フォト
無料ブログはココログ

鉱石パワーストーン本

観てから読む?読んでから観る?映画ドラマ本

映像化してほしい本

手塚治虫本

« 悪魔VS人の子『MWオリジナル版』 | トップページ | どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章10 »

2018年9月23日 (日)

どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章9

    変成の章前編

 地獄のような娑婆に、龍女が生まれ堕ちた。

 

 

 話は遡る――

 時は応仁元年三月の晦日。醍醐景光が地獄堂で四十八の魔物と契約してから、四年の月日がたっていた。

 仏師運賀が彫った木彫りの像に封印されていた魔物たちは、生贄の赤子の体から生きた血と肉を得てから、それぞれが好きな場所で自由を謳歌していた。

 再び会うのは、ずっと先か、あるいは永遠にこないはずであった。

 しかし、見過ごせない問題が起きた。そうして虚空の闇の中、四十八の魔物たちが四年ぶりに集った。

「皆、揃ったか?」

 魔物の一体が呼びかけると、残りの四十七体の魔物が一斉に答えた。

「揃った」

「揃った」

「揃ったぞ」

 久方ぶりに会った仲間への挨拶もそこそこに、本題に入る。

「赤子のこと、聞いたか?」

「聞いた」

「聞いた」

「聞いたぞ」

「余計なことをした男がいるとな」

「約束を破りおって!」

「けしからん!」

 怒号が闇を揺るがす。同時に獣のような唸り声や、歯ぎしりする音も響く。

「あの赤子の体は、わしらと景光との約束で貰ったものだ」

「それを我らに断りもなく、代わりの体を勝手に与えるとは」

「許せん!」

 契約の証として体を奪った赤子が、景光に捨てられた後、医師に拾われて命を救われた。

 それはいい。命まで奪うとは魔物たちは言わなかった。封印を解くために生きた血と肉が得られれば、赤子が生まれた後、生きようが死のうがどちらでも構わなかった。

 だが、あろうことか、医師は赤子に作り物の手足を与えて、自由に動けるようにした。

偽物の体とはいえ、五体満足の姿を生贄の子が取り戻すということは、魔物たちには、許しがたい契約違反だった。

「罰を与えねば!」

「その男、八つ裂きにしてくれよう!」

「おお!」

 今すぐ医師を殺そうと意気込む魔物たち。

「まあ、待て」

 それを、ある魔物が止めた。上半身は人の若い男の姿だが、下半身が白銀の鱗に覆われた蛇の魔物だった。

「我らと約束したのは景光。その男は、我らとは何も約束を交わしていない。与えた体も、所詮偽物。本物は、我らの元にある」

「だから、何もするなと言うのか?」

「知らぬとはいえ、勝手をしたからには、仕置きが必要だ」

「そうよ!」

 許すなと言う仲間たちに、蛇の魔物は、

「そうとは言っておらん」

 やんわりと言って、提案する。

「まずは、警告をしてやろう。その男の周りに住む小物どもに、脅かしてやれと命じておく。それであの子を生まれたままの姿に戻すのならよし、そうでないなら、我らの元にある体で、面白い物を作ろう」

「面白い物とはなんだ?」

「我らが貰ったこの体、くっつけてひとつにしたら、一人の子供になる。そうして生まれた子と、あの子が出会ったら、どうする?」

 にたり。

 蛇の魔物は、思わせぶりに笑った。

すぐに言わんとすることを察して、魔物たちに喜びの声が上がった。

「おお! いいぞ!」

「なんて素敵!」

「面白い! 実に面白いことになる!」

体を奪われた子供と、奪った体を与えられた子供。

 奪われた子供は、体を取り戻そうとし、与えられた子供は、体を取り戻されまいとする。

 二人の間に争いが生まれるはずだ。血で血を洗う、殺し合いが。

 それこそ魔物たちが好むものだった。

「よし、皆、体を出せ。子供を作るぞ」

 そうして各々所収している体の一部を出し合い、くっつけた。

だが、奪った体をくっつけてみても、数が足りないのだから、一人前の人間の子供に作り上げるのは難しい。しかも、魂もないのだから、たとえこの世に生まれ堕ちても、心のない、生きているだけの人形にしかなりえない。

「そこらに転がっている死体から、体を足してみようか」

「生きた肉に死肉を足しても、腐ってしまうぞ」

「魂は、その辺に漂っている霊魂を捕まえて体に入れてみようか」

「死霊を入れても、体は腐る」

 そうして思案し、話し合った結果――

「ならば、これから生まれる赤子に体をやろう。さすれば、魂を持った人の子となる」

 奪った体を他の赤子に与えることにした。

「どの子にあげましょうか」

「あまり遠くでは駄目だ。あの子供と出会うことができぬと、意味がない」

「どこがいい?」

「どの子がいい?」

 四十八の魔物たちが闇の中から下界をあちこち見下ろす。そして、一人の女に目を止めた。その身に小さな命を宿した女を。

「見つけた」

「見つけた」

「見つけたぞ」

「なんと可愛らしい子」

「あの女の胎の子がいい」

「あの子に体をやろう」

「ぐふ」

「ぐふ」

「ぐふふふ」

 思い通りに弄ぶ人形を見つけて、満足しそうに喉を鳴らして笑う声が、小波のように闇を揺らした。

 

 四十八の魔物に魅入られたことを知らず、無垢な赤子は母の胎内で育ち――

 

 

  秋の野に咲きたる花を 咲きたる花を

  指折り数えれば 七草の花

 

頭を垂れて秋風に揺れている稲穂が、夕日に照らされていっそう黄金色に輝いていた。

 水を抜いて稲の収穫を待つ田んぼの傍の畦道には、茎を伸ばした曼珠沙華の花が、いくつも咲き乱れている。

深紅の花は、着古した小袖を着て、仲良く手を繋いで歌いながら歩く姉妹を導くようだ。

 姉は六、七歳くらい。腰まで伸ばした髪は、紅色に染められた紐でひとつに結われ、背中で揺れている。

 姉に手を引かれている四、五歳くらいの妹は、肩の辺りまで伸ばした髪が、扇を広げたようにゆらゆらと揺れているのが何とも可愛らしい。

 幼い姉妹の後ろを、少し離れて女がゆっくりと歩いていた。

 女の腹は、膨らみが目立ち始めている。女は愛おしそうに腹を撫でながら、先を歩く姉妹を見つめていた。

 

  ひとつ 萩の花

  ふたつ 尾花

  みっつ 葛花

  よっつ 撫子の花

  いつつ 女郎花

  むっつ 藤袴

  ななつ……

 

「えーと、なんだっけ?」

「おっかちゃん、ななつは、なぁに?」

 秋の七草の数え歌を歌っていた姉妹は、最後の草花がわからなくなって、立ち止まり、後ろを振り向いて女――母に尋ねた。

「朝顔よ」

 母は優しく微笑んで、娘たちに教えた。

「朝顔!」

「そうだ、朝顔だ!」

 姉妹はにっこり笑って続きを歌う。

 

  ななつ 朝顔

  これが秋の七草の 七草の花

 

 ここは加賀の国にある小さな村。

村の名を、まほろ村という。

 二十四歳の若い母は、まほろ村の百姓、火袋(ひぶくろ)の女房のお自夜(じや)だ。

姉妹は娘の朧火(おぼろび)と蛍火(ほたるび)。

お自夜の胎には、あとふた月で生まれる三人目の子供が宿っていた。体が重く、歩くのも億劫になってきたが、胎の赤子が順調に育っていると思えば、嬉しい。これから実家に帰って、母に会えるのも楽しみだ。

 この数年、日照りや冷害が続いて米の収穫は乏しかった。今年はかろうじて稲の実りはよかったが、そこで安心はできない。収穫前の稲を狙う輩は、毎年のようにやってくる。

雀なんかは可愛い方だ。やっかいなのは、人間の方だ。

とくに今年は京の都で大きな戦が始まってからは、領主からの年貢米の要求が去年よりも厳しくなるわ、盗賊や近隣の村の者が米を狙うわ、油断大敵だ。命の糧である米を根こそぎ略奪されたらたまらない。

そういうわけで、収穫の前後には、まほろ村の男衆は交代で何人かが村を見回りすることに決めていた。今夜、火袋は仲の良い豊作(ほうさく)と弟分の斎吾(さいご)と一緒に見回ることになっていた。

 盗賊が忍び込むかもしれない物騒な夜に、家に妊婦と幼い子供たちだけでは危ない。お自夜の実家も母のお小夜(さよ)一人だけだ。せめて母子が一緒の方が安心だからという訳で、火袋が留守の今日、お自夜は娘二人を連れて実家に帰るところであった。

お自夜が先を行く娘たちの見つめながら、ゆっくり歩いていると、

 

しゃらん――

 

どこからか、涼やかな音が鳴った。

音のした方に目をやると、道の向こうの方から誰かが歩いてくるのが見えた。

右手には錫杖を持ち、頭には笠を深く被って顔は見えないが、着ているのは墨染の衣だから、僧侶らしい。

錫杖が地面を突くと、先端の輪が揺れて音が鳴る。

 

しゃらん――

しゃらん――

 

錫杖を突きながら痩身の僧侶は姉妹とすれ違った。そして、そのまま歩いていって、お自夜の横を通り過ぎるかと思われた。

 だが、僧侶はお自夜の前に立ち止まると、笠を上げて顔を見せた。

 歳の頃は二十歳前後の若い男だ。色白で、鄙には稀な眉目秀麗の涼やかな顔立ちをしている。夕日に照らされた顔は、神々しいまでに美しく見える。思わず見惚れたお自夜に、僧侶は柔和な笑みを浮かべて尋ねた。

「お尋ねいたします。彼岸寺(ひがんじ)へはどの道を行けばよろしいでしょうか」

 彼岸寺は、村の西のはずれ、曼珠山(まんじゅやま)にある寺だ。それではこの若い僧侶は、寺に修行に来た旅僧なのだろう――そう思ってお自夜は道を教える。

「お寺は、この道をまっすぐ行ったお山にございますよ」

 僧は「ありがとうございます」と礼を言って、頭を下げた。

 だが、頭を上げた途端、僧侶の顔から急に笑みが消え、両の眼から大粒の涙がほろほろと零れた。

「ど、どうなさいましたか、お坊様」

 突然泣き出した僧侶に、お自夜は困惑した。僧侶は慌てて袖で涙を拭い、謝罪した。

「し、失礼を――ただ、あなたのお子の運命が、痛ましくて……」

 痛ましい?

僧侶の言葉に、お自夜は何が痛ましいのかわからなかった。

 さらに僧侶が涙に目を潤ませながら言うことに、お自夜は絶句する。

「あなたの胎の子は、この世に生まれると、辛く、惨い目に逢う運命が見えました。命数も短くて……それがあまりに哀れで……」

「何を……!」

 お自夜は僧侶の言葉を遮ろうと、口を開いた。

 初めて会った人間――いくら修行を重ねている僧侶といっても、我が子の人生にいいことがない、短命だと言われれば、母として唖然とし、怒りもするのも当然だ。しかし、お自夜の怒りをよそに、

「お子は、女です」

 僧侶は胎の子の性別まで断言し、さらに言った。

「せめて、男であれば、この憂き世を生き延びることができましょう」

 ですから――僧侶はお自夜の眼を覗き込むようにじっと見つめて、真剣な表情で言った。

「この子を生む時、強く願いなさい。男になれ、と――男として生まれよとあなたが願えば、子は龍女のごとく、男に変成(へんじょう)できましょう」

「龍女……ですって」

 『法華経』に曰く、竜宮の主である娑竭羅竜王(しゃかつらりゅうおう)の娘、龍女は、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の教えにより、罪障深いとされる女の身でありながら悟りを開き、男に変じて仏になったという。

 尊い仏の教えだが、願えば簡単に女が変成男子できると、本気で言っているのか?

 驚愕と疑念の眼差しで見返すお自夜に、僧侶はさらに念を押すように言った。拒絶することなど、許さぬと言うように。

「よろしいですね? 必ず願いなさい。さもなければ――」

 そして、恐ろしい予言を告げた。

「この子は死にますよ」

(死ぬ? この子が? 女だから? そんな馬鹿な!)

 我が子の死の宣告に、お自夜は嘘だと叫びたかった。でも、お自夜は何も言い返せなかった。僧侶があまりに真剣で、あまりに美しかったから。

「この子を助けたかったら、あなたが祈り願うことです。それが、この子が助かる唯一の方法です」

 そうして一礼し、曼殊山の方に向かって歩く僧侶の後姿を、お自夜は呆然と見送るしかできなかった。

 

 しゃらん――

 

 錫杖の輪が再び鳴る。

 それまで黄金色だった日の光が、茜色になった。

日が沈む前の空は、燃える炎のように、血のように赤い。夕焼けに照らされた僧侶の後姿は、先程感じた清らかさは微塵もなく、禍々しく見えた。

僧侶の姿が見えなくなり、錫杖の音が聞こえなくなっても、お自夜は動けなかった。

「おっかちゃーん、どうしたの?」

「はやくー。ばぁちゃんのうち、いこうよー」

 母が来ないことに気がついた娘たちが、声をかけるまで、お自夜は立ち尽くしていた。

 

 

 粟の飯に、鍋いっぱいの山芋と茸の煮物。山菜の和え物。それと、黄金色に焼き上がったふわふわの卵焼き。

 里帰りしてきた娘と孫たちに食べさせようと、お小夜が作った精一杯のご馳走が、お自夜たちの前に並べられた。

「さあ、たんとお食べ」

 お小夜が勧める夕餉を、朧火と蛍火は歓声を上げて食べ始めた。育ち盛りの子供は、粟飯を頬張り、煮物に舌鼓を打つ。

 そんな娘たちをよそに、お自夜は一口、二口と箸を動かすが、量は減っていない。

「お自夜、食べないのかい? 食べなきゃ胎の赤子が腹空かせるよ」

 身重のお自夜を気づかって、お小夜は自分の卵焼きをお自夜の前に置いた。

「おっかちゃん、食べて」

 朧火も半分食べた卵焼きを差し出す。蛍火は、三分の一まで食べた卵焼きを見つめていたが、決心して「はい」とお自夜の前に差し出した。

 母と娘たちの気づかいに、お自夜は慌てて言った。

「だ、大丈夫よ。朧火も蛍火も、食べなさい。おっかさんも――」

 心配する母と娘たちを安心させるために、お自夜は山芋の煮物を頬張った。口の中に広がる煮物の味は、子供の頃から食べ慣れた味だった。懐かしく優しい味に安堵し、食欲がわいてきた。

「赤ちゃん、ごはんおいしい?」

 蛍火がお自夜の腹に向かって話しかける。

「そうね。あんたたちの弟か妹も、おいしいって言っているわ」

 お自夜がそう言うと、

「わたし、弟がいい!」

「ほたるは妹がいい!」

 朧火と蛍火は、目をきらきらと輝かせながら、赤子の性別について、やいのやいのと言い始めた。

「妹は蛍火がいるから、今度は弟がいい」

「ほたるも妹ほしい」

「弟の次にしなさいよ」

「いやー」

 食事もそっちのけで、言い争う孫たちに、お小夜はやめな、と止めた。

「今から騒いでも、しかたないだろ。神様仏様がお決めになることなんだから。どっちでも、あんたたちの弟か妹に違いないんだからさ」

 お小夜の言うことはもっともなので、「はい」と返事して、朧火と蛍火はまた食事に戻った。お自夜も箸を動かす。本当は、喉が通らないほど気がかりなことがあるけれど、母と娘たちを心配させまいと、おいしいと言いながら食べた。

 そして、お小夜の心のこもった夕餉を食べ終え、夜もとっぷり暮れた頃、お自夜は娘たちを寝かしつけた。

 娘たちは床に就いたが、中々寝つけない。布団の中でもぞもぞと身じろぎ、目をぱっちり空けている。まだ甘えたい盛りの蛍火だけではなく、姉としていつもはしっかり者の朧火まで、祖母の家に泊まる嬉しさに興奮しているようだ。

「眠くない、おっかちゃん」

「まだ寝たくなーい」

 朧火も蛍火も口々に眠れないと言う。

「今夜寝てないと、明日眠くなって、お月見の団子が食べられないわよ」

 お自夜の言葉に、姉妹は慌てて目を瞑る。明日の晩は八月十五夜だ。一年に一度のお月見は、ご馳走を食べられる数少ない機会だ。寝てしまって団子を食べ損ねる訳にはいかない。

 そんな娘たちのために、お自夜は子守歌を歌い始めた。

 それは母から子へ、代々歌い継がれたまほろ村の子守歌だった。

 

  ひとつ摘んでは父のため

  ふたつ摘んでは母のため

  みっつ恋しいあの人に

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

  なぜに血の色 曼殊沙華

  天に在りては白き花

  地に在りては赤き花

  ほんに不思議な花の色

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

  闇路を照らす 曼珠沙華

  これよりいずこへ参るのか

  奈落の底か まほろばか

  行ってみなけりゃ わかりゃせぬ

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

 眠くないといいつつも、お自夜が最後まで歌わないうちに、幼い姉妹は揃って眠りについた。娘たちの寝顔を可愛く思いながら、お自夜はそっと二人から離れた。

 子供たちが眠ると、お自夜はお小夜と縫い物を始めた。小袖や帯を縫って市で売れば、家計の足しになる。母子は灯火のほのかな明りの下で、一針一針、丁寧に小袖を縫う。

狭い家の中で、灯火がじじ……と燃える音と、外で風が草木を揺らす音だけが聞こえる。

 黙々と縫い物をしているのも疲れるから、子供たちを起こさないように、小声でお喋りを始める。

「曼殊沙華の花も、咲いたねぇ」

「そうね……」

 母の言うことに、お自夜は短く答えた。

 縫い物をしながら、お小夜は嬉しそうに言う。

「蛍火も、今年は髪結いだ。曼殊沙華の花、たんと摘んで、糸を綺麗に染めてやらなきゃな。朧火とお揃いがいいって、言っていたし」

 まほろ村では、秋になると曼殊沙華の花を摘み、鍋で煮て布や糸を染める。曼殊沙華の花びらで染めた糸は薄紅色だが、まほろ村の曼珠沙華だけは、鮮やかな紅色に染まるのだ。

 美しい紅に染まった糸や布は、まほろ村だけでなく、近隣の村や町でも人気だから、結構な高値で売れる。曼殊沙華の花びら染めは、まほろ村の貴重な収入源であった。

そして、まほろ村の女の子は、五歳の年の秋に、曼殊沙華の花びらで染めた糸で作った紐で髪を結んで成長を祝う。

 今年は蛍火の髪結いだ。だけど、娘の晴れの日のための相談をしているのに、お自夜は母の言葉を聞いているのかいないのか、心ここにあらずといった様子だ。

「どうしたんだい、お自夜?」

 さすがに娘の様子がおかしいと、お小夜は不信に思い、尋ねた。我に返ったお自夜は、大丈夫だと答えた。

「別に、なんでもないわ」

「なんでもないなら、どうして縫い目がぐしゃぐしゃなんだい?」

「え……あっ!」

 言われて初めて、お自夜は自分が縫っていた小袖の縫い目が乱れていることに気がついた。おまけに前身と後身を縫い付けてしまっている。これでは売り物にならないどころか、着ることもできない。

 糸をほどきながら、お自夜は夕方の僧侶のことを苦々しく思う。

 あんな戯言、気にしていないつもりだったのに――

 女に生まれたら不幸になるなんて、死ぬなんて、そんなこと、信じられない。

 だけど、もしもあの若い僧侶の言うとおりになったらと、不安でたまらなくなる。今の荒んだ世の中、平穏無事に生き延びることができるのだろうか。

 そんなお自夜を見つめる母の眼差しは、優しい。お小夜は強いて話せとは言わないが、お自夜は話してしまいたくなる。子供の頃から悩み事があると、お小夜に相談して心が楽になったから。

「あのね……おっかさん」

 お自夜は夕方の出来事をお小夜に打ち明けた。

「今日、こっちに来る途中で道を尋ねられたお坊様に、変なこと言われたの」

「どんなことだい?」

「胎の赤子は女だから、生まれる時、男になれって願えと言うのよ。女に生まれたら、苦労するからって……」

 死ぬと言われたことなど、母が心配するから言えない。

「そう言われて、心配になったわけかい?」

「うん……」

「そりゃあ、心配になるわ。お坊様にそんなこと言われたら」

 うんうんとお小夜は頷いた。しかし、娘と一緒になって不安を募らせることはしなかった。

「気にすることはないよ。生まれてくる赤子が、男か女かだなんて、ああだこうだ文句を言うのは、勝手だ。そんなものは天のお決めになったことで、親でも文句は言えないものだ。男であろうが、女であろうが、この世で苦労するのは同じだ。元気に生まれて生きてくれれば、それでええ。生きてさえいてくれれば――」

 そこまで言って、お小夜は口を噤んだ。

女房子供を飢えさせまいと、朝から晩まで働いて、体を壊した夫が死んだ後、お小夜はそれこそ身を削る思いで働き、五人の子供を育てた。だけど……お小夜が生んだ五人の子の中で、残っているのはお自夜だけだ。

長男であるお自夜の兄は、村が戦に巻き込まれた際に兵に殺された。

姉は疫病で嫁入り直前に死んだ。

妹は飢饉の年に飢えて死んだ。

弟も雑兵として戦に駆り出されたあげく戦死し、亡骸さえ戻らなかった。

 苦労して育てた子が、たった一人しか残らなかった哀しみをお小夜は抱えている。

 それに比べたら、自分は我が子を失っていない。お自夜は赤子が生まれる前からあれこれ心配していた自分が恥ずかしくなる。

「そうよね」

 母の言うことに、お自夜は勇気づけられた思いがした。

 我が子に苦労や危険が待ち受けているのなら、母である自分が守る。お小夜が自分を守ってくれたように――お自夜は改めて決意した。

「どちらでもいい――男でも女でも、元気に生まれてくれさえすれば、どちらでもいい」

 お自夜は笑って言い、お小夜も笑顔で頷いた。

「さあ、お自夜も寝な。あとはおっかさんがやっとくから」

 そう言って、お小夜は縫い物を取り上げ、寝床へとお自夜を追いやる。

「さあ、歌ってあげようかね」

 

  ひとつ摘んでは父のため

  ふたつ摘んでは母のため

 

 縫い物をしながら、お小夜は子守歌を歌い始めた。

「やだ、おっかさん。わたし子供じゃないわよ」

 お自夜は笑って抗議したが、

「胎の赤子にも歌ってあげているんだよ」

 そう言って、お小夜は歌うのを止めない。

 

  みっつ恋しいあの人に

  摘んでゆこかな 曼殊沙華

 

仕方がないと、お自夜は目を瞑った。母の子守歌を聞きながら、明日は団子をたくさんこさえよう、火袋の為に酒も買ってこようと思いながら、眠りについた。

 夜が明けて、朝になったらいつもどおりの生活が始まるのだと信じて。

 

 

災厄は、突然やって来た。

 

 黄金色の月が西の山に傾き、東の空が薄明るくなった。

 そろそろ夜明けだが、まほろ村の人々は、まだ眠りについていた。一部の男衆は村を見回り、田畑の周囲で篝火をたいて警戒しているが、村の外れの丘に、縦に重ねたふたつ星を三つ並べた旗が、いくつも風に靡いていたことに、気づいていない。

 村人たちに気づかれないように、気配を消して行進してきた騎馬兵と歩兵併せて百余りの軍は、小さな村を攻めるのに十分すぎる数だ。

兵を率いるのは、黒の甲冑を身に纏う男。額に残る十字の傷跡を見たら、加賀、能登、越前界隈では誰もがその名を思い出す。

男の名は、醍醐景光。

加賀の南半国の守護、富樫鶴童丸の家臣の中で、最も残酷で、最も冷酷無比と敵からも味方からも噂されている。

 景光が兵を率いてまほろ村に出陣したのには、理由があった。村人たちにとっては、理不尽な理由が。

 まほろ村は、長年の争いの末、大叔父の泰高から家督を継承した鶴童丸が治める加賀の南半国と、赤松政則が将軍からの恩賞を盾に領地接収を主張する北半国の境近くにあった。

 だから、まほろ村は、富樫家の支配下にある時は、赤松の軍に蹂躙され、赤松家の支配下にある時は、富樫の軍に踏みにじられた。

 そうした状況が何年も続いた中で、今年始まった応仁の乱において、鶴童丸も赤松政則も将軍足利義政が身を置く東軍に属し、一応味方同士になった。

しかし、両家が完全に和睦を結んだわけではない。京の戦いに駆り出されている鶴童丸に代わり、加賀南半国に残る富樫家家臣は、加賀北半国奪還のために、動き出した。

 景光は重臣たちに進言した。

 

「赤松の軍を迎え撃つため、砦を作るべきだ」

 

 加賀北半国を奪還する手始めに、現在赤松家に横領されているまほろ村を潰して砦を作る。村を、田畑を潰しておけば、赤松の戦意喪失に繋がるし、隣国の越前守斯波義廉(しばよしかど)が西軍であったから、そちらに対しての防衛のためにも砦は必要だ。

 村人たちに村を出ていけと、宣告はしない。言ったところで簡単に土地を捨てはしないだろうし、村を奪われまいと、村人たちの抵抗も予想される。たとえおとなしく承諾したとしても、小規模とはいえ、村人たちが移転する為には時も準備も必要だ。その間、敵に気取られて攻められたら、砦を作ることはできなくなる。

 砦を作ることに文句はないが、家臣の間でも、今は敵側に取られているとはいえ、かつて領地であったまほろ村を攻め滅ぼすことに、異議を唱える者はいた。

 だが、

 

「加賀一国を取り戻したくはないのか?」

 

 景光のその言葉で、反対する者はいなくなった。

 支配する側の者にとって、小さな村を潰すことは、加賀の全てを取り戻すことに比べたら、ささやかな犠牲にすぎなかったのだ。

 迅速に砦を作るためだけに、景光はまほろ村を滅ぼしに来た。

 今、馬上から小さな村を見下ろす景光の眼差しは、どこまでも冷たい。村に住む人々の命を、暮らしを奪うことに、心動かされた様子はない。

 そんな甘く、柔らかな感情など、景光はとうの昔に捨ててしまっていた。

 弟を殺された時に。

 我が子を殺した時に。

 あるのはただ、飢餓感――加賀を、天下を、欲しい物を得たいという欲望。

 小さな村を潰して砦を作ることは、景光の望みをかなえるための過程にすぎない。

 歯向かえば殺す。

 力を見せつけなければ、一国をまとめることなど不可能だ。まして、天下取りなど、夢のまた夢だ。

景光は右手を上げ、兵たちに短く告げた。

「放て!」

 景光の号令に、兵たちが放った火矢が、夜明けの空を飛んだ。

 

 

 安らかな眠りは、激しく扉を叩く音と叫び声で破られた。

「お小夜さん! お自夜さん!」

「ばぁちゃん、おばちゃん、朧ちゃん、蛍ちゃん、起きて! 出て来て!」

ただならぬ様子の声は、火袋と一緒に村を見回りしている豊作の女房、下枝(しずえ)とその息子の大作(だいさく)のだ。

「下枝さん?」

「どうしたんだい?」

 お自夜とお小夜は飛び起きて、顔を見合わす。どうしたのか? まさか、見回りの途中で、火袋に何かあったのか――二人が真っ先に心配したのは、火袋のことだった。

「大作ちゃん?」

 遊び友達の大作の呼び声に、朧火も目をこすりながら起き上がる。蛍火だけは、布団の中でぐずっている。

 下枝と大作の狼狽の理由は、すぐにわかった。

「侍たちが攻めて来たのよ!」

「早く逃げよう!」

 二人の言葉に、お小夜はまだ半分眠っている蛍火を抱き上げ、お自夜は朧火の手を引いて、着の身着のまま外に飛び出した。

 外に出ると、同じく着の身着のままの下枝と大作が、真っ青な顔で叫んだ。

「あいつらが、火をつけた!」

 大作の指さす方を見ると、村の東の方で紅蓮の炎で燃えていた。まだ薄暗い空の下、赤い炎は飲み込むように家々を焼いていく。炎と黒煙の中で見え隠れするのは、富樫家の侍大将、醍醐景光の指物だ。

 そして、軍馬と雑兵たちが大地を踏みならす地響きがする。悲鳴と怒号も聞こえた。いくつもの声が、最初は小さく、次第に大きくなってくる。

 逃げろと叫びながら、数名の男や女たちが駆けてくる姿が道の彼方から見えた。慌てふためく彼らの表情は、必死だ。

 以前も富樫と赤松の戦に村が巻き込まれた際、醍醐の兵が情け容赦なく村を蹂躙した。

 あの鬼のような醍醐景光が、また村を攻めて来たのなら、早く避難しなくては――雑兵たちに捕まったら、どんな目にあわされるか。

 戦になれば、最悪殺される。殺されずとも、稲や金品を強奪されるのはもちろん、女子供も手籠めにされ、人買いに売られる。自衛のために百姓たちも刀や槍、弓矢で武装しているが、まほろ村のような小さな村では、数の上ですでに負けている。侍たちの圧倒的な軍備の前には、逃げるしかない。

「山に逃げよう!」

 大作が朧火の手を掴んで引っ張った。村の外れにある曼殊山には、戦が起こった時のために避難する山小屋が用意してある。山小屋には武器や食料が備蓄されている。曼珠山の彼岸寺の和尚も、村人たちを匿ってくれるはずだ。

亭主が留守の今、山に逃げる他ない。

 身重のお自夜を気遣いながら、母子は曼珠山に向かった。

 だが、山に入ると、通い慣れたはずの道は、お自夜には険しく感じられた。足腰の達者な者は、男女を問わず、どんどん山を登っていくが、お自夜たちのような妊婦や足腰の弱い老人、幼い子連れは、どうしても遅れがちになる。気ばかりが急いて、少しも山小屋に近づけない。

「うっ!」

 そんな中で、お自夜は急に腹の痛みを感じて立ち止まった。

 覚えのあるこの痛み。陣痛だ。朧火の時も、蛍火の時も、生まれる前にこんな風に痛みがあった。でも、この子は生まれるにはまだ早い。早いのに――

痛みをこらえ切れず、お自夜は呻き声をあげながらその場にしゃがみこんだ。

「お自夜!」

「大丈夫、おっかちゃん?」

「おっかちゃん!」

「しっかり、お自夜さん!」

「おばちゃん、がんばって!」

 皆が口々に励ましてくれるが、お自夜は立ち上がることができなかった。こんなところで立ち止まる訳にはいかないのに、痛くて足に力が入らない。立てない。歩けない。

 雑兵たちの怒鳴り声がだんだん近くに聞こえてくる。戦の間、山に逃げた村人は追わないというのが不文律だが、雑兵たちは守る気などないらしい。山にまで追いかけて来て、何もかも奪うつもりだ。

「先に……行って……わたしは……後から行くわ……」

 痛みに耐えながら、お自夜は言った。

「このままじゃ……皆見つかる……わたしは、どこかに隠れているから……」

「いや! おっかちゃんと一緒じゃなきゃ、いや!」

「おっかちゃん、いこうよ!」

 朧火と蛍火がお自夜にしがみつき、嫌々と首を振る。

「ばぁちゃんたちと先に行くのよ、朧火、蛍火」

 お自夜は厳しい口調で言った。

「おっかさんは、後から必ず行くからね……いい子で待っていておくれ」

 お自夜一人残すのは心配だ。しかし、このまま全員が残っていたら、雑兵たちに見つかる。非情なようだが、一人でも多く生き延びるためには、足手まといになるお自夜は残って、皆が先に山小屋に避難した方がいい。

「わかった、お自夜」

「気をつけてね」

 お自夜の覚悟に、お小夜と下枝は頷いた。

「おっかさん、朧火と蛍火をお願い――下枝さん、おっかさんたちを頼みます」

「まかせな」

 お小夜は真剣な顔でお自夜の両手をぎゅっと握って約束し、

「心配しないで――お自夜さんも、安心して隠れていて」

 面倒見の良いおおらかな下枝は、こんな時でもお自夜を勇気づけるように微笑んだ。

 残るお自夜の為に、皆で周囲を見回して隠れる場所を探すと、

「ねえ、あそこ! あそこに隠れればいいよ!」

 大作が杉林の奥を指さした。

 大きな杉の木が、二、三本寄り添うように生えていて、根元が空洞になっている。女一人なら、入って隠れられる大きさだった。

「あそこに隠れていたら、侍たちに見つからないよ、おばちゃん」

「そうだね。お自夜、あそこに隠れていな」

 お自夜はお小夜と下枝に支えられながら杉の根元まで歩き、這うように空洞の中に入った。手足を縮こませ、身を丸めると、外から見えないように、子供たちが集めた枯れ枝や落ち葉で入り口を隠した。

「おっかちゃん」

「おっかちゃん」

 朧火と蛍火が、涙を目に浮かべてお自夜を見つめる。痛みに耐えながら、お自夜は精一杯微笑んだ。

「後でね」

 再会を約束して、母子は別れた。

 

 

 

« 悪魔VS人の子『MWオリジナル版』 | トップページ | どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章10 »

創作二次小説どろろ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543034/67188840

この記事へのトラックバック一覧です: どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章9:

« 悪魔VS人の子『MWオリジナル版』 | トップページ | どろろ百鬼繚乱草紙まれびとの章10 »

最近のトラックバック

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30