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2020年5月 2日 (土)

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章17

   万代の巻中編
 ――という訳で、どろろと百鬼丸は村の隅にある小屋に閉じ込められた。
 小屋の中央に大きな木枠に囲まれた井戸があり、どろろと百鬼丸は、仲良く揃って丸太の柱に縛りつけられた。
 扉が絞められ、鍵がかけられる。
「ばかやろー! 知らねぇって言ってんのに、これはないだろ! くそったれ!」
 小屋に連れて来られる間も、小屋に着いてからも、村人たちが去った後も、どろろはずっと大声で喚き罵った。
 だけど、どんなに喚いても、縄を解いてくれるわけではない。疲れるだけだ。
 散々喚いて喉も乾いたし、腹も空いて疲れたどろろは、ようやく静かになった。
「ちぇっ。面白くねぇ」
 何も盗んでいないうちに捕まえられて、閉じ込められた。おまけに閉じ込められた小屋の中は、灯ひとつないから暗いし、床なんか張っていないから地面が剥き出しなので、固いし冷たいし、座っていて尻が痛い。おまけに井戸に蓋をしていないので、湿気で体がじめじめする。面白くないことこの上ない。
 百鬼丸のほうは、怒りも苛立ちも見せず、ただ黙って座しているだけだ。
 縛られたまま、無言で時がたつのを待つ哀れな囚人二人。
 いつしか日が暮れて、灯のない暗い小屋の中は、闇が濃くなる。
「なあ……」
 沈黙に耐えかねて、どろろは百鬼丸に声をかけた。そして、疑問を口にする。
「あにき、おいらぁ、なんだかさっぱり訳がわかんねぇや。あの万代って女、なんだって金小僧のことを、しつこく聞いたんだ? 一体……」
「静かにしろ!」
 どろろのおしゃべりを百鬼丸は遮った。
「井戸の底に何かいる!」
「えっ?」
 どろろは口を閉ざして耳を澄ますと、

 

 ぴちゃ……
 ぴちゃ……
 ぽちゃり……

 

 井戸の方から雫が垂れる音が聞こえた。

 

 ……ずるっ――
 ……ずずず――
 ……ずるっ――

 

 続いて、何か重い物を引きずるような音がする。

 

 ずるっ――
 ずずず――
 ずるっ――

 

 初めは小さかった音も、だんだん大きくなってきている。
 何かが井戸から上がってくるのだ。
 音が近くなるにつれて、どろろは井戸の底から立ち上ってくる匂いに気づいた。
 甘い花の香りの中に、獣臭い匂いが交じっている。それがひどく鼻につく。
(うわ……くさ……っ)
 あまりの臭さに鼻が曲がりそうだ。どろろは気分が悪くなりそうになる。
 百鬼丸は見えない目で、じっと井戸を凝視する。

 

 ずるずるずる――
 ずる――
 ぎい――
 がしっ――

 

 井戸からぶよぶよと太くて短い指を持った大きな手が現れ、井戸の枠縁を掴んだ。続いて、もうひとつ手が枠縁にかけられる。
 両手でがっちりと枠縁を掴むと、雫を振りまきながら体全身が井戸から現れた。
 その時、雲に隠れていた月が夜空に現れた。
 明かり取りの窓の隙間から、金色の光が小屋の中に差し込んだ。月の光が、井戸から現れたものの姿を照らす。
「ああっ!」
 どろろは叫んだ。
 体中から雫を滴らせて現れたのは、この世の醜さをかき集めてこさえたような化け物だった。
 正面を向いた顔は、大きな鼻が真ん中についていて、猿のように皴だらけ。口は蛙か山椒魚(さんしょううお)のように大きく、瞳のない白濁した丸い目は、爛々(らんらん)と金色に光っている。
 およそ六尺はあろう化け物は、蝦蟇(がま)のような太く短い四肢で、太った蜥蜴(とかげ)のような巨体を支えている。月光にぬめぬめと照る深緑色の肌は、小さな疣(いぼ)にびっしり覆われ、首のまわりには、先端が赤子の手のような触手が数えきれないほど生えていた。
 化け物の姿に、どろろは声を失う。
 こんな醜い物、初めて見た!
 化け物は縛られたどろろと百鬼丸を見て、薄く口を開いた。小さな細かい鋭い歯と、血のように赤い舌先が見える。
 ――うまそうな獲物を見つけた。
 どろろには、化け物がそんな風に笑ったように見えた。
 井戸から這い上がってきた化け物は、ゆっくりと二人のほうに近づいてきた。
「あ、あ、あにきーっ! こっちへ来る! あいつ、おいらたちを喰う気だ!」
「俺たちは、あいつの生贄かっ!」
 どろろと百鬼丸は、小屋に閉じ込められた真の理由を悟った。
 化け物が一歩歩くたびに、何故か白い布が巻きつけられている太く長い尻尾が、ゆらゆらと揺れる。
 化け物の舌が、長く伸びて口からだらりと下がった。
「……ぐ……ぐふ……ふ……ふ……」
 哀れな生贄を嘲っているのか、化け物は生臭い息を吐きながら喉を鳴らし、笑うような声を漏らす。
 このままでは喰われる!
 どろろは逃げようと体を捩ったが、固く縛られた縄は、簡単には解けないし、千切れることもない。
「うわあああぁーっ!」
 恐怖が極限に達した時、どろろは声を限りに叫んだ。
 それを合図に、化け物が後ろ足で立ち上がり、飛びかかってきた。化け物の大きく開いた口が、迫る――
 どろろが目を瞑った瞬間、隣で縛られていた百鬼丸の気配が消えた。
 先に百鬼丸が喰われたのかと思ったが、違った。
「やああああぁっ!」
 百鬼丸は義手から双剣を抜き、地を蹴って化け物の懐深く体当たりした。
「があーっ! ぎゃぎゃぎゃっ!」
 化け物の悲鳴が響く。
 目を開いたどろろのが見たのは、百鬼丸の両腕の刀が、化け物の胸に深々と突き刺さった場面だった。
 傷口から緑色の血が流れる。
 手ごたえはあった。
 深手を負った化け物は倒れるかと思い、そのまま百鬼丸は刀を引いた。そして、とどめにもう一度刺そうとしたが、化け物は前足を横に振って百鬼丸を払いのけ、その巨体に似合わず、俊敏に身を翻した。
「ごろぉーん!」
 雷鳴が轟くような声で一声吠えると、化け物の巨体は吸い込まれるように井戸の中へ消えた。
「しまった! 逃がしたかっ」
 百鬼丸が井戸に駆け寄った時には、化け物の姿は井戸の底の闇に消えていた。
「確かに手応えがあったはずだが……」
「あにき、井戸の中、調べて見ようぜ」
 百鬼丸はどろろの縄を斬ると、それまで自分たちの自由を奪っていた縄を命綱にし、石を摘んだ壁を伝って井戸の底へと降りた。後からどろろもするすると縄を滑り降りた。
「うわぁ、暗いな」
 月の光が辛うじて届くかと思われる深い井戸を降りると、底の方は真っ暗で、どろろには何も見えない。水がほとんど枯れた底は、苔がびっしりと生えているのが足裏の湿った感触でわかる。
「ん?」
 足先に、細くて硬い感触の物が触れる。どろろは木の枝かと思ったが、暗闇に慣れてきた目には、それが枝なんかではないことが見て取れた。
 闇に浮かぶ白い物。
 それは骨だった。人の腕の骨だった。
「あにき、骨だっ」
 井戸の底には、人骨が転がっていた。骨は一体二体だけではない。大人から子供のものまで、数えきれないくらいあった。
 埋葬されずに井戸の底に捨て置かれたしゃれこうべの暗い虚ろな眼窩が、どれもこれも、恨めしそうに見える。
「骨がいっぱいだ。あの化け物に喰われたんだ」
「おれたちの先客らしいな」
 どろろより先に井戸の底に転がっているのが何かを悟っていた百鬼丸は、冷静に答えた。
「……あの万代って女は、『いつものように井戸の小屋へ閉じ込めて』と言いやがった。今までに何人も、ここに連れてこられて、あの化け物の餌食にされたんだ」
 だが、そうする理由が判らない。金小僧に何かを聞いた者がこの小屋に閉じ込められて、化け物の餌食とするのは何故だ?
 しかし、百鬼丸が思案する間もなく、どろろが何か見つけた。
「あにき、横穴があるぜ!」
 井戸の底には、一間ほどの高さの筒状の横穴が掘られていた。
 穴からは、風が吹いている。
 つまり、穴は吹き抜けになっている。吹き抜けになっているということは、どこかに通じているのだ。
 この穴を通って逃げた化け物を追うために、百鬼丸は横穴に入った。
「待ってくれよ、あにき」
 どろろも慌てて後に続く。
「こんな真っ暗な穴の中を、よく歩けるな」
 暗い穴の中を迷わず歩いていく百鬼丸に、どろろが感心すると、百鬼丸は何でもないと答える。
「俺には明るいも暗いも関係ねぇ」
 生まれた時から暗闇の中にいる百鬼丸にとって、生まれ持った直感により、灯があっても無くても道はわかる。
 そんなもんかと納得するどろろ。
 やがて、横穴が行き止まりになった。
 百鬼丸は用心深く手を伸ばして上を探ると、板があった。
「ここが出口か」
 押してみると、板が動いた。予想通り、板は出入り口の戸であった。
 穴から出ると、そこは倉の中だった。棚に唐櫃(からびつ)がいくつも置かれていて、一見すると調度類をしまっておくための倉のようだ。
 どろろが蓋を開けて中を見ると、瑠璃や珊瑚、瑪瑙といった宝石に、象牙や螺鈿(らでん)の櫛、絵が描かれた檜扇(ひおうぎ)、色とりどりの絹の衣があった。
 高価な品の数々は、鄙には似つかわしくない。
「ここは……あの万代って女の屋敷かい?」
 どろろの問いに答えず、百鬼丸は黙って倉の扉に手をかけた。
 倉の扉には、鍵はかかっていなかった。扉を開けて外に出ると、夜空には十六夜の月が照っている。
 月下に大きな屋敷が建っているのが見えた。見覚えのある屋敷は、夕方連れてこられた万代の屋敷だ。
 周囲を見回して、どろろは見つけた。地面に緑色の血が、屋敷の方に向かって点々と残っているのを。
「あれ、化け物の血だ」
「化け物が逃げ込んだ先は、ここだ」
 緑色の血の跡を辿って行くと、母屋の裏の戸に続いていた。
 妻戸を開け、中に入る。
 抜き足、差し足、忍び足。
 しかし、どろろは腑に落ちない。
「変だなぁ。あの化け物がお屋敷の中でうろちょろしていたら、すぐに誰かに見つかって、大騒ぎになるだろうに」
 屋敷の者は、皆寝静まっているらしい。化け物にも、侵入者にも気がついていない――と思った時、どろろと百鬼丸は人の気配に気づいた。
 灯火が、向こうの方で闇を照らす。女の影が壁に映る。
 用心のために、侍女が屋敷を見回りしていたのだ。
「やべぇ!」
「しまった、見つかる!」
 どろろと百鬼丸は慌てて隠れようとしたが、時遅し。
「きゃあぁっ! 盗人(どろろ)!」
 侵入者を見つけて、侍女が声を限りに叫ぶ。
「誰か、誰か来てーっ! どろろよーっ!」
 けたたましいほどの悲鳴に、眠りについていた屋敷の者たちが目を覚ました。
「どろろですって?」
「大変!」
「怖いわ」
「早く、早く捕まえて!」
 ざわざわと、女たちの悲鳴が聞こえてくる。
それが呼び水となって、外で警備をしていた男たちが屋敷の中に入ってくる。
「どろろだって?」
「どこだ? どろろめ!」
 これでは化け物を追うどころではない。ここは一旦退散するしかない。
「やばい!」
「逃げるぞ、どろろ」
 どろろと百鬼丸は今入った戸から、慌てて逃げ出した。

 

 

「うう……ううぅ……うう……」
 侵入者に屋敷の外も中も大騒ぎしている最中、寝所で休んでいた主の万代は、獣のように呻き、低く声を漏らしていた。
 眠りを邪魔されて、不機嫌なのであろうか。
 それとも、どこか苦しいのであろうか。
「お方さま! お屋敷に盗人が!」
「ば、万代さま、ご無事でございますか?」
 部屋の外で控えていた右近と若い侍女が、主の無事を確かめに声をかける。
 だが、万代は返事をしない。
「お方さま?」
「万代さま?」
 心配になって、右近と侍女は顔を見合わせた。
「お方さま、どうかなされましたか?」
 重ねて右近が声をかけると、
「……捕らえよ……」
 万代の声が聞こえた。いつもとは違う、唸るように低くしゃがれたその声は、怒りに満ちたていた。
「あやつらを捕らえよ! 我が前に連れてくるのだ!」
 万代の怒号に、右近も侍女も鞭打たれたように肩をすくませると、警備の男衆に命令を伝えに、足早に部屋の前から立ち去った。
 部屋の中では、寝所の上で万代が半身を起こして両目を見開いていた。
 その双眸は、漆黒の闇の中で金色に輝いていた。
「許さぬ……許さぬぞ……抜け殻が……」
 怨みのこもった声で呟き、衾を払いのけて立ちあがると、万代は夜着を脱ぎ捨てた。
 雪のように白く輝くばかりの裸身が闇に浮かぶ。
「ふふ……ふ……うふふふふふ……」
 万代は笑いながら、枕元に置いてあった白絹を体に巻きつけていき……

 

 

 玲瓏と透明に光り輝く望月の下、どろろと百鬼丸は走っていた。
 その二人を、万代の屋敷の警備をしていた男たちが追いかける。
 追手の村人は、始めは五人ほどであったが、追いかける最中、家々の戸を叩いて、
「万代さまのお屋敷にどろろが入った!」
「どろろを捕まえろ!」
と叫んだものだから、万代さまの一大事とばかりに、追手は腕に覚えのある若い男から、まだ足腰の丈夫な初老の翁まで、その数は二十人にまで増えていた。
「待てーっ、どろろ!」
「どろろ!」
 どろろ、どろろと叫ぶ男たちに、逃げながら百鬼丸は思う。どうしてあいつらは、どろろの名前を知っているんだろう――
 しかし、すぐに百鬼丸は気づく。
 あいつらは、どろろだけではなく、俺のことも「どろろ」と呼んでいる、と。
 百鬼丸は初めてわかった。
 どろろとは、今共に逃げている子供の名ではなく、盗人のことを言うことに。
 その時、
「捕まえたぞ、どろろめっ!」
 どろろが追いついてきた男に襟首を掴まれ、高く体を持ち上げられた。
「うわあっ!」
 手足をじたばたさせて暴れるどろろに、村人たちは夕方井戸の小屋に閉じ込めた子供だと気がついた。
「こいつは、万代さまの所に連れて行った小僧だ!」
「なんで小屋から逃げられたんだ?」
「縄を抜けて、こともあろうに万代さまのお屋敷に忍び込むなんて、とんでもねぇ食わせ者だ!」
 小屋から逃げたこと、万代の屋敷に忍び込んだことが、よほど腹に据えかねたらしい。村人たちの怒りは、炎が燃え上がるように一気に激しくなった。
「殺せ!」
「殴り殺しちまえ!」
「そうだ、生かしておいたら、ためにならねぇ」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
 口々に物騒な台詞を叫ぶ村人たち。
 このままではどろろが殺される――
 異常なまでの殺意を感じ取って、百鬼丸は胸の前に腕を交差させ、義手を振り払い、刀を抜いた。どろろを救わんと、刀を月の光に煌めかせながら引き返す。
「やめろっ! やめねぇと、斬るぞ!」
 突然頭の中で声が響いてきんきんすると思ったら、腕から刀を生やした鬼が現れて、村人たちは悲鳴を上げた。
「でたーっ!」
「ば、化け物!」
「この野郎!」
 腰を抜かす者、気絶する者、百鬼丸に向かって棒を振り上げてかかってくる者と、村人たちの反応は様々だ。
 百鬼丸は右の護身の刀を振り上げて、正面から殴りかかろうとした男の棒を一刀両断に斬った。それだけで男は足が萎え、へなへなとしゃがみこんだ。
 次に百鬼丸は、どろろを捕まえている男に向かって言った。
「そいつを放せっ!」
 鬼気迫る百鬼丸の様子に、どろろを捕まえていた男は、慌てて手を離す。
 高く吊り上げられて、急に手を離されたので、どろろはうまく着地できなくて、尻もちをついた。
「いってぇ……」
 痛む尻を摩りながら、どろろは立ち上がり、百鬼丸の方に駆け寄った。
「あにき!」
 百鬼丸はどろろを後ろに庇うと、怯える村人たちに向かって刃を向け、問い詰めた。
「聞きたいことがある。さあ、話せ! あの万代って女は何者だ。井戸の小屋に現れた化け物はなんだ? それから金小僧のことも話せ! さあ!」
 話さなければ、斬られる――
 そう感じた村人たちは、震えながら代わる代わる答えた。
「ば……万代さまは、大納言、京極六条光次(きょうごくろくじょうみつつぐ)さまの奥方さまで……」
「十年前、京の都の戦を避けて、大納言さまとこの村においでになられたんじゃ」

 

 応仁元年に起こった応仁の乱で京の都は戦場となり、民と同様に、公家たちも戦火に焼け出された。
 そこで公家たちは、所有する荘園(しょうえん)がある地方の国々に下向した。
 京に近い奈良や和泉の国だけではなく、遠い加賀や越前にまで逃げてきた公家は、少なくなかった。
 応仁の乱以後の度重なる戦の混乱で、荘園からの収入が断たれた公家たちは、守護や守護代、有力な国人(こくじん)に、学問や家に伝わる歌、文学、蹴鞠(けまり)などの芸能を伝授して、庇護を受けた。
 公家の下向は、地方の国々に文化を花開かせるきっかけとなった。

 

 百鬼丸の心に、村人たちが見た光景が流れ込んできた。

 

 お供を何人も引き連れた牛車が、梅枝村の中を通っていく。
 屋敷に到着して、よれよれの烏帽子(えぼし)を頭に被った直衣姿(のうしすがた)の男と、色鮮やかな打掛を羽織った女が牛車から降りた。
 男がくたびれて貧相な顔つきなのとは対照的に、女はまるで天女のように美しい。
 村中の男も女も、老人も若者も、皆が都から来た高貴な奥方に魅了された……

 

「大納言さまは、村に来られて一年足らずで、病にかかられて亡くなられてしまわれたが、万代さまは、大納言さまが亡くなられた後も、この村に留まられた」

 

 夫を亡くした奥方――万代は、涙に暮れる日々をおくった。戦乱が収束したから都に帰ろうと勧める家令や侍女たちだが、夫の終焉の地を離れたくないと、万代は首を横に振る。
 田舎暮らしに辟易していた家令や下男、侍女たちは、万代を見捨てて一人、また一人と屋敷から出て行く。
 万代の傍に残ったのは、右近と呼ばれる侍女だけ。
 独り寂しく残され、悲しみのあまり床に臥せるようになった万代を、村中の者がおいたわしいと同情した。
 なんとかお慰めしようと、村人たちは万代に贈り物をした。
 春には村に咲く梅の花の枝を、夏には梅の実の酒を、秋には梅干しを、冬には梅の枝を煮詰めた染料で染めた絹糸で薄紅色の布を織り、献上した。
 村人たちの真心に、万代の悲しみは癒されて……

 

「わしらの心を込めたお見舞いのお礼にと、万代さまは大納言さまが遺されたお金を、村の貧しい者へお恵みになり……」
「道を開いたり、橋をかけたり、今までにどんなにわしらをお助けくだされたか、わかりゃせぬ」
「女たちが織った布が、もっと高く売れるようにと、京で流行りの織り方を教えてくだり、その上、布を高く買い取るようにと、商人と話をつけてくだされた」
「本当に、女菩薩(にょぼさつ)のようなお方だぁ……」
 村人たちは、万代のことを話す間、うっとりと、夢見るような表情をしていた。まるで神仏を崇めるかのような――いいや、恋する女のことを話しているみたいだ。
 だが……
 続く話には、たちまち暗い表情になった。
「この如月谷は、昔はどうしようもない荒れ地だった。それをわしらの爺さまの代から開墾して村を作り上げた。それこそ、飯もろくに喰えず、辛い年が何年も続いたもんじゃ」
「それでも、どうやら畑もでき、田に水も引けて、万代さまのおかげで商いも上向きになり、これからやっと楽になると思った途端、五年前、突然化け物が現れて……」
「村を荒らしたんだ!」
 そこまで話して村人たちは皆、涙に咽び泣いた。化け物に襲われた時の恐怖と、その後の悲哀と苦渋を思い出して、泣かずにはいられないようだ。
「それから?」
 百鬼丸に促されて、村人たちは泣きながら話を続けた。
「化け物は、ごろんごろんと、雷の音のように吠えながら如月谷の奥からやって来る」
「それでおらたちは、化け物のことをごろんぼうと呼ぶようになったんだが……」
「ごろんぼうは、女子供も関係なく喰い殺し、おれらが稼いだ金を、根こそぎ持って行きやがった」
「万代さまがおらなんだら、わしらはとっくに飢え死にじゃい」
「万代さまは、村を荒らされたわしらを憐れみ下さり、金をくだされた。万代さまのお情けに、わしらは再び豊かな暮らしに戻そうと、血の滲むほど働いた」
「そうやって、村の暮らし向きが上向き始めた頃になって、またごろんぼうが現れて……金を奪い、また万代さまに恵んで貰って……」
 つまり、稼いでは奪われ、奪われては稼いでの繰り返し。
 生殺しの状態が梅枝村の村人たちを苦しめていた。
 井戸から出てきてどろろと百鬼丸を襲った化け物については、これでわかった。
 百鬼丸は続けて問う。
「それで、金小僧というのは?」
「金小僧のことは、わしらはよく知らん」
「見た者によると、黄金色(こがねいろ)に光っていると言うから、金小僧と呼んでいるんだが」
「いつの間にか、この村だけではなく、近くの村にも突然出て来て、人を脅かすんじゃ」
「そのうちに、金小僧が出た後は、決まってごろんぼうも現れることに万代さまは気がつかれた」
「金小僧はごろんぼうの手先に違いないと、万代さまがおっしゃった」
「金小僧を見たら、そいつも化け物の仲間になってしまうに違いないと――」
「だから、わしらは万代さまのお言いつけで、金小僧を見た者を万代さまのところへ連れていくのじゃ」
「万代さまが、金小僧を見た者が化け物にとり憑かれていないかどうか、見極めると仰せになるんで……」
「わしらは万代さまの仰せのままに、井戸の小屋に連れて行くだけじゃ」
 村人たちの話を聞いているうちに、どろろは怒りがこみ上げてきた。
「そうして金小僧を見たやつは、皆あの化け物に喰わせて、村が襲われないようにしたわけかい? 自分たちさえ助かれば、それでいいってのかい? ええっ!」
 どろろの指摘は図星らしく、村人たちは、黙って項垂れる。
 後ろめたくて、何も反論できない村人たちに、百鬼丸は告げた。
「金小僧か。あいつ、俺に昨夜面白いことを囁いたぞ」
 にやりと笑って、百鬼丸は種明かしした。万代が知りたがっていたことを。
「やろうかあ、やろうかあ――昨夜、金小僧は俺にそう言ったんだ」
「何をやるって?」
 どろろが目を丸くして尋ねる。
「それで俺はな、くれるんならよこせって言ってやった。そしたら、ある場所を教えてくれたんだ」

 

 

「あにき、金小僧はここに来いって言ったのかい?」
「黙ってついてこい」
 抜身の刀を下げたまま、先頭に立って歩く百鬼丸の後ろを、百鬼丸の義手を抱いたどろろがついて行く。
 さらにその後ろを、梅枝村の村人たちが、こわごわ歩いていた。
 百鬼丸に連れられて、どろろと村人たちが来たのは、村の外れにある竹林だった。
 満月は天の真上に昇っていた。昼かと思うほど明るい月の下、地面に落ちている笹の葉を踏みしめ竹藪を奥深く入っていくと、鈴の音が聞こえ始めてきた。

 

 ちりーん――
 ちりりーん――

 

 金小僧の鈴の音だ。
「あにき! あれ、昨夜のあいつだ!」
 どろろが指さした方に、案の定、金小僧は鈴を鳴らしながら座っていた。
「やろうかあ。やろうかあ」
 月の光に照らされて、金色に光る金小僧は、昨夜百鬼丸に囁いた通りの言葉を呟きながら、鈴を鳴らしている。
「でた!」
「金小僧だ!」
「逃げろっ! とり殺されるぞ!」
 我先へと逃げようとする村人たちを、百鬼丸は引き止めた。
「待て! 金小僧は、何か教えようとしているんだ」
 百鬼丸の言う通り、金小僧は薄笑いを浮かべながら、自分が座っているところの地面を指さした。それから急に金小僧の体は小さくなり始めた。
金小僧は人々の目の前で、どんどんどんどん縮んでいって、しまいには影も形もなくなってしまった。
「うわ……消えた!」
 どろろは金小僧が夢幻のように消えてしまい、びっくり仰天する。
 村人たちも、怖がって声もなく震えるばかり。
 百鬼丸だけが、金小僧が消えた跡の所に近づき、頷くと、
「そうか……よし、ここを掘ってみろ」
 と言った。
「掘ったら何が出てくるんだ?」
「誰かの骨でも出てくるんかよう?」
 まだ怯えている村人たちに、「とにかく掘ってみろ!」と百鬼丸は言うばかり。
 鍬を持っていた男が、百鬼丸に言われた通り、金小僧が消えた跡を掘った。
 土を掘って、掘って、掘って……鍬の先端が、何か固いものにあたった。土をどかすと、そこから光輝くものが出てきた。
「銭だっ!」
「ほ、ほ、ほんとだっ!」
「こ、こりゃ、夢ではあるまいな?」
 金貨、銀貨、銅貨がざっくざく。
それも十や二十ではない。数えきれないほどの枚数の銭が穴から出て来て、驚きの声を上げる村人たち。
 全て、ごろんぼうに奪われた銭だった。
「おおーっ! ほんとに金じゃ。おらたちの金じゃ」
「うわっはーい! 金が戻ったぞ!」
「金を盗られたやつは、集まれー!」
 竹藪の中は、村人たちの喜びの声に包まれた。
 銭が戻って歓喜乱舞する村人たちを横目に、どろろは百鬼丸に聞いた。
「誰がこんなところに金を隠したんだい。あにき」
 百鬼丸は言った。
「俺にはもう目星がついている」

 

 

 銭が見つかった喜びが一段落すると、村人たちはさっきとは打って変わってどろろと百鬼丸に感謝した。
「ありがたや、ありがたや」
「金を見つけてくださり、かたじけない!」
「助かりました!」
 神仏を拝まんばかりに手を合わせ、
「ところで……」
 次に口にしたのは、疑問だった。
「あの金小僧というのは、なんだったんだ?」
 村人たちの疑問に、百鬼丸はあっさり答えた。
「ああ、金小僧か。あれはな……金の精なんだ。古い品物には、魂が宿る。金小僧も、土の中に埋められて、出たくてしょうがなくなったので、掘り出してくれと、ああして姿を現して訴えていたんだ。もう掘り出したから、金小僧は二度と出て来やしねぇよ」
 百鬼丸の言葉に、村人たちはよかったよかったと言い合う。
「金が戻ったんなら、何も言うことねぇや」
「そういえば、金小僧は、姿を見せても、おらたちに悪さはしなかったな」
「じゃあ……金小僧がごろんぼうの手先だっていうのは、万代さまの見込み違いだったってことかい?」
「そうだったってことだな」
 これで万事解決したかのような物言いをする村人たちに、百鬼丸は冷や水を浴びせるような一言を告げた。
「あの万代って女は、食わせ物だっ!」
 菩薩、天女とも崇めている万代のことを罵倒されて、村人たちはそれまでの喜びの表情から一転、憤怒の表情を浮かべて百鬼丸に喰ってかかった。
「そんな馬鹿な!」
「めっそうもねえ!」
「万代さまほど、情け深いお方はいやしねえ!」
「そんなら、なんで万代さまは、わしらにお金をくださるんだ!」
 拳をふりあげて激怒し、反論する村人たちに、百鬼丸は挑発するように言った。
「それは万代に直接聞いてみるんだな。まずは――化け物を倒すのが先だ!」
 その時、どこからか風が吹いた。
「ん? この臭い……」
 どろろは風が運んできた臭いに、きょろきょろと首を廻らした。花の香りと獣臭が混じったようなひどい臭いは、さっき井戸の小屋で嗅いだものだ。
「あそこだ」
 百鬼丸が左腕を上げ、退魔の刀の切っ先を示した方を見ると――暗い竹林の奥に、金色に光る玉がふたつ見えた。
「あれは……」
 見覚えのある光の玉に、どろろは息を飲んだ。さっき井戸の小屋で見た、化け物の目玉と同じだ。
「ひぇっ」
「でっ、でたぁっ!」
「ごろんぼうだ! ごろんぼうが出たぞ!」
 光の玉の正体に気づいた村人たちの喉から、振り絞るような絶叫がいくつも響いた。
「逃げろーっ!」
「喰い殺されるぞっ」
 金よりも命が大事と、村人たちは掘り出したばかりの銭を捨てて、慌てて逃げ出す。
 だが、竹林から先端が鋭く斬られた竹が飛んできた。それは一本だけではない。何本も、何本も雨霰の如く、戦の最中よりも数多くの竹槍が、村人たちを串刺しにせんと飛んでくる。
「うわぁっ!」
「ぎゃああぁ!」
「ひぃいいいっ!」
 竹槍を避け切れなかった哀れな犠牲者の絶叫が、竹林に響く。
 肩や足にかすった程度なら運がいい。竹槍に心の臓を貫かれた者は、力なく地面に倒れ伏し、こと切れた。
「うわ、うわ、うわ!」
 どろろは義手を抱えながら、降ってくる竹槍の間を素早く走って避け、なんとか身を守る。
 そして、百鬼丸は――

 

「やあぁぁぁっ!」
 百鬼丸は牙のように襲いかかる竹槍を双剣で薙ぎ払い、光る目玉の主の前に躍り出た。
「ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ……」
 生臭い息を吐きながら、緑色の巨体の化け物が竹林に座っていた。先程井戸の小屋で百鬼丸に斬られた傷は、既に塞がっている。ぎらぎらと目を輝かせ、白い布を巻いた尻尾を振る様子は、怒りに燃えているかのようだ。
「いたな……」
 百鬼丸はごろんぼうに向かって告げた。
「おい、化け物! 俺は、おまえのような奴と出会うのを楽しみにしているんだ。一日でも早く、体を取り戻したくてな!」
 ごろんぼうは首のまわりに生えている触角で、傍に生えている竹を掴んで次々折り、百鬼丸に投げつけた。
 空を切って、鋭い竹槍の切っ先が何本も百鬼丸に迫る。
 百鬼丸は前進しながら刀を振るって、竹槍を斬り捨てた。
「今までに十五匹倒した。おまえで十六匹目だ! 覚悟しな!」
「ごろごろごろ――ごろおおおおおおおぉっん!」
 空を轟かせるように吠えると、ごろんぼうは触手を一斉に伸ばした。
 蔓のように長く伸びた触手は、右から、左から百鬼丸の体を捕らえようとまとわりつく。
 赤子の手のような触角の先端が、百鬼丸の腕に、足に、体に吸い付くように張りついた。
「邪魔だっ!」
 百鬼丸は触手を双剣で斬っては払い、払っては斬りを繰り返す。
「ごろおおおおおおおぉっん!」
 ごろんぼうは百鬼丸を嘲笑うかのように、大きな口を開けて吠えた。
 その時を百鬼丸は逃さなかった。
 百鬼丸はその場にしゃがみこみ、左の義足の爪先をごろんぼうに向けた。
「これでもくらえ!」
 奥の手、いや、奥の足とでもいうべきか――
 百鬼丸は腹に力を入れて筋肉を収縮し、義足の足首を外した。そして、外した義足の中に仕掛けられている放射器に入れておいた水を、発射口からごろんぼうに吹きかけた。

 

 ぷしゅっ――

 

 勢いよく飛び出した水は、大口を開けていたごろんぼうの赤い舌に命中した。
「ぐうううっ――ぐうううううううぅっ! ぎゃぁぁっ! ぐぇぇぇっ」
 舌に水がかかった途端、火傷を負ったかのように火膨れを起こし、ごろんぼうは絶叫した。
 百鬼丸の義足に入っていたのは、ただの水ではなかった。生き物なら皮を焦がし、肉を焼く劇薬――養父の寿海が与えてくれた焼き水だ。
 ごろんぼうは、舌が焼ける傷みに竹を何本も巨体でなぎ倒しながらのたうち回った。

 

 ぷしゅっ――
 ぷしゅっ――
 ぷしゅっ――

 

 百鬼丸は義足から焼き水を放出し続けた。いきよいよく飛び出す焼き水は、ごろんぼうの顔にかかった。
「ぐお、お、おおぅ、ぐぉう、う、う……」
 ごろんぼうは焼きただれた顔を前足で覆い、身を捩らせて苦悶の声を漏らす。同時に巨体がしゅうしゅうと音を立て、白い蒸気を上げながら縮んでいった。
 そして、焼き水の威力がおさまって、蒸気が消えた時、ごろんぼうの体はすっかり縮んでしまっていた。
 三尺ほどに体が小さくなったごろんぼうが、背を向けたその瞬間――
「やーっ!」
 義足をはめた百鬼丸は、地を蹴って飛び上がり、右の護身の刀をごろんぼうの背中に突き刺した。傷口からは毒々しい緑色の血が吹き出し、地面の上の枯れ葉色の笹の葉を染める。
「ぎぃいいいいいいいっ!」
 悲鳴を上げてのけ反ったごろんぼうは、大きく体を振って百鬼丸を払いのけた。そして、白い布が巻かれていた尻尾を、ぴんと直立に立ち上げると、そのまま頭と尻が逆になったかのように走り出した。
 ごろんぼうの尻尾に巻かれている白い布の先端からは、女の黒髪のような長い毛が生えている。まるで女が逃げ出しているかのような後ろ姿だ。
 竹林に隠れていたどろろは、ごろんぼうの変化に驚きの声を上げる。
「なんだ? 化け物が女みたいになったぞ」
 ごろんぼうは、傷つき倒れている村人たちの合間を縫って、凄まじい速さで竹林を駆け抜けていく。
「逃がすものかっ!」
 百鬼丸はごろんぼうの後を追って走り出した。
「おおぉーい、あにき! 待てよー!」
 どろろも義手を抱えつつ、置いて行かれまいと、懸命に走りながら百鬼丸の後を追った。

 

 

 

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