フォト
無料ブログはココログ

鉱石パワーストーン本

観てから読む?読んでから観る?映画ドラマ本

映像化してほしい本

手塚治虫本

« 風葉和歌集1 相住み苦しき | トップページ | 痛ましさはアニメより……石川啄木『一握の砂・悲しき玩具』 »

2020年6月12日 (金)

風葉和歌集「相住み苦しき」メモ

 『相住み苦しき』は、散逸物語です。
 『風葉和歌集』の巻六冬の三八一番歌、巻七釈教の五一六・五一七番歌、巻十四恋四の一〇〇三・一〇〇四番歌、巻十六雑一の一二二一・一二二二・一二二三番歌の八首に、物語の痕跡があります。
 まずは、『相住み苦しき』で判明していることについて、『風葉和歌集』の配置通りに説明していきます。

 

 

○巻六冬・三八一番歌「慰めにながむる月もかき曇りいとど時雨に濡るる袖哉」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 小木喬氏は、
「『風葉和歌集』の詠み人で動詞の連体形を冠される人物は物語の主人公であり、その動作の主体であることから、この物語の主人公は源大納言の三の君」
 と指摘しています。(※『散逸物語の研究 平安・鎌倉時代編』笠間書院より)
 よって、復元小説でも三の君を主人公として設定しました。
 詞書によると、三の君は物思いに耽っていた頃、月が急に雲って、時雨が降るのを見て三八一番歌を詠んでいます。
 次に、詠んだ時期の推定をしたところ、『風葉和歌集』巻六冬は、神無月の時雨を詠んだ三六四番歌から始まり、三八一番歌の三の君の歌も、時雨と涙が詠みこまれています。
 よって、この三八一番歌は神無月に詠んだと判断しました。

 

 

 

○第七釈教・五一六番歌「いつかまた蓮の上に逢ひも見ん露の宿りに心まどはで」

 

 詠み人は「相住み苦しきの内大臣」。
 詞書で「住みわたりける女かくれて後」と記されているように、長年同居していた妻がいたが死別、暁の念仏の回向(へこう)に、「住みわたりける女」の母に文を送った際の歌が五一六番歌です。
 詠んだ時期は、「蓮の上」とあることから、夏と推定しました。

 

 

 

○巻七釈教・五一七番歌「今はとて蓮の上を思ふにも露けきは猶此の世なりけり」

 

 詠み人は「式部経の宮の北の方」。
 物語名は記されておらず、前の歌の「返し」も記されていませんが、五一六と五一七番歌は共に「蓮の上」「露」を詠んでおり、五一六番歌の返歌としてみなされています。
 よって、内大臣の妻の母は、「式部卿の宮の北の方」であると推察されます。
 この歌の後に配置された五一八番歌は、「さま変へて後詠みける」と詞書にあり、出家後に詠まれた歌です。
 なので、内大臣と式部卿の宮の北の方は、妻、娘の死を嘆き悲しむあまり、出家するかもしれないと予想されます。
 一応、復元小説では「内大臣の妻は式部卿の宮の姫君である」とみなし、「宮の姫君」と設定しましたが、神野藤昭夫氏は、「住みわたりける女」が三の君である可能性を指摘しています。(※「散逸物語辞典―鎌倉時代物語編―」『体系物語文学史』第五巻所収 有精堂より)
 となると、式部卿の宮の北の方は、源大納言と死別、もしくは離婚後に式部卿の宮と再婚したことになります。
 宮崎裕子氏は、三の君と式部卿の宮の姫君が、義理の姉妹もしくは異父姉妹、姉妹ほど近くなくても、親戚関係にあったという可能性も上げています。(※「散逸物語『相住み苦しき』復元考」『文獻探求』48号 文獻探求の会より)
 『相住み苦しき』を復元するにあたり、「相住み」を「苦しく」思う三の君が、内大臣と関係を持って、誰かと同居しているがために悩んでいるとを考えますと、『夜の寝覚』のように、同居する姉妹の夫と関係を持ったために、主人公が悩むという設定が自然かと思いました。
 さらに、物語の題名となっている「相住み」を強調させるために、三の君は内大臣とも同居して悩みを深めたと推定しました。
 しかし、式部卿の宮の北の方と三の君が母子、三の君と宮の姫君が姉妹だという明確な証拠はありません。
 また、三の君の二人の姉が同腹か異腹か不明です。
 そこで、復元小説では『住吉物語』などのように、
「源大納言には北の方が二人いて、最初の北の方には大君と中の君、後の北の方には三の君が生まれた」
 と設定した上で、源大納言と式部卿の宮の北の方は兄妹とし、『狭衣物語』で堀川の上が姪の源氏の宮を引き取って育てた設定を借りて、
「両親を亡くした三の君が継母に引き取られて肩身の狭い思いをしないように、式部卿の宮の北の方に引き取られ、宮の姫君と姉妹同然に育った」
 という設定にしました。
 源大納言と兄弟なのは、式部卿の宮の北の方ではなく、式部卿の宮かもしれませんが、今回の復元では採りませんでした。

 

 

 

○第十四恋四・一〇〇三番歌「思ひ出づやあるかなきかに見し夢はいかならん世に語り合はせむ」

 

 詠み人は「相住み苦しきの内大臣」。
 詞書に「いと忍びて逢ひ侍りける女」とあり、関係を公にはできない女がいることがわかります。
 一〇〇三番歌の返歌である一〇〇四番歌の詠み人は「源大納言の三の君」であるから、内大臣と三の君が公にはできない秘密の関係を持っていたことがわかります。

 

 

 

○第十四恋四・一〇〇四番歌「ほのめきし暁方に違へてし夢よかけても語らざらなむ」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 一〇〇三番歌の内大臣は、「この世で会うことができないのなら、せめて来世を頼みとしたい」と詠んでいますが、一〇〇四番歌の三の君は、本心はともかく、逢瀬を拒否する返歌を詠んでいます。
 米田明美氏は、「恋三部の巻末は、男の心変わりなど様々な理由から決意し家を出る女の姿を描き、巻を閉じている。恋四部の巻頭はそれを受けて、何らかの理由で引き裂かれた相手を慕い、悔やむ歌が置かれていると思われる」(※『「風葉和歌集」の構造に関する研究』第八章恋部の構造 第四節恋四部 笠間書院より)と指摘しています。
 そこから推察すると、巻十四恋四が、相手を思って苦悩を詠んだ歌、二人の仲が引き裂かれて再会を願う歌、夢などが配置されている、さらに、一〇〇四番歌の後の一〇〇五番歌は、現世では絶えてしまった夢のように儚い二人の仲を示し、一〇〇六番歌は、二人の仲はただの夢でしかなかったと、仲が途絶えてしまったことを確認する歌であることから、『相住み苦しき』の内大臣と三の君は、破局したと設定しました。
 一〇〇三・一〇〇四番歌の二首が詠まれた季節は、前後の歌が詠まれた季節から、冬と推定しました。

 

 

 

○巻十六雑一・一二二一番歌「見るままに西にかたぶく月影を憂き身の果てと思はましかば」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 詞書に「暁近くなるまで月を見明かして」とあり、同じ巻十六雑一に収録されている一二一六番歌から秋の月が詠まれており、一二一七番歌の詞書で「八月十五夜」に詠まれていること、一二一八番歌が「秋の夜の月」と詠んでいることから、詠んだのは秋の十五夜と推定しました。

 

 

 

○巻十六雑一・一二二二番歌「かけとめてあるべくもなき世の中にのどかに澄める夜半の月かな」

 

 詠み人は「相住み苦しき源大納言の三の君」。
 詞書によると、前の一二二一番歌と同じ夜に詠まれ、「女友達」と語らい、詠んだ歌です。

 

 

 

○巻十六雑一・一二二三番歌「澄み昇る月の影だになかりせば憂き世をいかで我過ごさまし」

 

 詠み人は「左大弁女」。
 一二二二番歌の返歌で、三の君の「女友達」が、左大弁女であることがわかります。
 三の君が悩みを打ち明けられるほど信頼している「女友達」ですが、どのように知り合い、親しくなったのかわからないです。
 『しのびね』『苔の衣』『兵部卿物語』などでは、男と別れた後に女主人公が親類を頼る設定があるので、左大弁女は、三の君が内大臣の家から出る時頼った親類の娘と設定しました。
 この一二二一から一二二三番歌の三首は、「月」と「憂き身」「憂き世」が詠みこまれており、三首とも無常観が漂う歌です。
 また、この三首の前後は、出家や隠遁にまつわる歌が配置されているので、復元では三の君は出家願望があると推定しました。

 

 

 

 まとめますと、歌の配置や詞書、内容からわかっていることは、以下のようになります。
○ 主人公は、「源大納言の三の君」である。
○ 三の君は誰かと「相住み」していて、そのことが「苦しき」と思っている。
○ 内大臣と三の君は、「いと忍びて」逢っていて、公にはできない恋の関係である。
○ 内大臣には、妻の「住み渡りける女」がいる。
○ 「住み渡りける女」は、死去した。
○ 「式部卿の宮の北の方」は、「住み渡りける女」の母。
○ 「左大弁女」は三の君の女友達である。
○ 三の君、内大臣、式部卿の宮の北の方は出家願望がある。

 

 推定の設定は、以下のようになります。
○ 源大納言には北の方が二人いた。
○ 源大納言の最初の北の方には大君と中の君、後の北の方には三の君がいる。
○ 源大納言と後の北の方は、三の君が幼い頃に死去。
○ 源大納言と式部卿の宮の北の方は兄妹。
○ 従姉妹同士の三の君と式部卿の宮の姫君は、式部卿の宮邸で「相住み」し、姉妹同然に育つ。
○ 内大臣との関係が露見し、三の君は式部卿の宮邸を出て、隠れ家で内大臣と「相住み」する。
○ 三の君は隠れ家を出て、内大臣と別れる。
○ 左大弁は三の君の親戚。

 

 判明している設定と推察した設定を合わせて考えた上で、先行論文と他の物語を参考にして復元した歌の配置は、次のようになります。
① 『風葉和歌集』に収録されている『相住み苦しき』の歌は、神無月の夜、内大臣との関係に悩む三の君の三八一番歌が最初に詠まれた。
② 次に二人の関係が発覚して非難され、隠れて同居したが破局した冬の頃に一〇〇三番歌と一〇〇四番歌が詠まれた。
③ 「澄み渡りける女」が死去して、夏の蓮の頃に五一六番歌と五一七番歌が詠まれた。
④ 秋の十五夜に一二二一番歌、一二二二番歌、一二二三番歌が詠まれた。

 

 

 『風葉和歌集』収録歌を基に、散逸物語『相住み苦しき』を復元してみましたが、八首の歌だけでは、やはり想像に頼る点が多いです。
 三の君は、誰と「相住み」して「苦しき」と思ったのか。
 人間関係は、どうであったのか。
 物語は、どのような結末であったのか。
 『兵部卿物語』のように、内大臣と別れた後、三の君は出家したかもしれないし、『苔の衣』のように、三の君は内大臣との子を生んだ後出家し、死去したかもしれない。
 あるいは、『しのびね』のように、内大臣と別れた後、三の君は帝に見初められて入内、皇子を生んで立后、国母になったという展開も考えられます。
 考えれば考える程、失われた物語の内容はわからなくなります。
 今回の復元は、可能性のひとつとしてお読みください。

 

 

 

 

« 風葉和歌集1 相住み苦しき | トップページ | 痛ましさはアニメより……石川啄木『一握の砂・悲しき玩具』 »

古典現代語訳・風葉1」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 風葉和歌集1 相住み苦しき | トップページ | 痛ましさはアニメより……石川啄木『一握の砂・悲しき玩具』 »

最近のトラックバック

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30