止めないでください」
 と太郎の中将は固く決心している様子なので、僧都は、
「これも運命」
 と、太郎の中将の髪を下ろした。
「流転山界」
 と三度礼拝すると、さすがに涙が零れて、太郎の中将はただ藤壺の中宮の面影が思い出される。
 心弱く涙がほろほろと零れ落ちるのを、
「僧都のお心には、どう思われるか」
 と思い返して、太郎の中将は戒を保つ。
 僧の衣や袈裟などは、用意してあったのを着た。
 華やかな衣を纏っていたのに、うってかわって藤の衣に麻の袈裟を身に纏う姿は、世の道理とはいうものの、哀しさは尽きない。
 これほどまでして世を捨てても、藤壺の中宮の面影が浮かんで、念仏に集中できないのは、悲しい事である。

 明くる日、太郎の中将が中々起きてこないので女房が参上すると、きちんと片付けられた部屋に、机の上には文が置かれていた。
 女房は胸騒ぎがして、四の君にこのことを報告して、文を渡すと、四の君は驚いて文を読む。
「昨日出家の旨を申し上げたいと思いましたが、お許しいただけぬことをなまじ申し上げてはご意向に背き、父上母上にも言い訳の立たないことになろうかと思いまして、申し上げませんでした。
 この世にてお目にかかることはあるまいと思いますと、名残惜しいですが、煩悩を祓い、悟りの境地に至りましたならば、父上母上の来世の闇を晴らすことができましょう。
 どうかお嘆きにならないでください。
 弟たちも今は年若いですが、大人になるのもすぐでしょう。
 少将を私の代わりと思ってください。
 夢幻のこの世に、罪深い思いを抱えて生きて暮らしていくのも、むなしいことです。
 来世でお会いしましょう」
 などとこまごまと書いてあるので、四の君は夢とも現ともわからない。
 香りの関白は知らせを聞いてとても驚いて、宮腹の中将と次郎の少将と共に横川へ向かった。
 宇治の権中納言も同行する。
 今上帝や春宮の使者も横川に登った。
 横川では、すでに太郎の中将が髪を下ろして僧の衣に着替えていた。
 香りの関白が会いたいと言っても、どこかに隠れてしまって会えない。
 僧都が、
「これも前世からの約束です。中将殿のご決心は固く、稀有なお心と感心致しました。出家を止めるのは、かえって罪深いことです」
 と言って数珠を爪繰る。
 しかたがないので、太郎の中将への文を書き残して泣く泣く帰って行った。
 香りの関白は、吉野の聖が言っていた忌みはこのことだろうかと思い至り、
「どうしてあの子はこんなにまで思い詰めて、髪を下ろしてしまったのか。その昔、人と違った身の上だった頃に潔く出家していれば、我が子と生き別れるという悲しい目にあわずにすんだかもしれない。これも前世の報いであろうか」
 と嘆かわしい心地になる。
 四の君は、必ず太郎の中将を連れ帰ってくれるだろうと思っていたのに、叶わなかったので、まるで死んでしまうかのように気を失ってしまった。
 華の上は昔宇治で見た鏡の中の悲しい出来事を思い出して、悲しく辛い。
「あの時見た鏡に映った通りになってしまった。こんな風に何一つ思い通りにならないのが、私たち兄妹の運命なのか」
 香りの関白と四の君に心を込めて見舞いの文を出した。
 このように、太郎の中将の出家に嘆き悲しまない人はいない。
 光が失われ、桜の花が散ってしまったかのような気がして、残念に思うこと限りない。
 藤壺の中宮は、太郎の中将の歌を見て、何と思ったであろうか。
 誰も知らない。

 さて、山に籠った太郎の中将法師は、心だけは修行をするものの、やはり藤壺の中宮の面影が恋しくて、思い忘れる時もなく、山路の露に涙が添い、墨染の衣の袖が乾く暇もない。
 秋になって、四方の山場の紅葉が色々に染まるのを見て、
「この世を背いてみても、中宮を恋しく思う心は鎮まらない」
 と恋しい事限りない。
 だから高い峰の上、深い谷の底までも心を込めて修行をする姿は、本当にむなしくはない。

 儚く月日も過ぎて、立ち腹の前関白は太政大臣を辞めて香りの関白に太政大臣を譲る。
 一族の者皆が何もかも思い通りでめでたく満足に過ごす中で、四の君だけは年月が移り変わり、世の中が変わっていくにつけても、出家した太郎の中将法師のことが気がかりで、
「どのような思いでこの世を、この母を捨てたのか」
 などと思うにつけても、辛く悲しく恋しく、切なさは限りなかった。
 二条殿の洞院の寝殿から、四の君は空が曇って雪の降るのを見て、
「山はどちらかしら。我が子の居るところも雪に埋もれているのかしら」
 と泣きながら眺めていると、ますます涙で曇って見えなくなる。
 その夜は雪が酷く降って積もった上に、今も積もっている。
 冬の夜の澄んだ月の光に照る雪が、ますます白く輝いている。
 あれこれと昔のことが思い出される雪に、涙が零れてくる。

 その年の冬、藤壺の中宮に物怪がとり憑いてひどく煩い、臥せってしまった。
 とうとう二条殿に退出し、祈祷などするけれど、少しも効果がない。
 日に日に病は重くなり、今上帝をはじめ誰もかれもが嘆き惑う。
 横川の太郎の中将法師はこのことを聞いて、夢のような心地がする。
 横川の僧都が呼ばれ、そのお供に太郎の中将法師もついていく。
 これも前世からの因縁か、御仏の導きか。
 二条殿に着くと、香りの太政大臣が、
「こちらへ、こちらへ」
 と横川の僧都を招き入れる。
 従う太郎の中将法師は、僧の衣を纏い、容貌はひどく痩せているから、清楚な感じがして、どこか懐かしく慕わしい心地になるけれど、今は藤壺の中宮のことで気もそぞろであるから、父の香りの太政大臣も兄弟たちも誰と気が付かない。
 横川の僧都の読経は、言いようもなく胸に染みる。
 太郎の中将法師も心を込めて経を上げるその声は、すばらしいこと限りないので、誰も思いがけなく驚くばかりである。
 藤壺の中宮は意識を失っていたが、少し身じろぎして、目を開けたので、付き添っていた四の君は嬉しさに涙が出る。
 太郎の中将法師は二人の傍ににじり寄り、
「この世を捨てたのは、あなたをお助けするためでしたと、今わかりました」
 と言うので、四の君は誰かと思っていた法師が、我が子であったと知って、胸がいっぱいになる。
「長年あなたに逢いたくて、恋しく思うせいで、来世の障りにもなりがちな有様でしたが、よく訪ねてきてくれました。本当に嬉しいこと」
 と言って、袖に顔を押し当てて泣きじゃくる。
 香りの関白太政大臣も、横川の僧都が連れてきた弟子が明け暮れ恋しいと思っていた息子と知って、涙を堪えかねているのももっともである。
 藤壺の中宮はまだうつろな感じがして、太郎の中将法師とは気が付かない。
 太郎の中将法師は、一度は思い捨てたはずの恋心が、また胸を騒がせたので、憂き世への未練はまだ断ち切れていないと思う。
 物怪は去ったので、横川の僧都は帰ろうとするのを、香りの太政大臣は感謝して強く引き止めるが、
「ただ御仏のお導きのまま、加持に参上いたしましたので、平癒なさいましたのは、喜ばしい限りです」
 と横川の僧都は言って、太郎の中将法師を連れて帰って行く。
 朝早くに蓑を着て、雪の中にまた出ていってしまうのを、四の君は姿が見えなくなるまで見送って、
  遠近の知らぬ山路にあくがれてかかる雪間をいかでかわくらん*2
(あちこちの見知らぬ山路を彷徨い、このような深い雪の間をどのように分けて行って、私と別れるのか)
「ああ、私とあの子の身の上を取り替えたい――」
 そう思って嘆くこと限りない。
 その昔、玉の台の入道が、香りの太政大臣と華の上の身の上を取り替えたいと切に願ったが、我と我が子の身の上を取り替えたいと願う母の心もまた哀れである。
 いったいどんな前世の宿縁によるものなのかと思われる。
 様々に思い通りにめでたく満足に思われた香りの太政大臣も、この後、辞職を願い出て、引退したようだ。
 兄妹の人と変わった姿のこと、入れ替わりのことなど広く世に知られることなく秘密は隠されて、子々孫々まで栄華は伝えることはできた宿世だが、愛しい我が子が世を捨てたことは、一方ならず口惜しく悲しいことであったと思う。
 元の本ではどのように書いてあったのか、気がかりに思うが、今は誰も知らないことなので、これ以上は書くことはできない。
おわり

解説
 この章は現存資料などから想像して創作した。
 横川の僧都は本復元小説のオリジナル。
 太郎の中将が出家する際の師が古本でも登場したと想像して登場させた。
 太郎の中将が何処で出家したかは不明であるので、仮に横川とした。
 四の君が出家した太郎の中将と再会して、雪の朝に見送る記事は、『無名草子』「風葉和歌集」雑一・一二四九番歌詞書にある。
 どのような場面、状況で再会したのは不明であるので、中宮懊悩により山から下りて救ったとの設定を『苔の衣』から参考にして創作した。
 香りの関白は今本での最終官位は関白である。
 『風葉和歌集』では「前の太政大臣」とあるので、古本の最後で位を下りたと推察する。
 

*1
 『風葉和歌集』巻第十七・雑二・一二六七番歌。
 
*2
 『風葉和歌集』巻第十六・雑一・一二四九番歌。
 

2016年12月26日 (月)

贋作とりかへばや26

 その頃、朱雀院の具合が悪くなったけれど、風邪だろうと我慢して過ごしているうちに胸が苦しくなってしまい、急に臥せってしまったので、後朱雀帝の嘆く様子は限りない。
 ほどなく朱雀院は夢のように儚く崩御したので、あまりに突然のことに、誰もが大変な悲しみようである。
 女一の宮はひどく嘆き悲しみ、香りの右大臣が心を込めて慰める。
 世の中墨染の衣を着て喪に服し、万事につけて華やかさのない年となった。


 そうして月日は移り、朱雀院の一周忌が夢のように過ぎて、後朱雀帝の御代も年を重ねる。
 後朱雀帝は父院の死をとても嘆き悲しみ、この世が無常に移り変わるのがしみじみと思うことがあるので、譲位を決意した。
 春宮に帝位を譲り、亡き父院の過ごした朱雀院に後朱雀帝は移る。
 藤壺の中宮は皇太后となり、春宮が即位して二の宮が春宮に立つ。
 立ち腹の関白も、香りの右大臣に関白左大臣の位を譲って太政大臣になる。
 大姫君が今上帝に入内することになった。
 華の上は、大姫君が生まれた時のこと、宇治に籠る前、とても可愛く両手を差し伸べて後を追ってきた様子などを思い出して、しみじみと思う。
「あの幼い可愛らしい姫が、大人となり、春宮に入内されるまでに月日はたってしまったことよ」
 月日の流れに夢を見ているような気がする。
 月草の内大臣は、香りの関白や華の上を憚って、ただ知らん顔をしていたけれど、入内の当日になって、見事な贈り物などを、心を込めて贈った。
 香りの関白は昔の思いはさておいて、謝意を述べた。
 大姫君は立ち腹の前関白太政大臣の孫、香りの関白の娘として入内するから、支度も儀式もすばらしいこと限りないのは、書かなくてもわかってほしい。
 御局は藤壺で、四の君も母として付き添って参内する。
 藤壺の女御は帝より二、三年上で、可憐で美しい姿は他にはない。
 弟の中将少将たちが熱心に奉仕する藤壺の女御の有様は、並みのものではない。
 可憐で美しい姿は似る者もないので、帝の寵愛は日増しに増して、立ち腹の太政大臣も香りの関白も満足である。
 引き続いて、麗景殿で育った姫君が、春宮の女御として入内する。
 春宮の元服の頃から他の姫君が入内していたのだが、麗景殿の姫君の美しさに、心は移って、明けても暮れても他の女御には目もくれない。
 中姫君も三の宮に嫁ぐであろうと世の人は思い、香りの関白もそういうつもりであった。
 宇治の権中納言は中姫君の事を諦めきれず、香りの関白にも結婚を許してもらおうと熱心に頼んだが、許されるはずもない。
 このまま許されなかったら、中姫君を盗み出してしまおうかと思いつめているので、華の上は、やはりこのままではとても具合が悪いと思うので、宇治の権中納言を呼んで、
「あなたが恋しく思っている人の出自について、はっきり知らなくても、契りを結ぼうとは思わないでください。父上も私も、誰も望んでいません。いくら思っても、口に出しても、あなたとは縁がない人です」
 とはっきり言うので、宇治の権中納言はどういうことかと考えるが、まもなく中姫君が三の宮を婿にするらしいと聞いた時の心は、限りなく辛い。
 そうして過ごしているうちに、
「関白の北の方の姫君は、実は内大臣の子供で」
 という噂を宇治の大納言は聞いて、あきれるほど驚く。
 真実を聞いて初めて、
「私と六の君は、この世では結ばれることができない運命であったのだ」
 と思うのであった。

 今上帝は藤壺の女御への愛しさが増していくばかりなので、立后の宣旨を下した。
 藤壺の女御の立后を聞いて他の女御たちは心穏やかではなく、胸が痛いことであろう。
 立ち腹の前関白は面目が立って喜ぶこと限りない。
 四の君は月草の内大臣との逢瀬や藤壺の中宮を懐妊してからのこと、生まれた時のことなどが思い出されて、お祝いの日に縁起でもないが、我慢できずに涙がほろほろこぼれる。
 月草の内大臣は、つれなく自分との縁を切った四の君との、夢のような逢瀬の果てに生まれた姫君が中宮になって、心も惑う。
「辛かった二人の仲であったことよ。姫君がこれほどすばらしい宿世を持っていたとも知らずに、四の君だけでなく姫君も手放してしまったことが悲しい。中宮には最後まで私が父と知られず、親子の名乗りさえできずに終わってしまうのか」
 と思うにつけて、悲しくてしおしおと涙を流す。
 今さら思っても、口にしても甲斐のないことだが、せめて四の君付きの女房の左衛門に文を書く。
「この世では四の君との縁は絶えた私ですが、我が子との縁まで絶えてしまったのは、悲しい限りです。
 子を思う心の闇に嘆きの涙は尽きませんが、せめてあなたにだけは私の心を知ってもらいたいのです」
 左衛門は文を読むと、悲しくて涙がほろほろと零れて泣く。
「本当に、内大臣様もお気の毒に」
 と思って、四の君に文を見せる。
 四の君は、今さら文を交わすはずもないが、月草の内大臣との辛い契りに思うことも多いので、手遊びのついでに、
「子を思う闇路に迷うと聞くのは、悲しいことです」
 などと書いて、細かく破ったのを、
「捨てて」
 と左衛門に渡したので、こっそりそれを月草の内大臣に送った。
「思いがけなく見つけました。
 これを差し上げるのも、内大臣様をお気の毒に思う心からです。
 今はこれでお心を慰めてください」
 などと書いた。
 いったいどのような前世からの約束で、このようなことになったのか、哀しいことである。
 さて、その後、藤壺の中宮は実の父が誰であると知ったであろうか、噂にも聞かないのでわからない。


 一の人となり、中宮、春宮女御の父と、めでたいことがあって、何の悩みもない香りの関白であったが、一人太郎の中将は涙にくれて、人知れずに嘆きを重ねていた。
「私は今にも死んでしまいそうだ」
 と思って涙ぐむ。
 太郎の中将は、藤壺の中宮への胸に秘めた恋心を鎮めがたく思っていた。
「もしかしたら、心が紛れるかも」
 と思って、他の女のもとへ忍び歩きをしてみるが、藤壺の中宮に似た人はいないので、心は慰められない。
 仲良しの従兄弟の宇治の権中納言を訪ねると、
「近頃君はこもってばかりで顔を見せないのがつまらない」
 と恨み言を言うので、
「このところ気分が悪くて」
 と言うと、
「それは悩みがあるからだろう。私と君との仲だ、隠さずに教えてくれよ」
 と近くの身を寄せて太郎の中将にじゃれつく。
 太郎の中将の袖がめくれて、腕の白さが美しい様を見て、宇治の権中納言は、
「関白の姫君も、このように美しい腕をしているのだろうか」
 と、すでに結婚の決まった中姫君を思うのも味気なく、太郎の中将を抱き寄せると、
「ああ、重たいよ」
 と太郎の中将は押しのけようとしたりするので、宇治の権中納言はさせまいと抱きしめる。
 そうして戯れているのも、可笑しい。
「君の悩みは、私にはわかっているよ。妹に恋した『宇津保』の仲澄の侍従の真似かい? それとも、『狭衣』の大将の真似?」
 と真剣に言うのを、太郎の中将は苦しいけれど、顔に出さず、
「そうではありません。ただ、この世はつまらないと思うだけで」
 と言葉少なに言うのを、宇治の権中納言は気の毒がる。
「水くさいなあ。君がずっと中宮を恋していたこと、私は子供のころから知っているのだよ」
 それぞれ恋してはいけない人に恋しているのは、本当につまらないことだから、今宵は気分を変えて、夜通し遊び明かした。


 その頃、横川にとても尊い僧都が住んでいたので、太郎の中将は横川の僧都を訪ねて教えを請い、仏などに、
「どうかこの思いを鎮めてください。それができないなら、髪を下ろしてこの山に籠ることができますように」
 と心を込めて祈った。
 僧都が、
「まことにこの世は仮初の世です。しばしの間この世に留まっている間は、後の世の為にお勤めを」
 と言う姿を間近に見て太郎の中将はますます心細く胸が痛くなる。
「せめて、もう一度、中宮のお姿を見ることはできないものか」
 と思うが、どうしたら叶うであろう。
「いっそのこと、このまま出家してしまおうか」
 と思うが、さすがに父母の嘆きを思うと、出家を思い止まって、都に帰ると、四の君は喜んで出迎えるのを見て、
「いつまでこうしてお会いすることができるか」
 と思うと悲しくなる。


 冬の頃、藤壺の中宮が風邪をひいて気分が悪くなり、内裏を退出した。
 今上帝がとても心配しているのも痛ましいが、
「せめてこうした折にでも、中宮のお姿を拝見したい」
 太郎の中将は昔からの恋心を忘れる時はなくて、二条殿の洞院の寝殿に下がった藤壺の中宮に何とか会えないかと、夜更けにこっそり訪ねた。
 女房たちが寝込んでから、太郎の中将は思い乱れるまま細殿の辺りから戸を開けて入った。
 胸が高鳴り、夢に惑う心地で太郎の中将は几帳の後ろから入って傍に近寄ると、藤壺の中宮は目を覚まして驚いて、情けなく思う。
 太郎の中将は藤壺の中宮の衣の裾を掴んで離さないので、わなわなと震え、そのまま突っ伏してしまった。
 藤壺の中宮は今上帝を一途に慕っている心の内なので、今さら太郎の中将が思いがけない態度をとったことに、驚くこと限りない。
 とても情けなく、辛そうな様子であるから、太郎の中将も無作法な態度はそれ以上しないで、ただ思いの丈を涙ながらに繰り返す。
「思い出してください。幼い頃は親しくしていた私たちであったのに。それが、この世では結ばれることができない縁があったこの悲しさを、誰に告げたらいいのでしょうか」
 藤壺の中宮は、疎ましく恐ろしいにつけても、哀れに思って、
「私たちの縁を思うにつけ、今さらどのように結ぶことができましょうか」
 といって泣く様子は、優しく可憐で、とても親しみが持てるが、決して馴れ馴れしくしないで奥ゆかしい気品のある態度なのは、やはり人とは違って見えるので、
「どうしてこの方に少しでも欠点がないのか。劣ったところがひとつでもあれば、私の思いも冷めるかもしれないのに」
 という心地になるのが太郎の中将は辛く思われる。
 本当に、決して過ちを犯してはならないのは道理であり、藤壺の中宮はとても苦し気な様子となったので、太郎の中将もどうすることができない。
「せめて来世で結ばれることを待ちましょう」
 とかろうじて言うと、捉えた藤壺の中宮の袖をやっとの思いで離し、前よりも思いが増さる心地がして、あれこれ思い乱れるけれど、夜が明けきらない頃、寝殿から立ち去った太郎の中将は、自分の部屋の東の対の戻ると、泣き伏した。


 なまじ会って話したため、藤壺の中宮への思いはますます募り、太郎の中将の心は乱れて、どの女のところにも寄ろうとは思わない。
 まもなく藤壺の中宮が内裏に戻ったが、太郎に中将は参内もせず、二条殿の洞院の東の対で、
「辛い、悲しい」
 とばかり思って過ごしている。
 参内して今上帝に目通りするにつけても、太郎の中将は宿世が恨めしく、空恐ろしくなる。
 藤壺の辺りに佇んで、笛などを美しい音色で吹いていると、今上帝はいつものように藤壺にやってきて、
「この笛の音は関白の中将のだな。こちらへ呼ぶように」
 と命じて、取り次ぎの女房が、
「藤壺へ」
 と伝えるので、太郎の中将は胸が高鳴る。
 御簾の外に控えていると、物思いをしているせいか、痩せた姿の太郎の中将は何ともいいようもなく美しいので、今上帝は、
「中将はひどく思い詰めているように見えるな。誰を恋い焦がれているのだろう」
 と思い、
「何でもいから、先程の曲と同じようなのを」
 と命じたので、徒労の中将は心を込めて笛を吹く。
 藤壺の中宮は、太郎の中将に迫られた夜から、いたたまれない思いがして、生きにくい憂き世と思っていたが、
「中宮も琴を弾くように」
 と今上帝が命じたので、藤壺の中宮も笛の音に合わせて琴を弾くその音色は、すばらしいこと限りない。
 太郎の中将は藤壺の中宮と合奏して、心も乱れる。
 ようやく一曲吹き終わると、
「早く辛いこの世を背いて、出家したい」
 という心が深くなっていく。


解説
 この章は沙羅の創作。
 朱雀院の崩御は古本では不明、今本にはない。
 後朱雀帝の退位理由として朱雀院崩御を捜索した。
 古本の中宮が立后したのは関白の娘で、皇子を生んだからと想像できるが、皇子誕生についてははっきりとした資料が残っていないので、本復元小説では関白の娘で今上帝の寵愛が深いからという理由で立后したことにした。
 古本で四の君腹の姫君たちが実の父を知ったかどうかは不明。
 今本でも記載されておらず、本復元小説でも明確には執筆しない。
 仮に四の君腹の姫君たちが出生の秘密を知るとしたら、『源氏物語』の明石中宮や、『有明の別れ』の中宮のように、皇子誕生時に出自について知ることになるか。
 太郎の中将の出家理由は、『風葉和歌集』巻第十七・雑二・一二六七番歌により、中宮に失恋したことが原因と想像できるので、本復元小説では藤壺の中宮に拒否されたことが出家の思いを強くしたと創作した。
 

2016年12月25日 (日)

贋作とりかへばや25

 儚く年月も過ぎて、桜花帝はひどく煩うことが多くなり、
「私には皇子もいない。寂しい上に、先の世のことも不安に思われるから、気楽に親しい人にも会い、思い通りにのんびり暮らしたい」
 と、急に退位した。
 世の人は惜しんで嘆いたが、春宮も大人になっていたので、政治のことで大きな変化もなかった。
 春宮が即位し、桐壺の女御の一の宮が春宮となる。
 当然のことだと前からわかっていたけれど、実現するとやはりめでたいこと限りない。
 桐壺の女御は藤壺に移り、中宮となる。
 娘が二代続いて后に立つのは、本当にめでたいことであるから、立ち腹の関白の心はいかばかりか。
 玉の台の太政大臣は、辞職して引退した。
「世の中の理により、恐れ多くも帝も位を去られるのに、年老いた私が職を辞することに、何の未練があろうか」
 と思い、髪を下ろして出家した。
 立ち腹の関白左大臣はそのままで、香りの内大臣は右大臣になる。
 月草の大納言は、内大臣で大将を兼任する。
 宇治の三位中将は権中納言に、宮腹の少将、太郎の少将は中将になる。
 誰もがますます栄えていく一族である。
 桜花院は、望み通りのんびりと過ごし、すばらしく申し分のない暮らしぶりである。


 様々な行事が一段落して、雨が降り続いていた頃、内裏の物忌みが続いて宮中に籠ることが長くなった。
 徒然と雨が降る一日が暮れて、しめやかな夜、殿上にも人が少ないので、宿直所で宇治の権中納言と宮腹の中将、太郎の中将が、親しい公達も呼んで、色々な書物などを読んで無聊を慰めていた。
 その中に、作り物語があったので、あれこれと批評しあった。
「天に帰ったかぐや姫の『竹取』や、異国をさまよう『宇津保』は、古い時代の物語だけど、驚くことが書いてあって、面白い」
「どちらもあり得ないことが書いてあって、いかにも作り物だ」
「『住吉』と『落窪』は、似たような話だが、継母の末路が違うのは考えさせられる」
「どの物語も、所詮空言だ。『伊勢』『大和』は、本当の出来事を書いたものだから、感銘を受けるのだろうね。歌などもすばらしい」
「だけど、『源氏』より昔の物語は、文章も歌も古臭くて」
「やはり、物語ならば『源氏』が一番だ」
「紫式部が『源氏』を作り出したことは、この世だけでなく前世からの絆があったからだと思うよ。でなければ、このように面白い話を思いつくはずがない」
「桐壺の巻こそすばらしい。言葉続きや話の内容、しみじみと心打たれて悲しいこと限りない」
「帚木の巻は見所があり、夕顔の巻も心苦しくなるような巻だ」
「紅葉賀と花宴の巻はどちらも優雅で、何とも言えない」
「葵の巻は面白い」
「賢木の巻も風情があり、須磨、明石もしみじみする」
「玉鬘の並びの巻なども優美で、美しい」
「若菜の巻から面倒な話が多いですが、見所がありますね」
「御法と幻の巻が、とても哀れで――」
 そうやって『源氏物語』の巻の面白いところなどを、あれこれ言い尽し、他の物語について問うと、
「『狭衣』こそ、『源氏』の次に良いと思うね」
「どうかねぇ。少年の春は――の書き出しが良いけれど、見苦しくあさましいことも書いてあるから、『源氏』の真似をし損なったみたいだ」
「『寝覚』こそ、心に染みるよ」
「いやいや、興ざめな一件もあるのに、それが当たり前のように泣いたり笑ったりしているのは、呆れるよ」
「それなら、『御津の浜松』の言葉遣いや内容は、どれも珍しく、哀れ深く、感慨深い。すべての事が新鮮で、歌もいいし」
「だけど、唐土と日本との関係は、本当らしくなくて、興ざめだ」
「『隠れ蓑』も変わった話で、読み応えがあるはずだけど、古めかしい文章で歌も悪いから、書き変えたほうが良くなると思う」
 こうして古い物語はもちろん、『源氏』は言うに及ばず、『狭衣』『寝覚』『浜松』といった最近の物語まで、あの物語はしんみりして趣がある、歌はよい、この物語は読むに堪えない駄作だ、などと言い合っていたら、夜も明けてしまった。

 ようやく今日は日も晴れて、こうして内裏に長く籠っているのも、父母の心が気の毒なので、宮腹の中将と太郎の中将は兄弟そろって二条殿に退出した。
 寝殿の香りの右大臣に挨拶してから、太郎の中将は母の四の君がいる洞院の御殿に赴いた。
 四の君は太郎の中将が戻ると、待ち焦がれた様子である。
 四の君は長男の太郎の中将を頼もしいと思っていて、頼りにしているのも、大きな子供が四人もいるとは思えず、若々しく可愛らしい感じがする。
 四の君は自ら食事を整え、太郎の中将に勧める。
 太郎の中将は、幼心にほのかに聞いたことや、大姫君との結婚を反対する理由などを気にしていたが、はっきり問うこともできず、
「一体どうしてだろう。昔何があって、私はこんなに辛く悩むことになったのだろう。昔のことも将来のこともわからないままでは、心も落ち着かず、嘆きは尽きない。どうして誰も私に訳を教えてくれないのだろう
 と思うのである。

 春宮の元服が近いので、立ち腹の関白の姫君の入内も近いだろうと世の人は言うが、立ち腹の関白は大姫君と中姫君をどのようにしたらいいかと思い乱れていた。
 本来なら四の君の夫である香りの右大臣が父親として後見すべきだが、月草の内大臣との子であるから、心を込めて世話をしてくれないであろうと思う。
 まして、香りの右大臣の一人娘である麗景殿の姫君が成長して入内したら、気苦労の種になるのは間違いない。
 思い悩んでいるうちに、立ち腹の関白は臥せってしまった。
 薬湯なども口にせず、やせ細っていったので、皆は驚いて、院、帝の后たちも、四の君も足繁く通って看病する。
 朱雀院や桜花院をはじめとして、後朱雀帝、春宮のお見舞いの使者は連日絶え間なくあり、香りの右大臣もまた見舞いに参上した。
 立ち腹の関白はとても喜んで、無理して起き上がって対面する。
「我が命も今日か明日かと思いながら、未練が多いので、心強く世を捨てる決意ができかねています。二人の幼い姫を残して行くのが心配でたまらないのです。昔のことは水に流して、あなたの娘として世話をしてください。姫たちが落ちぶれることのないように、どうか、どうか」
 いつになく弱々しい立ち腹の関白に、香りの右大臣は痛ましく心苦しく思う。
 香りの右大臣の心の内では、昔のことがどうしても忘れられないのだが、四の君が実家に娘たちを置いてきていることを嘆いているも哀れだし、立ち腹の関白が涙を流しながら頼むので、
「私の配慮が足りないばかりに、義父上を悩ませることになり、申し訳なく思います。これからは私が真心を込めてお世話いたします」
 と姫君たちの後見を引き受けた。
 立ち腹の関白は安心して、薬湯なども飲み、おびただしい祈祷の効果があったのであろう、間もなく起き上がれるようになった。

 こうして大姫君と中姫君は、香りの右大臣の娘としての扱いを受けることになった。
 香りの右大臣は、四の君が大姫君と中姫君と別々に暮らしていたことを内心ひどいと思っていたことは気づいていたので、恨まれているのは面白くないからと、姫君たちを二条殿に移した。
 母娘の対面が叶ったことに、四の君は夢の心地がする。
 本当に幼い頃に別れたので、大姫君も中姫君もとても大きくなって、美しく衣を纏っている有様なので、四の君は愛おしく思って涙が止まらない。
 長年嘆き、悲しみ、様々に辛い身の上だと思っていたが、姫君たちと再会して晴れやかな心になる。
 大姫君も中姫君も、立ち腹の関白夫妻を養父母としていたけれど、
「本当の父母はどこにおいでなのか」
 と自分の出自を知りたかったが、誰に尋ねたらいいのかわからなくて、ずっと気にしていたけれど、四の君が母とわかり、夢路に惑う心地から目覚めたような思いである。
 香りの右大臣も姫君たちが住む西の対の部屋にやってきて対面して、
「親子の仲で、こんなに長い事会わなかった例は、他にはないでしょうね。辛い契りでした」
 と言うと、実の父が誰と、はっきり言いにくいことなので、四の君は恥ずかしくなる。
 香りの右大臣は、息子たちにも内々に、父親ははっきり誰とは言わないが、大姫君と中姫君が四の君の娘だったことを説明したので、大姫君に思いを寄せていた太郎の中将は驚くこと限りない。
「それでは五の君は私の姉であったのか。事情を知って見れば、結婚を反対される訳だ」
 姉に思いを寄せるのはあるまじきこと、してはならないことと思うけれど、恋しさはかえって募る。
「この世では結ばれることのない仲と知らなかった。それにしても、口惜しい。五の君以外の女性を妻にしたくないのに」
 昔も、姉妹に対して口に出してはいけない恋の過ちをする人があったが、本当に思い通りにならない宿命に、辛く苦しい思いを抱えて日々を暮らす。
 鬱々とした心のまま、大姫君と中姫君がいる西の対に参上すると、傍に女房たちも多くは控えておらず、大姫君と中姫君が二人で仲良く手習いなどしていた。
 太郎の中将が御簾を引いて覗くと、姫君たちは顔を少し赤らめて、几帳の影に隠れる。
 艶めかしく可愛らしい有様は、何に例えようか。
 涙が零れるほどの美しさに、太郎の中将はつくづくと見て、
「こうして常日頃親しくお目にかかるようになりましてから、姉上方のことを特別親しく思うがゆえに、同じ紫草の根のゆかりであることが残念です」
 というと、
「どうしてそのようなことをおっしゃるの。私はただ昔も今も弟と思っていましたのに」
 儚げに言い返した大姫君の様子に、太郎の中将は諦めきれない思いがする。
 宇治の権中納言は、二条殿の若君たちとは従兄弟同士である縁で、親しく通っていたが、ますます二条殿に移った中姫君を気にかけて、異母妹と知らないまま文などを送ってきたりするので、香りの右大臣は読んで、
「すばらしい筆跡だ。内大臣の若い頃よりも優れているかもしれない。母君に似て美しく立派な若者なだけに、婿にすることができないのが残念だ」
 と思うにつけ、間違いがあってはいけないと、宇治の権中納言が中姫君に文を送ったことなどを書いて、華の上に文を送ると、華の上は驚いて、
「何としてでも権中納言の心を変えなければ」
 と決心する。

解説
 この章は先行論文などから想像した創作。
 譲位と即位、立坊、立后、昇進などは、今本を元にして想像。
 今本の帝には女主人公との間に皇子皇女がいるが、本復元小説では『源氏物語』の冷泉院のように後継者はなかったものと設定し、朱雀院系に帝位は移ると想像した。
 立ち腹の関白の三の君が立后したのは沙羅の創作。
 玉の台の左大臣が出家したのは今本に依る。
 立ち腹の関白は今本では関白にならずに太政大臣になる。
 香りの内大臣は今本では右大臣にならずに関白左大臣になるが、本復元小説では官位の順番どおり右大臣にした。
 月草の権大納言の内大臣昇進は今本通りで、古本での最終官位も内大臣である。
 物語について批評する段は、『無名草子』の記事「内裏の御物忌みに籠りて、殿上にあまた人集いて、物語の沙汰などしたるこそ、雨夜の品定めなど思ひ出でられ、いとめづらしをかしと言ひつべきに、まねび損じて、いとかたはらいたしとも言ひつべし」から創作した。
 物語の批評は、『源氏物語』『無名草子』などを参考にした。

2016年12月24日 (土)

贋作とりかへばや24

 様々にめでたいことが続いて、年も明けた。 
 玉の台の左大臣は子供たちもそれぞれ落ち着き、将来は安泰であるとのみ思って、心のどかな様子だが、香りの右大将は自分たちの異装が引き起こした過去の件を心苦しく思い、のんびりと話をしたついでに、
「世の中の理として、喜びや栄華にも必ず興をさますことがあるという道理を、身を持って経験なされた父上は、これからもお忘れにならずにいてください。あの右大臣は、すでに高齢ですが、今なお関白の職に執着しているようです。昔、おじいさまが兄である右大臣を差し置いて、弟である父上に関白の職を譲られたことは、恐れながら、間違いでございました。いつか春宮の若宮が立坊し、桐壺の女御が后に立たれる時に右大臣が関白に就任するでしょうが、まだ遠い先です。右大臣が関白になれないまま年老いていくのを見ているのは、罪深い事だと思います」
 と進言すると、玉の台の左大臣は、
「なるほど、思いもしなかった」
 と感心し、香りの右大将の優れた様子を、玉の台の左大臣は空恐ろしいまでに感じ、進言通りにしようと思う。
 それから玉の台の左大臣は関白を辞し、太政大臣になった。
 立ち腹の右大臣が関白左大臣になり、香りの右大将は大将を兼任しながら内大臣になった。
 順次昇進して月草の権中納言は大納言になった。
 こうした喜びにも昔のことが思い出されて、
「中納言になった時、四の君が人知れず祝いの文を送ってくれた」
 と、たった今のように思い出されて、何事の嬉しさも冷める気がして、ほろほろと涙が零れる。
 立ち腹の関白の中の君が立后して、中宮となる。
 桜花帝の寵愛は優っていたが、皇子もなく、一の人の娘ではなかったので中宮になれなかったから、今は面目も保たれた。
 梅壺の女御は他の女御よりも先に入内して、桜花帝も誰よりも大切に思っていたが、後ろ盾が弱いから、立后が叶わなかったのを恨んで泣いているのを、桜花帝は慰めかねている。
 念願がかなった立ち腹の関白の心は、どれほどのものであったであろうか、喜び惑うこと限りない。
 この度の人事が香りの内大臣の進言だと公表されたわけではなかったが、
「これも内大臣のおかげ」
 と広く世の人はそう思い、口にした。

 儚く月日は過ぎて、月草の大納言は喪服を脱ぐ。
 式部卿の宮の喪が明けて、月草の大納言は華の女君を屋敷に迎えて宇治の若君と対面させた。
 正式に大納言の北の方となった華の上は、長い事会えなかった宇治の若君を見て、たまらなく切なく思う。
 月草の大納言と再び縁を結んだ時は、嫌だ、会いたくないと思っていたが、やはり愛おしい思いは抑えきれない。
 宇治の若君は、幼いながらも華やかで、愛敬があるのはこよなく見え、目を見張るばかりで、可愛らしい。
 これが最後と別れた夜のことを思い出し、ついさっきのような心地がして、たまらなく悲しく、涙が零れる。
 宇治の若君も、幼いながらも母とわかり、じっと見つめて、激しく泣く。
 本当にいじらしいので、華の上は抱いてあやすと、宇治の若君は無邪気に笑う。
 それからは、華の上は宇治の若君をとても愛おしいと思って、抱いて可愛がるのを、月草の大納言は嬉しく思う。
 若君の乳母は、呆れるほどあっけなく消えてしまった女君のことを思い嘆いていたが、月草の大納言が華の上と結婚して、屋敷に迎えたので、
「若君のお母上は、太政大臣の姫君だったのだ」
 そう納得して、とても嬉しくなる。
 どうしようもなく恋しく悲しかった心が慰められて、月草の大納言がいない時は、いつも華の上の御前に伺候して、話などをする。
 華の上も泣いて、
「夢の心地がします」
 と胸がいっぱいになる。
 世の人も、
「大納言の若君は、北の方の実の子であるらしい」
「内大臣が行方知れずになっていた間、尚侍は里下がりしていたが、その時の子であったのか」
「賤しい女から生まれたというのは間違いであった」
 と言い合う。


 香りの内大臣は昇進しても変わらず吉野山には足繁く通い、近くの領地から上納される品々を、全て吉野の聖にのみ献上するように手配する。
 吉野の聖は、
「かえって不本意でございます。今日まで憂き世のことを知らぬ顔をしておきながら俗世に近いところに暮らしてまいりましたが、今は思い残すことなく、鳥の声も聞こえない山奥に入ることを心から願っていますのに、このようなお心づかいはかえって――」 
 と、何度も辞退して、山奥に入ろうとのみ思い、準備を急ぐ。
 それを聞いて華の上も本当に残念に思い、
「私たち兄妹は、人並みではなく物慣れない有様で、辛いことが多いだろう。そしたら、また世の憂き目を見ない山路を求める時、この吉野山を頼って最後の棲み処と思っているのに、今までと変わらずに聖がこちらにお住まいになられていたら、嬉しいだろうに、聖が山奥に入ってしまわれたら、やはり心細い」
 と思うけれど、止めることはできない。
 いよいよ庵に住むのもこれが最後という日、吉野の聖は尋ねてきた香りの内大臣に、
「もうあなたがたは何の心配もございません。今となっては、あなたがたご兄妹がこの庵に立ち戻ってご覧になることはありましょうか。私も都に出ることはありませんから、これが最後の対面でしょう。長年気がかりに思われたあなたがたに関わり申しましたが、これからは仏道一筋に努めます。ところで、十年二十年後に、内大臣殿にはこの上ない御忌みがあるとお見受けいたします。ゆめゆめ油断なさいませぬように」
 と涙を流して言うので、香りの内大臣はただでさえ仮初に思っているこの世が、とてもしみじみ思われる。
「人並みではない私は、いつまでも俗世に留まってはいけないと思っています。ただ父母を嘆かせるのも罪深く思われて――」
「まずは御仏にお祈りなさいませ。私はどこにおりましても、あなたがたのことをお祈りします」
 と吉野の聖は言う。
 香りの内大臣は泣く泣く吉野の聖と別れ、都に戻った。
 それから吉野の聖は庵を出て、深い山奥に入っていった。
 香りの内大臣も華の女君も知らせを聞いて激しく泣いて、吉野の聖を惜しむこと限りない。


 ほどなく年月も過ぎてゆき、春宮の桐壺の女御にばかり二の宮、三の宮、姫宮が続いて生まれる。
 香りの内大臣も、四の君の腹に男の子が三人続いて生まれて、女一の宮の腹の大若君も、今は大きくなって童殿上などして歩き回っている。
 朱雀院の御所には昇殿を許されて、いつも参上するのを、祖父の朱雀院は宮腹の大若君のことを可愛いと思って可愛がっている。
 玉の台の左大臣と北の方も、宮腹の大若君を片時も手放さず可愛がり、父親の香りの内大臣にさえ気安く会わせない。
 月草の大納言にも、華の上の間に姫君二人と若君が生まれた。
 子供たちが次々生まれ、袴着などの儀式をすることなど、暇がないから書かない。
 宇治の若君も十一歳になり、童殿上して、宮腹の大若君と一緒に歩いている。
 内大臣家の若君も大納言家の若君も、皆美しく、賢く、何事にも優れ、性格も素直で、可愛らしいので、帝も春宮も可愛いと思って目をかけている。
 香りの内大臣や月草の大納言などが、今ではすっかり重々しくなって、若く美しい公達がいなくなったように思われたが、子供たちの多くが父親に劣らない容貌と有様なので、かえって世の末に優れた人材が今の世に多そうである。
 中でも宇治の若君と四の君腹の太郎の若君などは、抜きんでている。
 特に宇治の若君は、今少し匂い立つような愛敬があって、すばらしいのも、母の華の上に似ているからであろうか。
 華の上は、昔愛用していた笛を宇治の若君に伝え、宇治の若君は母から教わった笛の音を吹くのは、大変素晴らしい。
 父の月草の大納言は、宇治の若君をとても愛おしいと思っている。
 世の人は、
「内大臣の若い頃によく似ている笛の音だ」
 と感心する。
 太郎の若君も、父の香りの内大臣に似て、上品で匂うように美しいと評判だ。
 宮腹の大若君は、女一の宮という高貴な母から生まれたので、やはり気高く、艶めかしい美しさは際立っている。
 宇治の若君は、十二歳で元服した。
 香りの内大臣の宮腹の大若君、太郎の若君も、次々と元服し、中将、少将と出世する。
「大納言の中将、内大臣の中将、少将」
 と並び称されて、世の人は、良い娘がいると内大臣家、大納言家の若君を婿にと話を持ちかけるが、父親が、
「若い頃から結婚をするのも、窮屈であるから、もう少し大人びてから」
 と言って断る。
 こうした世に評判の若者たちは、縁談を勧められた姫君には関心がなく、春宮の姫宮のことが気になっていた。
 姫宮の気配が優れているという評判も聞いているので、ますます忍び難くなっていくようだ。
 他に立ち腹の関白の姫君にも心惹かれているようで。
 立ち腹の関白のもとで育っている四の君の生んだ大姫君と中姫君は、世間的には「関白の五の君、六の君」ということにしている。
 年老いた人は誰もが月草の大納言との密通の子だと知っているが、立ち腹の関白が孫姫君をとても愛おしんでいるので、世間の評判は悪くはない。
 大姫君も中姫君も人柄、容貌など、とても美しいので、若い人などは、姫君を見たい、会いたいと思っている。
 二条殿の太郎の少将は、幼い頃から祖父の屋敷に遊びに来ては、他人行儀な扱いはされず、御簾の内を許されていた。
 だから自然と大姫君と中姫君に会う機会も多く、幼心に美しい姫君だと思っていた。
 一緒に人形遊びや琴笛の演奏をして、好意を見せていたので、大姫君も太郎の少将を可愛い子と思っていた。
 幼い頃はともかく、だんだん大人になると、祖父の立ち腹の関白も祖母の北の方も姫君たちの傍には近づけないようにしたので、太郎の少将はひどいと恨んでいた。
 気軽に会えないのが、気が気でなく、一夜も会えないと恋しく思うほど、太郎の少将は大姫君に心を寄せていた。
「大人になったら五の君と結婚したい。五の姫より劣った人と結婚したら、生きている甲斐がないだろう」
 と思っていて父と母に願っても、
「それはとんでもないこと」
 と、許されない。
 同じ母から生まれた姉弟であるとは言いづらい事なので、太郎の少将は詳しい事は知らないまま、恨めしく思う人、ひどいと思う人の数も多くなって、
「この世はつまらない。出家してしまおうか」
 などと人知れず思う。 
 太郎の少将が事情を知らなくて、この世を恨めしく思っているのも心苦しい事だ。
 宇治の中将も、春宮の姫宮に心惹かれている一方で、
「関白の五の君と六の君は類まれな美しい人らしい。何とか見てみたいな」
 と思って、異母姉妹とも知らずに心を込めて文を送っている。
 若い人が恋しく思っている人の出自を知らないことは、困ったことである。


 そうそう、香りの内大臣は麗景殿の女のことは、さすがに思い捨ててそのままにするのも心苦しい人柄だったので、しかるべき折々には、人目を避けて通っていたけれど、そのうちにとても美しい姫君が一人生まれた。
 二月の良き日に、麗景殿の女御の実家で生まれた姫君の出産祝いに、兄君たちが父の香りの内大臣に連れられてやってきた。
 祝宴の席で、太郎の少将が盃のついでに、
  双葉より千代のけしきのしるきかな木高かるべき宿の姫松*1
(双葉の頃から千年も栄える様子がはっきりと見えます。木高く成長しそうな姫松のような姫君です)
 と詠んだ。
 香りの内大臣は、四の君の大姫君と中姫君の他に女の子はいなかったので、麗景殿の女と姫君をとても心配に思い、二条殿に迎えようと思った。
 女の姉の麗景殿の女御が、
「私には女宮だけでもどうして生まれなかったのだろう」
 と長年嘆いていたが、この姫君がこうして美しく生まれたので、可愛く思って手放さないので、香りの内大臣も、
「これは結構なことだ」
 と思って、麗景殿の女御のこともしかるべき後見をした。
 中宮の権威の傍で辛い思いをしているのも、きまり悪い心地がしていた麗景殿の女御も、姫君の縁者として香りの内大臣から心寄せられているので、そうした思いも隠されてしまった。


解説
 この章は『無名草子』の記事や先行論文などから想像して書いた創作。
 現存資料などでわかっていることは、
1香りの尚侍が男に戻ってからの人柄は良い。
2主人公たちの子供が大勢いる。
3玉の台の左大臣は太政大臣に、立ち腹の右大臣は関白になる。
4四の君腹の若君である中将は、中宮に恋慕したが失恋して出家した。
 などである。
 古本で立ち腹の右大臣が関白になったのは、恐らく帝・春宮の外祖父になったからだと思われるので、『風に紅葉』で主人公が父の関白に伯父に関白職を譲るよう進言したエピソードを参考に、香りの右大将の進言によって春宮の若宮の外祖父である立ち腹の右大臣は関白になれたと想像した。
 子供たちは、四の君腹の中将と華の上腹の権中納言の存在が確認できるが、他の子供たちの男女の別、総数は不明であるので、今本を参考にした。
 四の君腹の大姫君については、今本では「今の関白殿」である香りの右大将の子として今上帝に女御として入内するが、中宮にはなっていない。
 おそらく古本の中宮は大姫君である。
 神田龍身氏によると、大姫君と中姫君は「密通の結果の子ということもあって、関白家の五の君、六の君という名目で養われていたのではあるまいか、中将と中宮とは互いに兄妹であるという事実を知らなかったのだ」と想定している。(「物語史への一視覚――『(古)とりかへばや』『在明の別』と『今とりかへばや』――」・文学語学より)
 異父・異母兄弟姉妹にそうと知らずに恋愛感情を寄せたり、寄せられたりすることは、『源氏物語』の柏木の玉鬘への恋慕を始め、『海人の苅藻』『有明の別れ』『我が身にたどる姫君』などがある。
 古本でも四の君腹の姫君と若君が姉弟と知らずに恋愛感情を抱いたが、出生の秘密を知って断念したと思われる。
 おそらく宇治の若君も、四の君腹の姫君に恋慕したが、異母姉弟と知って断念したか。
 吉野の聖については、古本の「みてものの聖」がどういう役割をしていたのか不明であるため、とりあえずこの章で退場させた。

*1
 『風葉和歌集』巻第十・賀・七一三番歌。
 詞書に「太政大臣の娘の産屋にまかりて侍りける」とあり、「杯のついでに」この歌を詠んだのは「中将」であることから、物語の最後で太政大臣になる香りの内大臣の娘は麗景殿の女が生んだ姫君で、中将は太郎の少将と設定した。

2016年12月23日 (金)

贋作とりかへばや23

 香りの右大将は、自分の正体が宣耀殿の尚侍だったことを月草の権中納言に知られたからには、もはや華の女君との結婚を認めるしかないと思う。
「権中納言も妹を愛しているのなら、我ら兄妹の秘密を世間に漏らすことはしないだろう。妹も、さり気なく振る舞いながら、若君のことを愛おしく思っているにつけても、やはり、二人は結婚するのが一番いいようだ」
 などと、その気になり、玉の台の左大臣に相談すると、
「表立って結婚を許すのも、今まで入内をお断りし続けた帝にも春宮にも申し訳ない。ただ自然と、いつの間にか夫婦になったという風にしたほうが、穏便に事は進むであろう」
 と言うので、香りの右大将も、確かにそうだと思う。

 月草の権中納言は、華の女君の面影ばかりが身から離れない心地が募るので、やはり何とかして心静かに香りの右大将と会って、詳しい話を聞きたい、華の女君の様子を知りたいと思い余り、夕風が涼しい黄昏時に、こっそりと左大臣邸を訪れた。
 香りの右大将は二条殿か右大臣邸に居るのだろう、左大臣邸の西の対は人少なで、月草の権中納言は残念に思っていると、東の対から筝の琴の音がほのかに聞こえてくる。
 もしかしたら、華の女君がいるのかもと思って、心が騒ぐ。
 華の女君が弾いているのだと思うと、月草の権中納言は嬉しくなって、しばし立ち止まって聞いていると、すばらしく聞こえる。
 蔀などは下してあったが、妻戸などはいまだに鍵がかかっていない。
 風に吹き開けられていたのが嬉しくて、そっと中に入ったが、知る人もいない。
 暗い方に立って隠れていると、女房が二人ばかりいて碁を打っているらしい。
 華の女君は、帳の内に琴を枕にして寄り臥して、手すさびに琴を掻き鳴らして、灯をつくづくと眺めて物思いしているのが、似る者なくすばらしい。
 髪は宇治にいた頃より長くなっていて、美しさと可憐さが増している。
「ああ、美しい」
 と思って月草の権中納言は見つめていたが、人が見咎めようと、今夜はこのまま過ごせそうにない心地がして、焦って、伺候している女房たちも早く寝てほしいと思う。
 華の女君は、様々に過ぎし出来事を恋しく思い続けて、宇治の若君と別れた時の心の内や、無心に笑ってこちらを見ていたことなどを思い出し、非常に恋しく悲しいままに、
「物思いをするにつけ、本当に辛いのはこの世の契りだった」
 と、ほろほろと涙が零れるので、気まずくて、夜着を引き被って臥した。
 碁を打っていた女房たちも、打ち終わって、
「尚侍はお休みになられたようです。衾をおかけして」
 と、灯台も遠くに移して、
「あちらの妻戸はまだかかっていないわ」
 と言って、月草の権中納言が隠れている方に来る人がいる。
 月草の権中納言は、見つかったらと恐ろしいけれど、暗い方にそっと立ち隠れていると、女房たちは、妻戸の掛け金などをしながら、
「おかしなこと。人の気配がするのは、怖いわ」
 と言って、急いで奥に入って、皆寝た。
 見ると、帳台の傍には人もいない。
 月草の権中納言は安心して、そっと近くに寄ると、かけていた衣を引きのけて華の女君に沿い臥すと、華の女君はいまだ寝入っていなかったので、呆れたことだと驚き、
「権中納言が訪ねてきたのだ」
 と思うと、悔しく腹立たしくて、衣を引き被って動かないのを、月草の権中納言は無理に引きのけて、この数か月会えなかったこと、自分と宇治の若君を捨てて行ったことなどを泣きながら訴える。
「あなたが私をあさましい不要の者と思われて、見捨てられた我が身と思って会うことを遠慮していましたが、この何か月か、幼い我が子のことを自然に尋ねてくださることがないのもどうした訳なのかとお聞きすることもできずにいるのが我慢できなくなり、あなたの兄弟と話して仲立ちをしてもらおうと思い、こちらに参ったのですが、あなたがこちらにいるのを見つけて、嬉しく思います」
 華の女君は、ひたすら情けなく、憎く、悲しくて、
「どうして髪を下ろしてしまわなかったのだろう。我が子可愛さゆえに都に戻ったけれど、様々なことを思うと、どうしてもこの人と一緒になる気にはなれない」
 と思い続けて、涙が零れるのを、月草の権中納言は、
「愛しい人よ。そんなに恨まないで。こういう運命だったのです。ただ私と同じ心でいてください。そうすれば、悪いようにはなりませんよ」
 と泣く泣く口説く様は、くどくなるから書かない。
 男の姿でいた時でさえ、月草の権中納言に抱きすくめられて逃げられなかったのに、まして女の姿になったら、どうすることができようか。
 月草の権中納言も、何が何でも負けないという心さえ添うので、華の女君はますます逃れられず、どうしようもなく、恥ずかしく、耐え難いので、声も立てんばかりに思う様だけれど、
「誰が来てもいい。たとえ聞きとがめて寄ってくる人がいても、構わない」
 と月草の権中納言は思いつめているので、華の女君はなす術がない。
 遠くで思っていた頃よりも、近くで見る美しさはこよなく思えて、月草の権中納言は、これからは片時も離れていたくはないと思う。
 あっという間に夜は明けてしまった心地がするので、月草の権中納言は身を分かつ思いで、繰り返し愛の言葉や将来のことを誓い、昨夜入ってきた妻戸から出て行った。

 香りの右大将が二条殿から帰り、東の対を訪れると、
「尚侍は昨夜からご気分が優れないとのことで、まだお休みになられています」
 と女房が言うので、驚いて、
「どうして教えてくれなかったのですか。どの様な具合で? 風邪でもひかれたのか?」
 などと見舞うが、華の女君としてはひどくきまりが悪いので、起き上がって、
「胸が痛かったので、押さえていたのです」
 と言う顔も、ひどく赤くなっていて、泣いていたのだと見える。
「もしかして、権中納言が忍び込んできたのか」
 と香りの右大将は思う。
 華の女君の傍には、後朝の文らしい美しい紙が落ちているので、香りの右大将は近くに寄って、
「私たちにとても縁のある人からの文ですか? お返事はいかかなさいます?」
 と言うので、華の女君は昨夜のことは誰にも知られたくないと思っていたのに、香りの右大将が事情を察しているのはたまらなく恥ずかしくて、顔を合わせるのも気が引けるが、乙女のように恥ずかしがるのも自分には似合わないので、ただ顔を赤らめて、
「別に世間によくあるような恋文とかでは――」
 と言い紛らわすのも無理もないことなので、香りの右大将はそのまま部屋を出て行った。
 そうはいっても、隠しておくことではないので、玉の台の左大臣に、華の女君の様子や、月草の中納言が東の対に忍び込んだらしいことを言うと、玉の台の左大臣も入内できなかったことは残念だが、月草の権中納言も見劣りするような身分ではないので、今のところは知らない顔をして、女房の装束や華の女君の装束なども、いつもよりことさら美しく新調して、帳台の帷子や調度まで、ますます美しく飾り立てた。

 月草の権中納言は、並々ならぬ前世からの契りの深さを、しみじみと嬉しく思う。
 それからは月草の権中納言は、華の女君のもとに通い、しかるべき折には香りの右大将の部屋にも渡って、琴や笛の音の演奏や、漢文などのことも一緒にして過ごす。
 玉の台の左大臣は、残念だとは思いながらも、もうどうしようもないことで、不本意だという態度を見せるのも月草の権中納言に対しても気の毒だから、婿として世話をする。
 華の女君の方も、逢瀬を重ねるうちに、もはや月草の権中納言と添い遂げるしかないと諦めたようであるが、ただ、一人になると、
「心外で情けない宿世だ」
 と、思い詰めている。
 月草の権中納言とは昔からいつも慣れ親しんで、互いに語り合ってきたのに、果てにはあさましく世間並みではない男装を見破られてしまった契りの深さも、心にしみじみと思わない訳ではないが、やはり、昔と違う今に涙が零れる折々がある。
 あんなに心から気にかかって、見たい、会いたいと思っていた宇治の若君のことも、露ほども見たいと思わず、
「どうして権中納言との忘れ形見が残ってしまったのだろう」
 と悔しくなる。
 このようにあまり表沙汰にならない結婚だけれど、自然と噂は世間に広まり、
「尚侍に権中納言が通っているようだ」
「右大将が権中納言と引き合わせたらしい」
「右大臣の姫君の事で疎ましくなって当然の二人の仲も、とてもうまくいって、右大将のお心づかいもありがたく、人がどうかと思っている権中納言に尚侍と結婚させて、厚遇している。これにつけても、右大将を褒めるべきだ。権中納言はその程度の男だ」
 と、噂では月草の権中納言を悪く言うにつけ、本人は何度も反省する。
 桜花帝は華の女君が結婚したことを、
「私との縁がなかった人だったのだ」
 と残念がり、春宮も、
「あんなに仲良くしていた私たちなのに――」
 と悔しく思っていたが、七月には桐壺の女御が懐妊して五か月と奏上して退出した。
 立ち腹の右大臣はこれで安心だと喜ぶこと限りない。

 左大臣邸に通うことは、やはり気まずいので、一日でも早くと、月草の権中納言は自邸に華の女君を移したいと支度をするけれど、華の女君は辛がり恥ずかしがっているので、玉の台の左大臣も香りの右大将も月草の権中納言の屋敷に移ることを、すぐには許しそうにない。
「急に夫の屋敷に移るのは、軽々しいようだから、そのうちに」
 と玉の台の左大臣は言うので、早く一緒に暮らしたいと思っている月草の権中納言は、じれったい。
 秋になった頃、式部卿の宮が亡くなった。
 式部卿の宮は世間からも重く思われていた人なので、朱雀院、桜花帝、春宮をはじめとして、大臣、上達部も残らず悲しいこと限りない。
 月草の権中納言は父宮の法要を、心を込めて営み、冥福を祈る。
 喪中であるから、月草の権中納言は、華の女君に会いに行くことができない。
 一人宇治の若君を眺めたり、一緒に遊んだりして、物足りなく思う。
  恋侘ぶる長き夜すがら寝覚むればならはぬ秋の風を知るかな*1
(あなたを恋侘びて、長い夜に目が覚めると、慣れぬ秋風の音を聞いて、寂しくなります)
 と文を送った。
 華の女君の返歌は、
  君はさや思ひ知るらむ我はただいつともわかず秋の心は
(あなたはそのように思い知ったのはいつのことなのでしょうか。私はただいつとも知らずに秋の心――私のことを飽きたというあなたの心を思い知っています)
 とあるので、月草の権中納言は、父を亡くした悲しさに増して、華の女君と離れている辛さに涙がこぼれてくる。

 四の君は、二条殿で出産することになり、八月の終わりに右大臣邸から移った。
 こちらでは、香りの右大将が部屋にやってきて、四の君を世話する様子は、とても好ましい。
 月草の権中納言との間に生まれた姫君たちは、やはり気まずいのでつれてこないのを、香りの右大将も、
「どうしてつれてこないのです? やはりこちらで暮らしましょう」
 とは言わないので、世間の噂は嘘ではなかったと立ち腹の右大臣なども推し量る。
 四の君が香りの右大将のもとに渡ったと聞いて、月草の権中納言は、やはり未練が残っているのか、昔のことが思い出されて、なみだがほろほろと零れる。
 父宮の喪中で籠っているから華の女君恋しさがますます募り、
  君恋ふと消えみ消えずみ行き帰り越えぞわづらふ死出の山道*3
(あなたを恋い慕うというので、私は消えたり消えなかったり、行ったり来たりして、死出の山道を超えて思い悩んでいます)
 と詠んで華の女君に送った返歌は、
  鳥部山燃えし煙はそれかとも我をばたれか今は尋ねむ*4
(鳥部山に燃えた煙は、私を火葬にした煙かと、誰が今は尋ねてくれるでしょう)

 九月一日頃、とても安産で若君が生まれた。
 玉の台の左大臣は、物にぶつかりそうなほどはしゃいで喜んでいる。
 華の女君はそうしたことを聞くにつけても、様々な過去のことを思い出されて、大姫君の七夜のこと、中姫君の時も、自分が行方知れずにいて、とても心苦しく聞いたことなど、つくづくと人知れず思い出して、珍しい夢のようだと思う。
 この度の太郎の若君は、姉君たちには露ほども似ていない。
 ただ香りの右大将の顔を写し取ったようだ。
 とても感慨深く、嬉しいと立ち腹の右大臣などは思う。
 続いて、桐壺の女御もたいして苦しむことなく男宮が生まれた。
 長いこと桜花帝にも春宮にも皇子がいなかったので、夜昼祈祷して多くの神仏に祈った効果があったのであろう、このように今を時めく女御から皇子が生まれたことを、誰もかれもが珍しい幸いだと思って驚く。
 産屋のこと、言わずとも推し量るべし。
 三日夜の立ち腹の右大臣主催、五日の春宮大夫、七日の帝から、九日目には香りの右大将など、心から贅を尽くして祝宴を催し、尽くす様子は、とてもめでたい。

 師走にもなったので、女一の宮の出産はこの頃かと、誰もかれも落ち着かないが、女一の宮は心配していたほど苦しむことなく、とても美しい、香りの右大将の顔とよく似た若君が生まれたのを、嬉しく恐れ多い事と見ていた。
 玉の台の左大臣も宮の上もとても嬉しく思って、乳母など並々でない人を選んで仕えさせた。
 こうした高貴な正室から生まれた若君の誕生で、産屋の儀式は最初の若君よりもことさらすばらしい。
 朱雀院からはもちろん、帝や春宮からもお祝いがある。
 この間の儀式なども、今さらなので書かない。

解説
 この章は現存資料・先行論文などから沙羅が想像して創作。
 華の女君と月草の権中納言の結婚はこの時期かと想像した。
 今本では式部卿の宮の死についての記述はない。
 「物語二百番歌合」八十七番右歌詞書に、「式部卿の宮の御忌みにこもりゐて、女君に」
とあり、『風葉和歌集』巻第十五の恋五・一一一六番歌詞書に「秋の頃、離れて侍りける女につかはしける」とあることから、
1古本では晩夏から秋の頃に式部卿の宮死去。
2喪中の月草の権中納言と華の女君は離れて暮らしていた時期がある。
3華の女君の名称が「権中納言の母」となっていることから、式部卿の宮の死去は、宇治の若君出産後。
 ということが推測されるので、本復元小説では、式部卿の宮の死は宇治の若君誕生後と仮定して、この章で創作した。
 四の君が父邸から香りの右大将邸に移った頃に詠まれたと思われる『物語二百番歌合』(後二百番歌合)八十八番歌は、「死出の山道」「鳥部山」「煙」などが詠まれているので、式部卿の宮の死後に詠まれたと推察した。
 香りの右大将の若君は、今本では女春宮腹の若君、四の君腹の若君の順で誕生する。
 本復元小説では、女一の宮との結婚の時期が帰京後なので、子供たちの生まれた順番を逆にした。

*1
 『風葉和歌集』巻第十五の恋五・一一一六番歌。
 『物語二百番歌合』(後百番歌合)八十七番右では、「秋の風」が「秋の月」となっている。
 贈答歌として残っている『風葉和歌集』の方を採った。

*2
『風葉和歌集』巻第十五の恋五・一一一七番歌。
 
*3
 『物語二百番歌合』(後百番歌合)右とりかへばや八十八番右歌の詞書より。

*4
 『物語二百番歌合』(後百番歌合)右とりかへばや八十八番右歌。
 

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