フォト
無料ブログはココログ

鉱石パワーストーン本

観てから読む?読んでから観る?映画ドラマ本

映像化してほしい本

手塚治虫本

マイ・テーマソング

古典現代語訳・寝覚

2013年8月13日 (火)

夜の寝覚第四部あとがき

 欠巻部を現存資料と創作で補った『夜の寝覚』現代語訳は、これで全ておわりです。
 いかがでしたか?
 『夜の寝覚』の全体像をイメージできていただけたら、幸いです。

 『夜の寝覚』という物語を知った学生時代から、今まで想像してきたことを形にしたいという思いだけで書きました。
 しかし、これが100%正解ではありません。
 登場人物の動静、事件や歌が詠まれた時期など、原作とは違っているのかもしれません。
 こうして書き上げても、書き直したいと思う気持ちでいっぱいです。
 ですから、新たな資料や論文などが出てきましたら、いつかまた、第四部は書き直すつもりです。
 資料や論文があるから、復元は簡単だと舐めていましたが、そんな甘いものではありませんでした。
 失われた物語を復元するということは、オリジナルが見つかるまで終らないでしょう。

 長い間『夜の寝覚』の連載におつきあいくださり、ありがとうございました。
 連載開始日が予定より延びてしまいましたが、辛抱強くお待ちくださった方々に感謝します。

 さて、古典現代語訳の次の連載は、『篁物語』『狭衣物語』『風に紅葉』『いはでしのぶ』のどれかになります。
 同時進行で執筆中ですので、最初に完成したのを連載します。
 時期は未定です。

夜の寝覚年立4

第四部
巻九(末尾欠巻部・改作本巻五・その他現存資料)
 相変わらず冷泉帝の執心は消えず、十六夜の右大臣の嫉妬も強いが、表面上、何事もなく日々を過ごす。
 十月、若宮の百日。登花殿の尚侍と参内。
 藤壺の中宮、登花殿の尚侍への寵愛が増さるにつけ、内心不愉快に思う。
 法性寺の僧都、僧正。
 十二月十日頃、十六夜の右大臣と寝覚の上、雪山を作らせて眺める。
 大皇宮、白河院に移る。

物語第十七年
 寝覚の上二十九歳・十六夜の右大臣三十二歳・石山の姫君十三歳・真砂十一歳・登花殿の尚侍二十一歳・中の姫君十九歳・三の姫君十六歳・小姫君六歳・小若君二歳・若宮二歳
 春、桜を眺めて十六夜の右大臣と寝覚の上唱和。
 朱雀院一周忌。
 大皇宮、病臥。冷泉帝、白河院に行幸。
 女一の宮、一品に進む。
 八月十三日、石山の姫君裳着。腰結い役の藤壺の中宮、初めて寝覚の上に対面。
 八月十五夜、裳着の宴三日目、寝覚の上琵琶を演奏。
 藤壺の中宮還啓。冷泉帝に寝覚の上の琵琶のすばらしさを語る。
 十月二十日、十六夜の右大臣、寝覚の上と石山の姫君を連れて石山に七日間の参籠。
 石山からの帰途、十六夜の右大臣一向は打出の浜で遊覧を楽しむ。

物語第十八年
 寝覚の上三十歳・十六夜の右大臣三十三歳・石山の姫君→女御十四歳・真砂十二歳・登花殿の尚侍二十二歳・中の姫君二十歳・三の姫君十七歳・小姫君七歳・小若君三歳・若宮三歳・春宮十九歳
 春宮、既に元服。内大臣の娘の梨壺女御、刑部卿の中の君、麗景殿女御が入内。
 四月、石山の姫君、春宮に入内。
 八月、登花殿の尚侍と若宮、北殿に退出。
 若宮と小若君、袴着。
 真砂と女三の宮、相思相愛。

物語第十九年
 寝覚の上三十一歳・十六夜の右大臣三十四歳・石山の女御十五歳・真砂十三歳・登花殿の尚侍二十三歳・中の姫君二十一歳・三の姫君十八歳・小姫君八歳・小若君四歳・若宮四歳・春宮二十歳
 真砂元服。侍従になる。

物語第二十年
 寝覚の上三十二歳・十六夜の右大臣三十五歳・石山の女御→中宮十六歳・真砂の侍従→四位の少将→三位中将十四歳・登花殿の尚侍→皇后宮二十四歳・中の姫君二十二歳・三の姫君十九歳・小姫君九歳・小若君五歳・若宮→春宮五歳・春宮→今上帝二十一歳
 二月、小姫君裳着。
 冷泉帝退位。藤壺の中宮は皇太后。春宮即位。石山の女御立后。若宮立坊。
 春宮生母として、登花殿の尚侍は皇后宮になる。
 十六夜の右大臣、関白左大臣に昇進。
 寝覚の上、准后宣下。
 十六夜の関白家、一家で祝宴。
 法性寺の僧正、山の座主となる。
 真砂、四位の少将になる。
 寝覚の上、源氏の入道の七十の賀の準備をする。
 秋、真砂の四位の少将、三位中将になる。
 石山中宮、広沢に行啓。
 八月十五日、広沢で源氏の入道の七十の賀。
 寝覚の上、十六夜の関白との仲を思い侘び、出家を願うが許されず。
 真砂の三位中将を婿にと思う貴族多く、結婚を申し込まれるも、十六夜の関白は断る。
 九月十三夜、真砂の三位中将、宴に招かれ、宵の間の夢の姫君(後の宣耀殿の女御)に興味を抱く。
 真砂の三位中将、女三の宮を思いつつも、宵の間の姫君と密会。
 九月末、尼上死去。十六夜の関白ら血縁の者、喪に服す。石山の中宮、東殿に退出後、涙に暮れる。

物語第二十一年
 寝覚の上三十三歳・十六夜の関白三十六歳・石山の中宮十七歳・真砂の三位中将十五歳・登花殿の皇后宮二十五歳・中の姫君二十三歳・三の姫君二十歳・小姫君十歳・小若君六歳・春宮六歳・今上帝二十二歳
 正月、東殿と北殿は尼上の喪中でひっそりしている。
 二月、石山の中宮ら尼上の孫たちは叙服。
 中の姫君、夫との愛のない関係に悩み、物思いに沈む。
 寝覚の上、中の姫君を見舞いに北殿に行く。そのまま看病で滞在。
 真砂の三位中将、冷泉院に参院。登花殿の皇后宮を見舞う。
 真砂の三位中将、冷泉院に寝覚の上を連れて来るように強要される。
 寝覚の上、登花殿の皇后宮を見舞いに冷泉院に行く。十六夜の関白は、物忌のため同行できず。代わりに真砂の三位中将を寝覚の上に付き添わせる。
 二月十六日、寝覚の上、冷泉院と対面。
 石山の中宮の具合が悪くなり、真砂の三位中将が冷泉院から出て参内。
 冷泉院、登花殿の皇后宮に手引きを迫り、断りきれず登花殿の皇后宮、協力を約束。
 二月二十日の夜、登花殿の皇后宮、対の君・少将の君、小弁の君などを召して、寝覚の上から引き離す。
 冷泉院、寝覚の上の寝所に忍び込み、契りを結ぶ。
 翌日、寝覚の上発病。
 寝覚の上の発病に、世の中大騒ぎになる。
 三月十五日の夜更け、寝覚の上、仮死状態となる。
 涙川の右衛門督、寝覚の上の死に顔を見て放心する。
 人々が寝覚の上死亡と思って騒ぎ惑う隙に、冷泉院、白河院に寝覚の上を連れて行く。

巻十(末尾欠巻部・改作本巻五・その他資料)
 寝覚の上死去の報に、十六夜の関白嘆き惑う。
 冷泉院の大願により、寝覚の上、蘇生するも、意識は朦朧としたまま。冷泉院、寝覚の上蘇生を隠して、白河院に取り込める。
 冷泉院、寝覚の上の遺骸がないまま葬儀を行わせる。
 寝覚の上の身内、寝覚の上の死に泣き暮らす。
 真砂の三位中将、登花殿の皇后宮は、寝覚の上の死に自分を責める。
 弔問の文への返事に、真砂、返歌する。
 寝覚の上の四十九日の法要。
 真砂の三位中将、北山へ籠もる。
 夏、寝覚の上、回復する。
 冷泉院、寝覚の上を口説く。
 石山の中宮、参内。
 十六夜の関白、白河院に参院して冷泉院に対面。
 七月、涙川の右衛門督ら公達たち、北山の真砂を見舞う。
 七月七日、公達たち、今上帝に真砂の三位中将の様子を語る。
 寝覚の上、北山に籠もった真砂の三位中将を思い、心乱れる。
 秋が深まった頃、涙川の右衛門督、出家。
 十六夜の関白、夫の出家に嘆く中の姫君を慰める。
 八月十五夜の夜、寝覚の上、冷泉院の前で琵琶を弾く。
 嵐の夜、老関白、寝覚の上の夢に現れる。寝覚の上、己が罪を自覚。そんな寝覚の上を、冷泉院、なおも口説く。
 年の暮れ、十六夜の関白は寝覚の上を思って物思いに沈む。

物語第二十二年
 寝覚の上三十四歳・十六夜の関白三十七歳・石山の中宮十八歳・真砂の三位中将十六歳・登花殿の皇后宮二十六歳・中の姫君二十四歳・三の姫君二十一歳・小姫君十一歳・小若君七歳・春宮七歳・今上帝二十三歳・女三の宮十四歳?
 春、真砂の三位中将、石山の中宮に桜と歌を贈る。
 真砂の三位中将、北山から下山。
 三月十五日、寝覚の上の一周忌。
 四月、十六夜の関白、中の姫君を東殿に引き取り、子供たちの後見にする。中の姫君、対の君と呼ばれるようになる。
 夏、承香殿の女御死去。
 承香殿の女御の四十九日過ぎに、女三の宮、冷泉院に引き取られる。

物語第二十三年
 寝覚の上三十五歳・十六夜の関白三十八歳・石山の中宮十九歳・真砂の三位中将→中納言十七歳・登花殿の皇后宮二十七歳・中の姫君二十五歳・三の姫君二十二歳・小姫君十二歳・小若君八歳・春宮八歳・今上帝二十四歳・女三の宮十五歳?・ちご宮一歳
 春、真砂の三位中将、中納言昇進。
 二月、小若君、童殿上。
 寝覚の上、冷泉院の御子を懐妊。
 桜の頃、真砂の中納言、白河院で寝覚の上を発見。
 寝覚の上と真砂の中納言、再会。
 真砂の中納言、十六夜の関白に寝覚の上発見を知らせる。
 冷泉院、上皇御所で物忌。
 大皇宮、女一の宮を見舞いに北殿へ行く。
 寝覚の上、真砂の中納言の手引きで白河院を脱出。
 寝覚の上、旧源氏の入道邸に身を隠す。
 翌朝、寝覚の上の姿が消えたことで、女房たち戸惑い、寝覚の上は死んだと思い込む。
 寝覚の上死去の知らせを受けた冷泉院、嘆きのあまり臥す。大皇宮も倒れる。
 寝覚の上、十六夜の関白や子供たちと再会。
 石山の中宮、生存を知って寝覚の上に文を送り、寝覚の上返歌する。
 冷泉院、出家を決意。準備を始める。
 冷泉院、女三の宮を残して出家することを心配し、真砂の中納言に降嫁させたい旨を十六夜の関白に打ち明ける。
 三月十五日、寝覚の上の三回忌が行われなかったことに、人々不信。寝覚の上の生存が密かに広まる。
 冷泉院、寝覚の上の生存と真砂の中納言が脱出の手引きをしたと悟り、寝覚の上の身内を疎む。
 寝覚の上、懐妊に気づく。十六夜の関白も懐妊に気づいて思い悩む。
 寝覚の上、源氏の入道と尼宮を頼り、広沢に移る。
 藤の咲く頃、真砂の中納言、寝覚の上を訪ねた帰りに、梅壺の女御邸の女二の宮を垣間見て、心惹かれる。
 真砂の中納言、梅壺の女御と唱和。
 黄昏時、真砂の中納言、梅壺の女御邸を見舞い、応対した女二の宮に近づくも自制する。
 真砂の中納言と女二の宮との仲が誤解され、噂になる。
 冷泉院、醜聞に激怒。真砂の中納言を勘当。
 冷泉院、女三の宮を連れて大内山へ移る。
 真砂、女三の宮と別れの挨拶できず。中納言の君と唱和。
 四月二十日過ぎ、冷泉院、大内山で出家。
 大内山の女三の宮、悲嘆の日々を送る。
 五月、真砂の中納言、寝覚の上の生存と居場所を冷泉院に知らせるかどうか悩む。
 真砂の中納言、実家に戻った中納言の君を訪ねる。
 寝覚の上、山の座主に文を託して冷泉院に奉る。
 冷泉院、山の座主より寝覚の上の文を受け取る。
 冷泉院、真砂の中納言の勘当を解く。
 七月一日、寝覚の上、ちご宮出産。
 八月、寝覚の上、出家。
 八月二十日頃、ちご宮の五十日。
 寝覚の上、二度目の冷泉院への文を真砂の中納言に託す。
 真砂の中納言、冷泉院と対面。寝覚の上の出家とちご宮のことを話す。
 冷泉院、真砂の中納言に託して寝覚の上へ文を送る。
 九月、冷泉院の法華八講。
 九月十三日の夕暮れ、真砂の中納言、女三の宮と再会。
 冷泉院、病臥。
 十月、冷泉院、今上帝にちご宮のことを打ち明け、後見を依頼。
 ちご宮、今上帝の姫宮として石山の中宮の養女となる。
 十一月、十六夜の関白と真砂の中納言、ちご宮を迎えに広沢を訪れる。
 ちご宮、石山の中宮と内裏に参内。
 ちご宮の百日の祝い。

物語第二十四年
 寝覚の上三十六歳・十六夜の関白三十九歳・石山の中宮二十歳・真砂の中納言→右大将十八歳・登花殿の皇后宮二十八歳・中の姫君二十六歳・三の姫君二十三歳・小姫君十三歳・小若君九歳・春宮九歳・今上帝二十五歳・女三の宮十六歳?・ちご宮二歳
 正月の挨拶に、十六夜の関白と真砂の中納言ら、広沢を訪れる。
 寝覚の上、帰り行く一行の中の真砂の中納言の後姿を見送り、子供たちへの未練を思い悩む。
 今上帝、ちご宮をつれて大内山に行幸。冷泉院とちご宮対面。
 二月一日、真砂の中納言、右大将に昇進。
 冷泉院、真砂の右大将に女三の宮の降嫁を許す。
 四月一日、真砂の右大将と女三の宮結婚。
 八月末、梅壺の女御死去。
 梅壺女御腹の冷泉院女一の宮、母の喪で斎院退下により、ちご宮斎院卜定。
 ちご宮を手放す今上帝と石山の中宮の哀しみ。
 十二月、ちご宮内裏を退出。

物語第二十五年
 寝覚の上三十七歳・十六夜の関白四十歳・石山の中宮二十一歳・真砂十九歳・登花殿の皇后宮二十九歳・中の姫君二十七歳・三の姫君二十四歳・小姫君十四歳・小若君十歳・春宮十歳・今上帝二十六歳・女三の宮十七歳?・ちご宮三歳
 春宮の元服の準備の最中、冷泉院病臥。
 三月二十日過ぎ、冷泉院崩御。
 大皇宮、出家。
 初秋、大皇宮、冷泉院の後を追うように崩御。
 ちご宮、斎院退下。世の人々、ちご宮の父が今上帝ではなく、冷泉院であると噂する。

物語第二十六年
 寝覚の上三十八歳・十六夜の関白四十一歳・石山の中宮二十二歳・真砂二十歳・登花殿の皇后宮三十歳・中の姫君二十八歳・三の姫君二十五歳・小姫君十五歳・小若君十一歳・春宮十一歳・今上帝二十七歳・女三の宮十八歳?・ちご宮四歳
 冷泉院の一周忌の後、藤壺の皇太后、出家。女院宣下。新少将の君も一緒に出家。
 十月、春宮、小若君元服。
 宵の間の夢の姫君、春宮の添い臥しとなり、そのまま宣耀殿の女御として春宮に入内。
 小姫君、春宮に入内予定。後見として中の姫君が付き添って参内することに。

物語第二十七年以降
 十六夜の関白一族栄えるが、寝覚の上を失った十六夜の関白の失意と憂愁は、果てしない。

2013年8月12日 (月)

夜の寝覚年立3

第三部
巻六(現存本巻三)
 十六夜の内大臣と寝覚の上、互いに避けて会わぬまま年を越す。

物語第十五年
 寝覚の上二十七歳・十六夜の内大臣三十歳・石山の姫君十一歳・真砂九歳・登花殿の尚侍十九歳・中の姫君十七歳・三の姫君十四歳・小姫君四歳
 寝覚の上、尚侍の入内準備を急ぐ。
 一月初子の日、寝覚の上と石山の姫君、歌の贈答。
 大皇宮、朱雀院へ帰る。
 一月二十日、尚侍参内。局は登花殿。寝覚の上付き添う。
 一月二十一日、冷泉帝から後朝の文。登花殿の尚侍、続けて四夜召される。
 一月二十四日昼、冷泉帝から寝覚の上に文。
 二月一日、登花殿の尚侍の所顕。
 司召のため、大皇宮が参内。弘徽殿に滞在。
 大皇宮の計らいで、冷泉帝、寝覚の上を垣間見る。
 二月二十五、六日の夜、弘徽殿で冷泉帝に寝覚の上捕らえられる。冷泉帝かき口説くも、寝覚の上靡かず。
 十六夜の内大臣、帝闖入を知り煩悶。
 寝覚の上、退出を願うが、冷泉帝は許さず。
 十六夜の内大臣、寝覚の上の寝所に忍び、恨み泣きつつ一夜を過ごす。

巻七(現存本巻四)
 冷泉帝、真砂を夜の御殿に留め、文を託す。
 次の夜も十六夜の内大臣は寝覚の上を訪れる。
 冷泉帝、ようやく寝覚の上の退出を許可。正三位を授与。
 寝覚の上、北殿に帰り、中の姫君と語り合う。
 十六夜の内大臣、女一の宮のもとに戻るも、心落ち着かず。
 冷泉帝の執心募り、藤壺の中宮に打ち明ける。寝覚の上のゆかりとして、登花殿の尚侍と真砂に心慰める。
 十六夜の内大臣と寝覚の上の仲、噂になる。
 四月一日、女一の宮病む。
 十六夜の内大臣、石山の姫君を寝覚の上に渡す。
 女一の宮重態。故大君の死霊、寝覚の上の生霊が現れたとの噂。
 五月二十日夜、寝覚の上の生霊再び現れ、十六夜の内大臣苦悩。
 十六夜の内大臣、母尼上の懇願で、石山の姫君を東殿へ戻す。
 寝覚の上、二郎の権中納言に広沢に籠もることを相談。十六夜の内大臣、この日より六日間の物忌み。
 二日後、寝覚の上は真砂と小姫君を伴い広沢に移る。父入道と叔母前斎宮の尼宮と対面。
 女一の宮、朱雀院へ移る。
 六月一日頃、女一の宮快方に向かう。十六夜の内大臣、宮を自邸へ連れ戻す。

巻八(現存本巻五)
 五月晦日ごろから患っていた寝覚の上、出家を決意。
 七月、源氏の入道に出家を願い出て、承諾される。七月二十五、六日をその日と決めて、準備。
 対の君、十六夜の内大臣に寝覚の上の出家準備を伝える。
 十六夜の内大臣、真砂と石山の姫君を連れて広沢に赴き、源氏の入道に全てを告白。
 源氏の入道、石山の姫君と対面。
 十六夜の内大臣、寝覚の上の懐妊を見抜く。
 大皇宮、十六夜の内大臣に不満。
 十六夜の内大臣、女一の宮に寝覚の上との仲を告白。
 十六夜の内大臣、寝覚の上に帰京を勧め、自邸に迎える準備をする。
 十月一日頃、源氏の入道管絃の宴を催す。
 三日夕べ、十六夜の内大臣、寝覚の上と子供たちを伴って帰京。以後、女一の宮に二夜、寝覚の上に一夜と通う。
 寝覚の上、出家を諦めつつ子供たちの世話に専念。
 冷泉帝、譲位を志し、冷泉院を急造。
 十月ごろより病がちの登花殿の尚侍、懐妊と判明。

物語第十六年
 寝覚の上二十八歳・十六夜の内大臣三十一歳・石山の姫君十二歳・真砂十歳・登花殿の尚侍二十歳・中の姫君十八歳・三の姫君十五歳・小姫君五歳・小若君一歳・若宮一歳
 一月十日、登花殿の尚侍、妊娠四ヶ月と奏して東殿に退出。
 一月晦日の司召に十六夜の内大臣は右大臣となり、寝覚の上の縁者は出世。
 二月十日、寝覚の上、小若君出産。
 小若君の五十日、百日の祝い。
 夏頃、朱雀院崩御。
 冷泉院女一の宮、齋院。※『寝覚物語絵巻』と改作本より想像した本現代語訳の設定。
 七月一日、登花殿の尚侍、若宮出産。
 朱雀院の喪が明け、十六夜の右大臣、寝覚の上のもとに赴く。
 若宮の産湯の折、十六夜の右大臣は故関白遺児の三姉妹を垣間見る。
 十六夜の右大臣、登花殿の尚侍に歌を詠みかけ、代わって三の姫君が返歌する。※改作本巻五と『無名草子』より補う。
 寝覚の上、我が身の辛さを思い、夜は寝覚めがちな日々を送る。

2013年8月11日 (日)

夜の寝覚年立2

第二部
巻三(中部欠巻部・改作本巻二)
 十六夜の大納言、源氏の入道と対面後、寝覚の中の君を訪れる。
 寝覚の中の君、広沢の生活に馴染む。
 老左大将、寝覚の中の君との結婚を源氏の入道に願う。
 八月十五夜、寝覚の中の君、琵琶の秘曲を演奏。二郎の宰相中将に夢の話を打ち明ける。
 その夜、宰相の君の部屋に居た涙川の宮の中将、寝覚の中の君の琵琶を聞いて恋慕する。
 清涼殿での遊びの折、涙川の宮の中将、冷泉帝の前で寝覚の中の君の琵琶を話題にする。
 冷泉帝、寝覚の中の君の入内を望むも、源氏の入道辞退。
 九月末、二郎の宰相中将、涙川の宮の中将を広沢に招く。
 老左大将、太郎の左衛門督に寝覚の中の君との結婚を相談。太郎の左衛門督、源氏の入道に進言。婚儀は十一月に決定。
 十月上旬、十六夜の大納言と寝覚の中の君、広沢で密会。
 密会二日目、寝覚の中の君、十六夜の大納言に次第に心許す。
 密会三日目、太郎の左衛門督、老左大将の文を持って寝覚の中の君のもとに参上。返事を強要するが、二郎の宰相中将の反論にあい、引き下がる。
 密会四日目の暁方、十六夜の大納言、男子誕生を予感させる夢を見る。
 夜、十六夜の大納言と寝覚の中の君、別れを惜しむ。
 密会五日目、後朝の歌を交わして、十六夜の大納言は帰京。
 十六夜の大納言、先日の夢を夢解き占わせる。
 婚儀の二日前、十六夜の大納言、広沢を訪れて源氏の入道に対面。寝覚の中の君には歌だけ贈る。
 大君から寝覚の中の君に祝儀の品届く。
 結婚当日、十六夜の大納言、石山で取り交わした小袖を祝いの品と共に寝覚の中の君に返す。
 寝覚の中の君、老左大将邸に迎えられる。※以後寝覚の上と呼称。
 寝覚の上、懐妊に気づく。
 十二月二十日の月が昇る頃、十六夜の大納言、寝覚の上を思って筝の琴を弾く。
 十六夜の大納言から文が届いたその日、老左大将、寝覚の上の懐妊に気づく。咎められた寝覚の上、意識を失う。
 寝覚の上死去と聞き、十六夜の大納言驚愕。法性寺の僧都に真偽を問う。
 老左大将の看護で寝覚の上、意識が戻る。源氏の入道は寝覚の上を引き取ることを提案するが、老左大将は断る。

物語第七年
 寝覚の上十九歳・大君二十四歳・十六夜の大納言二十二歳・石山の姫君三歳・老左大将四十八歳・真砂一歳
 一月、老左大将、新年の祝い事を自粛して、寝覚の上に付き添う。
 二月、寝覚の上の容態は変わらず。
 三月上旬、寝覚の上やや介抱に向かう。
 少将の君、寝覚の上の懐妊を十六夜の大納言に告げる。
 老左大将、心を開かない寝覚の上に思いあまり、源氏の入道に訴える。
 源氏の入道、二郎の宰相中将を呼んで、寝覚の上に伝言を言づける。
 寝覚の上、源氏の入道の忠告に涙する。
 七月上旬、寝覚の上、真砂を出産。

巻四(中部欠巻部・改作本巻三)
 真砂誕生後、寝覚の上への老左大将の愛情深まる。
 八月二十日余り、寝覚の上洗髪。老左大将が歌を詠みかける。
 寝覚の上、老左大将に打ち解けていく。
 十六夜の大納言と寝覚の上との文通、途絶えがちになる。
 大君と寝覚の上の仲、回復しつつある。
 冬頃、関白左大臣、体調を崩す。

物語第八年
 寝覚の上二十歳・大君二十五歳・十六夜の大納言→左大将二十三歳・石山の姫君四歳・老左大将→関白四十九歳・真砂二歳・大姫君十二歳・中の姫君十歳・三の姫君七歳
 関白左大臣の病、回復せず。石山の姫君の将来を心配し、袴着を八月二十日頃と急ぐ。
 石山の姫君の袴着に、寝覚の上は密かに祝いの品を贈る。腰結役は藤壺の中宮。姫君の乳母二人は、五位を受ける。
 祝宴三日目、十六夜の大納言は二郎の宰相中将に石山の姫君を対面させ、真砂の様子を聞く。
 老左大将、寝覚の上に先妻の遺児である大姫君・中の姫君・三の姫君を対面させる。
 九月末、関白左大臣重体。十六夜の大納言と藤壺の中宮に石山の姫君の後事を託し、関白職は老左大将に譲る。
 老左大将、関白に昇進。十六夜の大納言は左大将に昇進。
 前関白、出家の後、薨去。

物語第九年
 寝覚の上二十一歳・大君二十六歳・十六夜の左大将二十四歳・石山の姫君五歳・老関白五十歳・真砂三歳・大姫君十三歳・中の姫君十一歳・三の姫君八歳
 入道前関白の忌み明け。
 十六夜の左大将の弟白露の権中納言、養子として関白家に移り住む。
 寝覚の上の女房、少将の君は尾張守の妻として、下向を前に十六夜邸を訪れる。
 老関白、対の君と籐の中納言との縁談を勧める。
 籐の中納言、太宰大弐となる。
 老関白、寝覚の上を熱愛。十六夜の左大将と寝覚の上の仲、ますます疎遠。

物語第十年
 寝覚の上二十二歳・大君二十七歳・十六夜の左大将二十五歳・石山の姫君六歳・老関白五十一歳・真砂四歳・大姫君十四歳・中の姫君十二歳・三の姫君九歳
 十六夜の左大将、中務卿の宮の姫君に心寄せる。
 五月の月の夜、花橘の歌の贈答を機に、十六夜の左大将、宮の姫君の部屋に忍び込む。
 宮の姫君のもとからの帰り、十六夜の左大将は新少将の君の局に立ち寄り、対の君の下向は秋頃と聞く。
 十六夜の左大将、宮の姫君方の軽薄な振る舞いに失望。

物語第十一年
 寝覚の上二十三歳・大君二十八歳・十六夜の左大将二十六歳・石山の姫君七歳・老関白五十二歳・真砂五歳・大姫君十五歳・中の姫君十三歳・三の姫君十歳
 十六夜の左大将、朱雀院女一の宮に心を寄せる。
 十六夜の左大将、女一の宮と結婚。
 秋以降、大君懐妊。
 入道前関白の北の政所、すでに出家。
 十六夜の関白、屋敷を増築して女一の宮を迎える準備をする。

物語第十二年
 寝覚の上二十四歳・大君二十九歳・十六夜の左大将二十七歳・石山の姫君八歳・老関白五十三歳・真砂六歳・大姫君十六歳・中の姫君十四歳・三の姫君十一歳・小姫君一歳
 大君の出産近づく。源氏の入道と寝覚の上、大君を見舞う。
 大君、死を予感して、寝覚の上に生まれてくる子を託す。
 大君、小姫君出産。産後八日目に死去。
 小姫君の五十日の儀が、大君の喪中のため、小姫君を老関白邸に迎えて祝う。そのまま小姫君は寝覚の上が育てる。
 大君の四十九日過ぎる。源氏の入道、広沢へ戻る。
 十六夜の左大将、亡き大君を偲ぶ。弁の乳母の暮らしを面倒見る。
 十六夜の左大将、石山の姫君を寝殿の西面に迎えて共に暮らす。
 朱雀院、女一の宮の退出を許可する。

物語第十三年
 寝覚の上二十五歳・十六夜の左大将二十八歳・石山の姫君九歳・老関白五十四歳、真砂七歳・大姫君十七歳・中の姫君十五歳・三の姫君十二歳・小姫君二歳
 三月、真砂童殿上。十六夜と藤壺の中宮、真砂と対面。
 真砂、冷泉帝の御前で笛を披露。正四位下を賜る。
 司召で、十六夜の左大将は内大臣に昇進。白露の権中納言は大納言、太郎の左衛門督は権大納言、二郎の宰相中将は権中納言、涙川の宮の中将は宰相を兼ねる。兵衛佐(太郎の長子)は弁の少将、侍従(太郎の次子)は少将、二郎の子は蔵人少納言。
 寝覚の上の一族の栄達、世の噂になる。
 太郎、二郎、十六夜、慶び申しに広沢の源氏の入道を訪ねる。
 老関白、大姫君の婿に十六夜の内大臣、中の姫君を春宮に入内と考える。

巻五(中部欠巻部・改作本巻四)
 十六夜の内大臣、大姫君との縁談を辞退。
 老関白、縁談を勧めようと新邸を準備。
 十六夜の内大臣、老関白の使者として屋敷を訪れた真砂に実父であることを告げる。
 十六夜の内大臣、宴で真砂と合奏。
 老関白、十六夜の内大臣と大姫君の婚儀を十二月十日と決める。
 十一月上旬、老関白病に伏す。
 老関白重体。
 十一月二十七日、老関白薨去。
 白露の大納言、左大将に昇進。

物語第十四年
 寝覚の上二十六歳・十六夜の内大臣二十九歳・石山の姫君十歳・真砂八歳・大姫君→尚侍十八歳・中の姫君十六歳・三の姫君十三歳・小姫君三歳
 十六夜の内大臣、喪中の寝覚の上を見舞う。
 三月、十六夜の内大臣、東殿の寝殿に母の尼上と石山の姫君、東の対に真砂を迎える。
 涙川の宰相中将、寝覚の上を盗み出そうとして、間違って中の姫君を連れ出す。
 十六夜の内大臣、犯人は涙川の宰相中将と思い当たる。
 対の君、夫の大弐と共に大宰府から帰京。
 十六夜の関白、北殿の警備を厳重にする。世の人は、二人の仲を噂する。
 女一の宮、南殿に移るが、十六夜の内大臣の足は遠のいている。
 十六夜の内大臣と女一の宮の仲を案じた大皇宮、寝覚の上を参内させるよう冷泉帝に進言。冷泉帝、寝覚の上を尚侍に就任させようと決める。
 冷泉帝、典侍を使者に、寝覚の上に尚侍として宮仕えするよう要請。寝覚の上は大姫君を代わりにと願う。
 涙川の宰相中将の隠れ家見つかる。
 十六夜の内大臣、北殿に来て寝覚の上に思いを訴えるも、寝覚の上は亡き夫を思って受け入れない。
 秋、大姫君の尚侍就任が決まる。
 三の姫君と白露の左大将結婚。中の姫君も涙川の宰相中将と夫婦として自邸に戻る。
 閏十一月、大姫君に尚侍宣旨が下る。
 十六夜の内大臣、寝覚の上との対面を求めるが、寝覚の上は大姫君の参内を終えてからと思う。
 大皇宮、女一の宮に会いに南殿に来るが、方塞がりのため、北殿に移る。そのまま風邪の静養のため、朱雀院にも帰らない。
 大皇宮、寝覚の上に朱雀院へ参内することを勧める。寝覚の上、断る。

2013年8月10日 (土)

夜の寝覚年立1

※年立の基準は、物語の開始時、寝覚の上が十三歳の年を第1年とする。
※第一部・第三部年立は、現存本に拠る。
※第二部年立は、改作本による。
※第四部年立は、欠巻部分のため、現存資料と先行論文を参考に沙羅が創作したものであるので、年月日はあくまでも想像。

主な参考文献
『新編日本古典文学全集28 夜の寝覚』(鈴木一雄校注 小学館発行)所収年立
『中世王朝物語全集19 夜寝覚物語』(鈴木一雄・伊藤博・石埜敬子校訂訳者 笠間書院発行)所収年立
『日本古典文学全集19 夜の寝覚』(鈴木一雄校注 小学館発行)所収中間欠巻部・末尾欠巻部概略
『日本古典文学大系78 夜の寝覚』(阪倉篤義校注 岩波書店発行)所収欠巻部分の内容
『『夜の寝覚』の構造と方法 平安後期から中世への展開』(大槻福子著 笠間書院)
『夜の寝覚』末尾欠巻部の内容――近年出現した資料の位置づけを中心に――(田中登著 『国語と国文学』平成十五年十二月号所収 東京大学国語国文学会)
『夜の寝覚』末尾欠巻部と伝後光厳天皇筆不明物語切の新出断簡――寝覚上は二度死に返る――(池田和臣著 『文学』2012年三-4月号所収 岩波書店)

第一部
巻一
物語前史(年次不明期間)
 朱雀院の弟宮、後見もなく、母が並の女御であったために、臣籍降下。後に太政大臣となる。
 源氏の太政大臣、按察大納言の娘と結婚。太郎と二郎生まれる。
 源氏の太政大臣、帥の宮の娘と結婚。大君と寝覚の中の君生まれる。
 北の方、二人とも死去。
 源氏の太政大臣、屋敷に子供たちを引き取る。

物語第一年
 寝覚の中の君十三歳
 八月十五夜、寝覚の中の君の夢に天人が下り、琵琶の曲を教える。

物語第二年
 寝覚の中の君十四歳
 八月十五夜、天人再び天下り、残りの五曲を教え、寝覚の中の君の物思い、心乱すことの多い宿世を予言。

物語第三年
 寝覚の中の君十五歳
 八月十五夜、寝覚の中の君、天人を待つが、現れず。

物語第四年
 寝覚の中の君十六歳・大君二十一歳・十六夜中納言十九歳
 この頃までに、藤壺の中宮立后。
 大君、十六夜の中納言と婚約。婚儀を八月一日と決める。
 七月一日、陰陽師、寝覚の中の君の大厄の年と占う。
 七月十六日、物忌のため、寝覚の中の君は後見の対の君と九条の家に移る。但馬守時明の三の君、方違えに来合わせている。
 十六夜の中納言、九条の家の東隣に住む乳母を見舞う。
 十六夜の中納言、九条の家から聞こえる筝の琴に惹かれて寝覚の中の君を垣間見。
 十六夜の中納言、寝覚の中の君が時明の三の君と思い込んだまま、涙川の宮の中将を騙って、寝覚の中の君と契る。
 七月十七日、十六夜の中納言、大君と初めて文を交わす。参内して藤壺の中宮に三の君の出仕を勧める。
 十七日の夜、十六夜の中納言、宿直所の梅壺で涙川の宮の中将と女性論。
 寝覚の中の君病臥。大君の婚儀延期。
 九月、対の君、寝覚の中の君の懐妊を知る。
 十月一日、十六夜の中納言と大君結婚。
 対の君、九条の家に忍んだ男が十六夜の中納言と知り、寝覚の中の君に真相を告げる。
 対の君、兄の法性寺の僧都に事情を打ち明けて頼る。
 十一月一日、三の君出仕。十六夜の中納言、別人と知って落胆。
 三の君、新少将の女房名で中宮の御前勤めを許される。
 雪の夜、十六夜の中納言は新少将の君から九条の女が寝覚の中の君と知らされる。
 十六夜の中納言、寝覚の中の君への思いを抑えがたく、密かに訪れるが、反応なし。
 寝覚の中の君の病状悪化。

物語第五年
 寝覚の中の君十七歳・大君二十二歳・十六夜の中納言→大納言二十歳・石山の姫君一歳
 元旦、太政大臣家の人々、寝覚の中の君を見舞う。
 三日過ぎ、十六夜の中納言、年賀に事寄せて寝覚の中の君を訪れ、日頃のつれなさを恨む。
 対の君、寝覚の中の君の出産が近くなったので、法性寺の僧都に相談。
 対の君、九条で十六夜の中納言と会い、一部始終を話す。
 十六夜の中納言、寝覚の中の君の懐妊を知り、藤壺の中宮に事情を告白、相談する。
 春の司召、十六夜権中納言、大納言に昇進。
 春の夕べ、十六夜の大納言、寝覚の中の君のもとに忍び入り、束の間の逢瀬。
 翌日、十六夜の大納言、寝覚の中の君を見舞い、二郎の宰相中将が応対する。
 二月下旬、対の君、二郎の宰相中将に打ち明け、援助を求める。

巻二
 寝覚の中の君、病が悪化し、故母君の所領一条邸に移る。
 三月、源氏の太政大臣心労で病に倒れ、広沢の別荘に移る。大君同行。
 三月二十五、二十六日頃、寝覚の中の君石山に移る。さらに二郎の宰相中将の乳母尼君の家に隠される。
 四月五、六日頃、十六夜の大納言石山に赴き、寝覚の中の君に対面。
 翌々日、寝覚の中の君、石山の姫君出産。
 源氏の太政大臣、十六夜の大納言に寝覚の中の君の後見を依頼して出家。
 寝覚の中の君、一条邸に戻る。その日の暮れ、十六夜の大納言は石山の姫君と対面、十六夜の大納言の乳母のもとに引き取られる。
 寝覚の中の君、広沢を訪れ、父入道と再会。大君は十六夜の大納言の迎えを受けて帰京。
 四月末日、十六夜の大納言、石山の姫君を父関白邸に伴う。関白夫妻喜び慈しむ。
 寝覚の中の君、自邸に戻る。
 関白家、石山の姫君の五十日を祝う。
 七月十七日、十六夜の大納言、寝覚の中の君に歌を詠みかける。大君側の女房たち、見咎める。
 大君、太郎の左衛門督に十六夜の大納言と寝覚の中の君の仲を訴える。
 太郎の左衛門督、寝覚の中の君を非難、源氏の入道に報告。
 源氏の入道、事の真偽を二郎の宰相中将に問う。二郎の宰相中将、噂を否定。広沢に寝覚の中の君を呼ぶよう勧める。
 大君側の悪口に苦悩し、十六夜の大納言は寝覚の中の君を連れ出すことを計画。寝覚の中の君の女房少将の君らに協力を依頼。
 九月、寝覚の中の君広沢に移る。
 雪の日、十六夜の大納言、広沢を訪れるが、寝覚の中の君には会えず。涙川の宮の中将も広沢を訪れて、十六夜の大納言は涙川の宮の中将を疑いつつ帰京。

物語第六年
 寝覚の中の君十八歳・大君二十三歳・十六夜の大納言二十一歳・石山の姫君二歳・老左大将四十七歳
 元旦、二郎の宰相中将、年賀に十六夜の大納言と大君を訪れ、次に広沢に行く。太郎の左衛門督も久しぶりに寝覚の中の君を訪れる。
 一月十日頃、十六夜の大納言、年賀に寄せて広沢を訪問。太郎の左衛門督と二郎の宰相中将も集う。

2013年8月 9日 (金)

夜の寝覚第四部メモ2 寝覚の上が「広沢の准后」になった時期

 『風葉和歌集』で寝覚の上は「広沢の准后」の呼称で記されています。
 寝覚の上が准后になったのは間違いないとして、いつ、どんな理由で准后宣下されたのかという問題があります。
 史実などでは、天皇の外祖母という理由で准后となった恵子女王や源倫子の例があります。
 天皇の外祖母に准后宣下するという史実を参考に、「后の宮、春宮など一度に立ち給ふ折」(『無名草子』)に、寝覚の上は「中宮生母、春宮の祖母」という理由で准后宣下されたのではないかと稲賀敬二氏は見ています。
 また、稲賀敬二氏は、『夜の寝覚』執筆時に「准后は后になれる」と一般化されている背景があったので、物語の中で冷泉院が寝覚の上を准后に宣下し、やがて我が后とする野望があったのではと推察されています。

 しかし、私はもっと遅い時期、別の理由で准后宣下されたのではないかとも思いました。
 改作本で寝覚の上が准后宣下されなかったのは、原作での准后宣下が譲位よりもっと後だったから、記載しなかったのではないか。
 だとすると、原作で出家後、寝覚の上が広沢に隠れていたことが冷泉院に知られ、ちご宮を皇女として認知し、寝覚の上をちご宮の生母であるとの理由で准后宣下した、と考えました。
 ただ、ちご宮生母の理由で准后宣下したとなると、寝覚の上の生存だけでなく、冷泉院と寝覚の上の関係も世間に露見し、『無名草子』で「さち、さいはいもなげにて隠れゐたる」の記述と矛盾します。
 『源氏物語』で不義の子である冷泉院や薫の出生の秘密が露見しなかったように、『夜の寝覚』もちご宮の実父母が世間に知られないですんだと想像すると、やはり寝覚の上の准后宣下の理由は、春宮の義理の祖母、中宮の生母という以外にないかもしれません。

 稲賀敬二氏は、「通常なら、女主人公が准后となった、めでたしめでたしで物語を終えることができる。そういう結末にせずに、外見は幸福そうな極限まで上り詰めた女主人公が、なお苦しい運命に耐えねばならぬ物語としたところに、作者の苦心と思いがこめられているであろう」と論じられています。
 光源氏が准太上天皇になった後、表向き栄華を極めたけれど、過去の罪の報いに懊悩する姿が描かれたように、寝覚の上も准后になった後、白河院取り込めや真砂勘当事件、そして秘密の子出産という辛い目にあう姿を描くのが目的ならば、准后宣下時期も、事件が起こる前が妥当と思い直しました。

 というわけで、今回の現代語訳では、譲位の際、冷泉院の意向が強く働いて、今上帝が中宮生母、春宮祖母の理由で准后宣下したとして、執筆しました。

主な参考文献
稲賀敬二氏 後期物語は『源氏物語』の亜流か――「寝覚の広沢の准后」と源氏の准太上天皇」――『稲賀敬二コレクション4 後期物語への多彩な視点』所収・笠間書院
宮下雅恵氏 「准后」と「夢」――『夜の寝覚』女主人公の栄華と<不幸>――『平安後期物語の新研究――寝覚と浜松を考える――』所収・新典社

2013年8月 8日 (木)

夜の寝覚第四部メモ1 末尾欠巻部での子供たちの行方

 『夜の寝覚』第四部を執筆にあたり、もしかしたら登場したかもしれないと思いつつ、資料が無いために登場させなかった人物がいます。
 それは涙川の右衛門督と中の姫君の子と、白露の左大将と三の姫君の子、そして今上帝と石山の中宮の皇子です。

 まず、『寝覚物語絵巻』第一図には、三人の童が画面右に描かれています。
 本現代語訳では、笛を吹いている童は小若君として、他の二人は特に誰とは言及しませんでした。
 しかし、末尾欠巻部の初めに中の姫君・三の姫君が出産したとしたら、小若君と同じ年頃になり、同時期に童殿上、白河院で合奏も可能です。
 小松登美氏は、「笛の少年は現存本末尾で生まれた寝覚の上の次男、後ろ向きの笙の少年は侍童、扇の子は中の君の子であろう」と推察されています。
 寝覚の上が十六夜の関白と別居する理由も、姉妹のどちらかが懐妊・出産し、母子の世話のためなら、別居の口実になります。
 とくに涙川の右衛門督と中の姫君の子が生まれていたら、涙川の右衛門出家により、捨てられた妻子の哀れさが強調されると思います。
 中世の『海人の刈藻』『いはでしのぶ』『しのびね』では、恋に破れた男君が妻子を捨てて出家するという設定ですが、これらの物語が『夜の寝覚』の影響を受けているのだとしたら、涙川の右衛門督が、「恋に破れて妻子を捨てて出家する男君」の原型になったと推察されます。

 今上帝と石山の中宮の皇子については、米田明美氏が、「ちご宮は今上帝皇子」との可能性を上げられています。
 当初の構想では、ちご宮を今上帝皇子として設定して復元しようとしましたが、大槻福子氏の「ちご宮は冷泉院皇女」説のほうが、物語の展開に説得力があると思いました。
 せっかく白河院から脱出後したのに、寝覚の上が世間から死んだと思われたまま隠れているのは、ただ冷泉院から逃れるためという理由では、説得力が弱い感じがします。
 登花殿の尚侍の義母でありながら、冷泉院の皇女を生んだという事実を知られたくないという理由の方が、隠れている理由として、説得力があると思います。
 そういう訳で今回の現代語訳では、ちご宮は冷泉院皇女として復元したので、今上帝皇子を登場させませんでした。
 でも、ちご宮が今上帝皇子ではないとして、石山の中宮腹の今上帝皇子が生まれていた可能性も否定できません。
 池田和臣氏は、伝後光厳天皇筆不明物語切の新出断簡に記述されている「中宮の御こと」が、石山の中宮懐妊を示している可能性を上げられています。
 寝覚の上が白河院に監禁されていた間に、石山の中宮が懐妊、今上帝皇子を出産したのなら、今上帝皇子が生まれた後、石山の中宮が再び懐妊・出産したと偽って、ちご宮を引き取り、石山の中宮腹の今上帝皇女と披露する工作もできたのではないでしょうか?
 皇子とちご宮は兄妹として育てられたという展開も、ありえるかと考えます。

 このように、子供たちについてもしかしたらと思い、気になる点もあるのですが、明確に懐妊・出産・子供について記述された断簡資料が、寝覚の上とちご宮以外、まったく見つかっていないので、今回の復元には登場させませんでした。
 個人的には、中の姫君・三の姫君の子、今上帝皇子の三人が生まれていると思いますが、新たな資料が見つかるまで、この設定は保留です。

主な参考文献
日本古典文学全集『夜の寝覚』所収の『寝覚物語絵巻』第一図についての解説・小学館
米田明美氏 「夜の寝覚」末尾欠巻部復元「ちご宮」について二説・『甲南女子大学研究紀』要第43号所収
大槻福子氏 寝覚物語絵巻第四段詞書の解釈をめぐって――寝覚上第四子を中心に――・『中古文学』第89号所収

2013年8月 7日 (水)

夜の寝覚奥書

 これは、常陸守菅原孝標の娘が作ったと伝えられている物語である。
 世の中が移りゆき、こういう物語があるのだと、知らない人などにも見せようと思い、書き留めた。
 中の巻と終の巻は、現在では失われているので、後の世の人が作り変えた本と、昔の人が残した反故のようなものをかき集め、整理したら、その後はそうなったのだろうと気になる筋だけは、わかる内容に心惹かれて補った。
 このように、寝覚の上と呼ばれた女君のことを書き留めたのは、ただ、かの広沢に籠もったという寝覚の上の宿世が、胸に染みて、隠しておけないと感じたので。
 いつの日か、完本が見つかることを願いつつ、全十巻ここに記す。

平成二十五年皐月吉日

沙羅

夜の寝覚巻十 23

 年が変わって、今年春宮は十歳になるので、そろそろ元服をと、十六夜の関白が指示して準備をする様子は、世の先例にもなるほどの有様である。
 大内山の冷泉院は、去年の暮から気分が優れない日々が続いていたけれど、誰にも知らせず、ひたすら念仏を唱えていたが、一月二十日頃、とても耐えがたくなって、起き上がることもできなくなってしまった。
 誰もが驚き、様々の加持祈祷も数限りなく行うが、効果は見えず、十六夜の関白は悲しく思って、他の事を考えることもできないので、春宮の元服も延期になった。
 今上帝も春宮、姫宮たちなども、父院の容態を思い嘆く有様は、痛ましい。
 三月二十日過ぎの夕方、桜花が散る頃に、冷泉院は夢のように儚く亡くなってしまった。
 あれほど冷泉院がちご宮のことを気にかけながら、ただ一度の対面だけで終ってしまったことは、とても気の毒であり、限り無い身分でも、我が子と思うままに会えないのは、悲しいことである。
 急な崩御で、誰も彼もが嘆き、とても悲しいと言っても、言い足りない。
 年齢も、まだ亡くなるような歳でもなかったのに、このようなことになり、残念で、口惜しいと、誰もが思っている。
 冷泉院の恩顧を受けた者の袖は、涙の乾く暇もない。
 大皇宮の悲しみ嘆く様は、言うまでもない。
「長生きして、このような悲しい目に遭うことよ。人が聞いたら、どう思うであろうか」
 と、途方に暮れている。
 冷泉院が生まれた時、亡き父大臣がとても喜んだことから、今日の今までのことを思い出すと、大皇宮はただひたすら冷泉院を恋しく悲しく思い惑う。
 東殿の藤壺の皇太后は、冷泉院の仕打ちを許しがたく思っていたが、
「我が亡き後には、皇太后も私のことを思い出されることが多いだろう」
 と、冷泉院が言っていたことを思い出すと、喪服の袖の色が涙に濡れて変わっているのだが、悲しいのか恨めしいのか、どちらであろうか。
 北殿の登花殿の皇后宮は、起き上がることもできずに沈み込んでいた。
「冷泉院が出家なさったことさえ、驚くことで、悲しくて、お姿が変わっても、この世にいらっしゃることを慰めにしていたのに、こんなに早くお別れすることになるなんて」
 寝覚の上の代わりに尚侍となり、皇子を生んで、ついには春宮の生母として后の位についたけれど、我が身の宿世は、あっけなく、夢のような心地がする。
 広沢の寝覚の上は、冷泉院が亡くなられたと聞いて、さすがに思うことがある。
「辛いこの世にいたくはないと思って出家したけれど、思いがけず、冷泉院が先にあの世に行かれたことよ」
 昔からのことが次々と思い出されて、心が穏やかならず、人知れず涙が零れる。
 ちご宮ばかりが冷泉院との人知れず儚い契りの形見として生まれ育っているのも、悲しく思う。
 十六夜の関白は、
「准后と斎院のことを思いつめて、このようにお命を縮められてしまったのだろうか。私が准后を諦めれば、冷泉院も世を捨てることなく、今も生きておいでだったかも」
 と思うと、冷泉院の崩御が我が罪のように思えて、心苦しい。
 冷泉院のために七日七日の法要はもちろんのこと、追善供養を心込めて営む。
 十六夜の関白は、寝覚の上のことで、冷泉院とは心が隔てたこともあったが、世の中の無常を思い知ったのか、今はもう、明け暮れ冷泉院への嫉妬に苛まれる心の苦しさからは、ようやく逃れられた心地になる。
 心穏やかに念仏などを唱える様など、とても心にしみる。
 このように、冷泉院の崩御で涙に暮れる人が多かった。

 冷泉院の崩御で、世の中の人々は全て墨染めの衣を纏い、万事華やかさの無い春である。
 冷泉院に仕えていた人や、心を寄せた人の中には、法師になったり尼になったりする人が多く、胸が打たれる話だと、世の噂になる。
 今上帝は若く、伯父の十六夜の関白が政を取り仕切っていたので、十六夜の関白の思うままの世の中であるが、公平であるので、身分の低い民にまで信頼され、人々は優れた人の例に例えた。
 今上帝は、冷泉院と同じく、大皇宮に深い孝の心を寄せていたが、大皇宮は、変わりゆく世の中に、自分の命の長さを辛く思い、出家してしまった。
 大皇宮の出家は無理のないことと思いながらも、女一の宮は、とても悲しく思う。
 髪を削ぎ落とし、まるで別人のように姿が変わってしまったのも、しみじみと感じるものがある。
 藤壺の皇太后も、同じく尼姿にと思っていたが、大皇宮に続いて自分も出家したら、あまりにも騒がしいようであるし、やはり、出家してしまったら、内裏へ参ることも絶えてしまうであろうから、十六夜の関白も止めたのである。
 冷泉院の姫宮たちも、母女御に続いて父院まで喪って、ひどく悲しみ、思い嘆いていた。
 とくに女二の宮は、真砂の右大将との一件以来、何とかして出家の本意を遂げたいと思っているので、真砂の右大将は、気が気ではないようだ。

 風が少し涼しくなった頃、辛く悲しいと深く思いつめていた大皇宮は、
「私の寿命が長いのが恥ずかしい。女一の宮のことは、関白に全て任せると思い決めた上は、一日でも生きていられましょうか」
 と、ひたすら念仏を唱えていたのだが、冷泉院の後を追うかのように亡くなったので、何とも言いようがない。
 いくら悲しいとはいえ、このように思い通りになることは難しいものなのに、本当に驚く他ない。
 なんとも悲しいことが続いて、世の中騒がしい。

 このように、情けなく悲しいことばかりが多いので、心の内に十六夜の関白も嘆かわしく思い、ちご宮を斎院から下ろした。
 ちご宮が斎院を下りた理由は、病のためとしたが、真実は、実の父が亡くなったためとは、誰にも言わないでいた。
 しかし、人の口には戸を立てられないものだから、自然と、
「斎院は、実は帝の姫宮ではなく、冷泉院の姫宮であられたのだ」
 などと、ひそひそと取り沙汰する人が多くなった。
 ちご宮の母が誰かと、思いをめぐらすこともあるようで、京でも広沢でも、秘密を知る人は、様々な物思いに嘆くことが深くなり、人知れず涙を流していた。

 儚く月日は過ぎて年は改まったが、諒闇のため華やかな新年の行事も無くて、世の中は静かである。
 藤壺の皇太后は、冷泉院の一周忌の後、髪を下ろして尼となった。
 たいした身分でもない年寄りでも、今はこれまでと世を背く時は、不思議に心を打たれるものなのに、まして、帝の生母であるので、しみじみと哀しく、尊いことだと、十六夜の関白を始めとして、皆袖を濡らした。
 長年仕えてきた女房たちも、激しく泣く。
 新少将の君は、昼の間は立派に装束を纏い、何も思っていないような様子であったので、
「皇太后と一緒に出家すると言っていたが、本当に出家するであろうか」
 と十六夜の関白は思っていたが、新少将の君は、自分の局で髪を下ろし、尼となった。
 先程までの華やかな姿とは違い、小柄で美しい感じの尼が数珠を手に下げて出てきたので、男たちは、深く感動して、
「やはり、心ある人には、先を越されてしまうものだ」
 と、新少将の君を賞賛した。
 藤壺の皇太后を始めとして、親しい女房は皆戒を受け、僧たちは禄を賜って退出した。
 藤壺の皇太后は、清らかに美しい尼姿で、すばらしい有様が限り無いので、十六夜の関白もじっと見守っていた。
 内裏から使者があり、藤壺の皇太后に女院の宣旨が下された。
 こうして年官年爵を受けるはずである。
 登花殿の皇后宮は、冷泉院の在位中のことを思い出して、しみじみと悲しく感じて、藤壺の女院が仏の道に入ったことを、羨ましく思う。
 俗世に残る自分が見苦しく思え、来世が心細いが、春宮が心配で、まだ出家できない。

 冷泉院や大皇宮の忌みも明けたので、十月に春宮と小若君の元服が行われた。
 祝宴の有様は、書き続けなくても想像してほしい。
 全て華やかで贅を尽くした中にも、春宮と小若君の二人の見事な成長の姿が、やはり一番の見物であり、感銘深く見える。
 中でも、小若君の大人姿はすばらしく、十六夜の関白は、寝覚の上がこの晴れの姿を見られないことを、残念に思う。
「思えば、様々に儚い仲であった」
 と、寝覚の上を思うと涙が零れるが、慶事に涙は不吉だから、十六夜の関白は我慢する。

 元服の夜、春宮の添い臥しとして、宵の間の姫君が参上した。
 親は、真砂の右大将が月日の過ぎていくに連れて、十六夜の関白に姿形が違うところなく似てきて、立派なので、
「このすばらしい有様を、縁のない人としてどうして見ていられようか」
 と思っていたが、真砂の右大将が女三の宮と結婚して、他の女に心を向けたりしそうにないので、春宮の添い臥しに我が娘が選ばれたことから、
「一体どれほどの人が、関白の姫君に肩を並べることができよう。そうかといって、叶わないから諦めて卑下するのも、甲斐もない。人より優っていると思う娘を、宮仕えに出すことを諦めたのでは、何の本意があろうか」
 と心を決めて、宵の間の姫君は、そのまま女御として入内した。
 局は宣耀殿である。
 親が真砂の右大将との仲を知らないこととはいえ、何とも罪作りなことである。
 宣耀殿の女御は、春宮よりずっと年上だから、春宮が遠慮して恥ずかしがっている様子を見て、
「ただ今は、幼い春宮の遊び相手をして差し上げよう」
 と思うようである。
 真砂の右大将は、目立たないように、

「私には他人事のようにばかり思って聞いていましたが、あなたのお心の向かれた方を、私は恨むことができるでしょうか。
 こんなにもあなたが恋しい私の心を、あなたもおわかりください」

 と文を送ると、宣耀殿の女御は、辛く、言葉もない。

「宮中に上がったことで、私も思い知りました。
 私の心が、どこにあるかということを。
 思いを口にすることはできずに胸に秘めたまま、我が身は朽ち果ててしまうのでしょう」

 などと、返事は書いたのであろうか。

 十六夜の関白の小姫君は、成長するにつれて、とても美しくなっていく。
 世の人は、必ず春宮へ入内するだろうと言う。
 登花殿の皇后宮も、
「私もいずれ出家して、参内することが難しくなるので、私の代わりに、春宮に少し年上の人が付き添ってくだされば、嬉しいことです」
 と思い、意向を伝えると、十六夜の関白が、
「小姫君を春宮へ入内させよう」
 と準備をすること、めでたい。
 後見には、中の姫君が母代わりとして付き添って参内する予定だとか。

 こうして年月は過ぎ移り、変わっていくけれど、どのような前世からの約束で、十六夜の関白の一族は、誰も彼もが、このようにすばらしく、立派であるのであろう。
 めでたさは、書き尽くせないほどである。
 しかし、十六夜の関白本人は、寝覚の上を思い出すと、心も惑い、目の前も暗くなるような気がする。
 眠れない夜は、一人有明の月を見て、寝覚の上を恋しく思う。
 寝覚の上の形見として、共に住んでいた子供たちは、大人になって、皆他所に移って別れ別れになり、長年暮らした東殿に一人、とても心細く悲しくて、物思いに耽りながら夜を明かす。
 広沢にも久しく訪れていないので、秋の終わり頃に、

「ずいぶんご無沙汰しております。
 どうして時々でもお便り下さらないのですか。
 この世では絶たれたあなたとの仲ですから、庭に茂る蓬が露に濡れるのを眺めては、あなたが傍にいない淋しさに、私は一人、声を上げて泣いております。
 そのような私の心を、哀れんでくれますでしょうか。
 遠い昔の悲しみも、今のように思い出されて」

 と文を書いた。
 寝覚の上からは、

「今はただ、無性に忘れようとしている昔のことを、思い出せというのでしょうか。
 あなたの文を見るのは悲しいことです。
 今は全て、どのような情けも哀れも、心動かされまいと思っていますのに。
 世に亡き者とされ、ついには世を捨てた私は、ここで一人きりです。
 あなたのお住まいの方は、世の中の普通のお屋敷の蓬の茂りです。
 どうかお察しください、日が経つにつれて、荒れてゆく山里の草むらを。
 生い茂る忍ぶ草が露に萎れるように、夜も眠れぬ嘆きの涙で、この身はやつれていきます」

 という返事が返ってきた。
 寝覚の上への思いは簡単には消えず、十六夜の関白は、心の晴れようも無い。
 それからも、十六夜の関白は、夢よりも儚い寝覚の上との仲を悲しく感じて、嘆き続けたというから、哀れにも、しみじみと感じることである。
 男も女も、物を思い、夜は寝覚めがちで、心深く悩むことは、この物語に書いてあると、元の本に書かれているとか。

おわり

解説
 この章は沙羅の創作。
 現存資料で大皇宮の出家・女院宣下・崩御の記述は見つかっていない。
 大皇宮は末尾欠巻部で出家しなかったから女院宣下されなかったと仮定し、冷泉院崩御から間もない頃、自身も崩御したために、女院になれなかったのではないかと想像した。
 息子である天皇に先立たれた母后としては、史実では後一条・後朱雀天皇母后の上東門院、物語では『我が身にたどる姫君』の我が身院母后の水尾女院などがある。

 藤壺の皇太后が女院宣下されたことは、『拾遺百番歌合』二番右歌で「女院」と記されていることからわかる。
 改作本では冷泉院譲位後に女院宣下されているが、改作本は夫婦である院と女院の並立が常態化された鎌倉時代に書かれたものである。
 原作は、配偶者である天皇が崩御後に女院宣下された東三条院から二条院の時代に書かれているので、物語上、院と女院の並立はないと考え、本現代語訳では、冷泉院崩御後に藤壺の皇太后は女院宣下されたとした。
 新少将の君の出家は、藤壺の女院が出家したら、そうするであろうと考えての沙羅の創作。

 春宮の元服後、宣耀殿の女御が入内したことは、『風葉和歌集』巻第十二恋二・九一五番歌の詞書から判明。
 春宮が何歳で元服したか、宣耀殿の女御の入内時期は不明のため、想像して執筆した。
 小若君の元服時期も不明のため、春宮と同時期と想像して執筆した。
 小姫君の入内予定は、関白家の姫君として、当然予定されているものと思い、執筆した。

 この物語は、『無名草子』に「はじめよりただ人ひとりのことにて、散る心もなく」と記述されているように、寝覚の上の一生を描いている。
 しかし、出家して俗世との縁を切っているのに、最後に寝覚の上の本当の死を書く必然性があるとは思えない。
 『源氏物語』で光源氏の死を描かなかったように、浮舟が薫との再会を拒んで物語が終ったように、『夜の寝覚』も寝覚の上の死を書かずに終ったと考えて、本現代語訳の終わりとした。

創作にあたり参考にした物語
『源氏物語』賢木巻・澪標巻・梅枝巻・柏木巻
『狭衣物語』巻三・巻四
『海人の刈藻』巻三
『風に紅葉』上巻・下巻
『我が身にたどる姫君』巻四・巻五
『栄花物語』巻第四みはてぬゆめ・巻第九いはかげ・巻第二十五みねの月・巻第二十七ころものたま・巻第三十六根あわせ・巻第三十七けぶりの後
『更級日記』

2013年8月 6日 (火)

夜の寝覚巻十 22

 冷泉院は、この世は無常だと深く思い知ったので、年が変わっても、何事にも心が動かない。
 ただ、ちご宮のことだけは恋しく会いたく思い、
「どうか、ちご宮に会わせてください」
 と頼んだので、吉日を選んで、今上帝がちご宮を連れて、大内山に行幸した。
 冷泉院はちご宮を見ると、思い捨てた世ではあるけれど、まるで鏡に写したかのように寝覚の上にそっくりなので、自然と寝覚の上の面影も思い出して、目の前が真っ暗になり、悲しさなどは、限り無く思う。
「出家して思い捨てた世でも、子を思う心の闇は、苦しいものだ。帝と中宮が世話をしてくれているとはいえ、父も母も一人も傍におらず、どのようにしてこの子は育つのだろう」
 と思うにつけ、抱いているちご宮の顔に涙が零れ落ちるのを、冷泉院は不吉に思って、乳母にちご宮を渡した。
 今上帝には、
「どうか、けっしてこの子から目を離さないでください。ただ、私の代わりと思ってお育てください」
 と、様々に言うことが多いけれど、どうして他の人が聞くことができようか。
 今上帝は、一日中冷泉院の傍に居たが、内裏をいつまでも留守にはできないので、物足りなく、悲しいけれど、泣く泣くちご宮と共に還御した。

 二月の一日頃に、真砂の中納言は、右大将になった。
 今上帝の御世では、とても信任が厚く、今をときめく人である。
 このように官位が加わるにつけて、何事にも際立ち、光り輝くようで、世の人も、あまりのすばらしさに、かえって不吉だと見て騒ぐ。
 昇進のお礼言上に、真砂の右大将はあちこちを訪問して、大内山にも参上した。
 冷泉院は、真砂の右大将が光の増したような美しい様子で参上すると、女三の宮が女盛りで美しく成長したのに、結婚しないのも残念に思う。
 冷泉院は、女二の宮との一件は胸に残っているが、幼い頃から真砂の右大将を可愛がっていたし、人柄も才能も申し分ないので、許す心になった。
 冷泉院は、
「昇進の祝いに、昔の我が衣をそなたに授けよう」
 と言うので、真砂の右大将は、
「もしかして、女三の宮との結婚をお許しになられたのか」
 と思い当たり、
「まことにもったいないことです」
 と恐縮した。
 真砂の右大将は、夢かと思うにつけ、長年の思いがかなって、嬉しいこと限りない。
 大内山から女三の宮を迎えるにあたって、真砂の右大将は、老関白の遺した屋敷を、またとなく立派に改築した。
 木立ちや築山の佇まいなど、面白くないところは作り直した。
 念入りに部屋の調度を揃え、磨き上げた屋敷は、趣のある美しい様子なので、世の人々の評判になるほどである。

 四月の一日頃、真砂の右大将は女三の宮を大内山から京の屋敷に迎えた。
 その際の儀式の立派さは、十六夜の関白の采配で、格別なものである。
 この結婚については、十六夜の関白も石山の中宮の入内の時より気を使っているのも、真砂の右大将を愛しく思っているからであろう。
 女三の宮は、誤解だったとはいえ、姉の女二の宮と男を争うような形となり、世の人が何と思うかと恥ずかしい。
 それでも、こうして気兼ねなく女三の宮と暮らせるようになって、真砂の右大将は嬉しく、長年の思いも加わって、ますます愛情が深くなるのであった。
 申し分のない夫婦仲のようだから、二人の仲に、どんな隙もあろうか。

 宵の間の夢の姫君は、人目を忍ぶ仲なので、真砂の右大将がこうして院の婿君になられたと聞いて、心穏やかでなく思っていた。
 葵祭の頃、真砂の右大将が、

「今日、葵を目の前に見ながら、その名を中々思い出せませんでした。
 あなたと会うこともなく、日が経ってしまったことです」

 と文を送ってきたので、

「葵の名を思い出せなかった訳は、ご存知でしょう。
 あなたご自身のせいです」

 と返した。
 真砂の右大将は、あざやかな返事だと思う。
 女三の宮を限りなく愛してはいても、やはり、この姫君のことは、忘れられないようだ。

 梅壺の女御は、真砂の右大将と女二の宮との仲を世間に噂されて、いったいどうすればいいのだろうと、途方に暮れていた。
「姉妹で一人の男を奪い合う例は、不本意で軽々しいことなのに、まして、皇女ともあろうお方が、そのようなことになられるとは、思ってもいなかったわ」
 あれこれ考えると心苦しく、胸もいっぱいになっていたのに、真砂の右大将と女三の宮の婚礼を聞いて、心も砕け、具合がさらに酷くなってしまった。
 女二の宮は、真砂の右大将とは何もなかったので、この結婚の話を聞いても辛いとも思わなかったが、母がこんなに酷く悲しんでいるので、言いようもなく恥ずかしく思う。
 梅壺の女御は、苦しい息の下で、
「宿世とはいえ、人に笑われ、謗りを受けることになるだろうあなたの事が心配でなりません。何かと聞き苦しいことが、これから色々起こりそうに思われます。噂を立てられた以上、世間でどう言われようと、知らぬ顔をして、世間並みの夫婦として大将殿とお暮らしになったら、自然と心も慰められることもあるだろうと思っていましたが、まさか、冷泉院がこんな風に情けない仕打ちをなさるとは。本当に、あなたのどこが女三の宮に劣っているでしょう。どんな宿世で、このような物思いをしなければならないのか」
 などと言い続け、とても酷く苦しむ。
 夏になって、暑さが体に応えるのか、梅壺の女御は意識を失うことが多くなる。
 ようやく秋になって、少し涼しくなってきて、気分も少しは良くなることもあるようだが、それでも、女二の宮のことを思うと、また悪くなる。
 物怪などは、こうした弱った時につけいるので、八月の終わり頃、梅壺の女御は、急に息途絶えてしまった。
 女二の宮が、母女御の死に、泣きうろたえる様子は、いかにも道理である。
 あまりのあっけなさに、人々の悲しみは言葉では言いようもない。
 女二の宮は、
「お母様とご一緒に死んでしまいたい」
 と思いつめて、亡骸にすがりつくので、女房たちが、
「今はもう――そのように酷く悲しまれましても、限りある命でございますから。亡き母君様のためにも、成仏の妨げとなりましょう」
 と言っても、女二の宮は離れようとしない。
 今はもうこれ限りの様子は、とても悲しくて、心細い。
 弔問は、いつの間に知らせが届いたのかと思われるほどだ。
 十六夜の関白を始め、大勢の人が、次から次へとお悔やみの言葉を述べる。

 真砂の右大将は、梅壺の女御の死去を聞いて、夢かと思われるほど驚く。
 弔問に訪れたが、女二の宮は、梅壺の女御が思い悩んでいた様子や、この真砂の右大将との仲を、父院も世の人も誤解したがために亡くなられたのだと思うと、恨めしいので、返事もしない。
 本当に、闇の中を彷徨うような悲しい心地なのは、どちらも同じだが、女二の宮が自分を恨むのは当然だと、真砂の右大将は思う。
 せめて葬儀や後の法要のことなど、十六夜の関白と心をこめて奉仕するので、梅壺の女御の葬儀は、今をときめく人の法要に劣らぬ有様となった。

 女二の宮には、毎日真砂の右大将から見舞いの文が届いたりするが、手にとって読むことはない。
 あのとんでもない一件のことを、弱った心で思いつめた末に梅壺の女御が亡くなったのを思うと、胸もいっぱいになるので、
「右大将殿の噂など、聞きたくもないわ」
 ますます辛く、情けなさに、涙が零れる思いがする。
 大内山の冷泉院からも、文が届いた。
 女二の宮は、この文にだけは目を通した。

「この頃煩っていたとは聞いていたが、すぐによくなるであろうと油断して、お見舞いも差し上げなかったことが悔やまれます。
 そなたが悲しみにくれているであろうと思うと、深く胸が痛む。
 無常の世の道理だからと、心を慰めなさい。
 心静かに母の供養をするのです」

 女二の宮は、母女御は自分のせいで死んだのに、生き長らえているのは、何て悲しいことだと嘆くこと限りない。
「このままお母様の供養のために尼になって、隠れてしまいたい。大将殿も自分自身も恨み悩んで尼になったら、今も将来も人の噂になり、物笑いの種になって嫌な気持ちになるでしょうが、このまま俗世にいたら、今以上に辛く、私の心も慰められない」
 と心を決めて、冷泉院への返事にも、母の後世を祈りたいと書いて出家をほのめかした。
 冷泉院は、母を亡くした悲しみだけではなく、真砂の右大将と女三の宮の結婚が辛くて、女二の宮は出家したいのであろうと心配し、
「それはとんでもないことだ。後見のない人は、なまじ尼姿になっても、あるまじき浮き名が立って、罪を作りかねない時、この世でも来世でも、中空に漂うことになり、人に悪く言われるものだ。私がこうして世を捨てた身で、噂を思い悩むことではないが、何もそのように、慌てて出家するのも、外聞が悪いであろう。この世の辛さを嫌って出家するのは、かえって見苦しいことだ。心を強く持って、今少し心を静めたら、冷静になった上で、決めるがよい」
 と、意見した。
 女二の宮は、父院の許しを得られず、辛く、情けなくて、悲しいと思うこと限りない。
 日の明け暮れもわからないほど嘆くうちに、月が変わって、九月になった。

 女三の宮は、やはり真砂の右大将と女二の宮との仲は、いったいどういう仲であったのだろうと思い、真砂の右大将が夕暮れの空を眺めている時に、
「あなたの悲しみも、何が原因だと慰めたらよいのでしょうか。後に残された方が恋しいのか、それとも亡くなられた方が恋しいのか、どちらなのかわからないのが辛いですわ」
 と言うので、真砂の右大将は微笑み、何気ない風に、
「特に誰という訳ではありません。儚く消えてしまう露も、草葉の上のことだけではないこの世ですから。この世の無常こそが、悲しいのです」
 と言った。
「やっぱり本心を明かされない」
 と、女三の宮はただならず嘆いた。

 真砂の右大将は、女二の宮がどんな思いでいるのか気がかりで、三十日の忌籠りが過ぎてからゆっくり訪ねようと思っていたが、我慢できずに女二の宮の屋敷に出かけた。
 真砂の右大将には、そうした困った癖があるのであろうか、女二の宮に礼儀正しく接しているが、事に触れて、ただならぬ思いを聞かせてみるけれど、女三の宮と結婚した今となっては、皇女という高貴な身分が面倒であるので、熱心に口説くことはしないが、女二の宮は、人柄も申し分ないので、自然と思いが抑えがたくなる。
 他人のことでは、このような浮気に心を動かすのは、感心できない、正気ではないことだと思っていたが、自分のことになると、
「なるほど、とても心が抑えられないことだ。不思議だ、どうしてこうまで心が動くのか」
 などと思い返すが、思うようにはいかない。
 女二の宮は、真砂の右大将が思いを寄せてくる心を、
「私の招いた辛さなのかしら。お母様が生きていらして、お父様にも認めていただき、誰からも笑われることのない状況であったなら、このように大将殿にお心を寄せられても、どうして似合わないということがあるかしら。でも、姉妹で一人の男の妻となるような、普通ではない有様になったら、世の噂になってしまう」
 と、起きても寝ても、思い悩む。
 女二の宮も女三の宮も、赤の他人ではなく、同じ冷泉院の皇女であるから、こんな風に一人の男のために嘆き明かすことになるのは、心苦しいことだ。
 男と女の宿世というものは、逃れられないことであるから、兎にも角にも、口を挟めることではないが、また困ったことにならなければ良いのだが。

 その頃、斎院は、冷泉院の女一の宮が務めていたが、母の梅壺の女御の喪で退下したので、今上帝の女一の宮――ちご宮が斎院になった。
 今上帝も、石山の姫君も、特別大切に思っている姫宮であるから、斎院という特別な身の上となることを、とても苦しく思ったが、他に相応しい姫宮がいない。
 ちご宮がまだ幼いので、今上帝も石山の中宮も気がかりで心配が尽きない。
 ちご宮は、今上帝を実の父と信じて慕っているので、今上帝もとても愛おしく思い、慈しんでいる。
 石山の中宮は、斎院の母としてちご宮の世話をしなければならないことが、とても口惜しく思われて、
「毎日見ていても飽きない可愛い有様なのに、会えなくなったら、これからはどんなに気がかりな月日を過ごすことになるのだろう」
 と思うと、何とも耐えがたい。
 十二月、ちご宮が内裏から出る日、清涼殿の上の局で、今上帝と石山の中宮は、二人とも涙を留めることができない。
 一日中、ちご宮は二人の懐に抱かれている。
 ちご宮がいよいよ車に乗る時、激しく泣きじゃくって別れを惜しんだので、今上帝と石山の中宮は悲しいこと限り無い。

 ちご宮の斎院卜定に、広沢の寝覚の上の心も穏やかではない。
 別れた時のちご宮の可愛らしい面影を思い出すと、恋しさは限りなく、
「大きくなられるのを拝見できないだけでなく、ちご宮が斎院である限り、私の命が果てる時も、会うことはできないのだわ」
 と言って、激しく泣いて嘆くのは道理である。
 年の暮れていくのも心細く、悲しいこと限りない。
 物思いをして月日が過ぎていくのも知らないうちに、今年も終ってしまうのかと思うと、涙も我慢できない。

解説
 この章は沙羅の創作。
 冷泉院とちご宮が対面したかどうかは不明であるので、本現代語訳では、対面したと想像して執筆した。
 真砂と女三の宮の結婚後、女二の宮との関係や梅壺の女御動静などは不明のため、『源氏物語』の夕霧と女二の宮の関係を参考にして執筆した。
 夕霧が一条の御息所の人柄に好感を持って、娘である女二の宮にも好意を持ったように、真砂も女三の宮の姉である女二の宮に興味を持っていた上に、梅壺の女御の人柄に好感を抱いて、女二の宮にますます近づいたとの展開が考えられる。
 また、真砂の勘当は、女二の宮との関係によるものだとしたら、梅壺の女御も当然苦悩したはずであり、真砂と女三の宮の結婚には、衝撃を受けたと想像できる。

 ちご宮の斎院卜定は、改作本巻五で冷泉院の姫宮が斎院になったことからヒントを得た。
 幼児が斎院の設定は、改作本のオリジナル設定ではなく、原作から踏襲されたのではないかと考えると、
1改作本の姫宮は、冷泉院の第一皇女。(原作の冷泉院女一の宮の設定と同じ)
2改作本の朱雀院女一の宮は、父院崩御のため、斎院を退下。(冷泉院女一の宮は母女御死去のため斎院退下と仮定)
3改作本の姫宮は、四歳で斎院卜定。(ちご宮は二歳で新斎院になったと仮定)
4原作が執筆されたと思われる時代、後一条天皇皇女の馨子内親王・後朱雀天皇皇女の娟子内親王が、三歳・五歳で斎院卜定された。
 以上の点から、改作本の姫宮は、原作の冷泉院女一の宮とちご宮の設定を合わせたのではないかと想像し、本現代語訳では、ちご宮が斎院になったという展開にした。

創作にあたり参考にした物語
『源氏物語』桐壺巻・葵巻・蛍巻・若菜下巻・夕霧巻・幻巻・宿木巻
『狭衣物語』巻二・巻四
『栄花物語』巻第三十一殿上の花見
『雫ににごる』

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31