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2012年6月20日 (水)

夜の寝覚第二部メモ1 「まさこ」か「まさご」か――寝覚の上第二子の呼称について――

 『夜の寝覚』第二部にあたる中間欠巻部で誕生した寝覚の上第二子は、現存本巻三で「若君」の呼称で登場します。
 「まさこ君」という呼称は、現存本巻三、老関白長女の尚侍の参内後に初出します。
 改作本では、寝覚の上第二子の呼称は「若君」とし、「まさこ」の呼称は消えています。

 昭和初期から五十年代半ばまで、「まさこ」は「雅子」の字が充てられていました。
 石川徹氏の「寝覚物語に及ぼした宇津保物語の影響」(『帝京大学文学部紀要』昭和59年10月)によると、

 「昭和八年に刊行された藤田徳太郎・増渕恒吉両氏の『校注夜半の寝覚』(中興館発行)に、不用意に「雅子」と女性名が宛てられ、兩来、半世紀に亘り、継承されてきた」

 とあります。

 円地文子訳(『国民の文学5王朝名作集1』河出書房新社に収録)で、「雅子君」と漢字を充てたのは、『校注夜半の寝覚』を参考にしたからだと思われます。
 「まさこ」は、女児の名前のような名前ですが、「雅子」だと、男児には相応しくない命名です。
 それでは、どのような字が当てられるのか。

 新編日本古典文学全集の『無名草子』注一八(二二七頁)では、

 「男児だし、幼名でもあっただろうから、「まさご」とでも読むべきか」

 とあり、『寝覚物語欠巻部資料集成』収録の『無名草子』『拾遺百番歌合』では、「まさこ」を「まさご」と直し、寝覚の上第二子の呼称は「真砂」としています。

 「真砂」は、「無数の砂粒」を意味し、和泉式部の「七日ゆく浜の真砂を数にして九日さへも数へつるかな」の歌や、古今和歌集巻七賀歌・三四四番「わたつみの浜の真砂を数へつつ君が千歳のありかずにせむ」などのように、祝いの歌に読み込まれます。
 また、「真砂」は「まなこ」とも読み、愛し子を意味する「愛子」(まなご)に音が似ています。
 可愛い子を意味する言葉として、他に「美児」(まさずこ)などもあります。
 おそらく、中間欠巻部で老関白が生まれた若君を愛しんで「愛子」「美児」と呼んだり、「浜の真砂」を詠んだ歌があったりしたと想像できます。
 そこから思うに、平安時代では、「真砂」は男児の幼名としてポピュラーな命名だったと思います。
 改作本では「真砂」の歌が省略されたために、寝覚の上第二子の呼称は、「まさこ」が消えたと想像しました。

 また、石川徹氏論文「寝覚物語に及ぼした宇津保物語の影響」でも指摘されていますが、『うつほ物語』菊の宴巻で、源実忠の若君、「真砂子君」(まさごきみ)が登場します。
 石川徹氏は、『寝覚』の作者は、父を恋い慕うあまり、病死する哀れな「真砂子君」から、冷泉院に勘当されて女三の宮との恋を阻まれた寝覚の上第二子の名前を思いついたと見ています。

 作者が「まさこ」誕生を執筆した時点で、末尾欠巻部の偽死事件・勘当事件をどこまで構想していたかどうかわかりませんが、北山に籠もって母を追慕する「まさこ」に、父を恋い慕う「真砂子君」の姿が重なります。

 以上の先行論文などを読んだ結果、今回『夜の寝覚』を現代語訳する際、寝覚の上第二子は、「真砂」と名づけられたのだと想像し、「まさこ」ではなく、「真砂」と表記することにしました。

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